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黒迄現在夢現  作者: 朝霞ちさめ
第八章 詰将棋
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149 - 錬金術の限界

 給食を挟んで午後の授業。

 今日の午後の授業は家庭科、ということで、裁縫実技。

 適当にやっているふりをしつつ、午前に引き続き洋輔と検討を進めている中で、の事だった。

(ちなみに、ペルシってやつが悟ったらしいその限界の詳細はわかんねーんだよな。お前なら何だと思う?)

 うーん。

 ペルシ・オーマの杯を作った錬金術師であるペルシは、しかしそれを作り上げることで錬金術の限界を悟ったと、『ヒストリア』の彼はそう言った。

 実際に錬金術の限界と呼ばれるものがあるとしたら、それは伝授の難しさだとか、あるいは才能的な問題だろうか。

 でも、たぶんそこで悟ったのは生き物に対する錬金術の方だろう。

(生き物……)

 錬金術は生き物をマテリアルにはできない。

 だから、ある生物と別の生物を錬金する、とかは論外だし、ある生物に何らかの効果を付与する、とかもできないわけだ。

(じゃあお前が発想した『魂魄(プシュケー)肉体(ソーマ)を錬金することで生き物を作る』って無理じゃねえの?)

 んーと、それはちょっと違う。

 マテリアルにはできないけど、完成品としての生き物は完全に否定されていない。倫理的には肯定もされてないけど。

 で、錬金術的な意味での生き物のラインはちょっと面倒で、それが動物かどうかでまず判定が変わる。

 それが動物である場合、それが生き物であるとされるのは主の部分だけ。

 洋輔に伝わりやすいように言うと、『リザレクションをした時、この部分まで残ってればセーフ』ってところを主体に、それと直接的に連動している部分が生き物になる。

 直接的な連動をしていない、例えば抜けた髪の毛や爪切りをした時に切った爪とか、そういうのはマテリアルになりうる。それと同じように、ちょっと腕や足が切り離されている場合とかは、そこはマテリアルにできるけど、本体のほうは生きている限り無理。

 そして動物である場合、『まだ死んでないけど死は確実』というケースが時折あるけど、それはまだマテリアルにできない。あくまでも死体になってからということだ。

(なるほど。動物じゃない場合は?)

 意識レベルとか自我の有無とか、その辺りを点数化していって、その点数が一定値を上回っている場合は生き物として判断される。

 下回れば例えばそれが生命体のような活動をしていても、マテリアルにできるわけだ。

 さて、ここでさっきの話に戻るけれど、だから『魂魄(プシュケー)肉体(ソーマ)を錬金することで生き物を作る』は可能といえば可能だ。

 肉体だけで魂魄がない、つまり精神(こころ)が無ければ意識レベルはともかく自我は無いから、点数は結構低くなる。

 シビアな部分も当然あるとはいえど、不可能ではない。

 そして僕の場合は錬金省略術がある。

 肉体を作ってからさらにそれをマテリアルにするのではなく、肉体の材料と魂魄から一気に完成品として生き物をでっち上げることは、だから全くの不可能とも言えないわけである。

 もっとも、さすがに生き物を作ったことはない。肉体も同じくだ。

 ちなみに倫理的に肯定されていないとはいえ、理論上これが否定されないのは、実は医学的なものだったり。

(医学……?)

 あの世界、魔法や道具があれば死なない限りは完治させるのが案外簡単だったりはしてたけど、実は外科手術も存在しているわけで。

 そのレベルは決して高いとは言えないけれど、決して低いというわけでもない。

 具体的にできる範囲を言うと、生体臓器移植までは実績がある。

 ま、コストやリスクから考えると、あえてそれをする必要はなかったけれど。

(生体臓器移植って……臓器バンクもネットワークもなかっただろうに、どうやって適合者を見つけるんだよ)

 だから、そこに錬金術が入るんだよ。

 錬金術は対象の情報が正確に得ることが出来れば、その対象のものとしてあらゆるものを作れる。

 血も作れてるでしょ。それと同じ感覚で、臓器くらいならば作れる。

 もちろん対象の臓器として定義した上で作るから、適合者も何も本人の臓器だ。拒絶反応のリスクはゼロである。

(出鱈目すぎんだろ)

 いやあ、ぶっちゃけそんなことしないでエリクシルあたり飲むなりリザレクション受けたほうが早いし安全だけどね?

 だから滅多に使われることのない技術ではある。

 それに錬金術でできるのは『臓器を作るところまで』。外科的治療の部分は対応外だ。

(でも臓器は生き物じゃねえだろ)

 臓器を付ける側は生き物だよ。

(ああ、それもそうか……)

 ともあれ、臓器単位での錬金は、だから珍しいなりにまったくなかったわけじゃないし……それに。

 まあ、錬金術師の闇とでも言うのかな。

 魔法使いとか魔導師と比べるとその絶対数が少なすぎるから、そもそも問題視されるほど数が居なかったというのもあるんだけれど、ともあれ、うん。

 実は生き物を『作った』という錬金術師はそれなりに多い。

 僕に錬金術を教えてくれた師匠というべき三人は全員何らかの形で作ったことがあったみたいだし、先輩の一人にもそれはできていた。

(……はあ?)

 知的好奇心とは違って、力量の自覚のためにちょうどいいんだよ、生き物の身体を作るのって。

 身体は『身体』としてみれば一つだけど、僕や洋輔もそうであるように、たとえば顔にはそもそも目、口、鼻とかのパーツがあるでしょう。

 その中身の事も考えていくと、結構それが難しい。

 だから人間に限らず動物であっても、それを再現した身体を、肉体だけを作ることが出来れば、その錬金術師はやり手、ということになる。

(まさかお前、作ったことあるとか言わないよな)

 そうだね。僕はそんなものは作らないでも、それからずいぶん先の段階に最初からいたようなもんだから、試しに作ったことさえない。

 ただ、師匠たちから聞いた話によると、それで完成する肉体(ソーマ)は『出来の良い人形』のようになるらしい。

 人形だから自我はおろか感情もない。

 最低限生きるために必要なものとして呼吸はするし心臓は動く、瞬きだってするけれど、そこには一切の意志も感覚もありはしない。

 それが錬金術でできる、最大限の生き物の偽造だ。

 当然だけど命令してもその命令を聞くことはない。動けと言っても動かない。全身に力が入らないから、首が座るもなにもない。

 だらんとその場に崩れ落ちるだけの、ただのそういうものとしての在り方だ。

 錬金術師はついに、魂魄(プシュケー)を作れなかった。

 だからこそ、魂魄(プシュケー)は既にあるものを拝借するしかなく、それをするためにアニマ・ムスの杯とかが作られたんだろう。

(……ちなみにそれで作れた生き物って、おおむね姿とかは決められるのか?)

 らしいね。それこそ血とかと同じで、原典にしたいものがあるならば、その人の血とか髪の毛とかがあればたぶんその人と同一の肉体を作るところまではできるだろう。

 とはいえど、そこに精神が無い以上それは人形にしかならないし、しかも肉体でありながら食事をとることも水を飲むこともしないので、すぐに肉体的には死を迎える。

 洋輔は絶句しているようだけれど、まあ、錬金術の限界なのだ、この辺が。

 でもこの人形には一定の需要が無いわけでもない。そしてその需要を満たすための『はぐれ錬金術師』なる、錬金術師の闇が存在しているのだ。その存在は黙認されている。

 何に使うのかは結局誰も教えてくれなかったけど。まあ死体をでっち上げたりするには便利そうだ。

(そっちかよ)

 そっちって、他の利用法ある?

(ああいや、うん。しかし、なるほどなあ。肉体は作れるのか……それも概ねはカスタマイズして)

 そうだね。

(……イミテーションってさ。他人にも掛けられるんだよな、あれ。ていうかその気になれば、人間以外にも掛けられるし)

 ああ、そうなんだ。

 といっても人格を偽造する魔法である以上、人間以外にやるとすぐに破綻しそうだけど。

(その通り。だから実質、人間以外には使えねえ技術だな。それに人間相手でも、ほとんど問答無用で上書きしちまうからこそ、忌み嫌われていた)

 ふむ?

(……たぶんだけど。その肉体(ソーマ)にイミテーションをかけることができれば、ほとんど、人間になるよな)

 まあ、たぶん。

 自我が無い。意識が無い。感情が無い。それが問題なのだ。

 肉体を本物とそん色ない程度に作れるならば、そこに偽造とはいえ人格を植え付けることでそれを自我とし、意識とし、感情とすることができれば、ほとんど人間のようにふるまえるだろう。

 ご飯を食べたり何かを飲んだり、生命維持活動をやるように設定しておけばいけそうだ。

(あー……。なるほどなあ。そういう真相か……まさかこんなところで、今更になって知るとは)

 うん?

(いや、なんでもねえよ)

 そうでもなさそうだけど、まあ洋輔がそういうことにしたいというならばあえて触れまい。

(さんきゅ。ふうん。しかし錬金術でそんなこともできるのか……、フゥの睨みが佳苗の推測で正解だとすると、問題は肉体(ソーマ)が作れるかどうか、そして魂魄(プシュケー)をどうやって参照するかだな。近くに在るならともかく、そうでなくともとりあえず認識できるならともかく、さすがに異世界の物を材料にはできねえだろ)

 そうなんだよね……。アニマ・ムスの杯にフゥの魂魄があったとしても、それの参照はちょっと無理だ。

 となると、かろうじてできるのは……。

「イミテーションが関の山かあ……」

「なんか渡来、今日は妙に授業に集中できてねえ感じがするけど大丈夫か。指とかぐっさぐさになってねえ?」

「え、なってないよ。ほら、刺繍も完璧」

「うわあマジだ……」

「本当に佳苗って理不尽なほどにものづくりが得意だよね……いつの間にやったのやら」

 今さっきふぁんって作ったのは内緒だ。

 ま、涼太くんや昌くんの言う通り、ちょっと今日は注意力が問題になる程度の考え事。

 部活始まる前に答え出さないといけないし……。

(ま、どっちが答えにせよ……疑似的な帰還を奇跡と据えたか、あるいは『私は生きていた』と伝えること自体を奇跡としたか。このどっちが正解なのかの結論は、正直俺たちには出せるもんじゃねえ)

 その通り。

 それでも間にあの人を挟んでしまっている以上、最低限その人を納得させる答えは出さなければならない。

 フゥの思惑も可能ならば叶えてあげたいけれど……だけれども、来栖冬華としての復活はちょっと無理だし、今後の課題ってところで。

(その上で、どうやってあの人に何を伝えるんだ)

 何を伝えるかはまだ相談したいんだけどね。どうやっての部分はナタリア先輩を使う。

 ナタリア先輩を介して黒兎(クロット)さんに情報を渡してもらって、クロットさんからあの人に接触してもらえばいい。

 元とはいえ夫婦だったのだ。多少の禍根があったとしても、『来栖冬華』のためならば飲み込むだろう。

 その上で、何をどう伝えるか、なんだけれど……。

(冬華が生きていた――と証言することはできない。実際、俺たちと同じように地球では死んでるはずだ。死体も残ってねえだろう)

 異世界で生きていた、なんて証言することもできない。いや、証言それ自体は容易だし、それを信じ込ませることも不可能ではない。

 それこそ魔法や錬金術に頼らずとも、僕ならば真偽判定応用編でどうとでもできる。

 ただ、その後の事を考えると、やっぱり無理だ。

 夏樹さんは社会的な立場が小児科医。だからこそ、そんな電波な事を公には言わないだろう。

 クロットさんだって元エージェントだったという経歴があって、その経歴的な意味で公には言わないと思う。

 けれど、『公には』という部分が付いて回る。

 つまり裏向きには誰かしらに報告が行くだろう。そしてその報告をされる先が『組織』とかだったりすると、ちょっと、僕たちの平穏が侵される。

(それでもそれはそれで楽しそうだ――なんて、佳苗は思うんだろうな)

 正直に言えば、僕は洋輔と違ってつまらない平穏な日常が第一という訳ではない。

 地球での何事もない生活はなかなか楽しいけれど……話を戻そう。ともあれ、真相を話すにはリスクがある。

 そのリスクを回避するとなると誤魔化すしかない。そして誤魔化すこと自体は、本来ならばできると断言できる。

 でも今回は、杯のせいでそれが見破られるかもしれない。

 正攻法はダメ。

 かといって変化球も難しい。

 ならば……。

(……そうだな。それが良いか)

 夏樹さんたちには悪いけどね。

 良策が思い付くまで、当面は『考えて』貰うことにしよう。

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