14 - 一番身近なアドバイザー
「お母さんってさ。ドレスとかに憧れとか、あった? というか、今もあったりする?」
「ドレス? ……また、唐突ね」
夕食の席。
ご飯を食べつつの雑談で、ふと気になったので話題を振ってみると、お母さんは少し考えて。
「憧れかあ。そうねえ、ウェディングドレスを着るまでは、ずっと『いつかきれいなドレスを着てみたい』とか思ってたわ。今も何か、チャンスがあったら着てみたいわね。でも日々からドレスを着るのは遠慮したいかな……あれ、疲れるのよ」
「ふうん……。どうも僕、そのあたりの感情がわかんなくてさ。ほら、女の子は結構そういうこと気にするんだろうけど、僕、男だし」
「考えを変えてみればいい。佳苗。お前、武者の格好とか甲冑はどうだ?」
「やだよそんなの動きにくいし重いし、挟まると痛いし。夏は暑くて冬は寒いし、座るだけでも一苦労っていうか、下手すると座るとお尻に刺さるしさ。何が悲しくてそんなのにあこがれなきゃいけないの?」
「…………」
「…………」
あれ?
お父さんとお母さんが黙りこくってしまった。
でも実際あれは面倒なのだ。鎧などというものは最低限、心臓と喉を護れればそれでいい。
そういえばあっちで魔法の鎧を着こんでた子がいたけど、あれどうやればいいのかなピュアキネシスに近しい技術だ、みたいなことはいってたから、発想さえできれば僕にもできるのか?
今度試してみよっと。
魔力面ではいくらか余裕が作れるし。
「じゃあ、礼服。スーツとかはどうだ?」
「それもできれば遠慮したいかなあ。そりゃ、ちょっとはかっこいいなあとか思うけど。でもまだ僕には似合わないって」
「あー……そうか。そう考えるか」
うん。
「身長があと二十センチくらい伸びれば、ね。高校生になる頃には着れると良いんだけど……。今の僕が、お父さんたちが着てるような礼服を着たら、それこそ七五三一歩手前でしょ」
「七五三は言い過ぎだと思うけど……まあ、佳苗はちょっと身長が低めだものね」
そういうことだ。
「いっそドレス着てみる?」
「なんでそうなるの……。僕、身長は低いけど、別に中性的ってわけでもないんだから。似合わないって」
「あはは。冗談よ。……でも、なんでいきなりドレスについて聞いてきたのかしら」
「うん。いや、ほら。僕、演劇部に入ったでしょ?」
「え?」
「え?」
お父さんとお母さんは声を合わせて、そして食事の手を止めて僕を見てきた。
あれ?
「言ってなかったっけ?」
「初耳だ」
「ごめん。まあ、演劇部に入ったんだけど、それで次に演劇部で扱うのが白雪姫、なんだよね」
「白雪姫、か。グリム童話としてはスタンダードだし、悪くないかもしれないわね。それで佳苗は何をするの?」
「衣装とかセットを決める係だよ、とりあえずね。それで、ドレスをどういうのにするかーって話になって。王妃様のやつでちょっと話が止まっちゃってね」
「白雪姫の王妃様なら、おどろおどろしい感じ?」
「いや、今回の白雪姫は、王妃様がそこまで悪い人じゃないんだよ。だから、おとなしい大人……って、なんか嫌な言葉だな。えっと、おしとやかな女性、って感じにしたいんだよね。で、王妃って立場にふさわしいゴージャス感がドレスにはほしい。それに加えて、実際に王妃の役をする子が、身体のラインをあまり表に出したくない……って話をしてたから、素材の段階で何を使うか、って話にもなって。オーガンジーって生地を薦められたんだよね。お母さん、オーガンジーって知ってる?」
「ええ」
あ、知ってた。
「そうねえ、ウェディングドレスの、ほら、スカート部分の半透明のひらひら、あるでしょ。あれ、オーガンジーが結構多いわ」
「ああ、ああいうやつか……」
となると、それ単体だとスケスケだな。内側に綿でも入れるか。
で、複数枚を重ねて……ふうむ、見る角度によって少し色合いが変わって見えるようにしても面白いかもしれない。
照明の当て方で少し色を調整できればより良いよね。場面ごとに王妃の感情を表せたり。
ああ、いっそそれなら、コンピュータ制御で色が変えられるとか……いやでもそうなるとプログラミングが必要になるし、どうやって衣装に伝達させるかと彼の問題も……ならもっとアナログな方法、たとえば衣装の袖口なりリボンに隠したところなりに機材を入れておいて、そこのボタンを押すと色が変わる仕組みに……いやまて、でも色が変わるってどういうことだ。どうやればできるんだろう。
ううむ。奥が深いぞ、ドレス。
でもまあ、複数枚の布を重ねるならば案外、実現できるんじゃないかな……?
色の表現は、うーん……。
「ねえ、お父さん」
「なんだい?」
「お父さんの会社って、確かあれ作ってたよね。曲げられる液晶パネル」
「いや、液晶パネルは作っていない。作って『いた』のは有機ELというものだ。そしてあれは採算が合わなくてね。結局は製品化していない。それがどうしたんだい?」
「それって、もう特許はあるの?」
うん、とお父さんはうなずいた。
調べれば出てくるかな?
でもなあ。
ああいうハイテク系って、設計図見せられてもまるで意味が理解できないってのがオチだよなあ。
現物を何とか一つでも用意して、それを重の奇石で増やすか……?
いや待て、増やしたところで応用できるんのかな、それ。
ていうかそもそも有機ELをマテリアルとして認識できるのか?
いやできたとしても、それを錬金術でドレスの材料にした時、思い通りにくみあがるか?
強引に完成品を作る技術とは言えどなんか苦しい気がする。
でもそれと同じくらいにできる気もするから不思議だ。
うーむ。
まあ、一度試してみるだけの価値はあるかな……。
でもなあ。
「有機ELってさ。大きいやつだと、どのくらいのサイズがあるの?」
「一応、大型化自体は理論上できるんだが。ドット欠けとかの不良品が増えるからなあ」
品質値の問題なら賢者の石を混ぜるなり、天の魔石を入れるなりすりゃいい。
それ以外の問題だったらお手上げだけど……。
「というか、妙な質問だな。佳苗、有機ELに興味があるのか?」
「演技の幅が広がるかなーって思ってね。でも、そっか。あんまり大型なのはない……」
「うん。ただ、衣装に有機ELをかましたものは既に存在する。ぴったり体にくっつくタイプのスーツで、全身を光らせるんじゃなくて一部が光る感じだが……メカメカしくて、あれはよかったなあ」
ふうん……。
とはいえ、そういう技術としてもうすでにあるならば、まあ、できるかな?
一度やってみるだけやってみるか。
となると、どうやって有機ELを手に入れるかだよね……。
ま、この辺は土日の休みを使って色々と試行錯誤しよう。
今はその発展段階ではなく、オーガンジーという素材をどう扱うかを考えなきゃ。
あとご飯も食べなきゃ。
「王妃様っぽい衣装って、どんな感じかなあ……。悪くない王妃様。お母さんは何か思いつかない?」
「悪くない王妃様ねえ。白雪姫に限らず、いろいろと考えてみると……、うーん。マリー・アントワネット、とかは違うわよね?」
「まあ、ちょっと違うかな。ていうかあの人王女で、王妃様じゃないでしょ?」
「さあ。そのあたりの線引きはあいまいでいいのよ」
いいのだろうか。『奥さん』と『お嬢さん』って別物だと思うけど。
「ほかに思いつくのは……うーん。難しいわね。でも、中世ヨーロッパの王妃様とか、調べればいくつか出てくると思うわよ」
「中世ヨーロッパ、か」
「白雪姫なら、そこまで的外れでもないでしょう」
それもそうだ。
「お父さん。あとでそのあたり調べたいから、パソコン使いたいんだけど」
「かまわないよ。ご飯食べた後にしなさい」
「うん。ありがとう」
というわけで食後、お父さんのパソコンを操作してインターネットブラウザを起動。
えーと、オーガンジー……、ドレス、で検索。
あ、割とたくさんある。
やっぱり多層型が主流なのか。
複雑なディティールの薔薇をモチーフにした感じのフリルとか、あこがれることはあこがれるけど、王妃様が着ると思うとちょっとな。
前情報通り、ウェディングドレス系が多い。
あと子供用のドレスとか。
白雪姫にある程度世界観を合わせるから、逆にちょうどいいのかな?
それとも、いっそリアル路線で攻めるか……。
ま、色の拡張性とかは、多層型にすることで確保できる。これは素直に収穫だろう。
問題のデザインは……えっと、中世ヨーロッパ、王妃、でいいかな?
検索。
するとそれっぽいものがいくつか出てきた。
これがいいかな……えーと、ギャザースカート?
ボリュームを出すには単純に生地の量でいいのかな。
で、生地の色や柄を組み合わせてある程度操作できる、と……。
上半身は、王妃様にふさわしく大人っぽいのがいい。ハイネック、ってやつがそれっぽいよな。
あとは白雪姫に合わせる形で、トランペット・スリーブという袖の形にして、と。
問題はこれ、色をロイヤルブルーで考えたとき、だいぶ重苦しくなるんじゃないかという点だよね。
ロイヤルブルー自体は淡い青色だし、ギャザースカートのような感じで重ねる一枚一枚は淡くて薄い感じになるけど、それが何層にもなることを考えると……。
ならば、ドレスの生地にこう、ちょっと光る感じのものを入れるか?
やっぱり宝石、ゴールド、シルバーあたりだよなあ。
宝石は使えないから色付きガラス、ゴールドとシルバーはどうしよう……。
本物を買うとなるとかなり高いよね?
銀はそうでもないかな。
いざとなったらアルミとか……。あれも圧縮すればそこそこきれいになるし十分だろうし、アルミ箔から作れるからな。
ティアラとかアクセサリの方向もついでに調べよう。
えーと……ああ、その前に。
「あ、お母さん。もう一つ質問」
「うん?」
「あのさ。イヤリングって痛いんだよね?」
「そうねえ。シリコンキャップとかでだいぶマシにはなるけど、長時間は痛いわ。なんで?」
「白雪姫の衣装のコーデで、やっぱり耳周りが寂しいかなってなって」
「テープとか、接着剤を使えば?」
「あるの?」
「あるわよ」
と、お母さんが見せてくれたのはつけまつげをくっつけるようの接着剤のようなもの。
ちょっとやそっとじゃ外れないらしい。ふうむ。
「こういうの、どこで売ってるかな?」
「大抵の薬局にはおいてあると思うわ。というか、演劇部でそういうのを使うなら、女の子に買ってきてもらった方がいいわよ」
「あ、そっか」
なにもそこまで僕が用意する筋合いはない、と。
そりゃそうだな。
「へえ。ティアラとかも調べてるんだ。こういうのあこがれるわねー」
「ふうん。僕はどうも、なんかね。ヘアピンくらいならしてもいいけど、似合わないだろうし」
「あら。やってみないとわからないわよ。やってみる?」
「必要ないからいい」
「残念」
何がだろう。
「で、お母さんはどういうティアラが豪華って思う? やっぱり金ぴかなやつかな。それとも宝石がたくさんある方?」
「どちらかというと宝石がどんとあって、あとはシルバーがきれいな模様になってるやつとかがいいわね……」
ふむ。
青系統の宝石というと、サファイアとか……?
いっそ賢者の石とか、エッセンシア凝固体でもいいかも?
でもさすがに、万が一成分分析されたときに困るか。やめとこ。
「もう一つ聞いていい?」
「ええ」
「えっとね。そのドレスは、ロイヤルブルーになる予定なの。色が。で、そこにアクセサリで光を入れたいんだけど、どういうのがいいかな」
「佳苗はどう思うの?」
「シルバーとか、銀色系統のを胸元にがっつりやって。あとは腰回りにもちょこちょこと入れる感じ。袖とかもね。ただ、宝石……イミテーションだから実際はガラスだけど、その色とかに悩んでて」
「ふうん。下地が青なら、ピンク色とかも結構いいわよ」
ふむ。
色々と試してみるか。
「ありがと。参考になったよ」
「ええ。……でも佳苗、そんな都合のいいドレス、用意できるの?」
「なんとかね」
「ふうん。最近の専門店ってすごいのね……」
私が学生だった頃にはそんなのなかったわ、とお母さん。
そりゃ錬金術を持ち込んだの、たぶん僕だし。つい数十日前まではなかったんじゃないかと。
「色の組み合わせとか。結構大変だね」
「そうね。デザイン系の本、今度探してきましょうか?」
「いいの?」
「そのくらいは良いわよ。さすがにこういうドレスは買ってあげられないけど」
やった!
僕的にはドレスよりもよっぽど価値があるよそれ!