145 - 困惑の先
何かの間違いが起きては困る。
せっかくなので洋輔にシェルターを借りて、そこでいくつか実験をすることに。
暗証番号何だっけ、とシェルターの前で首をかしげていたら、洋輔がダイレクトに数字を教えてくれたので、それを入力。
ぴ、と無事に開封。やっぱ便利だなこれ。
で、シェルターの中にアイテムを広げて、いくつかのアイテムについてその効果範囲を改めて確定……した結果、思いのほか単純な結果が帰ってきた。
どうやら錬金術による道具の効果を得る者は、原則として一つにつき一人らしい。
賢者の石とかは範囲内であれば全員だけど、あれはそもそも『範囲内』という対象が例外的に指定されているタイプだからな。
もうちょっと詳細に詰めると、錬金術による『感覚の調整』を行う道具の適応範囲は僕のみで、それを適応している状態で洋輔が共有した場合、基本的には『調整後の状態』で共有が行われる。
たとえば視覚の強化や視覚の変化を起こす道具を使っていればその視覚が共有されるという意味で。
ならばなぜ、時間の認識については変化が出ないのか、だけれど。
いくつか仮説は思い付くけど、時間の認識、時間間隔の変更は感覚的なことではなく知覚的な部分、つまり『頭がどう認識しているか』という部分だからっていうのが一番スムーズかな。複雑な判定が起きているとも思えないし。
他の道具とかも使いつつ色々と確認して、おおむねそれが正しいっぽいことを理解。
便利な部分が圧倒的に大きいとはいえ、齟齬には常に気を付けなければなさそうだ。
「こんなものか」
検証に用いた道具はふぁんと証拠隠滅、これで良し。
それと次に、魔力の視覚化についてちょっと確認。
洋輔のほうがもちろん得意とはいえ、僕にも魔法が全く使えないわけではない。
筋力強化やピュアキネシスとかなら僕の方が得意だし。
問題は筋力強化の魔法は特に魔力が見えなかったこと、ピュアキネシスもまた同じく。
前者は体内で完結しているから体の外には出てこない、外はそもそもピュアキネシスが魔力そのものである以上、見るも何もそれが魔力である――と、理由付けはできる。
なので違った魔法を使わなければ。
とりあえず重力操作を適当に置いてある机にかけてみると、ああ、ちゃんと渦は見えた。
見えたけど、洋輔のそれとは反対向きに渦巻いているような。
この辺りは人によるのか、あるいは僕が魔王化したからこうなったのか、それとも実は魔法によって異なるのか……。
ま、こんな微妙な差異なんて知らなくても割と問題なくこれまで魔法を使えていたし、これまでと大して感覚を変えずに魔法は使えるから、そこまで気にしないでいい案件かな。
そういえば効率が良くなってるってことは、筋力強化とかも上限が変わってるのかな……眼鏡を使ってる間は『理想』だし、どうせその辺りの調整はできるだろうけど、これまでの感覚で魔力を使うとひどいことになりそうだ。注意しておこう。
その辺も含めて一度、自重無しに色々やってみたいんだけどな……、洋輔にどやされそうだからやめておこう。
シェルターを出て洋輔の部屋へ、そしてそのまま窓を伝って自室に戻り、屋根裏から材料を取り出して金の魔石を作る。
品質値は91552。なるほど、普段雑につくと9000くらいだから、大体その十倍……十倍?
一応賢者の石も作ってみる。そっちの品質値はごく普通に11005……。
魔力を材料にしてるかどうか、ってところか。魔力の質が違ったから、こうなったと。ふうむ。
「魔力が関係してる道具って他になんかあったか?」
「作ったことないけど、ペルシ・オーマの器とか……?」
ペルシ・オーマの器。別名は『杯』で、奇跡に限りなく近しいものを引き起こすトリガー。
なんで作ったことが無いかというと、洋輔が一日コンセントレイトをしたとしても消費する魔力が補えなかったからである。
今の僕ならいけるかな?
材料は揃えられないわけでもないし……。
「いや作るなよ。あれたしか、本当に奇跡が起きるけど、代わりにすっげ代償あっただろ」
「まあね」
代償は『奇跡を願った本人とは縁のない誰かの命百人分』。
本人と関係する誰かならともかくそうでないから極めて性質が悪い。
それともう一つ、根本的な問題もあって、そっちの理由から結局は作れないのだ。
「根本的な問題? あったっけ? お前、あっちでは魔力さえ補えればどうにか、だからカプ・リキッド全力で生産して一度は作りたいとか言ってなかったか?」
「あっちでなら、まあ、言い訳はできたんだけどね。こっちだと無理」
「なんで」
「大きさ。半径三十メートル、高さ五メートルの円柱だよ、記録にあったやつ。さすがにそんなものをぽんって作ったら、日本じゃ大事件だよ」
「あー……あれってあんなにデカイ道具だったのか」
「うん」
重さの記録はなかったけど、まあ、考えたくもない。今の僕なら持てそうな気もするけど、基本的に持ち歩くもんでもないだろうしな……。
尚、ペルシ・オーマの器って名前の由来はそれを最初に作った人が『ペルシ』で、それによって願いをかなえた人が『オーマ』だからなんだとか。
記録は記録でも全道具が記されている……とされた叡智の図鑑ではなく、あらゆる歴史を記録するという『ヒストリア』の長しか知らないことなので口伝であり、その詳細は僕にもよくわからないのだけれど、それを作ったことでペルシは錬金術の限界を悟り、オーマはたった一度の奇跡の代価に数億の後悔をした……だったかな?
その辺、漠然としているのは警告なんだろうと僕は受け取っている。
「受け取っているならそんなものを作ろうとするな」
「いやあ。でも一度は全部作ってみたいじゃん。ほら、アイテムコンプリートみたいな意味でも」
「今のお前にならできるかもしれないが、やめておけ」
それもそうだった。
そして夜。
いい加減寝るか、と布団に入ったところで、ぼんやりとお互いの事を意識してみたり、そしてお互いに照れてみたり、気まずくなってみたり。
これが今後ずっと続くとなると、結構なストレスになる部分もあるだろうし、逆に支えになる部分だってあるだろう。
うつらうつらとし始めて、だから思う。
きっと僕は、
洋輔は、
翌朝。
火曜日。
僕は目を覚ましてしばらく、ベッドの上に寝ころんでいた。
変な夢を見た……いや、あれは夢じゃないのか。洋輔の意識がこっちに漏れてきたのかも。
だとしたら洋輔のやつが隠していたこともおのずとわかるけれど、なるほど……。
(ていうかな)
うん?
(お前、夢の中で猫を延々棚の上に並べる作業って。どんな夢見てるんだよ)
よくある夢じゃない?
なんて言い訳をしつつ、起き上がって朝ごはんを食べに行く。
例の夢は見れなかった。あるいは見る必要が無かったってことだろうか。うーむ。判断に困るな。
そして少し寝坊気味かな、でもまあちょっと遅めの日くらいか。別に急ぎの用事もないし。
一階に降りるとお母さんがいつもの笑顔で、
「おはよう、佳苗」
と行ってくる。いつもの。いつものか。なんか安心するよなあ。
「おはよー……ん?」
「どうしたの?」
「……ううん。なんでも」
なんか、空間がレンズ越しに見たような感じに……いやまあ眼鏡かけてるんだからそりゃそうなんだけど、偏光レンズというか、屈折していたというか。
気のせいかな。
(俺は気づかなかったぞ)
まあ洋輔には見えない場所だし。
ちなみに意識が通じているとはいえど、どこにいるのかまでは流石に感覚的には分からない。
視界とかを共有すればそこから辺りはつけられるにせよ、センサーにはならないようだ。残念。
いや、そのくらいのプライバシーはあってもいいか。
(視界も聴覚も共有できる時点であってねえようなもんだけどな)
心にカーテンは無いからね。あきらめてほしい。
でもまあ、トイレ中に共有しちゃったりすると結構気まずそうだ。
(ぞっとしねえ発想をするんじゃねえよ)
あと洋輔は長風呂だし、そこも注意しないとね。
(いや本当に。色々と共有したいときは事前承諾な、喫緊のことでもないかぎり)
わかってるよ。ていうか洋輔、明確な思考じゃないけど隠し事、漏れてるからね。
いっそ思考をシャットアウトするような道具でも作ってみるか……、錬金術の完成品に、確かそんな感じのアイテムがあったような……、なんだっけ。
(王者の仮面か?)
「あ、それか」
「え?」
「……いや。今のなし」
「なんだか佳苗、微妙に今日は様子がおかしいわね。熱でもあるの?」
「ううん。考え事してただけ」
「事故に遭わないように気を付けなさい」
はあい、と答えつつトーストをかじる。あ、今日のバタートーストは甘い……。
バターの甘さと言うのもやっぱりいいよなあ。お砂糖かけたりジャムを塗ったりした甘さとはまた違った感じで。こう、クロワッサンみたいな。
(佳苗も大概思考が飛ぶよな。ちなみに俺は卵かけご飯)
それはそれで羨ましいな。
尚、今日の給食は火曜日なので麺類。きつねうどんだったかな、たしか。
じゃなくて。
王者の仮面というのは、思考を遮断する道具だ。
それを付けている間、その人物は思考を誰にも読み取られなくなる。もちろん、その人物が思考できなくなるということはないので安心してほしい。
……問題は『誰にも読み取られなくなる』はあくまでも他人に対しての効果であって、使い魔の契約においても有効かどうかが分からない事、そして仮面自体がものすごく目立つ者であるという事だろうか。
地球的な表現を言うならばパピヨンマスクなんだけれど、あれ、表しの眼鏡に機能統合できるかなあ……。
まあ作って試してみるしかないか。洋輔向けにはなんかこう、ミサンガ的なお守りにしておけば部活的にもさほど問題ないだろう。
(え、俺用のも作るのか?)
「だって遮断するのは装着してる人だけ……」
「佳苗?」
「…………。なんか寝ぼけてるみたい」
あははと愛想笑いをしつつ、気を引き締める。
案外思考の中で会話するのって難しいぞこれ。つい言葉に出てしまう。
「ごちそうさま」
「はいはい。気を付けなさいよ、本当に」
「洋輔も一緒だし。大丈夫だよ」
「それもそうだけど、念には念をね」
はあいと返事をして、改めて荷物を取りに自室へ戻る。
ついでに材料を集めて王者の仮面を作ろうとも思ったのだけど、ちょっと手間取りそうだったので後回し。帰ってきてから作るとしよう。
荷物を整えて忘れ物が無いかも確認、大丈夫。
今日はプールの授業もあるので水着もきちんと持ったうえで、玄関へ。
ホワイトボードに登校中のマークを記し、「いってきます」と扉を開けると、その先にはちょうど洋輔が到達していた。
「おはよう」
「おはよ。なんか、変な感じだけどな」
だよね。散々会話してた感じがするし。
「洋輔は言葉に出たりしなかった?」
「結構してた……」
「あー……」
いつかは慣れるんだろうけど。いや慣れて良いのかなこれ。
早いところ王者の仮面作らないと……まあ、そもそも効果があるかどうかも分からないけれど。
その後、猫をめでたりしつつ登校。
ちょっとぎりぎりになってしまった。反省しつつ教室に向かうと、すでにほとんどの子は揃っていた。
チャイムが鳴る二分前だから、そりゃそうなんだけれど。
「おはよ、渡来」
「おはよう、佳苗。今日は遅かったね」
「おはよ、二人とも。ちょっと寝坊気味だったのと、猫撫でてたらこんな時間に」
「遅刻してねえからまだしも、大概だよな……」
自覚はしている。改善する予定はないけれど。
「あと一分ちょっとだから急ぎになるけど。佳苗、ちょっと相談いい?」
「うん? ……どうしたの?」
「昨日の夜に、なんか晶が、急に佳苗に会いたがっててね。できるだけ早くに、だって。なんかどうしても、直接話したいことがある、とか言ってたんだ。迷惑だとは思うけど、今度近いうちに時間貰ってもいいかな」
「別にいいよ。今度は将棋の助っ人する以外、特にこれといって用事もないしね。何なら今日、部活の後で良ければ行こうか?」
「お願い。ごめんね」
…………?
「晶が家族以外にこうも懐くのは初めてだけれど、なんだか今朝もどうしても会いたいとか言ってたし。何か深刻な相談事があるみたいなんだよね……。ぼくには相談してくれないのに。そんなに頼りないかなあ」
「兄貴を煩わせたくないってだけじゃねえの?」
「ぼくは頼ってくれた方がうれしいよ」
ふうん、と思いつつも。
嫌な予感が、するんだけれど……。
こぼれ話:
猫を拾い上げ、棚に並べる。
次の猫を拾い上げ、棚に並べる。
先ほどの猫が棚から降りているので拾い上げ、棚に並べる。
以下、ループ。そんな平和な彼の夢。