151 - 前途は?
帰宅後に諸々を済ませるいつものやつを終えて、自室に戻ったところでクロットさんからもらった名刺を確認してみると、そこに書かれていたのは『喫茶店』という文字列とその直後に続く市外局番付きの電話番号、そして『合言葉』である。
洋輔もいつものように窓伝いながらやってきたので、防音を改めたうえでスマフォを操作。
喫茶店に電話をかけてみると、四度のコールの後受話器が取られて、
『はい、喫茶パステルでございます』
と応対が。
男性の声だ。青年……というよりかは、男の人って感じの声。でも、声なんて判断基準にはならないか。
「すみません。レッドティーとライ麦のパンのセットって、もう終わっちゃいましたか?」
『おや。確認するので少々お待ちを』
保留中の音楽が流れ始めて、一安心。
少々お待ちをと言われたので結構待たされるのかとも思ったんだけど、案外すぐにまた通話が再開。
『初めまして。君はクロットの紹介だね?』
「はい。初めまして……すみません、急に色々と」
再開した時、聞こえた声は先ほどの人とは別の男性っぽい。声が全然違う……。
「えっと、事情はご存じなのでしょうか?」
『ああ、概ねは。自己紹介はしない方がいいだろうね。お互いのためにも。客と店員、あるいは客と店主。それだけでいい』
「それもそうですね。ええと、じゃあ、店主さん。で、宜しいですか?」
『うむ』
「早速ですが一つ聞かせてください。えっと、喫茶パステルって、どこですか?」
『ああ、うん。ええと、あかつき商店街は知っているね。その先に銭湯があるのは知ってるかい?』
あかつき商店街……は、ああ、二番目に近い商店街か。小学校方向だな。
銭湯の位置も概ね覚えてる。
「ってことは、その近くにあるあのテラス席があるところですか」
『そう。そこが店だ』
なるほど。入ったことなかったな。
そもそも喫茶店って子供だけで入る場所って感じもしないし。
『というか、来るつもりかい?』
「行ったこともないお店と電話をするほうが怪しくないですか?」
『それもそうか……』
「僕たち二人だけ……だと、子供だけになっちゃうので、迷惑かもしれませんけれど」
『いや、そんなことはないよ。夜だとか、学校があるはずの時間帯でもないかぎりは歓迎しよう。お酒は出せないけれどね』
誰が飲むか、誰が。
マテリアルとしてアルコールが必要であるにせよ調理酒で十分だし。
正直俺は飲んでみたい、なんて洋輔の思考が漏れてきているけれど、まあ、うん。いいや。
『ちなみにうちでは紅茶が名物でね。君たちの家では紅茶、飲むかい?』
「はい、僕の家は特に飲む方ですね」
洋輔はあんまり飲まないけれど。
『ならば茶葉を買いに来ないかい。少し割り引いてあげよう』
「それは嬉しい。いつごろが良いですか?」
『そうだなあ。……うーん。土曜日、以降かな?』
「土曜日は別件があるので、ちょっと。最短で日曜日になります」
『わかった。じゃあ、準備しておくよ――「ナタリア」からの紹介、だしね』
そういうことにする、と……?
ああいや。別に嘘でもないのか。クロットさんの本名、ナタリアなわけだし。
「ありがとうございます」
その後も少しだけ話をして、通話終了。
一部始終を聴覚共有で聞きながらゲームに夢中になっていた洋輔は、
「んじゃ、日曜日は昼過ぎだな」
と端的に結論を述べた。
僕としても全く異論はなかったので、そのままゲームに合流することに。
「それにしても、聴覚の共有って思いのほか便利だね」
「聴覚に限らず、場所さえ選べばなんだって便利になるさ」
「その明らかに邪魔そうな通路の黒曜石とかも?」
「……間違えて設置しちまったんだよ。撤去すんのめんどくせえ」
自業自得というものである。
一か月。
というのは、存外短いものであり。
六月最終日にあたる六月三十日、そして七月一日さえも、なんだかさらりと終わってしまった。
膠着状態大いに結構……とはいえ、あっちに進展が無いだけならともかく、こっちにも進展が無いというのは微妙に問題だ。
まあ、まったく進展がなかったわけでもないけれど。
というのも、洋輔によるイミテーション、だ。
帰宅して将棋盤を引っ張り出し、葵くんから預かった指南書を頼りに詰将棋などをやったりしている間、僕の横では洋輔がイミテーションを何とか構築しようとしていた。
もちろん人格として偽造するにしたって素体が必要で、それを僕や洋輔にすると限りなく面倒、だからといって見知らぬ他人に使う訳にもいかない。
が、動物だろうとなんだろうとすぐに破綻するだけで一応は対象にできることを利用して、ゴーレマンシーで製作した『適当ロボくん七号』を対象に四苦八苦である。
ちなみにこのロボ七号、洋輔の意向でとあるプラモデルを模したフォルムになっていて、なんていうか、うん。手のひらサイズとはいえ動かれるとなんかかわいいというよりも不気味さが出てくる。
以前作ったやつはデフォルメ形態だったから可愛げがあったんだけどな……。
「んー。なんつーかさ、イミテーションの概要は分かってて、実際にそれを何度か見てるとはいえ、あれだ。俺には使えねえんじゃねえかなコレ」
そして夜八時半。
洋輔はそんな感じに音を上げて、僕のベッドを背もたれ替わりに倒れ込む。
「錬金術師にも得意苦手があるように、そして単純な魔法だって得手不得手があるように、なんつーかこれ、俺の苦手分野ど真ん中って感じだぜ」
「そうなの?」
「俺、作る系統がそもそも苦手だからな。ゴーレマンシーだって錬金術で手伝ってもらってようやくだし……」
大きなため息を添えつつ洋輔は弱音を吐いている。
確かに言われてみると、洋輔って何かを作る系統のが苦手なんだよね。
ピュアキネシスもいまだに野球ボールくらいの大きさが限界で、しかも魔力の消費が酷いんだとか。
そのくせリザレクションが使えるじゃん、とも思うけど、あれは本人曰く『傷を治してるんじゃない、傷を消してるんだ』だそうだから……。
まあ、得意苦手というのはやっぱりあるんだろうな。
そしてそれは洋輔と僕できれいに逆向きなのだろう。
「ちなみに佳苗。さっきからきになってたんだけど」
「うん?」
「今日ははしご出しっぱなしだが、いいのか?」
「ああ……あんまりよくないんだけど、今ちょっと、屋根裏倉庫を改良してて」
「改良……?」
見てくれば、というまでもなく、洋輔は梯子を上って屋根裏倉庫を覗き込む。
そして「うわあ」と声を挙げ、すぐに戻ってきた。
「なんだ、あれ」
「洋輔にもちょっと手伝ってもらったけど……適当ロボくん六号までの六対体制で、薬草の自動生産ラインの構築。ストラクトの器の存在を思い出したからね、エッセンシアもいくつかは自動化できるようになったよ。ま、常時稼働させるとさすがにやばいから、例によって維持型の魔法が存在するかを参照する認証式だし、まだまだ理想には程遠いんだけれど」
「お前の理想は何処にあるんだよ」
「完全エッセンシアの自動生産までは行きたいよね」
「お前は何か、一人で世界と戦争つもりか? それこそ魔王の所業じゃねえか」
「確かに、がんばればできそうなきがする……」
「やめろ」
冗談だよ。
「ま、短期目標は王者の仮面の作成だからね。あれ、作ろうとすると前提の材料が多くてさ」
「具体的には?」
「原材料の時点で七千八百種」
「…………」
「複数必要なものもあるから、実質二万ちょっとかな、マテリアル」
「さすがに省略するにも限度があるか」
「うん。場所さえあれば……まあ、それでもちょっとずつ進めたほうが安全だね」
ちなみに原材料で数えるとちょっと数がすごいけど、実際にはちょっとしたバリエーション違いというのが殆どなので、そこまで種類も多くなかったりする。
で、現状は七割ほどが準備完了。あと三割。
この二日間、結構がんばっていたのだ。僕の方も。
こんだけ頑張っておいて効果がありませんでした、とかだったら泣くぞ。そして実はその説が濃厚になってきているという。
「え、そうなのか?」
「……まあ、作ってみないとわからないけれどね」
ぱちっ、と銀を打ちつつ答える。
よし、この問題も無事クリア。
「ちなみに将棋の方はどうなんだ。本番明日だろ」
「なんとか。誤魔化し程度だけどね。相手が強ければ勝てると思う」
「弱ければ?」
「勝てないかも」
葵くんやその師匠を通して色々と確かめてもらったんだけど、やっぱり僕の将棋に対する強さは良くも悪くも相手の読みの正確性に左右されるようだ。
相手が上手であればあるほど、相手が強ければ強いほど、僕の読みが通しやすい。
「普通は逆なんだけどな……ていうか、お前、別に授業こそ取ってなかったけど、図上演習自体はそこそこの成績あったよな?」
「あれはあれ。将棋とは違うからね……」
ていうか、条件が完全に五分の状況での成績がそもそもあんまりよくなかったし。
条件が複雑であればあるほど読みは通しやすいからなあ……。
「だから逆だろ普通」
「あはは。なんでだろうね?」
さてと。将棋の方はこの辺りにして、梯子を上って倉庫を確認。
ある程度マテリアルは集まってきた。残り三割も、この調子ならば今週中に終わるな。
日曜日、紅茶を買いに行く前に作れればいいだろう。
「洋輔。イミテーションはどこで引っかかってるの?」
「論建ての部分だな……ほら、破綻が前提にある技術だって話はしたよな? どうも俺はそこが気に入らないらしい」
「…………」
これだから建築派は……洋輔が作る例のゲームの建造物って張りぼてじゃなくて、ちゃんと中身もきちっとしてるからな……。
妙なところで凝り性なのだ。そしてそれが今回は裏目に出ていると。
その点僕は大雑把だから、よっぽど僕の方が使いやすいのかもしれない。
まあ、イミテーションなんてレベルになるとさすがに行使ができなさそうだけれども。
「ていうかさ、洋輔。その前提が気に入らないって……そこを完全にって考え始めると、人格の偽造どころか魂魄の創造になっちゃわない?」
「まあな。人間にできる範囲じゃねえよ」
だからどっかで妥協しないとなあ、と洋輔がつぶやく。そこを自覚しているならば改善もできるだろう。
「そういえば大会。洋輔も来る?」
「いやあ。行く意味ねえだろ。状況はお前から伝わってくるし」
「でも会場の見た目とか」
「お前の視覚借りればいいし」
「音とか」
「聴覚」
それもそう……。
「俺は家でイミテーションの続きやってるよ。まったく、フゥのやつも最後の最後で妙なもんを押し付けてくれたもんだ」
「あはは。……でもそういえば、これで一通りは網羅したことになるのかな、魔導師の到達点は」
ラストリゾートを除く到達点をとりあえず使える洋輔って、もはや魔導師って枠組みを超えている気もする。
「いやあ。ピュアキネシスは辛うじてだし、ゴーレマンシーも佳苗に手伝ってもらう前提だしな? そう考えるとまだまだ先があるぜ」
「ふうん……?」
「それに到達点が全てってわけじゃあない」
え、そうなの?
「到達点ってのはそもそも、明確な目標ってだけだからな。そっから先は明確じゃない、可能性としての目標ってわけ……リザレクションの先にあるはずの『リザレクト』、ゴーレマンシーの先は『コンダクト』、ピュアキネシスの先が『ヴィジョン』だったか。イミテーションの先は無い。そもそもイミテーションが到達しちゃいけないってされてたからな」
納得。
……でも、この流れなら多分存在自体はしてるんだろうなあ。
それこそ『プシュケー』とか、そんな感じで。
錬金術は物理的な肉体を作ることが出来るんだから、魔法では精神的な魂魄が作れる……さすがに極論っぽいけど、でもまったく無理とも思えない。
なにせ魔法とは魔力であり、その魔力とは集中力である。だから魔法とは集中力の産物で、それはいわば精神力の塊――「それは」――うん?
「イミテーションじゃなくて、ファジーライズの発想に近いな」
「なにそれ?」
「んー。魔法ってそもそも魔力を使うだろ。で、その魔力ってのは集中力だ」
うん。
「その部分だよ。集中力を魔力と定義して、集中力とは精神力によって生み出されるものであると定義する魔法の根本。それが、ファジーライズ」
「じゃあそれを逆にすれば? 魔力がある限り精神力がある、つまり精神がある」
「言うは易しだな……けどまあ、なるほど。そっから補強をして……」
とはいえヒントになったらしい。
この分なら大丈夫そうだ。