37 - 対策アフターフェスティバル
クロットさんが帰った後、僕は洋輔と一緒に、ただリビングでぼーっとしていた。
具体的な時間でいうなら四十五分くらい。
何もしゃべらず、何をするでもなく、ただ、放心って感じだ。
「いや」
と。
やっと口を開いた洋輔は、大きく大きく首を振った。
「手詰まり感が半端ねえぞ、これ」
「……だよねえ」
来栖冬華ちゃん……の、実母が、クロットさん。
思いもよらないつながりだ、としか言いようがない。
想定外にもほどがある。
「正直さ、これ、ものすごい疑われてる状況だよね」
「そりゃあ、間違いねえな……」
なまじ真偽判定ができちゃったからな。
余計に踏み込んでしまった……という感じがする。
要するに、クロットさんはそのことを当面、隠しておくつもりだったんだろう。
そしてその上で発信機についても言いくるめる自信、そうでなくても誤魔化す算段があったのだと思う。
ただ、それらを電話越しにした時、僕たちが本当にそれで納得したかどうかが不安だったのか、あるいは直接会わなければそれが難しいと判断したのか……ともあれ、彼女は来てしまった。
実際は僕と洋輔は真偽判定を心得ていて、だからこそ彼女の誤魔化しを看破できてしまったし、結果、隠そうとしていたはずの血縁までを話さざるを得ない状況になった、と。
彼女はあの区切り以降、一切嘘をついていないし、誤魔化そうともしていなかった。
それは決して、彼女が僕たちという人間を信頼したからではない。
僕たちの『能力面』ある意味信頼しただけで、それは警戒対象に対する信頼みたいなものだ。
いわば『この敵キャラは防御力がとても高い上すぐ逃げる』とか、そういう攻略情報としての信頼みたいな。
僕がただの子供なのか、それとも勘が鋭いだけの子供なのか、何らかの訓練を受けた子供なのか。
それを探ろうとして、そしてきっと彼女は一つの回答を得た。
何らかの訓練を受けた子供である、と。
だからきっと彼女は、僕たちの経歴を徹底して洗うのだろうな。
少しでも隙があればそこから、僕たちの背後関係を洗おうとするのだろう。
何も出てこないことを、彼女はどう判断するのだろうか。
よっぽど僕たちの背後にあるはずの何かが強大だと疑心暗鬼を深めていくのか、それとも実は単に勘が鋭いだけなのかと思い立つのか。
どちらにせよ。
僕と、そして洋輔は、しばらく彼女から疑われつつの生活になりそうだ。
「今回の一件の裏までは、ナタリア先輩は知らない。それは本当だ。でも、ナタリア先輩は妹のことを覚えてるだろうし……そこから引っ掛けて、僕たちに対して何らかの探りは入れてくるだろうけど、クロットさんとは関連していない。それが救いかな」
「そうか? 俺だったらむしろ、つながってくれてた方が気が楽だったけどな」
「なんで」
「割り切れるだろ」
敵として、と洋輔は言って、温くなった紅茶にスプーンを浸し、くるくると回し始める。
「今の状況だと、俺たちとクロットさんの間では対立までは言わねえけど、すくなくともあっちは俺たちに不信感を持ってる。だから相応の態度になるだろうし、そういう機微って親子なら何となく伝わるもんだ。ナタリア先輩が佳苗、お前と母親の間で何かを合ったことはたぶんそう遠くないうちに伝わるし、そうなれば部活での接し方も変わってくるだろうよ」
「……んー」
まあ、そうかも。
案外もっと単純に、ふつうに聞いてこられる可能性もあるけど……ナタリア先輩って結構直線的な人だし。
「部活で妙な空気って、面倒だろ。正直」
「まあね。否定はしないよ。だけど……」
「ん?」
「僕は『演劇部』それ自体にそこまで執着心があるわけじゃない。僕が使える技術を最大限に生かせる楽しい場として僕はそこを選んだだけだからね。そこが楽しい場でなくなるなら、自然と行かなくなるだけじゃないかな」
「緒方先生が許すかね、それ」
「許すよ」
なんで、と洋輔は紅茶を飲みつつ表情で伝えてくる。
「結局さ。僕も洋輔も、学校の教員側からすれば『扱いにくい生徒筆頭』でしょ」
「まあそりゃな。変に特別扱いしたらそれは他の生徒からいろいろ非難が出るし、かといって俺たちを意図して別の意味で特別扱いしたら最悪マスコミから全国放送デビューだ」
「うん。下火になってるとはいえ取材はあるし――あの一件について何らかの飴を渡すことを条件にして、こっちから接点を作ることも簡単だからね」
「それがどう繋がるんだ?」
「『そんな問題児がそろって自分の受け持つクラスに在籍していて、ましてその片方が自分が顧問をしている部活に入ってきた』って、迷惑でしかないでしょ。とはいえそれを理由に僕を追い出すことはできない。それこそさっき言った『特別扱い』だから。だから、僕が自発的に去ってくれれば、緒方先生としても安心する部分があると思う」
嫌な推測をするよなあ、と洋輔は肩をすくめて表現する。
それでも否定できなかったのだろう、洋輔は何も言わなかった。
「佳苗は相変わらず、楽しいのが優先か」
「達成感は楽しいの先にも辛いの先にもあるんだろうけどね……僕は楽しいの先の達成感の方が好きだから」
「奇遇だな。俺もだよ」
ま、大概の人はそうだろう。
そんなことを笑いあって、とはいえ。
「僕はこの眼鏡で、いくらでもチェックはできるから、ある程度は大丈夫。完全じゃないけどね。……洋輔はどうする?」
「あー。うん。どうしたもんかな……やっぱ俺の方にもなんか仕掛けられると思うか?」
「この場にいたからね。目はつけられたでしょ」
「だよなあ……」
洋輔は考え込むようにしてカップを置いた。
その視線はカップの中、に注がれた効果に向かっている。
「俺、その眼鏡の機能フルに使えねえからな」
「…………」
そう。
実はこの眼鏡の機能を最大限に使えるのって僕だけなのだ。
洋輔が用いる場合、使えるモードは『ベクトラベル』と『色別』だけに限られ、『色別』も僕が使えるものとは別物の、本来の色別の指輪に近いものになる。
つまり、『生物にしか効果が無い』、という性質を帯びてしまう。
それはつまり、盗聴器や罠を看破することはできないという意味だ。
なんで同じものを使っているのに機能的に差が出るのか、については、僕と洋輔でそこそこ議論をした結果、『錬金術のせい』と判断された。
もうちょっと詳しく行くと、そもそも色別モードにおける視界の想定って、洋輔が使った時に現れる効果のそれのほうだったのだ。大本の道具はそういう機能だったし。
だから僕が使った時に限って『異常』が起きていると判断したほうが良い。
で、その異常の原因を探すにあたって、まず僕と洋輔で違う部分を挙げると、やっぱり大きいところは『僕は錬金術師だけど魔導師ではない』、『洋輔は魔導師だけど錬金術師ではない』という点である。
僕はマテリアルという概念を感覚として獲得していて、だから『マテリアルとして認識する』というトリガーを引けるけど、洋輔にはそれができない。その感覚が無いからだ。
つまり、色別モードやベクトラベルモードにおいても、この錬金術的な世界の捉え方とでもいうのだろうか、そういう『物に対する認識があるかどうか』……みたいな、そういうところで機能が違ってしまうのではないか、といったところである。
具体的に説明もできないことはないけど、それを考え始めるとなんだか一日くらいかかりそうな気がするのでざっくりと回想してみると。
魔法というのはそもそも本質が動的なものである。『火を付ける魔法』は『魔力を消費することで発動する/火を付ける魔法』って解釈がすべてだ。
錬金術は逆に、そもそも本質は静的なものである。『火を付ける魔法』は『火を付けるという現象を実行させるための一連の動作を定めた法則の塊』として解釈され、そういう『もの』として初めて、錬金術のマテリアルになる。
この違いこそが魔法的な感覚と錬金術的な感覚との絶対的な違いであって、魔法的な感覚には例として、洋輔が持つ『剛柔剣』の下地になっている五感と同等の感覚があるのだから、錬金術的な感覚というものも存在してもおかしくない。
で、『色別』モードとして一つに統合したことで、なんか別の機能と競合するというか複合するというか、そんな何かが起きて、僕が使う場合だけ妙に発展型になっていると僕たちは解釈している。
ふう。結局長くなったぞ。だいぶ短くしたつもりだけど。
ともあれ洋輔は僕ほど便利にこの眼鏡を扱えない。
案外僕たちの解釈とは違った理由なのかもしれないけど、十中八九はこれが原因だ。
物に対して色別ができないというのは今回のようなケースでは結構致命的と言えるだろう。
「ある程度はお前にお願いして排除してもらう……くらいか?」
「それだと、『僕に対しての害意』じゃない場合が……」
「だよなあ……」
洋輔の妥協案に問題点を指摘すると、洋輔は深く考え込んだ。
色別はあくまでも自分に害意を持っているかどうかを確認する仕組みだから、僕に対しての害意には極めて強く反応するけど、僕には害意が全くない、洋輔しか標的としていないケースとかだと、効果が無いようなものなのだ。
洋輔に対して仕掛ける盗聴器、は、洋輔と行動を共にすることが妙に多い僕に対しても何らかの害意があると判定される可能性があるとはいえ確実じゃないし、洋輔を標的とした発信機のほうはたぶん反応しないし。
「魔法でどうにかなんないの? 色別だってもとはと言えば魔法でしょ?」
「探知系の魔法は苦手なんだよ。使えねえわけじゃねえけど、そもそもそんなに種類もねえし」
「じゃあ歩きながらジャミングしてみるとか」
「それ、俺の周りで無駄に携帯電話が圏外になるやつだよな。すっげえ怪しくねえ?」
ごもっとも。
っていうか、ジャミング自体はできるのか……。
妙な魔法を覚えているものだ。
「いっそ対策はあきらめるか?」
「いやあ。念は入れておいた方がいいと思う……、安全度を知る意味でも。つまり、表しの眼鏡の色別モードの主観になる人物を指定できればいい、のか。うーん」
エッセンシアや凝固体、陰陽凝固体の中にはその手の指定ができる効果のものもあるんだけど、それを使って洋輔を指定した場合、今度は僕が使えなくなるよね?
それじゃあ微妙だぞ。
最悪眼鏡を二つ持っていく感じか。でもなあ、掛けかえるのめんどくさいし。
「いや普通に統合すりゃいいだろ」
「統合自体は簡単だけどさ、僕が魔力を流すパターンの調整するの、すっごい苦手なの忘れてない?」
「あー……」
ちなみに今かけている眼鏡も、色別を発動するトリガーをすんなりと引けるようになるまでに二週間ほどの訓練が必要だった。
眼鏡の作成自体は一瞬だっただけに、かなり手古摺っているのがわかってもらえると思う。
ようするに機能を増やすのは簡単だけど、その切り替えが錬金術的なものではなく魔法的なもので、そっちは僕の才能の管轄外って感じなのだ。
練習すればできるようになるけど。今は時間かかるの嫌だし。
となるとやっぱり、眼鏡二つにするしかないかなあ。
「左右のレンズで別々にしちゃうってのは?」
「ただでさえ視覚的負担が酷いのにそんなことした日には五分もしないうちに視力が半分になるよ……」
頭も痛くなりそうだ。絶対にそれはやらない。
「なら外部でどうにかするしかねえな」
「外部?」
「うん。たとえば道具を条件にする、とか」
道具を条件……なんか引っかかる……なんだっけ。
錬金付与術、のさらなる応用系で、錬金整頓術……いやこれは違う。でも似たような……錬金整理術? えーと……。
ああ。錬金調整術か。
魔法を付与するのが錬金付与術なら、『魔法や魔力を調整する』効果を付与するのが錬金調整術。
それを介して魔力を流すとき、元の魔力がどんなパターンであった場合でもあらかじめ指定した魔力パターンに矯正することができる。魔力パターンの指定は他の魔法使いにしてもらうことも可能だから、洋輔にやってもらえばいいとして、問題はそれを眼鏡にかけると魔力パターンが固定されちゃう点だな。
眼鏡の耳にあたるモダン部分にアナログ式のスイッチ……いや、ダイヤルを付けて、そのダイヤルでパターンを切り替えられるようにするとか?
ダイヤルなら数は調整できるし、無効化と有効化もできるしな。うん、これでやろう。
「それでいくか。洋輔。手伝って」
「おう。そりゃ構わねえが、何をだ」
それは至極まっとうな反応だった。
以心伝心は遠そうだ。




