146 - 中間考査顛末談
火曜日の授業によって中間考査の全テストの結果が帰ってきた、と思ったら、帰りのホームルームに個人個人の一覧表が渡された。
ああうん。こういうの貰えるならば先にもらっておきたかったと思いつつも、まあいいかと納得。
結論から述べよう。
(小遣い減額回避よっしゃア!)
…………。
まあうん。洋輔の点数は国語が七十二点、数学が八十二点、英語は七十八点に、社会が七十一点、そして理科が七十六点。思いのほかギリギリな教科もあったけれど、ノルマは達成。おめでとう。
そして僕の残りに家屋はどうなったかというと、
「まさか、佳苗がそんなに数学と理科得意だとはね……」
若干拗ねるような声音で葵くんがつぶやいた。
そんな葵くんの数学は九十七点、理科に至っては百点である。
僕も香木原さんに言われてどうも全問正解っぽいとはわかっていたとはいえ、実際に数学の答案で百点満点、理科の答案に至ってはなんかよくわからないけど百二点満点という奇妙な数字に驚いたものだ。
尚、今日は二時間目が理科の授業で、その百二点満点についての釈明もあったのだけれど、先生の配点ミスらしい。これについてものすごく異議を唱えたいといった様子で、しかし我慢しきったのは葵くん。
葵くん、理科は百点だったんだよね。普通は百点を取れば満点なわけで、それが満点じゃないと言われて納得できる子はそうそういないだろう……。
ちなみにそんな葵くんにとっての対抗馬である蓬原くんは数学が百点満点で、理科は九十八点。
三教科では七点差、五教科では五点差と、かなりいい勝負をしていた。
まあ、葵くんとしては勝つ気満々だっただろうから微妙に不本意のようだけれど、
「いや正直、まさか前多にここまで迫られるとはな……」
という蓬原くんの困惑からもわかる様に大概な成績だ。
五教科のクラス一位は貫禄の蓬原くん、じゃあ蓬原くんにわずか五点差に迫った葵くんは何位というと、しかし三位だった。
二位の座をかっさらって行ったのは何を隠そう、僕の隣に座っている渡辺さんである。わずか一点、されど一点。その一点で渡辺さんは葵くんを上回ったのだ。
何でもそつなくこなすのが渡辺さんだとは思っていたけれど、まさか何でも満点付近に持ってくるとは誰が思うよ。想定外にもほどがある。
精々全教科九十点くらいだろうとか思ってただけに、ある意味、葵くん以上にダークホースだった。まあ、勝手な僕のイメージだけどね。
イメージと言えばおおむねの予想通り、昌くんと郁也くんはなかなか成績が良かった、郁也くんは五教科で四百六十五点のクラス六位、昌くんは五教科で四百六十三点のクラス八位。
……ここもたったの二点差なのに順位が一個飛んでいるのは、間に西捻さんが割り込んだからである。いやあ、なんていうか。奇麗にはなかなか並ばないものだ。
それでも想像通りに勉強できるんだよなあ。
で、僕はぎりぎり、五教科四百四十二点でクラス九位。この成績なら香木原さんの立場もあるかな。
……さて、クラスベストの話をした以上、一応この会話の輪に入っていて、しかし一言も発言をせずにそっぽを向いている信吾君に関しても言及をしておくと、まあ最下位なのは言うまでもなく、五教科の平均ではなく五教科の合計が八十九点。四科目での赤点、補習。大変そうだ……信吾くんも、先生も。
緒方先生が頭抱えてたもんな。
ともあれ。
こんな感じで中間考査は一通りが終わって、学年全体の順位も上位十人までが掲示板に張り出され、それによると蓬原君は学年二位、五位に渡辺さん、六位に葵くん……が、三組の生徒かな。
尚、一位を持っていったのは二組の佐伯さん。五教科合計で五百一点。たかが一点、されど一点。完全な満点はいなかったようだけど、だからこそ悔しいだろうなあ……。
その辺も含めて、じゃあクラスに何か変化が起きるのかと言えば、まあ起きるとしても明日からだろう。
葵くんはこれまでよりもだいぶ頼りにされるだろうし、蓬原くんもそこそこ絡みが増えてくるかもしれない。意味は違うけど結果は同じという意味で言えば、うん。まあ、信吾くんも何かと話題になるのか、あるいは誰も触れないかのどっちかだろうな……。
(その辺はさておいて、部活終わったらいつもの場所でな)
と、洋輔の声なき声に了解と答……、まった。
「昌くん。ちょっといい?」
「うん?」
「今日の帰りに寄るわけだけど、洋輔連れて行ったら邪魔かな? じゃまなら別に帰しちゃうけれど」
「ああ、気にしないで。もし晶が鶴来を嫌がったとしたら、そのときはぼくが鶴来と別室に行けばいいだけだから」
なるほど。晶くんの用事はあくまでも僕か。
「ごめんね、気遣いさせちゃって。じゃあ、部活が終わったら……えーと、校門辺りでいい?」
「うん。佳苗、じゃあよろしくね」
りょーかい、と答えつつ、洋輔にも事情を説明……する必要はないのか。
でもまあ、一応説明したというアリバイは必要なので、
「だってさ。洋輔、よろしく」
「ん」
と、最低限に言葉にしておかなければならない。
説明していないのに通じ合ってるとか、普通は考えないだろうしね。
で、そんなこんなでの部活後。
部活中も眼鏡をフルに使っていたけど、洋輔には特に影響がなかったようだ。
逆に洋輔側からの影響もほぼ無し、お互いに集中していると、お互いの思考は本当に気にならない感じ。
頑張って声をかければ反応はしてくれるけど、程度のアレであって、なんていうか本当に距離を問わずに話しかけられる、程度でしかないらしい。
今日のところはって冠詞は必要か。今後もしかしたら何かしらの問題が出てくるかもしれない。
ともあれ、部活を終えて昌くんとも集合し、そのまま昌くんの家へ。途中、猫が二匹ほど。軽く撫でるだけで我慢しておく。
他の猫の匂いがついてると、ゆーとが怯えるかもしれないし……。大丈夫だとは思うけど、小猫だしな。少し過剰なくらいでちょうどいい。
「さて、いらっしゃい」
「おじゃまします」
「おじゃましまーす」
「あ、渡来さんだ。それに鶴来さんも、こんにちは!」
「こんにちは」
晶くんは門の先、玄関の前でゆーとをかかえて待っていた。
ゆーとはだいぶ安心しているような感じで、すでに懐ききってる感じ……たしかに正しい抱え方とかは教えたけれど、まさかここまでマスターするとは。やるな。
そして、それはそうと……。
「突然呼びつけちゃって、ごめんなさい。あの、渡来さんに、どうしても相談したいことがあって……。にーちゃん、いい?」
そんな昌くんへの呼びかけは、洋輔への視線と共にだった。
それを察したらしい昌くんは洋輔の肩にすっと手を乗せて、歩き出す。
(なんかあったら言えよ)
もちろん。
洋輔が昌くんと先に玄関をくぐり、奥へと歩いて行って、しばらくしてからである。
「呼びつけてまで聞きたかったことが、あったんです」
「僕に?」
「はい。渡来さんなら……まあ、信じてくれなくても、笑って流してくれそうだと思って。にーちゃんは、良くも悪くもまじめだから」
ああ、それは確かに……でも、じゃあ何をだろう。
「良いよ。言ってみて」
「ありがとうございます。……実は、ゆーとの言いたいことが、なんか昨日の夜から急にわかるようになって」
「言いたいこと……、例えばだけど、いまのゆーとは何を思ってると思う?」
「そろそろ離せ、ごろごろしたい。って感じですかね?」
「うん。僕が見てもそんな感じだね」
「あと、微妙に持ち方が気に入らないって思われてるような気が」
「よくわかってるね。尻尾動かしたいけどこの体勢だと動かしにくい、とはいえ我慢できないほどでもないからまあいいか、って考えてるみたいだよ」
「そうですか……。…………。あれ、相談相手間違えてますか、ボク」
僕は回答に困ってうーん、と唸る。
いやまあ、僕であってるといえばあってるんだけど、間違ってると言えば間違ってるかな……。
「他の人だと、まあ、そもそも晶くんの言ってることを信じるかどうかって問題も出てくるかもしれない。僕はその点、そもそも野良猫だろうとなんだろうと、だいたい考えてることはわかるし、数回顔を合わせればもっと詳しい感情もおおむね読み取れるから……、だから、晶くんが言ってることがでたらめな事じゃないってのは保証できる。それはつまり、晶くんが確かに『ゆーとが言いたいことを読み取ってる』みたいだ、って太鼓判を押せる、んだけど……」
その理由までは流石にわかんないしな。
飼い猫と飼い主。その関係の間に何か、心が通じる何かでもあったのか。少なくとも心を開いているのは事実だろう、お互いに。
「昨日の夜、それに気づく前。何かあった?」
「えーっと。餌を、あげたくらい? かな?」
うーん。そんなのありふれてるよな。
「あ、でもその時口の周りが汚れていたから、拭いてあげました。そしたら尻尾をゆっくり揺らしてて、ゆっくり瞬きをして、ボクを見上げてたんですよね」
「へえ。そのあと、なんとなく言わんとしてることが急にわかるようになったと」
「はい」
だとしたらその口の周りを拭いたというのがトリガーになったのかなんなのか、まあ、一気にゆーとが晶くんに心を開いた……ってことかな。
常識的に考えればその辺が限界だ。
でもなあ。晶くんなんだよなあ。
となると……。
「僕の側からも変な事を聞くけれど。晶くんはさ、ゆーとのそういう考えてる事、具体的にはどんな感じでわかるの? 『あ、なんか~~っぽいな』、って晶くんが感じてるのかな、それとも『おなかすいた何か食わせろ』的な意志を感じるとか、あるいは別な感じか……」
「えっと、二番目。『おなかすいた何か食わせろ』的な意志を感じるんです。寝てる間も、なんかずっと近くにいるような気がするって言うか……小学校に行ってる間にも、おなかすいたーってゆーとが鳴いてるなあってなんかわかってて……」
うん……?
それはもう、僕の猫に対する理解とはだいぶ違くない?
離れていてもって、それはもう使い魔の契約のようなものじゃないか。
ていうか、晶くんには無意識っぽいとはいえ呪いが使えるわけで。使えてもおかしくないのかな?
(呪いによる使い魔の契約、か。そもそも呪いがどんな技術なのかが分からねえ以上、できるともできないとも断言はできねえが……使い魔の契約は魔法的な方法以外にも手があるって話は聞いたことがある。錬金術でもできる、ってな)
そんな道具あったかな……記憶にないんだけど。
(ああ、道具は使わねえらしい。何だっけ、錬金どれー術……? なんかそんな感じので関連付けるんだと)
錬金奴隷術? そんな技術はなかったと思う。
似たような字ならば錬金隷属術かな……あれも別に、使い魔の契約をするための技術ではない。あるマテリアルの性質を、別のマテリアルの性質の影響下でのみ発動させるという機能制限で、これは僕が苦手とするタイプの錬金術だ。使えないわけじゃないけどかなり苦労するし、そんなことをするならば別の方法で似たようなことが出来るから、あえて使うまでもない的な。
(あれ、無いのか。錬金術に)
うん。僕が知らないだけかもしれないけど……少なくとも師匠に当たる人たちも、その手の知識は持っていなかった。
とはいえ、絶対に無理とも言えないか。
確かに錬金隷属術をかなり拡大解釈すれば、使い魔の契約とはちょっと違って、対等ではなく上下関係を伴う形で実現は出来そうだ。
で、錬金術でも疑似的にできるなら、他の技術でもできる可能性はある。
たとえば、呪いとか。
そういう事か。
(そう。さすがにこじつけっぽいが、とはいえその状況。ほぼほぼ俺たちの現状みたいな直通路が出来てるとみるべきだろ)
だとしたら、何だろうな。晶くんはゆーとと仲良くなりたい、とひたすらに考えていた。で、それが呪いとして発生して、成立して、それをゆーとが受け入れたか、あるいは呪いの力で上から被せたか。それで疑似的な、使い魔の契約状態になっている……。
「その感覚。晶くんとしてはどうしたい?」
「うーん……。どうしたいというか。こういう事って本当にあるのかな、って知りたかっただけ、というか。実はボクの妄想なのかな、とか、結構正気を疑い始めてて……」
「あー。嫌じゃないなら、そのままでいいと思うよ。それに大丈夫、そのくらいなら僕もあるから」
嘘はついていない。
猫の意識はわかるし、洋輔の使い魔状態だし。
にしても、また呪いか。