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黒迄現在夢現  作者: 朝霞ちさめ
第八章 詰将棋
156/164

153 - 助っ人の本懐

 決勝戦。

 僕たちの相手になったのは、Bリーグ勝者で、私立松梅学校の将棋部員さんだった。

 竹を省くとはどういう魂胆だ。

(いやそれ、大竹幼稚園の系列学校だからだろ)

 あ、そうなんだ。ていうか洋輔よく知ってたな。

(藍沢先輩がそこ出てるんだと)

 へえ。知らなかった。

 その手の深いつながりは文化部よりも運動部のほうがあるのかな。

 もっとも、藍沢先輩も大概サッカー部に出てることが多いから、話す機会が他の三人よりも少ないってだけな気がしないわけでもないのだけれど。

 振り駒の結果、またまた後手。

 …………。

 えーと、二分の一が五連続だから、確率は……、あれ、そこまで低いわけでもないのかな?

 まあいいや。

 決勝戦というだけのことはあって、それまでの試合とは違ってすべての盤がマグネット式の大盤で再現されるらしい。

 で、終わったらプロの棋士さんがそれぞれの対局を軽くとはいえ解説してくれるんだとか。大奮発だな。

 ていうか僕の場違い感がヤバイ。今更だけど……。

「よろしくお願いします」

「おねがいします」

 さて、今回の僕の対戦相手は、やっぱり背が高い。なんかむかつく。

 例によってクラス章を確認すると……え、一年生? かなり高い方だな。少し削ってから出直してほしいものだ。

 まあその辺はさておいて、ここまでの成績は……さすがに公開されていないのね。とはいえ決勝に来ているのだから強いだろう、心してかからないとな。

 そんな対戦相手の子の一手目はごく無難な角の上。ここで奇策に出るような子じゃ決勝には来ないか……。

 答える手もだんだん慣れてきた。一日に五戦も真面目にやると、それこそ上手になったかのような錯覚があるよね。

 打たれて応える、その繰り返し。

 そう考えると常に後手だったのは、むしろありがたいのかもな。

 リアクションでなら序盤も動きやすいし……。

 十六手目まで進んだところで、対戦相手の子が少し困惑したかのように考え込んだ。長考コースのようだ。

 せっかくなので心境把握(おみとおし)してみると……んーと、『失礼だなこの子』って感じ?

 やっぱり早指しはあんまり好まれないようだ。でも無駄に時間を使う意味も無いので改善はしない。

 十七手目が打たれたのは三分後。きっちり考えて打ってきたのだろう、それに併せてこちらもリアクションをしていく。

 そろそろ序盤も終わって、最初のぶつかり合い。ここで相手の読みの深さをある程度調べられるといいな……。

 同歩からの同飛車に歩打ちで飛車が引く、引いた位置がなかなかどうしてうっとうしい。いっそ後ろの方まで下がってくれた方が楽だったんだけどな。まあ楽をさせてくれる相手でもないか。

 銀と桂馬を使ってちょっかいを出してみる、相手はそれに最低限だけ反応し、囲いをより完全にしようとしているようだ。

 あれは完成されると面倒なので速攻がよし。一気に端攻めを試みると、囲いの完成形を変えたのかな、対応してきた……んだと思うけど、完成形が見えないな。とりあえずの一手を妥協で打つと、それへの回答は銀打ち……、ふむ?

 もしかしなくてもこれは、相手も混乱してるね。どうやって囲えばいいのかがわからなくなっている。それならばちゃんと考えればいい、んだけど、持ち時間の問題があるか。

 序盤も序盤なのだ、ここで使い切ると終盤で息切れする。ならば多少あやふやでも打ち切って、僕のミスを誘う……かな?

 攻め合うような守り合うような、中途半端な形で戦局は進む。

 事態がようやく動いたのは六十七手目。

 よくわからないところに桂馬が飛んできた。え、ここでなんで桂馬が跳ねるんだろう。動かさない方がよっぽどよくない?

 ミスかな……意図があるとも思えないし。持ち駒的にも圧倒的にこちらが優位……、いや、ちょっと深く考えよう。

「…………」

 この桂馬の飛びに意味があるとしたら……えーと、十三手先で角取りまではいく。で、角取りからもう一枚銀が手に入れば詰みにできるってところだろうか?

 そうなれば成り桂にも役割はある、全くの無駄ではない。

 けれどこの桂馬が居なくなったことで、こっちは相手陣に打ち込めるようになって……、持ち駒は歩、銀、金、桂馬、香車。飛車は既に成っていて、角も地味に出口を塞いでいる。

 ……詰みには持って行けないな。歩がもう一枚あれば……、飛んできた桂馬の攻防で調達できそうだけど、そうすると相手の駒も動くわけで。三回に二回くらいの確率で詰み、のこり一回は逆にこっちが詰む。ちょっとギャンブルだなあ。

 それならば詰みまでは持って行けないとはいえここから攻めちゃった方がいいかな?

 結構リスクはあるけど、その後の攻めはギリギリ一度ならばしのげる……。

 ……んー。

 攻めてしまおう。

 ぱち、と打って、それに対して相手が数十秒ほど考え、応えてくる。

 読み通り。通せそうだ。

 ぱち、ぱち、で王手。

 これに対して相手は歩打ちで対処……ああ、そう来るならば、話は早い。同角成りで王手、同玉に香車を据えて更に同歩とされたところを桂打ち、王手。

「……ありません。負けました」

「ありがとうございました」

 八十四手で勝利。

 無事全勝。

 というわけで残った二人の対局に視線を向ける。

 涼太くんの形勢は、決して悪くはない。けど良いわけでもない。

 一方で葵くんは……結構ヤバメかな。大分荒らされている。ここからの再起は結構厳しい……、まだ詰みにはならないけど時間の問題って感じだ。

 土壇場で涼太くん次第って状況になったな。

 いや、まだわからないか。相手がミスしないとも限らない……。

(目と耳借りるぞ)

 別にいいよ。

(ふうん……お前は全勝か。よっぽど相手に恵まれたな)

 うん。相手が皆強い子だった。

 だから勝てた。理論が逆転するようだけど、僕の場合はそれで正しい。

 ちなみに昨日のお昼休みに葵くんとやったときは勝てたので、葵くんも地味に向こう側、強い側になりつつあるのかもしれない。

「……負けました」

 と、声を上げたのは葵くん。

 ひどく不本意そうだけど、まあ、盤面が盤面だ。ここから持って行くのは大分厳しいもんなあ。

 で、最後の涼太くんの盤に自然と視線が集まる。

 状況としてはガン守りの涼太くんを攻めあぐねる対戦相手って感じ。いまいち相手が攻めきれない……というか、これは涼太くんがまともに攻める気が無いっぽいな。

 とはいえいつかは攻めなきゃ終わらない。

(ふうん……ちなみにお前の読みだと、どこがどうなってどうなる?)

 えっと……次の攻めに対して桂馬を飛ばさないといけないけど、そうすると桂馬の補充が聞かないから守りが一気に弱まるよね。あとはもう物量戦かな。

 正面から押すほうが安全だけど、手数が倍近くかかるし。

(ふむ)

 そして僕の想像通り、対戦相手の攻めに対して涼太くんは渋々桂馬を飛ばして防御。桂馬が無くなったことで手薄となったと判断したのだろう、相手の子は持ち駒のすべてを使うほどの勢いで責め立てる。

 相手はワンミスまでは許されるな、逆にこっちがワンミスでもすると詰みまであり得る。

 そして案の定というか、涼太くんが百二十九手目で受け間違い。

 それを見逃す相手でもなく、小さな小さな破綻がついには大きく広げられ、深い守りが瓦解すれば、もはや玉に逃げ場はなし。

「負けました」

 百三十六手目を持って、涼太くんが投了。

 これによって一勝二敗、よって相手チームの優勝、僕たちの側は準優勝であることが決まったのだった。

 その後、その場ですぐに表彰式。

 優勝した三人には賞状と盾が贈られ、準優勝の僕たちにも盾が渡された。それを受け取ったのは対象の葵くんだ。

 この場ではまだだけど、帰りに準優勝を証明する賞状はあるそうで。ま、学校に持ち帰れば一応は飾って貰えそうだ。

 で、今日の特に成績優秀な選手として、決勝で優勝した側のチームの副将さん、葵くん、そして僕の三人の名前が呼ばれた。

 どうやら勝利数で言うとこの三人がトップだそうで。

「ぶっちゃけ佳苗が全勝だからなー。オレが呼ばれたのはともかく、当然じゃないか?」

 とは葵くん。

 優秀選手の特典として将棋の駒を模したスタンプのような小物を渡された。

 これで全試合は終了、最後は決勝三戦のダイジェスト解説。

 大将戦、葵くんたちが一番手で、比較的早期に葵くんのミスがあったことが判明。

 そのミスで負った傷を補うことができなかったのが問題なわけで、ほぼほぼその序盤の一手が敗着。

 後の展開は決勝に相応しい激戦で、ついにその一手を解決できなかったとはいえ、最後までよく食らいついた――という感じの評が葵くんに与えられた。

 一方、葵くんに勝利した側の子には小さなミスを見逃さず、その後も着々と勝つための一手を打っていったと言う形である。

 次に副将戦、涼太くんの戦術は穴熊囲いというらしい。

 初動に時間がかかる上、結構読みの力を要求される代わりに、一度完成すると実際に突き崩すのが難しいそうで。

 その点、涼太くんは見事に完成させた点では見事とうならせた。ただ、その後に攻め手が無かったのが悔やまれるとも。

 一方で対戦相手の子はというと、穴熊囲いの攻略法をきっちりと抑えていた点、そして手薄になった一瞬を見事に押さえたと高評価。

 だろうなあ。あれは読みが結構大変そうだ。

 最後に僕たち、先鋒戦。

「勝った渡来くんは奇妙な指し方をしますが、だからこそペースを乱されたというのはあるでしょうね」

 僕たちの対局は短かったこともあり、最初からとんとんと並べる形で解説。

 序盤を見ている限り、正直僕がどのような棋士なのかが見えないというのがプロ棋士さんの評価だった。

 中盤、六十手目のあたりになると、僕の対戦相手は『棋士としては基礎的な意味で完成されている』のがわかるらしく、一手一手が意味のある手である。

 一方で僕のリアクションについては、『得体の知れない指し方』と改めて言われた。

「実際に並べてみると意味はわかるんですよね。その時点での『最善手を打て』と言われればこうなる。名人戦などで長い持ち時間を持っているならば、こういう打ち方をする人は居ます……現名人だとかも、そうですね。ただこの子の場合はそこが大分特殊で、ほぼ、悩まない。打たれてから一秒二秒で早指ししてくる。適当に打つだけならば誰にでもできるでしょうが、一つもミス無く常に最善手を打つというのはやはり、得体が知れないものです」

 まあ秒じゃなくて時間単位で考えてるし……。

 そんな僕が唯一長考……といっても八秒ほどだけど、手が止まったのが六十七手目の桂飛びに対して。

「ここでなんで悩んだのか、ちょっと本人に聞きたいんですけれど」

 おいで、と求められたので大盤の前に移動して、とんとんとん、と並べていく。

「えっと……ここで中途半端に反応するとこうなって」

 十三手先で角取り、飛車成りから横歩取りを仕掛けつつ香車でつついて銀を確保、するとこちらの囲いが不完全であるところから突き崩して六十八手目から三十五手で先手の勝ち。

「これが怖かったので、じゃあ桂馬をなんとかするか、あるいは攻めきれるなら攻め切っちゃうかってなったんですよね。まあ、この場合は三十一手目に隙があるので、そこから改めて攻めれば七割くらいは逆転できたとも思いますけど、どうせリスキーならば失敗即敗北よりかは早めに仕掛けた方がいいかなと」

「頭が追いつかない……」

 うん?

「……これ、映像取ってますよね? じゃあ後で検討してみましょう。それはそうとして、すさまじい読みの深さと広さだ。……君、軽く覇権とれるんじゃない?」

 戦法も知らないのにそれは無理だろう。曖昧に笑って元の場所に戻ると、葵くんと涼太くんが全力であきれていた。

「佳苗が味方で良かったよ、本当に。オレが相手の立場だったら将棋を哲学してたかもしれない」

「哲学?」

「佳苗みたいな天才に勝てる日がくるのかどうか、ってね」

「いや、葵くんはしょっちゅう勝ってるじゃない」

「だから『味方で良かった』、だ。普段の佳苗ともやってるから、こういうものだって納得できる」

 なるほど。

 相手の子は……あ、でもそこまで自信をなくしているわけでもないようだ。

 結局、六十七手目の桂飛びが敗着。それでもかなり健闘していて、プロ棋士さんでも大体似たような手をとっただろう、らしい。

 完成型と異質型の戦いは、今回は異質の勝利と相成った、と締めて、ダイジェスト解説が終了。

 以上を持って、将棋大会は全行程を終了。

 優勝こそ逃したものの、助っ人として求められた分は働けたかな。

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