148 - 彼女の目的
水曜日の授業は適当に流しつつ、洋輔と頭の中で相談事。
まず前提として、イミテーションというものについて説明を求めたら、ある程度簡潔な形で洋輔が教えてくれた。
人格を偽造する魔法である。
人格をゼロから作り上げることもできるし、何かをベースに作ることもできる。
ただし、どちらの場合でも偽造された人格は歪みを持つ。それが異常な行動などに現れることが多い。
解決策としては専門的なことに特化した人格を作ることで、特化したことに関しては最上級になるし、それ以外の部分が若干破綻していてもあまり気にされない。
ま、その辺も含めていくつかの応用技術が無いわけではないらしいけれど、魔導師が目指してはならない禁忌としての到達点ということもあって、洋輔もさすがにいまいち詳しくないらしい。
それでも存在を知ってるのは、洋輔が魔導師の血統の中でも特に中枢に居たから――ではなく、魔導師の血統七家がひた隠す真相を洋輔が知っていたからである。
それは血統たちから追放された『八つ目』の家系、『コード家』。
コード家はあろうことか魔導師の禁忌としての到達点、イミテーションに特化しようとし、その結果追放されてしまったらしい。
追放された彼らは魔導師の血を安定して獲得することが出来なくなったから、自然と滅びるはずだった。
はずだったんだけど、ならば『計画的に魔導師を産めないなら、魔導師が産まれるまで子供を作ればいいじゃない』と発想を転換し、細々と残っていたらしい。
意識的にはかなり共感を持てるのは内緒だ。いや、ランダムで作れる可能性があって、量産する必要も無いというなら、マテリアルをいちいち探すよりもそのランダムを延々繰り返した方が早いって言うか……。
(お前ってさ。割と外道だよな)
外道って。せめて邪道と言ってほしい。
ともかく、そんなこんなでとっくに滅びている者として七家も隠し通そうとしていた、というか七家自体も忘れかけていたような血統なのだとか。
洋輔もミュゼ家の一人息子としてその辺りを教えられていたのではなく、ものすごく偶然にも出会った、という事らしい。
で、その子の名前が『ラン・コード』。
どんな子なのか、という点についてはかたくなに隠そうとしているので、まあいずれボロを出すだろうけど、今のところはいいや。
ともあれ、その子から洋輔はイミテーションに関する情報を少し貰っていて、応用技術のいくつかを知っていた。
けどまあ、今回重要なのはそこよりも、イミテーションの破綻についての情報だろう。
(イミテーションってのはな、基本的には破綻する前提で人格を偽造する。完璧な人格の偽造はそれほどまでに難しいのさ。ま、絶対にできねえわけでもないらしいが、よっぽどうまくハマらない限りはダメってことだな)
壊れやすいのは何もイミテーションに限った話じゃない。
人格、人間の意識や感情なんてものは、頑丈なようでもろいのだ。当然と言えば当然なのだろう。
(そーだな。で、その上で、恐らくフゥはかなり完成された部類のイミテーションだった。それが勇者化したタイミングか、あるいはもっと後……俺たちにとっての一昨日か昨日あたりに破綻して、本来のあいつの意識が、『来栖冬華』としての意識が浮かんだ……まあもっとも、記憶に関しては微妙だけどな)
確かに。
あの野良猫も、彼女については『失敗した』と言っていた。
それを考慮しないとしても、来栖冬華ちゃんの失踪は八年前。
地球時間での四歳だ、さすがにその年齢では記憶があったとしても辛うじて日本という国、幼稚園という環境、そして両親に姉の存在を覚えている程度だろうしな……日本語もある程度思い出してるかもしれない。といっても四歳児では精々、ひらがなくらいだろうけれど。
そうだとしても、見知らぬ景色、見知らぬ言語を思い出すことさえできずとも、なにかに引っかかりを得れば、彼女の立場ならば自分の正体に気づいてもおかしくはない。
ヒントはある。僕たちが遺したいくつかの道具を彼女はおそらく手に入れることが出来ていて、それに加えて僕たちがあの世界を退去する直前に呼ばれた地球の名前、それに合わせて呼ばれた彼女の『くるすふゆか』という名前、さらに言えばあの時点で僕たちがもう異世界から招かれたものであることは分かっていたわけだから、そこから関連付けて自分も僕たちと同じようなもの『だった』のだということは理解していると思う。
その上で、『自分は帰れないのだろう』ということも。
(明確に地球の事を思い出したわけじゃない。その上、帰れるわけでもなく、もはやフゥにはフゥの生活が、人生が、あちらで積み重ねられている。それでもどうしても、フゥは『親』に自分の存在を伝えたかった。普通にやっても無理だ、けれど奇跡が絡めば。そしてその奇跡になんとか『俺たち』を絡めることが出来れば、フゥだけでは無理でも、俺と佳苗が手伝えばできると、そう判断した。と)
おそらくは、そんなところだ。
奇跡ともなればラストリゾートでは届かない。
ペルシ・オーマの杯というアイテムを、やっぱり使わざるを得ない。
だから僕たちの知る彼女には、結局できるはずがなかったけど……僕たちが知る彼女がイミテーションで、それが崩壊して本来の人格が出てきたならば、あるいはたった一度の奇跡のために、億の後悔をすることにさえも覚悟をするかもしれない。
そして実際、彼女の意識は彼女自身もたぶん知らないのだろうけれど、『実の父親』を介して僕たちに伝えられた。
(そこで疑問になるのは、なんで俺たちに伝えるために人を介したかって点だな)
うん。今、僕もそこが疑問になった。
彼女にとって近しい人間は、そりゃあ彼女の本来の家族である父親、母親、そして姉の三人だ。
だからそこの夢に働きかけることは自然なんだけれど……。
でも、それなら自分ですべてを言ったほうがよっぽど確実だ。
信じられないかもしれないけど異世界がある。
その異世界で私は生きていた。
だから。
……あれ?
(……なんだ?)
いや……、そうか。
フゥは本来の人格に戻ったけど、それは来栖冬華じゃない。あくまでもそれをベースにした、そんな朧気な『なにか』に過ぎない。
だから彼女にとっての異世界にである地球にいるかもしれない彼女の肉親のことは、そこまで彼女にとってウェイトが重くない。
(つまり?)
フゥの目的は夏樹さんたちに対する報告じゃない。
僕たちに対する報告なんだ。
(……論建てが逆だってことか? 俺たちを使って夏樹さんに『来栖冬華』の真相を伝えようとしたんじゃなくて、夏樹さんを使って俺たちに『フユーシュ・セゾン』の真相を伝えようとしたと?)
そう。
そもそも彼女からの伝言は、『セントラルアルターに私は杯を埋めた。幾億の後悔をするとしても、この奇跡が叶いますように。』――であって、それを僕と洋輔に伝えれば理解するだろうと、そう言ったにすぎない。
メッセンジャーは誰でもよかったんじゃないかな。その上で夏樹さんが選ばれたのは、たぶん彼女の意志ではなく、彼女に最も近かったからだ。
(考え方って意味では、確かに否定できねえけど……でもさ、俺たちにそれだけを伝えられたところで、何か特別な事を悟れるか?)
そこがネックなんだよね。
だから僕たちも最初は夏樹さんに対する暴露が彼女の望みだと考えたわけだけれど……だけれども、だ。
彼女はセントラルアルターに杯を埋めている。
(うん?)
そもそもセントラルアルターは巨大な建築物だ。たぶん上から見ればペンタゴンの上にエッフェル塔を建てたような建物なんだろう。
そこは緊急時に招集される円卓という、あらゆる分野・あらゆる部門のトップを集めた会議を行えるように防諜設備が整えられた場所であり、おそらくあの世界でも屈指に『安全な場所』だ。
門番にはそこそこ値の張るアイテムが配備されていたし、部屋ごとのコーティングハルは言うまでもなく、魔法の遮断措置もあったし。
その上で僕たちさえも知らされていないような仕掛けがあってもおかしくはない。
でさ。
そんなところに、半径三十メートル・高さ五メートルの円柱なんて作れないよ。
(ああ……言われて見りゃ、そうだな。でも、俺たちに通用しやすそうで、かつ普通は通じない言葉としてセントラルアルターを使ったってのは?)
円卓会議とか、訓練場とか、いくらでもあるよ。
なのに彼女はセントラルアルターに私は杯を埋めた、って表現を使ったんだ。
僕たちは直前にペルシ・オーマの杯を思い出してたからすぐにそうだと判断したけど、そうでなかったとしても『幾億の後悔をするとしても、この奇跡が叶いますように。』と続けられている以上、そこからペルシ・オーマの杯のことじゃないか、と推測しただろう。それほどまでに確信的なワードだ。
でもだからこそ、埋めたの部分がおかしいんだ。
あんなでかいものを埋めることなどそうそうできない。
(じゃあ、埋めてはなかった?)
あるいは実際に杯を埋めた。
ただし、埋められたのはペルシ・オーマの杯ではないということだ。
(でもそうなると、後半に意味がなくなる)
洋輔。もっと根本的なところだよ。
杯が一つとは、定義されていないじゃないか。
だからフゥは確かに、ペルシ・オーマの杯の作り、それによって奇跡を起こした。その奇跡によって僕たちに何かを伝えるためにだ。
そしてその伝えたい内容が、『セントラルアルターに私は杯を埋めた。』の部分だとしたらどうだろう。
セントラルアルターに埋められた杯とは別にペルシ・オーマの杯が存在しているとしたら、どうだろう。
(…………? まあそりゃあ、可能性はあるだろうけど。じゃあ、何を埋めたって言うんだ?)
杯という名前がついている道具の中でも、特筆するべき効果を持つ、かつエッセンシアではないもの四種類のいずれか。
連鎖を講ずるインフィニエの杯、奇跡を叶えるペルシ・オーマの杯、魂を保護するアニマ・ムスの杯、万物を融かすストラクトの杯。
サイズ的に言えば、インフィニエの杯もペルシ・オーマの杯と同じくらいに大きな構造物なので恐らく違う。
となるとアニマ・ムスかストラクトだけど、ストラクトは埋めたら使えない反面、アニマ・ムスはそもそも『埋めて使う想定』の道具だ。
(さすがは佳苗と言うかなんというか。図鑑にねえ道具もきっちり覚えてるもんだな。……けど、あれ? アニマ・ムスの杯って、たしか……)
あれは埋めて使うものだ。
というか、埋めるために作るものだ。
(だよな……。でもあれってたしか……)
言い方を変えよう。
アニマ・ムスの杯とは、ようするに『棺』だ。
死者を入れ、その死者の魂を保護するというものであって、そしてそれも詭弁であり、その実は『死体を封印するための道具』である。
ただの死体に使う訳もないけど、ただの死体ではない場合……例えば、それこそ勇者のような特別な人間の死体が『利用されないようにするための道具』だ。
素直に読み解くならば、だから……それは、フゥが自分の死を告げた、ってことだ。
(まあ、素直に読み解くならばそれこそ、別にそんな報告をしてくるやつでもねえんだよな)
そこが問題なんだよね。魂を保護する。死体を封印する。
ペルシ・オーマの杯というリスクが目に見えてる奇跡を用いてまで、異世界の僕たちに自分の死を告げることに価値はあるか?
(やっぱり『私はここに生きていた』のほうが正しいんじゃねえの?)
うーん……。
僕の考えすぎ、だったかなあ。さすがに。
(にしても、アニマ・ムスの杯ってのも妙な道具だな。肉体を封印する、は別に隠すようなことでもないだろ)
まあ、あながち魂を保護するってところも嘘じゃないんだよ。あれ、もともとは死者の蘇生、よみがえりを目的に作られた道具だし。
確か死体を収めた状態のものを魂魄というマテリアルとして認識できるようにして、肉体と錬金術で関連付けることによる疑似的なものだ。
黄泉がえりというよりかは輪廻転生を錬金術的に再現……、した……、ような……?
(……なんだ?)
もしかしてフゥの願った奇跡って……、いやでも……、
(おい、何考えてるんだ。ずいぶんとお前から漏れてくる思考が不穏だぞ)
「……フゥはつまり、僕にフゥを作れって言ってるのか?」
「渡来。教科書くらい、せめて開いてくれないかな?」
あ、怒られた。
こぼれ話:
ペルシ・オーマの杯……奇跡の対価は他人が支払う、錬金術的なラストリゾート。
アニマ・ムスの杯……魂魄という錬金術師には作れなかったものを強引に調達するための器。
ストラクトの杯……どのようなものでも融かし液体にする。
インフィニエの杯……地球上での名称:核融合炉。




