156 - 黒猫ゴール説
いろいろと済ませた後、一応家にも電話を入れて猫の受け入れが可能なのことを確認、とりあえずオッケーだそうなので、そのまま一緒に移動することに。
「名前もつけてあげないとだな」
「だね」
で、江藤さんにきいたところ名前は改めてつけてあげてほしい、とのことで。
どういう名前にしようかなー。野良猫じゃ無い以上、ちゃんと名前は固定しないとね。
その辺は諸々終わらせてからにしよう。
「それでいいね?」
「にゃん」
許可をいただけたと言うことで自宅まで移動。もちろん野良猫はちょっと遠慮してもらって、素直にだ。
そして洋輔には直接一度僕の部屋に来てもらうことにする。
説明は必要だろう。
「で?」
僕のベッドを椅子代わりにして洋輔は言う。
ちなみに僕はというとキャットタワーをふぁんと組み立て、その上に受け取った猫を置いた。
「説明してくれるんだよな。どうしてその猫が、そして一体何のゴールだって言うんだ」
少し長くなるよ、と前置きをして、僕はいよいよ話し始める。
ここまでの違和感を、共有するために。
たとえそれで、もう引き返すことができなくなってもだ。
まず第一に、僕たちは遅かれ早かれ、この黒猫というゴールにたどり着くようになっていた。
それはどんなゲームにも、オープンワールドやサンドボックス系統のものであったとしてもとりあえずのエンディング、クレジットが流れるタイミングがあるというやつ。
根拠はいくつかあるけれど、江藤さんと僕、あるいは江藤さんと洋輔は、必ずどこかで知り合うようになっていたに違いない。
少なくとも一年三組、同級生の男子全員は何らかの接点があるだろう。
「またずいぶんと暴論を吐くな」
例えば僕が入る可能性があった部活を考えてみてほしい。
剣道部、将棋部、バレー部、演劇部、工作部。このあたりだ。
剣道部ならば茱萸坂さんにつながって、そこから江藤さんの存在を知っただろう。
将棋部の場合は皆月竜王、からその子供さんを介して、江藤さんと知り合った。
バレー部は美土代先輩を通して、実姉である茱萸坂さん、そしてそこから江藤さん。
演劇部は皆方部長……を介するまでもなく、そもそもOGに茱萸坂さん。
「工作部は?」
部活間協定から演劇部につながる。工作部に限らず、裁縫部も軽音部も吹奏楽部も合唱部も美術部も新聞部も、まあ、大概の文化部はそこから否応なくつながるわけだ。
「サッカーは」
藍沢先輩がいる。そこから演劇部につながっておかしいこともない。
「テニス」
名目上は来島くんが参加していて、そこからクラブチームのサッカー、で藍沢先輩につながる。
「……バドとか」
バド部に入っている人長くんはそもそも江藤さんの家のご近所さんだ。
「バスケ」
信吾くんがいる。知っての通り信吾くんは葵くんと涼太くんと仲がいい。
「じゅ、柔道」
園山くんは昌くんと仲いいんだよね。
「野球……」
断言はしかねるけど、野球部の部室には猫が居る。その絡みからいろいろとつながるだろう。
「……マジか。いや、こじつけっぽいところもあるけど、確かに……」
ちなみに今質問にはなかったけど、陸上部ならば佐藤くん。そしてその佐藤くんは地味に涼太くんと仲がいい。
偶然にしてはできすぎだ。
かならずなるように調整されてると見るべきだ。
ただ、調整されているのはクラスの仲間たちじゃない。
ゴール地点の配置の方だ。
「つまり『いつかは必ずたどり着く』場所に、その黒猫が配置されていた。今回はたまたま、江藤って人の家に配置されたけれど、それは俺たちがどんな行動をしたとしても、必ずたどり着ける共通点がそこにあったから……?」
もちろん、そもそも人間関係なんて間に二人も挟めば大概の人と『知り合い』になれるだろう。
それをより強調した形で位置を定めた。
だから、この黒猫に与えられた役割はつまり暗喩であり、そしてつまり啓示なんだろう。
気づいてないなら気づきなさい。
気づいているなら答え合わせだ。
いくつかの思い当たる場所ができて、あらためて会って――そして、答えが合っていたから、あの時あの子は、そう訴えかけてきた。
『君も彼も勘違いをしている。私と同じように、似たような勘違いをしている』
『やるべき事はわかっただろう。ルールは同じだ』
僕たちの勘違い。それは、『僕たち』の事じゃない。
そして、『僕たちの状況』のことでもない。
あのとき。
現実を疑ったとき、僕は魔王化をすることで契約をなせば、当面はお互いの証明ができる、だからそうしてしまえば問題は無いとそう論をすり替えた。
洋輔のことも考えたかったし、僕のことも考えたかった。結局、僕は結論を出すことから逃げたんだ。考える時間がほしかった。それは洋輔も一緒だろう。だから僕の提案に乗ってきた。
……洋輔ならば気づいていたはずだ。あのとき、致命的なまでに方向性が変えられていることに。
「……それでもあのとき、俺たちが疑ったのは確かに俺たち自身でもあった」
そう。僕も洋輔も、確かにそこも疑っていた。だけれどその疑いは、正しくは次の順番で起きたものだ。
僕たちは本当に起きているのか――ここが夢じゃなく現実なのか。
僕たちは本当に僕たち自身なのか――僕は渡来佳苗なのか、カナエ・リバーなのか、それともそのどちらでも無い別な渡来佳苗なのか。
僕は、そして洋輔も、後者のほうにあえて重点を置くことで方向性を変えた。
その上でそれを解決することで事態の膠着を図ったのだ。何事もないのはさみしいけれど、それでも平和が一番だと、進歩ではなく停滞を望んだ。
「勘違いは、だからそこなんだろうな……」
僕たちは本当に起きているのか?
ここが夢じゃなく現実なのか?
そんな疑問それ自体が、勘違いなのだ。
おそらくここは現だ。夢ではなく、確かにある現実だ。
たとえ夢であったとしても、ここで僕たちが経験したことは、僕の経験は洋輔が、洋輔の経験は僕がお互いに証明できる。ぶっちゃけ『夢の内容を記憶する』道具があるので、それを後ほど僕の分と洋輔の分で用意しておけば忘れてしまうこともないはずだ。
その上で僕たちは、それでも勘違いをしているのだと僕は思ったし、洋輔もそれとなく感じていた。
僕たちの勘違いとは、この地球が現実か夢のどちらか、としか考えなかったことである。
現実の地球。夢に見た地球。
そのどちらかだろうと僕たちはそう判断していたけれど――例えば。
あの野良猫は僕たちをこの世界に戻すに当たって、僕たちの身体を再生成したと言っていた。
その言葉に偽りがあったとは思えない。きっと実際に僕たちの身体を記録から模倣するように生成し直したのだろう。そしてそのとき、僕たちの身体は少しばかり最適化されている。
さて、ここで疑問が一つ生まれる。
本当に再生成されたのは、僕たちの身体だけなのか?
実はもっと根本的に。
実はもっと壮大に、再生成されているんじゃあないか?
ゴールを配置するために。
ここは確かに現実で、ここは確かに夢では無くて、僕は僕で洋輔は洋輔として一生を改めて獲得しているけれど、果たして本当にここは『僕たちが生まれたあの地球』なのか?
再生成――複製された別の地球や別の世界である可能性――を否定できるか?
「できない」
無論、これは悪魔の証明だ。
そうでは無いと否定することは難しい――そうであると主張する側にこそ、立証する責任を持つ。
そして僕たちには立証手段が、本来ならば存在しない。
だとしてもなお一つだけ、それを立証しうるかもしれない方法がある。
「……何かを、成すか」
それはあの異世界から帰還するための条件だった。
実際、僕たちはあの異世界で材料として消費されることで『何かを成し』、ここに戻ってきたのだ。
だからこの世界でも『何かを成せば』、何かが起きる可能性がある。
そして、もしも何かが起きたならば……。
「ここが、俺たちにとっての現実としての地球をベースに再生成された、異世界としての地球……? いやでも、契約的におかしいだろ。俺たちは帰れる、そういう説明だった」
そう。確かにそう説明は受けた。
でも……でもだ。
しっかりと思い出してほしい。
あの野良猫の言葉を。
『もしも君が、この会話を思い出したならば、もしも君が、彼と再会できたならば、もしも君が、君達が、「また君達として生きたい」と願うならば、君達は選ばれたと自覚しなければならないよ。君達は選ばれ、異なる世界に迷い込むだろう。迷い込んだ先で、君達は何かを成し遂げなければならない。「来たりの御子」は交わる世界の契り。契りは因果を世界から千切り、何かを成し遂げれば戻されるだろう。君達の死は、未だ世界に記録されていないから。君達の死は、今は世界から千切られているから。だから、君達が契りを果たせば、君達は死を乗り越えられる』
あのとき、あの野良猫は確かにそう言っていた。
あの野良猫は決して、『元の世界に帰してあげる』とは契約の段階で言っていないんだ。
僕たちが僕たちとして生きたいと願うならば――僕たちは死を乗り越えられると、そう言ったんだ。
「…………」
それがたとえ一方的に押しつけられた契約であったとしても、それが契約として成立した段階においての説明は、そうなんだ。
その後野良猫が僕たちに対して説明をするときは誤魔化しとか、僕たちが望むような答えを言ったとか、そういう事もあったと思うけれど……あのときに限って言えば、『そういう契約をするよ』という宣告なのだから、嘘は言っていないのだと思う。
発言から読み取れるのは――
「少なくともお前がそれを自覚していなければならない。俺とお前が再会、つまり揃っていなければならない。何かを成し遂げる事で、俺たちは契りを果たすことになる。それに対する報酬として、俺たちは死を乗り越えられる――別な世界に移動するという形で、か?」
――そうなるよね。
それでもあの野良猫は律儀に、可能な限り僕たちの要求に応えてくれていたんだよ。
そしておそらく、僕たちを僕たちの要求に従って、本来の地球に戻してそれでおしまいにしようと……そう考えたんだと思う。
「ん……いや、だとしたらやっぱりおかしいよな。だってそれなら、俺たちから魔法とか錬金術とか……いや、それこそ、記憶も含めて全部消しちゃった方がよっぽど真っ当だし楽だぜ。その上で俺たちにとっても『奇妙なこと』でおしまいだったはずだ」
理由は二つあるんだろう。
一つはストック。
もしかしたら別の世界から似たような『救援信号』を受け取るかもしれない。
そのとき全くの新人を改めて送るよりかは、既に一度経験している僕たちを送った方がスムーズに事が進む。
「……いや、でも」
そしてもう一つ。こっちの理由の方が、決定打だ。
洋輔。
僕はね、確かに地球に帰りたいと思った。
洋輔のためにもなるし……お母さんやお父さんや友達や、みんなとまた一緒に暮らしたいなって思った。
でも、僕はつまらない毎日を望まなかったんだ。
波乱に満ちた日々を、僕は求めていた。
「…………」
だからあの野良猫は、僕たちを元の地球に戻すことをよしとしなかった。
洋輔はともかく、僕がそれを望んでいなかったから。僕が望んでいたのは波乱にあふれた世界だったから。
だから折衷案として、現実の地球をベースに再生成をした。
魔法や錬金術の存在を許容した世界として――ね。
「待て。もしその推測が正しいのだとしたら……じゃあ、俺たちにとっての本当の地球での俺たちって……」
……普通に考えれば、再生成によって複製した時点で、並行世界。
パラレルワールドになっているだろう。
この世界は『僕たちが帰ってきていたら』というもしもの世界として分岐している可能性が高い。
「…………、」
僕のせいで――だ。
「……いや。お前のせいじゃねえよ」
洋輔は、
「同情じゃねえ。俺だって結局、つまらない日常を欲してはいたけどさ。でも、魔法って技術は『覚えていたかった』。ヨーゼフ・ミュゼとしての人生だって、忘れたいと望みながら、どこかで忘れたくないとも思ってた……。嘘じゃあ無いぜ」
「…………」
全部が全部僕の責任じゃない、洋輔はそう言って僕に手を差し伸べてくれる。
本心からだ。それはわかる。でも、僕は。
「にゃあ」
黒猫はただ、一度だけ鳴いて。
『これだから、度しがたい』
とでも言いたげな表情を浮かべていた。