15 - 意外な一面
金曜日。
授業面では何事もなく、放課後に。
今日は洋輔はサッカー部、僕は演劇部と、ずいぶんぶりに別行動をとることになっている。
帰りは一緒の予定だけどもね。
たぶん僕の方が早いだろうから、校庭のあのベンチに集合ということにしてあるのだった。
そんなわけで洋輔とは帰りのホームルームが終わるなり、「また後でね」と話して、僕は部室へと向かう。
この時点で時間が三時五十分とちょっと遅めなのは、荷物をロッカーから引っ張り出すのに時間がかかったからだったり……。
まあ、慎重に動かさないといけないからな、これ。
というわけで、ゆっくりと部室に向かい、到着したのはちょうど四時を知らせるチャイムが鳴ったころだった。
こんこん、と一応ノックしてからドアを開けて、中に入る。
「こんにちは」
「あ、かーくん来た。こんちにはー」
「ちわーっす」
「こんにちは」
そこにいたのは藍沢先輩以外の三人で、どうやらだいぶ遅れてしまったらしい。
反省しながら荷物を持って中に入ると、
「あれ? かーくん、また大荷物だね」
「おれが少し持つよ。これ、普通に持って大丈夫なやつか?」
「あ、ありがとうございます。あんまり揺らさないように気を付けてください」
「おっけー」
鹿倉先輩に手伝われ、ちょっと身軽になって中に入る。
はて。
「今日は藍沢先輩、来ないんですか?」
「サッカー部の方でいろいろあるみたいよー。ほら、あなたには言うまでもないだろうけど、よーくんがサッカー部に入ったでしょ? それでちょっと、チームの調整が必要なんだって」
ふうん。そして洋輔、今度はよーくん扱い……。
どっちなんだ。
「ま、確認とか調整って意味ではこっちも大差ないけどね。ねえ、かーくん。昨日おいてあったあのドレスなんだけど……」
「改善要望ですよね。やっぱり体のラインが出すぎかなーって思ってたんですけど、作り終わってから気づいちゃったもんで……すみません。そのお詫びにはならないんですけど、一応今日、その改善案みたいなものは持ってきていて」
「え?」
鹿倉先輩が持ってくれた箱を開封し、中に入っていたものをいざ発表。
そこにあるのは高さ二十センチほどのお人形が五体ほど。
その五体はそれぞれ、別のドレスを纏っている。
「こんな感じで、五通り作ってみたんですよ。オーガンジーとか、家になかったので、布は仮のものですから、実際の質感とはだいぶ変わると思います。一応それっぽい布を使いはしましたけど……。スカートをギャザースカートでしたっけ、そういう感じにしてラインは出ない感じにしてます。ただ、重ねる枚数によって結構ボリューム感が違って、少な目、多めで二パターン。こっちの方は首回りで、ハイネックにして肌の露出を抑えたパターンと、Vネックで少し強調したパターン。最後の一個は僕なりに色々と考えた結果できたもので、平均的なものになる、のかな。色合いなんですけど、ロイヤルブルーだと全体的に重苦しい感じがやっぱりぬぐえないですね。なので、指定されたいろいよりも少し鮮やかにしています。より淡くしようと思ったら、なんかのっぺりとしたので。色合いは、実際にオーガンジーでやれば見る角度とか照明の強さでちょっと調整できるかも。最後に、これはあくまで仮のデザインで、大体のシルエットを決めただけなので、実際には装飾がもっと増えます。刺繍とかはこういう感じのウェブパターンを入れてみようかな? って思ってるんですが、どうでしょう。もうちょっと派手な感じがいいですか?」
ドレスとは別に鞄に入れておいた、刺繍パターンの試作例を三枚ほど提出。
「待って。かーくん。なにこれ?」
「だから、改善案です。フルスケールで作ると時間かかるので、ミニチュアスケールで簡単に作ってきた感じですね」
「え?」
「それで、ドレス周りはそれをたたき台にして調整していくと思うんですけど、装飾回りも悩んでまして。ほら、白雪姫の衣装は比較的色を使えるので、ある程度華やかなんですけど、こっちの衣装はロイヤルブルーをベースに濃淡をつけるくらいなので、やっぱりちょっと寂しいかなって。重苦しさの解消にもなるかもしれないと思って、簡単なアクセサリーを用意してみようともったら、もう夜中で。さすがにちょっと、そこまでは手が回りませんでした。すみません」
「普通改善案って絵かなにかで再現するんじゃないのかしら……」
「絵よりこっちのほうがわかりやすいでしょ?」
コストはさほどかからないし。
「なんかね。かーくん。あのね。言っていい?」
「はい。なんですか、部長」
「うん。なんかその、私たちが想像しているはるか先のものが出てきてばっかりで、ちょっとした混乱状態なんだよねー。えっと……。かーくんって何人いるの?」
「僕は一人ですけど……」
「だよねえ」
何を当然な事を聞いてくるのだろう。
…………。
ドレスって一日じゃそう作れないものなのかな?
だとしたらこの反応もわからないでもない。
けどなー。もうやっちゃったからな。
しかも二着足す五着も。
となれば、『できる人もいる』という方向で押し通すか……。
「まあ、そのあたりは出来ちゃうものは出来ちゃうので。そう納得してください。で、この五パターンから適当に好みな所とか言ってみてくれませんか?」
「ハイネックのほうが大人っぽいわね。スカートのボリュームは……、悩みどころね。ゴージャス感を出すという意味では、多い方がいいんでしょうけど」
「王様との兼ね合いもありますからねー。ちなみに王様の衣装はどう作るんですか?」
「あんまり考えてないんですけど、大道芸人にならない程度には派手にしようかなって」
ま、王様については資料がすぐに集まりそうだし、そこまで心配はしていない。
それに王様自体はメインにならないわけで、そこまで気合いを入れる必要もないだろうという算段もあったりする。
「って、そうじゃない。そうじゃなくて。あのね、かーくん。実はあたしのお母さまが、あなたにお礼を言いたいって言ってるの」
と、突如妙なことを言い出したのはナタリア先輩である。
うん?
どういうこと?
「お礼?」
「ええ。形はどうあれ、あたしのためにドレスを仕立ててくれた……ようなものだもの。お母さまも、とてもきれいだと喜んでくれたわ」
ふうん。
「ドレスへの憧れとか、正直そこまでわかんないんですよね。男だし。デザインセンスも、だからどうしてもいまいちで……。それでも、喜んでくれたら嬉しいです。こちらこそ、ありがとうございます」
「ええ。それでもしかーくんが良かったらなんだけど、あたしの家に来てくれないかしら。お母さまが直接お礼を言いたいんですって」
「いやあ、さすがにそれは……」
ちょっと足踏みしちゃうよなあ。
女の子の家に遊びに行くだけでも勇気がいるのに、それが先輩って。
なんか変な噂が立ちそうだ。
「そう? 残念」
「いやあ、おれでもかーくんと同じ反応したと思うっすね」
と、フォローを入れてくれたのは当然、鹿倉先輩で。
「大体、女子の家に尋ねる時点で男子社会的にはアウト判定されるんだよ」
「全く、男子はそれだから……。かーくんも似たようなものなの?」
「そうですね。僕自身は、ちょっと勇気が要るなあ、程度で、それこそ職員室に行くのと大差ないんですけど。そのあと、茶化されるのが嫌なんですよね。でも考えてみれば、デートするわけでもないのに茶化されるのってなんでだろ? 家で遊ぶだけなら、別に問題ないのに」
「…………」
「…………」
あれ?
「ですよね?」
「えっと……そうね」
「なんですかねー。かーくんのこの純情に無茶なところ、なかなか強烈ですよねー」
まったくね、とナタリア部長が皆方部長に頷くと、ノックも無しに扉が開いた。
皆の視線が自然と扉の方に集中すると、そこにいたのは緒方先生。
「やあ、みんなこんにちは。それじゃあ、部活動を始めましょうか」
――そして、時間は過ぎて下校時間。
今日の部活動で決まったことを改めてメモしておく。
まず衣装づくりについて、これはほぼ僕に一任されることになった。デザインの調整は追々していくとして、必要なものは部費で購入していいらしい。ただし、購入する場合はその領収書をきちんと学校に提出すること。
次に、王妃様のデザインはハイネックかつボリューミーなスカート、の方向で、かつ袖をもう少し長めにすることに。
刺繍糸の工夫でちょっと色艶は調整できるだろう、とのことだったので、それはちょっと試してみることにする。
尚、刺繍については蝶々をモチーフにすることになった。
たぶん大丈夫だろう。
で。
「ちなみにこの、サンプルのドレス五種って、どうするの?」
「どうもこうも、特に使い道も無いので分解しちゃうつもりですけど。ほしいですか?」
「結構ほしいですねー」
「あたしも……」
「じゃあ半分ずつにしてください。一個余りますけど」
もう『はんぶんこ』とかいう歳ではないと思うけど、まあ、そういうことで。
部室にあった布材は、許可をもらって一通り頂いて帰ることにした。
当面はこれだけ材料があれば、衣装周りは問題ないだろう。
で、次に最低限必要な小物について。
具体的にはガラスの棺、(のようなもの)や小人の人形、王様の椅子に魔法の鏡、小人の家。
結構作り甲斐がありそうである。
で、人形くらいなら学校の外で作れそうだけど、それ以外の小物はちょっと厳しいので、部室などで適当につくることになるだろう。
…………。
あれ?
学校の中で錬金術使えと……?
……解決策が必要そうだ。
少なくとも音周辺はどうにかしないとな……、なんて思いつつ、部室から出て洋輔との待ち合わせ場所へ。
すると、洋輔もちょうど部活の後始末が終わったようで、僕がベンチに座るとほぼ同時くらいにこっちへと駆け寄ってきていた。
「待たせたか?」
「こっちこそ待たせちゃったかなって思ってた。お互い様だね」
「だな」
「そっちはどうだった?」
「うん。なんつーか、藍沢先輩がえぐすぎる」
へえ。
「あれ使ってようやく勝負になるかな……ってくらい。あの人なんでサッカー専業してねえんだろ」
「そこまで洋輔が褒めるなんてね……」
「いや、実際あの動きは中学の部活動ってレベルじゃねえよ。サッカーチームでも有数のプレイヤーじゃねえの?」
「…………」
褒めすぎ、ってわけでもないのかもな。
実際、兼部で演劇部を優先しててもなお、サッカー部で活躍できているわけだし……。
単に演劇が好きなだけか?
それとも、何か別の理由があるのか。
皆方部長のことが好きで、演劇部で一緒にいたい、とかの線もあるよね。
それはそれで純情だし。
でも、別な方向もありうるかな……。
「そんなにうまい子が、なんでサッカー部なんかで我慢できるんだろうね……もっと上手くなりたいとは思ってない、単なる天才ってこと?」
「いやあ、藍沢先輩を天才って言葉で済ましちゃ失礼だ。すっげえ練習した、って感じがありありだもん」
ふうん……?
ならば尚更、なんで……って思っちゃうけど。
個人の事情は個人の事情だ、あんまり立ち入るのもいいことじゃない。
「怪我してる様子はあった?」
「それは気づかなかったな。特に動きにおかしいところはなかったぜ?」
ふむ。
身体の怪我ならまだしも、心の問題だったらますます立ち入れる範囲ではない。
「ま、人の数だけ事情はあるか……」
「知った口を叩くな」
「まあね。それで洋輔、今日は帰り、どうするの。着替えるなら着替えちゃいなよ」
「いや。面倒だしジャージで帰る」
「なるほど」
じゃあ行こうか、と鞄を持って立ち上がると、洋輔は頷いた。
「俺も鞄とってくるから、ちょっと待っててくれ」
「うん」
洋輔、どこに鞄置いたんだろう。
「あ、かーくんだ。こんちわ」
「藍沢先輩。こんにちは」
「そっか。よーくんと待ち合わせしてたんだな」
「そうです」
と、話しかけてきた藍沢先輩は少し疲れた様子だった。
そりゃなあ。回復魔法とか道具もなしに運動部をしてれば疲れて当然だ。
「藍沢先輩って、サッカー上手なんですね。洋輔がすごく羨ましがってました」
「うん……そう言ってくれると嬉しいな。けどま、こっちは遊びだ」
遊び……ね。
「そう考えないとやってらんねえ。まあ、なんだ。演劇部のほうをよろしくな」
「はい」
やっぱり何か裏にあるな。しかも心情的な、精神的な部分で。