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黒迄現在夢現  作者: 朝霞ちさめ
第二章 渡来佳苗の忘れ物
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47 - 球技大会前日談

 放課後。

 の直前、帰りのホームルームにて。

「それじゃあ、皆さん。明日は球技大会だからね。ジャージ登校をするように……あと、余計な荷物は持ってこないように気を付けてることだ」

 と、緒方先生。

 火曜日という微妙な時期に、と思わないこともないけど、来週やる体育祭も火曜日なのでどっちもどっちという気はする。

 というか体育祭に合わせての準備練習とか全然してないしな。今週の後半、具体的には金曜日を使って結構やるみたいなことはいってたけど、今は明日のことを考えなければなるまい。

「そして今日の放課後は、球技大会の準備として部活や委員会がいくつかやることがあるだろう。忘れないように。これは事前に部活や委員会で通知され……て……」

 されてないんだけど?

 という視線を向けると、緒方先生が露骨に視線をそらした。

 …………。

 この先生、連絡事項忘れ過ぎじゃない?

「こほん。事前に部活や委員会で通知されている通りに行動するよう。例えば演劇部は得点板の準備を手伝うから、校庭に集合するように、といったものだ。思い出したかな?」

 そして上手いこと誤魔化してきた。まあいいか。僕が言わなければ他の子はわかんないだろうし。

「それでは、今日はここまで。号令をお願いしていいかな?」

「はい。起立」

 気を付け、礼。

 さようなら。

 というわけで、月曜日の授業は終わり、放課後である。

 部活に行きにくいなーと思っていたところではあったけど、そんなわけで今日は実質強制的にお手伝いをするわけで。

 ま、サボろうと思えばサボれそうだけど、正当な理由がないからなー。

 我慢我慢。

「涼太くんと昌くんは、何するの?」

「おれは放送回りだな。放送委員会だし」

「え、そうなの?」

「……知らなかったのか」

「うん……」

 何部なのかなーってずっと謎だったんだけど、そっか。

 委員会が優先されるのか。

「ぼくは剣道部だから、部としては柔道部と合わせて、体育館競技の準備だよ。バレーボールとバスケットボールだね」

「体育館かあ。僕は校庭に集合って言われてたけど……得点板ってなんだろ?」

「あれだろ。それぞれの競技結果を張り出すやつ。なんかポイント制とか言ってたぜ」

 ふむ?

 ってことはそこそこ大型かな。

「っていうか、球技大会ってポイント制なんだ」

「うん。勝ち点方式……みたいな感じ、らしい」

「ようするに勝てばいいんだよね?」

「まあ、ありていに言えば」

 お菓子のためだ、頑張るか。

 とりあえずその場ではいったんそこで皆とは別れの挨拶を、といっても案外すぐに会いそうだけどね。

 で、洋輔と合流。

「サッカー部は校庭で何の準備?」

「テント設営」

「あー」

 救護用テントとかも必要だもんな、当然か。

「じゃ、色々終わったらいつものところで」

「おう。あ、でも抑えも用意しとくか。あのベンチ、今日に限っては混むかもだろ」

「なら、抑えは……っていうか僕たち二人とも校庭だし、その場の流れでいいんじゃない?」

「それもそうだな」

 というわけで、そんな感じでゆるく決定。

 ま、もしもの時はもしもの時だ。僕と洋輔の間柄からして、なんとなくで居場所がわかる気がする。いやそれって以心伝心に近いし、それは遠いんだっけか……。

 っていうか、都合がいいときだけそういうのを便利がるからいけないんだよな。

 本来はダメなのだ、と認識しておかないと。

 実際に努力はしているわけだし。

 別々に友達作って学校の中ではそっちと一緒にいる時間を増やしたりね。

 ただ、意図的にそういうことをしても、なかなか根っこの部分までは浸透しないっていうか。

 ちなみに僕がそれで作った友達が他でもなく涼太くんと昌くんだ。なんとも安直だけど。そういえば流れ的には前多くんも巻き込むべきかな?

 涼太くんから名前呼びされる程度には仲いいみたいだし、背の順なら隣同士だし。

 一方で洋輔が選んだのは人長(ひとおさ)くんと蓬原(ふつはら)くんだから、班が同じだ。まあ考えることは一緒か。

「にしても」

「うん?」

「いや。学ランのまま集合しろとは言われてるけど、なんか動きにくそうだなあと思ってな」

「あー……でも、この恰好での設営って、まだいつかのアレと比べればマシじゃない?」

「まあ」

 いつかのアレ、とはあちらの世界で受けた護身術の授業、で行われた設営訓練だ。

 テントを立てればいいんだけど、それをするときの装備は男女も問わずに騎士鎧(ナイトアーマー)を完全に、という条件付き。

 授業以外で僕は鎧を着たことが無いから余計なんだろうけど、とにかく動きにくかった。単に重いし、がちゃがちゃするし、挟まると痛いし。

 重力操作や重量操作ができた僕たちはまだましな部類だったけど、その手の小細工ができない子とかは地獄を見ただろう。実際心当たりも数名いたし……。

 下駄箱で外履きに履き替えて、校庭へ。洋輔はそのままサッカー部の方へと集合していったので、僕は……、えっと……。

「いや」

 校庭で集合って。冷静に考えるとすっごいアバウトだぞ。『今日は東京で集合な!』って言われてるような感じだ。東京のどこに行けばいいんだよってなるやつだ。

 幸い目立つ先輩が居るので、その先輩を目印にするか。

 皮肉にもそれがナタリア先輩なんだけど……、あ、いた。

 既に祭先輩も一緒のようだけど、藍沢先輩と皆方部長はいないな。

「こんにちは。なんだかお久しぶりって感じがしますね」

「ちーっす、かーくん。元気か?」

「かーくんこんちわー」

 うん、かーくん呼びをされるのもなんだか久々な気がする。

 なんだかなあ。

「藍沢先輩と皆方部長は……?」

「らんでん先輩はサッカー部の方に集合してたよ。みちそー部長は見てないな。ナタリアはどうだ?」

「さゆりんに注意しに行くって言ってたけど」

 ふむ?

 まあ、すぐに来るだろう。

「得点板の設置、って聞いたんですけど。そもそも得点板ってなんですか?」

「あー、そっか。かーくんは球技大会初めてか」

「はい」

「えっと、そこに置いてある板を立てて、台と一緒に固定するだけ。だから、すぐに終わるよ」

 と、ナタリア先輩が指さしたのは、六メートルかける二メートル、かける三十センチくらいの大きな板だった。

 …………。

 いや。これを立てるだけっていっても、これ、すっごい重いと思う。

「男手が僕と祭先輩だけだと、ちょっと苦労しそうですね……」

「まあまあ。なんかなるっすよ。去年もなんとかなったし」

 そんなもんかなあ……。

 それからほどなくして皆方部長と緒方先生がやってきた。

 そして緒方先生は僕をちらりと見て、あの事……言っちゃった? みたいな感じの表情を向けてきた。

 あの事ってなんだろう。

「お待たせしたかな?」

「いえ。与太話して待ってただけです」

「だから言ったのに。さゆりんったら、ちょっと遅くなってもーとか言い出したんだよー」

「それは勘弁願いたいっすねー」

 ふむ、まあいいや。

「さてと。得点板の設置、さっさと済ませちゃいましょうか。演劇部はそれをやり終えたら解散。他の子たちを手伝ってもいいし、帰ってもいいしね」

「はあい」

 皆の声が重なったので、いざ行動だ。

 まず得点板の設置場所の確認。結構大きなものなので、設置場所にはすでに柱が用意されているから、その柱に立て掛けたうえできちんと固定する、という形らしい。

 で、まずは祭先輩と僕の二人で持ち上げることを試みてみる。僕の方は案外かるく持ち上がったけど、祭先輩が手古摺っているのが丸見えだ。

 やっぱり重いよなあこれ。筋力強化してるから軽く感じるだけで。

 それを見て少し困った様子の女性陣は、結局祭先輩の方へと向かい、祭先輩、ナタリア先輩、皆方部長の三人で協力して持ち上げていた。

 こっちにも一人くらい来てくれてもいいのになあ、と思った。

 っていうか。

「こんな大きなもの、いちいち移動させるのめんどくさいですね。車輪でもつけておけばいいのに」

「そうでなくても分割はするべきっすね」

 僕の不平に祭先輩が同調した。

 緒方先生曰く、この得点板は演劇部における僕の前任者、『茱萸坂(ぐみざか)夕映(ゆえ)』という人物、もといOGさんが作ったらしい。

 大型のセットを作る一環でふと作ったのだとか。で、それが意外と便利だったからそれ以降、球技大会などのイベントで使われているらしい。

「だから、渡来くん。君が改良してくれるならば歓迎するが、できるかな?」

「やろうと思えばできますよ。材料は用意してもらいますけど。まあ、今は設置を優先で」

「うむ」

 柱に立て掛けるところまではもうやったので、あとは固定するだけだ。

「固定って何でやってたんですか?」

「普段はロープだね」

 じゃあ今回もロープか。

 きっちり固定するという意味でも荷運び結びを採用、さくさくっと結んでいく。

「ちょっと待って、かーくん。なんかすごい複雑な結び方してるけど、なにそれ?」

「え? ……えーっと、正しい名前は知りません。荷運び結びって教えてもらったけど。すごく頑丈に結べるし、解くのも簡単な便利なやつですよ」

「知らない……」

「おれはちょっと知ってるかも。トラッカーズヒッチだな」

 そうなのか?

 地球での名前は知らないからな、これ。

 あっちで教えてもらったやつだし。

「ボーイスカウトで習ったような、気が……。えっと、かーくん。悪いけど、全部やってもらってもいいっすか」

「…………」

 それは堂々としたさぼりの宣言だろうか?

「その間におれたちは台をやるっすから。そんな目で見ないで」

「まあ、そういうことなら」

 というわけで一任されたので、きちんと固定していく。

 …………。

 あれ、これってもしかして、紐がゆるんで倒れたりしたら全部僕の責任になるやつだろうか?

 もしかしなくてもそうな気がする……ちゃんとやろっと。

 いざとなったら錬金術で固定しちゃってもいいけど、さすがにやりすぎかな。それにまあ、僕とか洋輔が筋力強化してても無理矢理は外せない程度の強度にはなるし、大丈夫だろう。たぶん。うん。

 とまあ、そんなわけで念入りに固定して、と。

 ちょっと離れた場所から得点板を見てみる。

 男子が左半分、女子が右半分で、各競技・学年ごとにさらに分けられ、クラスごとにマスがあるという結構細かい表になっていた。

 競技数は男子女子ともに四つなので、ぴったりなレイアウトといえばぴったりなレイアウトだけどこれ、拡張性に難アリだな……。

 まあいいけど。そうそう競技内容とかは変えないだろうし。それに全く余地が無いわけでもない。

 そして先輩たちが設置した台は、単に上の方の結果を書くためのやつっぽい。二段構成でこっちも大きいけど、さすがにこれは分割されていて、四つでワンセットになっているらしい。こっちはかなり使い勝手がよさそうだ。事故に気を付ければ、ね。

「はい、みんなお疲れ様。今日はよくやってくれたね、明日の球技大会は頑張ってくれたまえ。ただ、終わった後は片付けがあるからそのつもりでいるように」

 あ、やっぱり片付けもやるんだ。当然だけど。

「じゃ、解散ね?」

「ああ、そうとも。気を付けて帰るように」

「じゃあ私はクラスの友達を手伝ってくるですよー。ナタリア、りーりん、かーくん、また明日ー」

 緒方先生の言質を取るなりさっさと去っていった。

 ちょっと急ぎ気味だったのは気のせいかな?

「私は帰るかな。りーりん、脚本の進捗はどう?」

「まあまあっすね。今週中に一通り形にできると思うっす」

「そ。じゃあいい加減、演技の方も頑張らないとなあ。かーくんも大変でしょうけど、衣装とかセットとか、お願いね」

「はい」

 で、ナタリア先輩も去ってゆく。

 残ったのは僕と祭先輩、だけど。

「さて、そんじゃあおれも帰るっすね。脚本をさっさと仕上げないと……」

「頑張ってください、祭先輩。楽しみにしてますから」

「うん。かーくんのおかげでやる気は満タン、だからこっちも頑張るっすよー。かーくんはこのあとどうするっすか?」

「んー……」

 ちょっと、悩んで。

「サッカー部の手伝いかな。幼馴染の洋輔が、サッカー部なので」

「なるほど。じゃあ、気を付けてっすね」

 気を付けてっす、ってまた奇妙な言葉が誕生している気がする。

 別れのあいさつの後、祭先輩も去っていったので、僕はふう、と台に座ってちょっと考え事。

 緒方先生もいつの間にかいなくなっていた。

「……うん」

 さすがに動作型真偽判定も、ずっと集中してると疲れるな。

 少なくともナタリア先輩の行動に、普段と違う点は見られなかった。

 当面の評価は白に近いグレー……ってことにしておこう。

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