160 - 存在立証野良猫評価
「速報です。
「本日午前五時頃、広川河川敷で、十二歳くらいの女の子が発見、保護された事件について、警察は『先ほど保護された女の子が、八年前に行方不明となっていた来栖冬華ちゃん本人であることが確認された』と正式に発表しました。繰り返します。本日未明に発見された女の子は、八年前に行方不明となっていた来栖冬華ちゃん本人であることが確認されたと警察が正式に発表しました。来栖冬華ちゃんに目立った外傷は無く、空腹状態ではあったものの意識ははっきりとしており、命に別状はない、とのことです。
「この事件の詳細に関しては、後ほど詳しく紹介いたします。
◇
……などというテレビのワイドショーを眺めつつ、僕はリビングのソファに身を委ねていた。
そんな僕の横には洋輔がいて、まあ、今日は学校が臨時休校と相成っているし、僕たちの家の前には大量のマスコミが詰め寄せていた。
もちろんというか、両親も今日は会社をお休みしたようだ。ていうか今日はさすがに外に出れまいよ、これ。
「それで佳苗。……なにか言うことは?」
「えっと……。とりあえず猫の餌は最低限あるから、二日分は大丈夫。そこからさきはなんとか、調達しないとだめかな」
「…………」
そうじゃない、というお父さんの視線は、無視。
実際。
事実として警察がつかんだのは、河川敷で来栖冬華らしき少女を発見したのは彼女を探していた母親、『クロット・ニコラエヴナ・ウラノヴァ』であり、彼女の通報を受けて一度警察署に少女も連れて行き、来栖夏樹さんによって本人確認の後、おそらく本人であること、そして遺伝子検査に入っている、というところだろう。
そこに僕や洋輔は全く絡んでいない。
ということに、クロットさんが全力で手を尽くしてくれたようだ。
もっとも、そうはいってもその前日に僕がクロットさんに連絡を入れていることは割れているし、実際その先から軽めの追求は受けていたんだけど、特に他愛の無い話をした、演劇部で使う衣装に関してクロットさんの意見を聞きたかったと僕は主張。
へその緒とかの物証も河川敷の段階で返却もしているので、僕や洋輔が関与した証拠は一切残していない。はずだ。
「聞き直そうか。今朝、なんで佳苗たちは外に勝手に出ていたんだい?」
「……この子が逃げちゃって」
と、僕がなでているのは例の黒猫。
結局名前は『亀ノ上』となった。僕は亀ちゃんと呼んでいて、洋輔は上様と呼んでいる。何か致命的にニュアンスが違うような……。
「それを追いかけたんだよ。すぐに見つかって良かった」
「…………」
まあ、この部分については嘘でしかない。
それでも両親にはこれで納得してもらうしか無いし、僕も洋輔も、今回の件――来栖冬華の擬似的な蘇生復活――は、誰に話すことも無いし、それは彼女にしたってそうだろう。
彼女はあくまでも言葉を理解はできてもしゃべれないの方向でしばらくは進めると言っていたし、そしてクロットさんたちも、しばらくは手が止まると思う。
もちろん、なぜ僕たちが彼女を見つけることができたのか。
一体どうして、遺伝子情報を参照しなければならなかったのか。
そんな不信感はもたれただろうから、再び手が動き始めれば、そのあたりをついてこられるんだろうけれど……。
だとしても、しばらくはクロットさんもナタリア先輩も、そして夏樹さんだって率先しては動くまい。
まずは『来栖冬華』の状況を把握し、そしてその上で今後についての方針を相談し始める、はずだ。
それらが終わってようやく僕たちに向くだろうけど、その件に関してもあんまり表には出さない形だと思う。
クロットさんが僕たちの関与を隠しきったのが、それの根拠である。
「はあ。まったく、危ないまねをしないでくれよ。洋輔くん、君もね。……何事も無くて、本当に良かった」
「はい。ごめんなさい」
「ごめんなさい……」
ともあれ、そんな訳で今、僕たちが両親に謝っているのも、あくまでも勝手に誰にも声をかけず、朝に家を抜け出した件に関してである。
その上で今もやっているように、僕たちの失踪事件と並べて語られることの多かったもう一つの失踪事件の突然の進展。
さらに心配にもなるよな。
「まあ、あなた。その辺にしておいてあげなさい。この子たちが特に関連したわけでも無いのだから」
「そうは言うがね。もしもがあったら困るんだ」
「そりゃあそうだけれどね。もう少しこの子たちを信じてあげないと」
もちろん適正な心配はひつようでしょうけど、とお母さんは言って、クッキーを盛り付けたお皿をテーブルに置く。
そして、僕たちの前に紅茶を置いた。
この前買ってきた茶葉でいれてくれたのだ。ダージリン系かな。
「もちろん。あなたたちが反省してるからこの程度で済ましてあげているだけで、結構怒ってるからね」
「うん」
「はい」
「にゃあ」
「だめだよ、亀ちゃん。熱いからねー」
「にゃあ……」
まあ。
そんなわけで、両親の怒りの方向も、あくまでもそちらに限られている。
来栖冬華ちゃんの発見に僕たちが関連しているとはさすがに想像もできないだろう。
「ところで。今回はどのくらいで帰ってくれるかな、外の人たち」
「さあ。直接の関係は無いわけだし、二日もすれば飽きて帰ると思うけれど」
「見つかったのはいいこと、なんだけれどね……。困ったものよ」
肩をすくめて言うお母さんに、そうだな、とお父さんが同調した。
騒がしいのは最初だけ。
すぐに沈静化するだろうと読んでいるようだ――
――ゆらり、と。
そんな僕たちの前、机の上の空間が揺らいで、あの野良猫が現れる。
「多少の助力はした……小さな調整はこちらで行ったとはいえど。たいしたものだね。ほとんどこちらは手出しが必要なかったよ。まったく、あの白黒世界の技術はでたらめだよね。……まあ、君たちはある程度配慮してくれているし、彼女も君たちに習うだろう。だからこそ許した例外措置のようなもの……と言いたいところなのだが、できれば今後は二度とあのような事は控えておくれ。もちろん一方的に封じたり、その行為を禁ずることは今後のためにもよろしくないからねえ。それに君たちのその、材料さえそろえれば生命でさえも作ってしまうと言う技術は、いずれ活きる場面もありそうだ。だからこれはお願い……そのお願いのためにも一つの報酬と、二つの事実を教えてあげよう」
野良猫は机の上でくつろぐように言う。
例に漏れず、周囲の様子はまるで時間が止まっているかのようだ。
「まずは報酬から。渡来佳苗。君が行使したラストリゾートの代償は今回、世界の方で支払おう。発動時の魔力は消費するべきモノである以上、そこまでは代替してあげないけど、そこは代償じゃ無いから別にいいよね?」
まあ、別にその辺はいい。ていうか魔力以外に行使者に代償があるってことか、それ。知らなかったぞ。
「さて、次は事実についてだが……。君たちはこの世界が君たちの生まれた世界の地球では無いのではないかと、そう考察していたね? それに関する事実を告げてあげよう。半分正解だ。確かにこの世界は君たちが生まれた地球ではない、それを元に再生成されたそれだ。だが、全く原典と関係が無いわけでは無い。それは君たち陰陽互根が特異点として、世界に点在する極点を通して原典を含めたすべての極彩色に干渉しているからだ。君たちが観測した事象は他の地球にも適応される。だから君たちは今回、来栖冬華を擬似的にとはいえ蘇生復活しそこに観測したことで、すべての極彩色の地球において来栖冬華は『帰還した』と見做される。わかるかな。わからないかな。まあ別に君たちが理解しようとするまいと関係は無い……取引として、一応教えてあげていると言うだけで、あまり積極的には教えてあげたくないことだしね。とはいえ重要なキーワードは教えたよ、陰陽互根が特異点であること、そして極点、複数の地球。これで十分かな」
…………。
さらっといろいろとぶち込んでくるなあ。もうちょっとこう、順を追って説明してほしいんだけど。そういうわけにもいかないんだろうな……。
「最後に二つ目の事実。これもまた、君たちが考察していたことなのだが、確かに君たちはまだ『来たりの御子』という契約の下にある。それはもしまた、この極彩色が別な世界から要求をされたとき、君たちを送ることで解決を図るという意味だ。君たちの寿命が先に来たらもちろん仕方が無いから新任することになるのだろうが、そうでないならば君たちにお願いすることになるだろう」
別にお願いする分にはかまわないけど、帰還したときに怪しまれない方法で異世界に送ってほしいものだ。
以前みたいに失踪ってなると今回もそうだけど、すっごい大事になる。
「ああ、うん。二人して同時に全く同じような突っ込みをしてくるとは、驚きだね……使い魔の契約などと言うモノも、“一時停止”されている今ならば役に立っていないだろうに。陰陽互根としての君たちがそうさせているのかな? あはは、余計なことをしゃべってしまったかな、失礼失礼。さて、このあたりで勘弁してくれるかな。来栖冬華の存在証明はこれでおしまいだ」
待った。一つ確認。
「…………。まあ、いいだろう。何かな?」
諸々の代償についてはまあ別に、僕たちの方で調べるからいいんだけど、一つ確認。
今の来栖冬華、あの世界におけるフユーシュ・セゾン。
彼女の地球での記憶は、戻る可能性があるのかな。それとも、無い?
「また、難しいところをついてくるね……フユーシュ・セゾンが、来栖冬華としての記憶を取り戻せる可能性か。正直それは解答しかねる。しかねるといっても、解答したくないと言う意味じゃあ無い。解答できない。解答がわからない、それが答えだよ。何せ、来たりの御子の失敗例が帰還した例は過去に一度も無いからね。彼女が失敗例であることは間違いなく、であるならば彼女の記憶が戻ることは絶対に無いはずで、だからこそこの世界に帰ってくる可能性でさえも絶対に無いはずだったのだ。しかし彼女はあの異世界の奇跡を最大限に活用し、形はどうであれ実際のところはそこまで望んでいなかったとはいえ、この世界に居る君たちを利用することで擬似的に帰還を果たした例外的な存在なのだ。前例が無い。だから彼女がどうなるのかは正直わからない……ただ、まあ、基本的には『ない』と思うよ。そうだね、君たちの考察にあわせるように表現ならば、君たちは『渡来佳苗』と『鶴来洋輔』であるのに対して、彼女は『フユーシュ・セゾンの記憶を持った来栖冬華』……というのが適切だろうからね。もちろん、完全に否定はできないというのもまた事実だが」
なるほど……。
…………。
いや、僕たちとしてはありがたいんだけど、そっか。僕たちは僕たちなのね。
てっきり『渡来佳苗の記憶を持ったカナエ・リバーの記憶を持った渡来佳苗』とかの方だと思ってたよ。
「え?」
いやだって、さっき君が答えを言ってくれたじゃない。
まあもう僕たちは使い魔の契約もしちゃってるし、いまさら解除するのも魔王化した意味が無くなるからこのまんまだろうけど。
「あっ――」
――ぱちり、と。
まばたきができたと思ったら、野良猫の姿がかき消えていた。
そして何事も無かったかのように両親は紅茶を飲んでいて、亀ちゃんはクッキーに手を伸ばそうとしている。
…………。
洋輔に視線を向けると、
(なんつーか。あの存在も大概ドジだよな……)
と洋輔の思考が伝わってきた。
全くだ。
いやまあ、僕たちとしては本当にありがたいんだけどね……。
(で、特異点。極点。複数の地球、観測者としての俺たち)
他の地球も僕たちの観測によってどうこう、とか言ってたもんね。
頑張れば別の地球にも行けると言うことだろう。
半分正解、半分間違いというのは、ここは確かに僕たちが生まれた世界だけど、生まれた地球とは別って事かな……。
(まあ、そう解釈するのが妥当だろうけど、じゃあなんで地球を複製したんだろうな……)
そこがちょっとわからないよね。どうせ僕たちの観測がすべての地球に適応されるならば、何も複製することに意味は無いような。
保険みたいなものか?
妙な後味を残しながらも、こうして僕らは日常の色を変えてゆく。
◇
――極彩色から、中間色に。
[EOF]
お付き合いいただき、ありがとうございます。
『これが』、彼らの選んだ決着であり、そしてだからこそ、イグジストはここで終わります。
次話、あとがきです。