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黒迄現在夢現  作者: 朝霞ちさめ
第一章 二十日遅れの中学生活
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12 - 超久々な体育の授業

 四時間目、体育の授業。

 僕たちの学校では、体育の授業は二クラス合同で行う。

 ただし、男女は別。

 つまり、二クラスを足して、男女に分割して、別々にやるのだから、実質、一クラス分というわけだ。

 二クラスとは一組と二組、三組と四組というセットで固定。

 体育着への着替えは、奇数クラスで男子が、偶数クラスで女子が行う。

 僕は三組だから移動は無し、移動してきた四組の男子は少し遠慮気味に、とはいえもう一か月もくりかえすとだんだんと適当に、着替えをするのだった。

「ああ、今日はお前らも参加できるんだ」

「うん。だいぶ見学が続いたから、僕も洋輔もつまんなかったけど、そろそろ大丈夫ーってお医者さんも言ってたし」

「そりゃ何より」

 なんて心配をされつつも体育着に着替えて、っと。

 尚、その心配をしてくれたのは一つ前の席に座っている六原(ろくはら)涼太(りょうた)くん。

 小学校が違うからちょっと新鮮な感じはしてるけど、給食や掃除で同じ班なので今更な感じもする。

「今日、何やんのかな。前の授業はハードル走やってたよね」

「さあ。でも校庭だって言ってたし、ライン引いてるところ見ると、また走る系統かもな」

「ううむ……」

「あれ、渡来って走るの苦手?」

「あんまり得意ではないね……」

 運動全般、しないですむならそうしたいし……。

 ふと思い立って、机の奥に入れていた小さな青い石を引っ張り出し、ポケットにこっそりと忍ばせておくことに。

 ずるはバレなければずるではないのだ。たぶん。

「……そういえば、眼鏡かけたままでも怒られないかな?」

「別に怒られないと思うけど……って、そうか。渡来のそれ、伊達メガネなんだっけ」

「うん」

「……まあ、バレなきゃいいんじゃね?」

「それもそう……」

 尚、この六原くん、結構性格は容赦がない。

 僕と洋輔を足して二で割った感じというと悪いけど、実際そんな感じなんだよなー。

 ちなみに洋輔はすでにあの体育着に着替えを終えていて、洋輔は洋輔で席の近い子と話している。

 ごくありきたりな学校生活を取り戻すにはまだもうちょっと時間はかかるかな……でもまあ、体育とかにも参加できるようになれば、だいぶ変わるだろう。

 などと思いながら、がやがやとみんなで移動。

 運動靴を履いて、グラウンドへ……。

 この学校の校庭は土が敷かれている普通のタイプ。

 体育着を着て体育の授業に参加するのは、実は今回が初めてなんだよな。

 眼鏡はつけたままで運動しても問題はないだろう。

 僕用に作ったものだ、そう簡単には外れないし。

 で、チャイムが鳴って授業開始。

 今日は参加します、という旨は先生に伝えてあるので、問題なし。

 まずは準備体操から。

 屈伸運動とかの慣れ親しんだものはもちろん、手首足首とかももちろんやって、最後に馬跳び。

 この程度の運動なら楽々だなー。

「驚いた……渡来って運動できたんだな」

「苦手ってわけじゃないよ。あんまり好きじゃないだけで」

「いや、なんか……うん。そうか」

 うん?

 なんか煮え切らない感じなこの子は、背の順で並んだ時に僕の次で、結果馬とびとかのペアで行う準備体操をする相手となった前多(まえだ)くん。ちょっと字が普通と違うけど、普通の前田さんは別にいるので紛らわしさが甚だしい。

 紛らわしいの一点ではもっと酷い二人がいるので、今更だけど。

 ちなみにそれは東原(あずまはら)さんと東原(ひがしばら)さん。漢字が完全に同じで読みが違うとか、せめて違うクラスに入れるとかそういう配慮をすればいいのに……。

 とか考えていたらホイッスルが鳴った。

「準備運動終わり。さて。じゃあ今日の授業は、長距離走」

 体育の先生のそんな言葉に、生徒たちからブーイングが飛ぶ。

 だよなあ。みんな長距離走は嫌いだよなあ。

 でもまあ、授業内容がそうそう変わるわけもなく。当然と言えば当然だけど。

「校庭一周で二百メートル。これを十周だ」

 てことは二千メートル……。

 …………。

 長距離走、ってこんなもんだっけ?

 まあ、僕にせよ洋輔にせよ、こっちではものすごい距離だなあと思い出しはするけど……。

 ともあれ、全員で一気によーいどん、だとちょっとごちゃごちゃするよね、ということで、三組と四組が別々にスタートすることになった。

 待ってる方はただ待つのではなく、走ってる方の子たちのタイム計測をするそうだ。なるほど。

 で、先に走るのは三組。

 そんなわけで僕も洋輔も、トラックの隅っこの方についていた。

「タイマー、いいな? それじゃあ、いちについてー、よーい、どん!」

 手が振り下ろされたのを見て、三組の男子総勢十八人が走り出す。

 とりあえずの先頭は……あれ?

 僕と洋輔?

「……みんな遅いね?」

「だな?」

 まあ、普段通り走ればいいか。

 たったった、と適当に走って、一周回ったところでタイマーを確認。

 遠慮なしの適当走りだと二十四秒くらいか。

 まあまあだ。

 けど、このままだと……ちょっと大記録になりかねないな。

 というわけで意図して速度を落としておくと、洋輔も僕と同じようなことを考えたようだった。

「長距離走っていうか、持久走っていうか」

「ん?」

「いや、なんか昔はあんまり好きじゃなかったし、今もそんなに好きじゃないけど。なんか心境の変化を感じるなあって」

「あー……。運動できるってこと自体、まあ悪くねえもんなー」

「ねー。ずっと見学だったし」

 雑談を交わしながらも洋輔と並走。

 四週目、五週目、六週目。

 七週目にもなると、ほとんどの子を周回抜きできた。ううむ。

「ていうか俺はまだしも、佳苗はよく大丈夫だな」

「まあね」

 といって僕はとんとん、と軽くポケットを叩く。

 それだけで通じたのだろう、洋輔はやれやれと首を振った。

「ずっるい奴だな。ていうか、道理で俺も楽なわけだ」

「気づかれなければ大丈夫大丈夫」

 青い石、こと、賢者の石。

 魔力を通している間、周囲の体力などを回復するアイテム、としても扱えるこれを、今回はそうやって使っているのである。

 といっても、魔力を流している量はごく微量だし、そもそも小さな石なので、効果範囲はせいぜい、僕から半径一メートルちょっとくらい。

 つまり、並走している洋輔くらいにしか効果は出ていないわけだ。

 なんてことを思いながらも八週目。あと二週。

「そんじゃ、そろそろ追い込みかけるか?」

「いや、やめとこ。記録になっちゃう」

「それもそうか」

 というわけで、スピードは維持して残り二周も走り切り、タイムを確認。

 大体五分五十秒くらい。

「……いや」

 と。

 体育の先生が声を挙げた。

「お前たち、そんなに運動得意だったのか……」

「得意っていうか、なんていうかですけどね」

 特に息も上がっていない僕たちを不信がりつつも、しかし目の前で起きている現象は認めざるを得ない立場である先生はあいまいな表情で頷いた。

 ちょっとやりすぎたらしい。

 でもなあ。

 二千メートルってこんなもんか。

「…………」

「…………」

 ゴールした僕と洋輔はしばらく無言で、まだ走っている子たちを眺めて。

 そして小声で。

『あっちだと二千メートルって準備運動だもんね……』

『だなあ。感覚があっち基準になっちまってる』

 修正しないと、か。

 ちなみに一番最後まで走っていた子がゴールをした記録は十分ちょっと。

 疲れて肩で息をしているその子は、何を隠そう前多くんだった。

 どうやら運動が苦手らしい。小柄なのもあるだろうけども。

「大丈夫?」

「だい、じょう、ぶ……」

 には見えないなあ。

 先生に許可をもらってグラウンドの隅のベンチに運んで、そこで横にすることに。

「洋輔」

 とんとん、と僕は自分のポケットを叩くと、おおむね理解してくれたようで、洋輔はそのまま先生の方へと戻って行った。

 一方で僕は前多くんの横で立ったまま。

「前多くんは、体育嫌い?」

「いや……。好き、だけど。でも、得意じゃない、から……」

「そっか」

「そういう渡来は、どうなんだ」

「んー。あんまり好きじゃないかも。運動ってそもそも、性に合わなくて」

 苦笑交じりに答えつつ、前多くんの息がだいぶ整ったのを確認。

 もう大丈夫だろう。

 魔力を流すのをやめて、っと。

「渡来みたいな運動ができればなー。こっちももっと楽しいんだろうけど」

「あはは。でもま、僕だったらそもそも運動を楽しいと思えないからね……」

「じゃあ、渡来は何が楽しいんだ?」

「んー。何かを作るために、いろいろなことを調べたりすること……かな?」

 もともと図工は好きな方だった。

 そこに錬金術という、大概のものを作れる力も手に入れた。

 だから今の僕は、何かを作るということがとても楽しいのだ。


 体育の授業は進み、四組の生徒も持久走を終わらせた。

 そこで残り時間を見ると八分ほど。ちょっと早め、かな。

「残りの時間は、簡単な運動をしていること」

 という先生の合図は、つまり事実上の『自習』、遊んで良いぞということである。

 とはいえ、ボールが出ているわけでもなく。

「なあ鶴来、と、渡来も。ちょっといいか?」

「ん?」

「なに?」

 と、声をかけてきたのはクラスメイトの人長(ひとおさ)くん。たしか洋輔と班が一緒だったような。

「いや、お前ら短距離走ってどのくらい早えんだ? と思って」

「どうだろうね。この頃全力で走ったことはなかったし」

「だなあ。ちょっと走ってみるか」

 とんとん、と運動靴のつま先で地面を叩きつつ洋輔が言うと、待ってましたと言わんばかりに人長くんはストップウォッチを二つ取り出した。

 どうやら先生から借りてきたようだ。

「一周二百メートルだから、半周か」

「一緒に走る?」

「だな」

「じゃあ人長くん、合図お願いしていい?」

「おっけ」

 そんじゃあ、と適当にラインについて、と。

 内側に僕、外側に洋輔。

 洋輔のが早いんだけど……ね。

「位置について、よおい……どん!」

 合図に合わせて、スタートを切る。

 最初の一歩の時点で、すでに洋輔がちょっと早い。魔法使えば無理やりにでも追いつけるけど、さすがにやりすぎな気がするので魔力を通すだけ。

 いやこれはこれでダメなんだけどね?

 体力は使った傍から回復するので、とにかく一気に走り抜ける。

 問題があるとしたら、賢者の石による回復は疲労もある程度取れるけど、完全ではないという点だ。

 その辺りは別な道具があるんだけど、あれ副作用もあるからなあ……でも、今度作っとこっと。

 なんて思いながらゴール。

 洋輔のほうがちょっと早い。

「タイムいくつ?」

「あ、俺も知りたい」

「なんでお前ら息ひとつ切らしてねえんだよ……えっと、鶴来は十一秒二八、渡来は十一秒八九だ」

 0.5秒も差が出たか。

 本気で走ってこれだ。実力のすべてを転嫁したら、差はもっと広がるよなあ……。

「今のを見ると、実際、さっきの持久走では長距離走る用の速度だったんだな……」

 とは、タイムを計測してくれた人長くん、と一緒にいた佐藤くん。

 僕は自然と洋輔に視線を向け、洋輔も自然と僕に向けていた。

 うん。

 あの時、実際は様子見で結構かるーく走り出したんだよね。

 その気になれば今の百メートル走と同じ速度で、僕の場合は賢者の石が残っている限りは延々走り続けられるのだ。

 洋輔に至っては回復魔法で疲労もとばせるし。ずるい。

「えっと、それで二人は部活決めたのか? もし決めてないなら陸上部来ない? 十中八九国体出れるぜ。……って、あれ。お前ら運動靴だよな? スパイク履いてないのに、なんであの速度が……」

「さあ、世の中頑張れば頑張れるってことでしょ」

 佐藤くんの勧誘を適当に流しつつ、僕はやんわりと拒否。

「僕、演劇部に入ることになってるんだ。裏方作業楽しくて楽しくて」

「あー。なんか作るのが好きとかさっきも言ってたからなー」

 いつの間にか混ざっていた前多くんがそう言ってくるので頷いておく。

「鶴来は?」

「俺はサッカー部かなって。サッカーが得意ってわけじゃないし、特に経験もないんだけど、いろいろとやりたいこともあってなー」

「そっか。まあ、無理にとは言わねえけど。でもサッカー部には陸上部から助っ人がたまに行ってるんだから、逆も頼むぜ?」

「おう。個人競技の陸上に助っ人を入れてどうすんだと思わないでもないけど」

「あ」

 一応団体戦はあるけどね……。

 リレーもそうだし。

 ま、洋輔らしい勘違い……、勘違いってわけでもないか。

 その後も雑談をはさみながら体育の授業はおしまい。

 ……体力テストまでに、他の子たちをみて調整した方がよさそうだ。

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