13 - 洋輔の青春
さて、放課後。
今日はサッカー部に洋輔が参加するということで、……あれ?
「……ねえ、洋輔」
「ん?」
「いやさ。今日体育着忘れたじゃん?」
「おう」
「……サッカー部ではどうしようと思ってたの?」
「体育の授業の後、人長あたりに借りようかと思ってな」
なるほど。
人長くんと洋輔は席が前後という近さなこともあって、そこそこ親密らしい。
そのくらいのお願いなら聞いてくれる、か。体の大きさも変わんないしな。
「ていうか、サッカー部ってどうなんだろう。着替えていった方がいいのか?」
「さあ……。でも前に見学しに行ったときとかは、みんな最初から体育着だったよね。ていうか、ジャージ姿」
「あ、ジャージ持ってきてねえ」
「僕も今日はただの体育だからいらないと思って持ってきてないよ」
「…………」
まあ、なんだ。
洋輔らしいと言えば洋輔らしいな。
なんて話をしながら校庭へ。
洋輔の手の中には仮入部届、洋輔の荷物は僕が預かって、例によって校庭に置かれたベンチに座って待つことにする。
ちょっと遠いから話声は聞こえてこないけど、洋輔の表情を見る限り、特に問題はなさそうかな。
とか思ってたら、洋輔が部活の子たちに取り囲まれた。洋輔のことだ、大丈夫だろう。
僕としてはそんな洋輔の様子を見ているだけでも結構それはそれで楽しめそうなのだけど、ちょっと今は考えなければいけないこともあるので、それを片付けることにする。
具体的には、衣装周りの調整だ。
王妃様のドレスの具体像が全然浮かばん。
身体のラインを出さない……って言われても、それ、どうやればんだろう。
その上で王妃という立場にふさわしい、厳かな感じも出さないといけないわけで……。
あんまりフリルとかは使えないよなあ。
なんて、洋輔が準備運動を始めたところだった。
ふと妙な気配を感じて魔力をメガネに通すと、よくわからない矢印が出ている。なんだこれ。
僕に何かが向かってきてる?
「居た! かーくん! 確保!」
「え?」
とおもったらこれ……網!?
「これで逃げられないからねー。かーくん。かーくん!」
「えっと……こんにちは、皆方部長。別に逃げも隠れもしてませんけど、何かありました?」
「何もどうも、部室のアレ何!?」
「あれってマネキンですか? あれはあった方が便利かなと思って持ち込んだんです。邪魔なら持って帰りますよ」
「そっちじゃなくて! ドレスの方!」
「ああ。失敗作の話ですか」
ちょうどいい相談相手が向こうからやってきてくれた感じだった。
僕は網をなんとか排除して、部長にノートを向ける。
ノートにはドレスの想像図……を、僕が僕なりにアレンジしたものがいくつか描いてある感じ。
「あ、これが改善案? すごいねー。あ、このドレス可愛いかも。私こういうのも着たいなー」
「でも白雪姫ですよ? そんなおとなしいドレス着ないんじゃ?」
「ほら、王子様と結婚した後とか」
なるほど、その後を表現……って、やっぱりもうそれは白雪姫とは関係が無いような……。
大体何色をモチーフにするのだろう。白?
それこそウェディングドレスになるぞ。
「じゃなくて! かーくん、あのね。部室で今、ナタリアがあのドレス着てて」
「なんで失敗作をわざわざ……」
「いや、だってあれはあれで完成品でしょう? 実際、ナタリアはものすごく喜んでたわよ。『ああ、こういうドレスなら着てもいいかも』って」
「でもあれ、ライン出すぎなんですよ。だから、ラインを隠すようなドレープ構造とかを入れたいんだけど、それをいれるとどうしても妙な感じになっちゃって。かといってフリルを入れると子供っぽいですよね。ふんわりとさせつつ大人の女性! って演出はかなり難しくて……」
「あー。ってそうじゃなくてね。かーくん、あれもまさか一晩で作っちゃったの?」
「はい」
白雪姫のドレスはほぼ瞬間的に作れたけど、あっちのドレスは一晩かかった上で未完成のようなものだ。
そう考えるとやっぱり難易度が高い。
こう、アニメ調のデフォルメをどこまでしていいのかがわからない感じ。
「今度、洋画とか見てみるかあ……。ドレス。ドレス。んー……」
「かーくんって、あれだね。ドレス作るのがものすごく上手なのに、そういう基本的なデザインとかは知らないんだ?」
「というか、僕はそもそもドレス作り自体、白雪姫のアレが一着目ですし。ナタリア先輩のやつが二着目ですよ」
「えっ」
えって驚愕されてもな。それが真実なわけで。
「色々と調べながら作ってはいるんですけど……。うーん。生地、何がいいのかなあ。王妃様。王妃様。やっぱりシルクかなあ……」
「うーん。オーガンジーとかダメかな?」
おーがんじー?
「えっと……インドの指導者?」
「かーくん。それじゃあoh! ガンジー! になっちゃうよ」
「すみません。いやボケじゃなくて、本当に知らないんですけど。どんな奴ですか、それ」
「えっとね。子供用のドレスとか、お人形さんの服とかに結構使われてるんだけど、薄手で少し透ける感じの布だよ。ちょっと裁縫が難しいみたいだけども。チュールと違って、ちょっと主張が強い感じかな?」
「あー……」
あの布の事か……な?
ジョーゼットと最後まで悩んだやつ。
「リボンとかにも使われてるやつですか」
「たぶんそうね。部室にもあるけど、裁縫部のほうがそのあたりは詳しいと思うわ。あとで一緒に行ってみる?」
「えっと。今日は洋輔の付き添いなので、早くても明日になります」
「そっか」
ちょっと残念そうな皆方部長だった。
ちなみにその洋輔は、リフティングをやっている。
なんか違和感があるので眼鏡で見てみたら、矢印を変更しているようだった。
ずっりー……。
僕も人の事言えないけどさあ。
「ちなみに、皆方部長。なんで僕を探してたんですか?」
「あ! そうそう、だからね、かーくん。突然ドレスがばーんってあって、とりあえずナタリアが着て。で、褒めないと! って思って探したの!」
「そうですか。わざわざありがとうございます」
「かーくんは男の子だから、あんまり感慨が湧かないのかもしれないけれど、女の子ってああいうドレスがすごく憧れなのよー。私もそうだけどね。ナタリアったら、『失敗作として捨てるくらいなら持って帰りたいくらい』って言ってたわ。あ、それについても確認なんだけど、持って帰らさせてもいいかな?」
「僕は構いませんけど、あれ、部費で買った布材が材料ですよ。部としてそれは良いんですか?」
「いいんじゃないかな?」
「一応緒方先生に確認を取った方がいいかと」
「それもそうね。じゃ、私はこのままさゆりん探してくるね!」
「はい。たぶん職員室か部室だと思いますよ」
「うん! じゃあかーくん、また明日ねー!」
ばいばーい、とそのまま去っていく皆方部長。
…………。
「網おいてかれた……」
どうしろと。
まあいいや、何かに使えそうなら使ってみよっと。
あと、メモ。オーガンジーって素材について、帰ったら調べてみないとね。
お母さんなら知ってるかな?
知らないならインターネットで検索してみるか。
お父さんもそういうことならパソコン触らせてくれるだろうし。
あとは装飾だな。コサージュ的なものとか?
それも布で作るなら、色々と考える必要があるなあ。
ふう。息抜きしながらいろいろ試すか。
洋輔に視線を戻すと、なんだか曲芸のような動きでリフティングをやっていた。
けど相変わらずズルをしている。そりゃあんな動きでもリフティングが成立するのは矢印を無理やり書き換えてるからだよな。
しかしかなしいかな、そんな矢印を見れるのは僕と洋輔だけである。
だからほかの子たちは『ありえねえ』とかつぶやきながらも、目の前で起きているそれを事実として認めざるを得ないのだ。
なんたる理不尽。
僕が言う資格はないけど。
しかし、洋輔がサッカー部ねえ。
シュートはむりやり枠内に持っていけるし、シュート力自体も上乗せは簡単。
チームプレイが必要だけど、個人技がものをいう場面も多いし、相手からプレッシャーを物理的にかけられるシーンも多い。
そしてその物理的なプレッシャーは矢印への干渉でものともせず、死角からの動きも矢印が生じる以上は予知できて、逆に相手の奇を衒ったものも大丈夫……。
ポジションどこになんのかなー。
究極的なことを言っちゃえば、洋輔がキーパーやってもいいんだよね。
後ろからがっつり、相手のシュートを予知しつつ勢いを殺せる。
でもフォワードも捨てがたい。点を取られなければ負けないけど、点を取らなきゃ勝てないのだ。
PK戦になればキーパーの比重は当然上がるけど、待機しながらでも矢印の干渉は簡単だろうし……。
ま、それをいえばベンチでゆっくりしながら矢印の干渉待機が一番なのかな?
でもまあ、それじゃあ運動になんないか。
ふと時計を見ると、四時十分。
ま、一時間以上はあるから、色々とデザイン出してみよっと。
「佳苗ー。待たせたか?」
「ううん。こっちはこっちでいろいろやってたから、あんまり」
「そっか」
洋輔は汗をシャツでぬぐいつつ言って、僕の横に座った。
汗をかいている割にまったく疲れた様子が無いのは、回復魔法使ったからだろうな。
「あれ、俺の鞄は?」
「ここ」
「ああ、すまん」
「着替えてから帰るの?」
「その方が自然なんだけどめんどくせえ」
いうと思った。
「じゃ、僕の家に直行かな?」
「そうさせてくれるとありがてえ」
うん。
「で、洋輔。どうだった、部活は」
「うん。なかなか、楽しいな」
「そりゃあんだけ好き放題してればね」
「お前には言われたくねえ」
ごもっとも。
「でも俺、やっぱりルール回りあんまり覚えてねえや。野球と比べりゃまだわかってる方だけど、それだけだった」
「ふうん。オフサイド! とか?」
「その辺りはむしろ覚えやすいんだよ。ただスローインとか、その辺がどうも」
あー。地面に両足がどうとかそういうルールか。
「確かに、大雑把にルールを知ってるのと細かくルールを知ってるのって別物か」
「そういうこと。ましてやサッカーを真剣にやってるやつらはそれこそ、小学校とか、それ以前からボールに触れてるからな。ボールの操り方についてはともかく、それ以外の駆け引きとかはやっぱかなわねえや」
とはいえ、ボールをどうこうする類のスポーツだから、洋輔が本気でずるをしようとおもえばどうにでもなると。
ううむ、この理不尽。
「で、顧問の先生はなんて?」
「とりあえずルール覚えて来いって言われた。ボールに触れるのも忘れずに……。ただ、ルールさえ覚えたら試合に出ろ、とも言われたぜ」
「…………」
洋輔、それ、間違いなく敵ができる奴だと思うけど。
ぽっと出の途中入部、しかも素人が、突如レギュラー一枠かっさらうって。
まあそんなことを気にする奴でもないか……。
それに冷静に考えると、藍沢先輩も似たようなもんだしな。
あと、体育の授業中にも助っ人がどうとか言われてたし。
もしかして部員が十一人すらいないのか?
それはそれで不安だ。
ため息を我慢して、僕は自分の鞄からタオルを取り出し洋輔に渡す。
「はい。汗ふき」
「さんきゅ。帰るか」
「そうだね」
ベンチから立ち上がって、そのまま正面玄関を通って校門を出て、そのまま下校の道すがら。
遭遇した野良猫は二匹。
今回はマリアちゃんとオクトくんと名前を付けておいた。性別合ってるかわからないけど。
「相変わらず適当だな……」
「野良猫だからねー。あんまり手なずけちゃうと、それはそれで怒られるんだよ」
経験談として。
その後も適当な雑談を挟んで僕の家に到着。
「ただいまー」
「おじゃましまーす」
「おかえり、いらっしゃい」
「部屋にいるからねー」
一応一声かけて、自室へと。
で、部屋に入ったら窓と扉が閉まっているのを確認して、洋輔の体育着を錬金、ふぁん。
まあ、味気のない感じだけど、普通の服になったので良しとしよう。
「下着はたぶん変わってないと思うけど」
「ん……ああ、大丈夫みてえ。さんきゅー」
「うん。あ、そうだ。洋輔さ、オーガンジーってしってる?」
「知らん。何だそれ?」
「だよねえ。いや、生地の一種らしいんだけど」
「なんでそれを俺が知ってると思ったんだよ」
「いや、知ってるとは思えなかったけど、一応聞いておこうかと思って」
あんまり期待はしてなかったけど、一応聞いておくのが礼儀かなって。
んー。やっぱりネットで調べるか。