16 - 未知との遭遇
家に帰り、部屋に戻って、制服を脱いで部屋着に着替える。
脱いだ制服はちゃんとハンガーにかけて、軽くブラッシング。
これでよし。
ふと洋輔の様子を窓越しに見ると、洋輔もジャージを脱いでそのまま部屋着に着替えていた。
ジャージは学ランと比べればかなり動きやすいとは思うけど、運動した後だもんな。そりゃ着替えたくもなるか……。
さてと。
今日はいい加減収納スペースを作ることにする。
扉がちゃんとしまっていることを確認してから、天井にふぁん、と錬金術で扉を作る。
扉と言っても見た目ではわからないように、天井の模様に偽装してあるので大丈夫だろう。
そもそもこの部屋の天井を見るのは僕と、この部屋に泊まる洋輔くらいで、お母さんもお父さんもまじまじとは見ないだろうし……。
さて、はしごについては作ってしまってもよかったけど、怪しまれても面倒だ。
よってピュアキネシスを用いて使う都度に作ることにする。
はしごというか脚立かな。それをピュアキネシスで作りつつ、それを上って天井の扉に手を掛ける。
すっとスライドさせて、いざ天井裏。
当然だけど真っ暗だ。
明かりの魔法で少し周囲を確認……断熱材とかが結構敷き詰められてるんだな。
スペースとしては、まあ、申し分ないか。
僕の部屋の天井部分を区切る様にピュアキネシスで壁を作成、錬金術でさくっと固定化。
その時、コーティングハルも噛ませることで音はしていない、はず。ついでにここの防音指定をしておいた。
たぶん大丈夫……だよね?
最後に、天井裏の大きさをある程度頭に叩き込んで、ここに入れられる量を考えておく。
そこそこ広いけど、そこまで大きなものが置ける感じではなさそうだ。
あんまり重いものを置くと最悪、天井抜けるし。
「ま、その時は補強するまでか……」
掃除は手抜きで錬金術。
周囲のごみ類を錬金術でキューブ状のものに変換、それを適当な袋に突っ込んで、あとでごみ袋に入れればおしまいだ。
これで最低限の収納スペースは確保、と。
脚立を少し降りて天井の扉を戻し、着地してからピュアキネシスを解除。
ごみの塊はごみ袋に入れて、ついでなのでこまごまとしたごみも入れて一階へ。
「お母さん、燃えるゴミどこ?」
「そこの箱」
「これか」
というわけでそっちにごみ箱の中に敷いていた袋ごと全部移動して、新しい袋をゴミ箱に敷いてっと。
「そうだ、佳苗。一つ聞きたいのだけど」
「うん?」
「えっと、うらのばさんって誰?」
うらのば?
…………?
「誰?」
「いや、私も全く分からないんだけど。あなたにお世話になった、そのお礼を週末に持っていくから……って話をされてね」
「僕にお世話になった、裏の場さん? なんか妙な名前だね」
「そうよね。困ったわねえ、佳苗が知らないなら、警察に連絡した方がいいかしら。もしかしたらもしかするかもしれないし……鶴来さんちにも連絡しないと……」
「うん……でも、その電話いつごろあったの?」
「今日、あなたが帰ってくるちょっと前ね」
うらのばってそもそもどんな漢字書くんだろう。
裏葉とか?
うーん。そんな苗字に心当たりはないな。
「お母さん。その人、僕にお世話になったって、具体的には?」
「さあ。そのあたりは曖昧に言われちゃったから……えっと、『私の娘が佳苗くんに大変お世話になったので、そのお礼を持参しようとお電話をさせてていただきました』みたいな感じ」
娘……ってことは女子だよな。
僕と今のところ接点があると言える女子は、同級生なら隣の席の渡辺さんと、同じ班の櫓木さん、横見さん。
あとは班が違うけどもう片方の隣が三ヶ田さんだけど……。
うらのば、ではないよな。
男女問わずに五十音で言っても、うちのクラスは東原さん、上木くん、遠藤さんだし……。
じゃあ、同級生以外?
でも同学年で女子と明確な接点なんてないよな。
あるのは部活の二人だけ、皆方さんとナタリアさんくらいだ。
女子ではなく女性って意味では、緒方先生もだけど……。
「娘……、女の子だよね。うらのばさん……。誰だろう」
「やっぱり警察に電話するべきかしら」
「まあ、こっちが心当たりないのに、あっちは連絡先知ってるくらいだもんね……」
そうしたほうがいい……ん?
うらのば?
「お母さん。うらのばさんって、もしかして『ウラノヴァ』さん?」
「ああ、発音はそんな感じだったわね。なんで?」
「…………」
ナタリア・ニコラエヴナ・ウラノヴァだったっけ、フルネーム……。
なるほど、発音とイントネーションがおかしかったから思いつかなかったのか……。
「ごめん。それ、たぶん知ってる人だ。えっとね、演劇部の一個上の先輩に、ナタリア・ニコラエヴナ・ウラノヴァって子が居て。日本人とロシア人のハーフさんなの」
「なた……、うらのば?」
「お母さんって横文字に弱かったっけ?」
「いや、ぱっと覚えられないだけよ。えーと、ニコラエヴナ、ウラノヴァさんか。うん、たしかそんな名乗りだったかも」
単に記憶力の問題か……。
ふうん。だとしたら連絡先を知っているのもまだ納得……か?
「演劇部に入ったから、その時に連絡先を先生に教えてるし。そこからナタリアさんが教えて、ナタリアさんがお母さんにいったとか?」
「ありそうね。でもあなた、そのナタリアさんとやらに何をしたの? 変なことしてないでしょうね」
「変なこと……?」
えっと……なんだろう。
「蛇を沖縄辺りで捕まえてきて、それをプレゼントするとか?」
「確かに変なことだけれど、それを実行するにはまず沖縄まで行かないとダメね……」
「この辺りじゃいないでしょ」
「十五年前くらいに、近くの河川敷に出たって噂があったわ」
「十五年前じゃ僕が産まれてもないよ……。それならまだ沖縄の方が可能性はあるよ?」
「確かに……」
なんか脱線してる気がする……。
「うーん。ドレスを選んだくらい……かなあ。最近だと」
「ふうん。……ああ、そういえばこの前、突然ドレスについて聞いてきたと思ったけど。ひょっとしてその絡みかしら?」
「そのあたりかな。実は今日、学校でナタリア先輩のお母さんが直接お礼が言いたいから、よかったら遊びに来てくれないか、みたいなこと言われて」
「あら。女の子に家に誘われるなんて、佳苗にも春が来たってことかしら?」
「んー。ナタリア先輩、たしかにきれいな人だけど……。好きか? って言われると、うーんってならない?」
「あなたの好みじゃないのね……。というか、あなたの好みってどんな子なの?」
「え? どんなって言われると……、そうだなあ」
好きな子のタイプかあ。
…………。
あれ?
「って、答えるわけないじゃん! そんなの!」
「っち。気づかれたか」
「お母さん。さすがにずるいよ」
「だってあなた、まともに聞いても教えてくれないでしょう」
「まあ」
だからといって自然にこっそり誘導するのはやめて貰いたい。
僕だって男の子なのだ。それなりにそういうことには敏感だしね。
「ま、青春しなさい。せっかくの中学校よ」
「そうだね……うん」
「で、そのナタリアさんのお母さん。明日来るって言ってたけど、何か準備するべきかしら?」
「さて?」
変にもてなしても失敗するだけな気がする。
「いつも通りでいいんじゃない?」
「そう? 必要ならケーキとか買ってくるわよ」
「変に気張ると、あっちもやりにくいよ」
たぶん。
そして翌日の午後一時すぎ。
お昼ご飯を食べ終えて、暇だなあ、ゲームでもしようかなあ、それともいろいろ試行錯誤してみようかなあ、などと考えているときのことである。
インターフォンがなったので、宅急便か何かかな、と応対に。
「はーい」
『お邪魔します。かーくん、の家よね?』
「あ、ナタリア先輩。こんにちは。今開けますね」
ナタリア先輩?
なんでだろう。
……ああ、単にお母さんについてきたのか。
玄関にかかっていたチェーンを外して鍵を開け、扉を開くと、そこにはナタリア先輩と、ナタリア先輩にそっくりな……だけど、ものすごく美人にしたような、すごい女性が居た。何この人。モデルさん?
金髪も青い目もとってもきれいだ。あっちの世界でもここまで美しい人はそういなかった――じゃない。えっと、この人誰?
「こんにちは、ナタリア先輩。……えっと?」
「こんにちは、かーくん」
「初めまして。あなたが渡来佳苗くんね。話は娘から聞いているわ」
娘……娘?
ってことはこの人がお母さん?
「クロット・ニコラエヴナ・ウラノヴァ。ナタリアの母親よ。先日のお礼をさせて貰いたくてきたの。迷惑だったかしら?」
「いいえ、そのようなことは。えっと、玄関でお話も何ですし、中にどうぞ。大したもてなしはできませんが……」
「ありがとう。感謝するわ」
日本語ペラペラだなあ。でもやっぱりロシア人、なのか。
笑みもとってもきれいだけど、不思議と鋭利な印象がある。
偏見かな?
スリッパを出して、ダイニングへとご案内。
「すみません。うち、客間とかないので……だいぶ生活空間でのおもてなしになっちゃいますが」
「むしろありがたいわ。変に構えないで済むから……」
「そう言っていただけると嬉しいですね。……うん。ダイニングでもいいけど、リビングの方が楽かな? あっちのほうがソファあるし……。どっちがいいですか?」
「あたし、できればソファがいいわ」
「じゃあ、リビングの方にどうぞ。飲み物はどうしますか? コーヒー、紅茶、緑茶にほうじ茶。あとはジュース類だとリンゴジュースとジンジャーエール。一通りありますよ」
「あたしは紅茶。アイスティがいいな」
「なら、私もナタリアと同じものを」
「了解しました」
アイスティ、ならちゃんと淹れるか。
おもてなし、おもてなし。
お湯を沸かして茶葉を準備、ついでにドリップの準備もして、その間に氷を入れて、ミネラルウォーターを注いだコップをお盆に載せてはこ……ぶならいっそクッキーとかも出すか。
がさごそと引っ張り出してきた応接用のクッキー類やちょこ菓子をお皿に並べてっと。
……甘いものだけで大丈夫かな?
ま、いっか。
リビングに運んで二人が一緒に座っている前、テーブルの上にまずはおいてっと。
「いま、紅茶淹れてるので。ちょっと待ってくださいね」
「ええ。何から何まで、ごめんなさいね」
「ありがとねー、かーくん。ところで、かーくんのご両親は?」
「この時間はお仕事中なんです。四月中旬からだいたい僕のせいで、お仕事かなりお休みしちゃってましたからね。その分も……ってことみたい」
「あー……ごめんなさい、無神経だったわ」
「いえ。別に悪い人なんていませんよ」
フォローを入れつつ、お湯が沸いたっぽいのでキッチンに戻る。
紅茶を淹れつつ少しリビングの様子をうかがうと、ナタリア先輩はクッキーを食べてるけど、クロットさんは食べていないようだ。
甘いのは苦手かな?
じゃあスコーンでも出すかな。
確か今朝……ああ、あったあった。
味は……品質値を見る限り8206、一級品だから大丈夫。たぶん。
で、紅茶の方も確認。こっちはちょっと低め、7260……。
まあ、それでも二級品だから十分と言えば十分なんだけど、うーむ。
錬金術でやれば特級品なのにな。
ええい、面倒だ。キラ・リキッドいれとこ。
尚、キラ・リキッドの効果は品質値+2000で、万能調味料になる。味は変えないから特に問題なしっと。
うん。ずるだけどバレなければよい。
無事(?)に淹れた紅茶とスコーン、ジャムとクリームを乗っけたプレートを持って改めてリビングへ、そして配膳。
「お待たせしました」
「ありがとう」
「ありがと、かーくん。……思ってた以上に本格的なものが出てきたわ」
「こら、ナタリア」
苦笑交じりに僕は答えつつも、さて、と話に加わることに。
お母さんもあと三時間したら帰ってくるんだけど、さすがに三時間待たすのはアレだしなあ。
「重ね重ね、この子のためにドレスを作ってくれてありがとう。この子ったらよっぽど気に入ったみたいで、持って帰ってきた日は寝るまで着ていたのよ」
「ちょっと、お母さま」
「事実でしょう」
「うう……」
ああ、女の子だなあ。
「喜んでもらえたなら、何よりです。精進しないと、とは思ってるんですけどね……なかなかどうして、難しくて」
「あなたはいつからドレスの裁縫を習っていたの?」
「ドレスを作ったのはあれが二着目ですよ」
「え?」
あ、説明されてないパターンだこれ。