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黒迄現在夢現  作者: 朝霞ちさめ
第二章 渡来佳苗の忘れ物
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26 - 真偽判定を踏まえつつ

 火曜日、登校した僕と洋輔が最初に行ったのは、野球部に所属しているクラスメイトを訪ねることだった。

 ここで核心的なことを聞くことができればそれでよし、対策が立てられるし、隠し事をしているかどうかを別に調べることもできる。

 真偽判定応用編。

 二人一組(ツーマンセル)による誘導を伴うものを用いる。

 ……一応、ここで普通の真偽判定も含めて簡単におさらい。

 普通の真偽判定は、大まかに二種類に分類でき、僕と洋輔が習得したのは実はその大まかな部分で分類される、別個の系統だったりするのだ。

 洋輔が習得しているのは『質問型』と呼ばれるものであり、『何らかの質問を行う』ことを条件に行う技術である。これは質問をしなければならないという分だけ面倒ではあるけど、解答方法を問うことなく真偽の判定ができるため、的中率が高くなりやすい。洋輔のこの技術による的中率は九割八分を超える。ほぼ十割ということだ。

 一方で僕が習得しているのは『動作型』と呼ばれるもので、これは『常に発動する』タイプの技術である。こちらは特に質問をしていない状態でも、対象の行動や発言の真偽を判定できるから、無差別的に徹底して判定を繰り返すことができる反面、的中率は落ちる。僕の的中率は八割程度、というのは以前も回想した通り。

 どちらの技術でも共通しているのは、あくまでもこれらの技術は『真偽のどちらなのかを判定する』ものであって、例えば嘘をつかれている場合、『これは嘘だ』と確信できても真相を看破することはかなわないし、真、つまり嘘はついていないと確信できても、『本人がそれを真実であると考えている』場合、実際に起きていることが違っていても真偽判定的には真になってしまうという難点がある。

 それでも便利なんだけどね。

 尚、戦闘に向いているのは当然『動作型』である。これによる常時判定はたとえば、相手がフェイントを仕掛けているのかそうでないのかとかが判定できるからで、地球上では戦闘が無いにしても、スポーツなどでは結構便利に使えるだろう。

 『質問型』もまるで戦闘やスポーツにおいて役に立たないわけではないけど、やっぱり『何らかの質問を行う』分だけ手間が多い上、問いかけに対する反応である以上、使い勝手はかなり悪いのだ。

 現状の僕と洋輔の特徴は、あちらの世界においての特徴と大差がない。つまりスポーツ、運動が得意な洋輔と、得意という訳ではない僕という特徴だ。

 だからこそ、戦闘を担うのは洋輔のはずで、僕はむしろ戦わないための術というものを率先して学んでいた。

 であるならば、僕と洋輔の真偽判定は本来、逆であるべきである。

 つまり僕の方こそが『質問型』でより高い精度の真偽判定を可能とし、洋輔の方こそが『動作型』で咄嗟の真偽判定を使えるようにするべきなのだ。

 それをわかったうえで、じゃあなぜ僕が『動作型』の洋輔が『質問型』かといえば、それはいたって単純。

 習得難易度の問題だ。

 質問型のほうが習得難易度は圧倒的に低く、いくつかの決まり事をいくつか覚えれば、素質に関わらずとりあえず使えるようになる。

 一方で動作型の習得難易度は素質に左右される部分があって、その素質が無いとそもそも判定を使う意味がないのだ。

 的中率五割とか、当てずっぽうと何が違うというのだろう。

 で、洋輔は動作型の習得を試みたけど、その素質が無かった。よって質問型のそれを習得したという次第だ。

 僕は不思議とそのあたりが得意だったようで、八割程度という同世代どころか学内でもトップクラスの的中率を持っていた。具体的には上から七番目だ。

 もっとも、これはあんまり誇れることでもない。なぜならば動作型は『質問』などの能動的な動作を伴うことでリアクションを獲得し、その精度を上げることができるからである。

 つまり、習得難易度の問題さえクリアできるならば、動作型は質問型の上位互換に位置するわけだ。

 尚、僕の真偽判定がトップクラスというのは素の状態、なにもしていない状態における八割程度、細かい数字を使えば86%という点であって、質問などのアクションを伴う動作型の判定精度は92%と、平均より低めだったり……。

 人には向き不向きがあるということだ。たぶん。うん。

 さて、話は大きく遠回りした気がするけど、今回用いる真偽判定応用編は、この二種類の真偽判定を同時に行使することで精度にボーナスを得るというものである。

 よく刑事さんとかが二人一組で行動し、片方が質問しているときにもう片方が観察に回るというシーンが刑事ドラマとかであるけれど、まさしくそれと同じことをするのだ。

 僕と洋輔がこれをするならほぼ十割まで持っていけるので、使わない手もないしね。

 以上、おさらい終わり。

 ……長かったなあ我ながら。


園城(おんじょう)くん。ちょっといい?」

 と。

 一時間目、道徳の授業を終えた直後の休み時間、僕は洋輔を伴って園城くんの席を訪れていた。

 出席番号五番、園城(おんじょう)丈博(たけひろ)くん。

 身長はクラスでも特に高い方で、洋輔と比べても10センチ程度高いから、園城くんが起立して真横で話しかけようとすると、思いっきり上を見上げなきゃいけないのがちょっと気にくわない……じゃなくて、羨ましい。

 まあ、背が高いというのもコンプレックスになりやすいらしいけど、背が高い子には背の低い僕たちのような子の感情など理解できないだろう。やっぱり気にくわな、じゃなくて、羨ましい。

「ん……構わないけれど。鶴来に渡来、何か用?」

 あと補足しておくと、園城くんはこのクラスでもトップクラスの穏健派だ。と思う。まだそこまで断定できるほどの付き合いがあるわけじゃないけど、ものすごい温厚なのだ。

 マイペースっていうか、なんていうか。

 だから身長が高いからと言ってそこまで敵視しているほうではないのだ。これでも。うん。

「いやさ、実は部活でいろいろあって。他の部はどうなんだろうねーって話になったんだけど、洋輔がサッカー部だから、まずは野球部を訪ねるかって話になったんだよ。で、このクラスで野球部に入ってるの、園城くんだけでしょ?」

「ああ、そういうこと……」

「わりいな。ちょっと話聞かせてくれるか?」

 とりあえずバトンタッチは不自然でない程度に。

 質問するのは当然、洋輔であったほうがいい。そっちのほうが精度が上がる。

「……まあ、いいけれど」

 園城くんはそう言って頷いた。

 僕と洋輔は笑みを浮かべて頷くと、そんな僕たちのしぐさが楽しかったのか、園城くんはわずかに笑みを漏らした。

 ま。

 僕の上履きに洋輔の上履きが当たっていることからもわかる様に、今、園城くんは『嘘』をついた。

 『まあ、いいけれど』が嘘ならば、本当は『聞かないでほしい』ということだ。

 何かがあるのは、これで間違いなし。

「で、二人は何が聞きたいんだ? おれも、まだ入部したばかりみたいなものだから、必ずしも答えられるとは限らないよ」

「うん。いやさ、先輩とかとの関係ってどうなってる? 俺、今はサッカー部だから、だいぶその辺緩いんだけど……」

「へえ。サッカー部……ああ、あのサボり魔天才か。野球部も大差ないと思うな、その辺は」

 サボり魔天才……、藍沢先輩の事なんだろうけど、なんていうか、その。

 容赦ないあだ名がついているもんだ。

「先輩はみんな優しいし。少なくともおれたち新入生は、やりやすいよ。ちょっと運動量がつらいけど」

「へえ。野球部の練習、やっぱり運動はすごいんだな」

「サッカーほどじゃないかもしれないけど……、まあまあね。俺は捕手だから、まだマシかもな。その分頭使ってんだ」

「なるほどなあ。しかし園城は捕手か。あれも大概な専門職だろ?」

「あー。俺、リトルやってたから」

 なるほど。

 尚、この中学校の野球部は軟式。そういう意味ではむしろ楽なのかも。

 そして……驚くべきことに園城くん、『まあ、いいけれど』以降、嘘を一つもついていない。

 すべて真実だ。

 いじめは無い……洋輔の気のせい?

 いや、『先輩時は優しい』、『新入生はやりやすい』だ。同学年で、たとえば二年同士とか三年同士とかで、いじめがある、とか……。

「先輩たちの雰囲気は? えっと、先輩同士って意味」

「ん? 仲はいいと思う。結束力については、間違いないし……な」

 これも、真実……。

 同学年代でのいじめもなし。

 珍しいけど、洋輔の空振りか?

「羨ましいもんだぜ。サッカー部は一番うまい先輩があの人だから、いまいちまとまりがなくってな」

「ああ……やっぱりそうなのか」

「うん。それでいて、あの人がいるとしゃきっとするから不思議だよ。あの人うますぎる」

「サボり魔天才が引退した後が見ものだな」

「本当にな」

 園城くんと洋輔が笑い合った。ここにも嘘が一つもない。

「って、あれ。野球部って、顧問の先生、誰だっけ」

佐寿(さず)先生だな」

 不意の疑問を聞くとすっと答えは帰ってくる。そりゃそうか。

 しかし佐寿……佐寿……、あー、なんか、いたような……。

「二年の体育の先生だよ。だからあんまり見覚えは無いかもな」

 なるほど。

「どんな先生?」

「……そうだな。やさしくて……強い、かな」

 つん、と。

 洋輔の上履きを、僕はつつく。

 『やさしくて』が嘘。『強い』は真実だけど、なんかニュアンスが違う。

 これ(、、)、という事だろう。

 野球部が抱えている問題はいじめじゃない。

 顧問の先生による何か。十中八九、体罰の類か。

「だってさ、佳苗。どうだ、野球部」

「うん……まあ、運動部はやっぱりこんな感じなのかなって」

 くすり、と笑いつつ、僕は言う。

「ごめんね、園城くん。いろいろ聞いちゃって」

「いや、別に。これくらいなら、いつでもいいよ」

「ありがとう」

「さんきゅー」

 園城くんの座席から離れて、洋輔の席。

 僕は椅子の反対側、机の前から上半身を乗っけるようにして、着席した洋輔に告げる。

「今日の放課後でいい?」

「ああ。その方が色々と都合もよさそうだ」

「おっけー」

「対策はどうする? どうも面倒そうだぜ、攻略は」

「時間はいくらかあるからね。それまでに考えつくことを祈ろうかなって」

「思いつかなかったら?」

「制圧」

「いつもの佳苗だな」

 いや、洋輔だって大差ないだろうに。

 不満はあったけど、チャイムが鳴ってしまったのでここまで。

 さて、色々と悪だくみをする必要がありそうだ。

 というのも、相手が教師だからである。

 自分の席に戻って、教科書とノートを展開。

 起立、気を付け、礼、着席。

 そんな合図を経て授業が始まり……思考を進める。

 生徒間でのいじめ行為であるならば、現行犯を抑えるのは案外容易である。その上で制圧すればいいだけだった。

 もちろん制圧と言っても、そこまで全力を出す必要はない。可及的速やかに、最低限の暴力で鎮圧すればそれでいい。

 相手がたとえ運動部でも、『護身術』として『殺さない程度に痛めつける技術』をあちらの世界で学んだ僕たちである。手加減をする余裕も大いにあるだろう。

 が、教師と生徒の間で、しかも生徒側が被害者となるとちょっと面倒になる。

 制圧するって一点においては共通するけど、『あと』のことを大いに考えなければならないからだ。

 僕たちが教師を制圧すれば、当然僕たちは何らかの処分、生活指導を受けるだろう。けれどきっと、これでは停学にならない。

 なぜならば学校としても『穏便』に済ませたいからだ。

 僕と洋輔が絡まないならば、たとえば別の誰かが教師を制するだけならば、学校側は停学をちらつかせることも可能だけど、こと僕と洋輔に関してはかなりデリケートに取り扱わなければならない。

 最近は減ってきたとは言えど、いまだにテレビやら雑誌やらからの取材はあるし、その取材の中で『学校は同級生を体罰から助けたら停学を食らった』と言えば、週刊誌辺りは喜んで記事にするだろう。

 だから僕たちに対しては生活指導、口頭注意と口止めが行われる格好になると思う。

 で、学校としては『何もなかった』ということにしたいだろうから、教師側にも処分はあって口頭注意だ。

 そうなると僕たちが気づかないようにより陰湿な形で、体罰やそれに類するものが行われる可能性が出てくる。それでは意味がない。

 だから、必要なのは証拠だ。

 証拠をつかんで、それで取引をするのがいいだろう――メディアを通した外部への公開か、内々に処置するかを突きつける。

 幸い、僕は演劇部。

 ビデオカメラも、備品にあるから……ね。

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