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黒迄現在夢現  作者: 朝霞ちさめ
転章 黒迄現在夢現
145/164

142 - 角笛の音

 六月二十七日、月曜日。

 衣替えということで、夏服用の半袖ワイシャツを着てみる。

 なんかしっくりこないな……。

 まあいいや。学ランは鞄にしまっておいて、洋輔と一緒にいつものように登校である。

 教室に入ると皆が夏服にガラッと変わっていて、ああ、季節が変わるってこうだよなあと思ったり。

 ……実を言えば先々週くらいから夏服の子はいたんだけどね。ちらほらと。六月入ってからはどっちでもいいよってスタンスだったし。

 で、朝のホームルームによると、答案返却は今日から、各授業単位で行われる。社会に関しては地学や歴史の授業で返却されることがあるそうだ。

 その一方で、数学は今日の返却は無し。明日になるそうだ。

 なんでだろうと思ったけど、数学は二日目だったしな。その辺が原因なのかもしれない。

 ともあれ、今日の授業的に帰ってくるのは国語、英語、社会……って、また見事に文系が帰ってくるな。

 まあいいけれど。

「テストの点数と言えばよく勝負のアレになるけれど、そういえば昌くんとか涼太くんとかはそういうのやらないんだね」

「相手の力量も分かんねえのに勝負を仕掛ける馬鹿が居るかよ」

「そういうこと」

 ううむ、僕とかは気にせず勝負するけどな。

 で、負けたら駄々をこねる。

「迷惑じゃねえか」

 はい。

 ま、そんなわけで授業開始。

 さあ、どうなるかな。


 結論から言うと、今日返却された点数は、国語が八十一点、英語が八十二点、そして社会が七十七点と、香木原先生の読みがばっちり当たっていた。

 一方で洋輔は、

「あぶなかったね」

「全くだ」

 国語が七十二点、英語は七十八点、そして社会は七十一点。

 とりあえず今日の分は目標を達成しているらしい。とても危ないけどセーフに違いはないのである。

 また、各教科ごとにクラスのトップ五人は発表されたんだけど、国語の最高得点は九十八点で、なんと蓬原くんと葵くんの同率一位、三位に女子の山尾さんが九十七点、四位は九十六点、圓山くんと渡辺さんの同率である。

 渡辺さん、さらっとすごい点数取ってるな……。

 次に英語においての一位は、なんと百点満点で蓬原くん。さすがと言う感想が真っ先に出てくるね。二位は九十八点で春日井さん、渡辺さん、湯迫くんの三者同率。五位の九十六点は葵くん。

 本日最後の科目、社会は、一位が九十八点。それがなんと三人いて、西捻さんと郁也くん、昌くんである。すごいな、地味に点数が高い。ちなみに四位は九十七点で、これも三人。よって社会に関してはトップ五人ではなくトップ六人の発表となっている。それはそうと同率四位は来島くん、蓬原くん、そして葵くんである。ちなみに渡辺さんに聞いてみたら、渡辺さんは九十六点と一点だけ足りなかったようだ。っていうか渡辺さん、卒なく万能じゃない?

 まあいいや。

 ともあれ、今日返却された国英社の三教科に関して、葵くんは蓬原くんにたった四点しか離されていない。勝負になってるどころか場合によっては勝ちかねないな……執念で信念を狩れる場面が見れるかもしれない。

 ま、その辺はさておいて、久々の部活である。

 まずは演劇部の部室へと向かうと、

「かーくん……」

「こんにちは。……なんか全体的に雰囲気がアレですけど、何かありましたか?」

「そのね。……実はね。この前の衣装なんだけれど、ちょっと、その、破けちゃって」

「ああ、なんだ。そんな事でしたか。見せてくださいね」

 というわけで破けたのはどれかな、と思ったら、まさかの王妃様ドレスだった。

 破れかたからして、アクセサリーが引っかかった……って感じかな?

 結構ビリっといっている。

「今日はこれ、持ち帰って修繕しちゃいますね。明日の朝、登校したらそのまま戻してマネキンに着せておくので、そのあとはお願いします。他に修理が必要なものはありますか?」

「え? ……いいえ、ないけど。そんなに気軽に治せるのかしら?」

「もちろん。作ったの僕ですから、治せて当然でしょ」

「……あれ? そうなんっすか。じゃあ、何も悲壮なムードにならなくてもよかったなー」

 そういう訳である。

 他にも数点の確認をして、特に他に修理が必要なものもなさそうだったので、衣装はトランクケースにしまって持ち出すことにした。

 で、演劇部からバレー部に移動する際中、ふぁんと治しておいたり。

 ケースっていい器なのだ。うん。

 ちょっと遅れて参加するバレー部は、今日は体育館を半面使っているらしい。

 急いで着替えて荷物は閉まって、猫の置物は窓際に置き、そのまま慌てて参加すると、

「すみません、遅れました……って、あれ? 漁火先輩は?」

「……聞かないでやってくれ」

 …………。

 ああ、うん。テストの点数がよっぽど悪かったんだね……。

 妙な空気になりかけたので、とりあえず基礎練をすることに。

 なんか久しぶりだなー。

 準備体操を終えてランニング、も終えてストレッチ、からのレシーブ練習に入って、と。

「うわあ。渡来が入ってきたぞー、こっからペース一気に上げろー……」

「あはは。まあ、ボール拾い必要なくなりますからね」

 などということを土井先輩と話しながら飛んでくるボールを片っ端からレシーブで籠に叩き込んでいく。

 サーブ練習は一通り終わったら、つぎはスパイク練習だ。

 もちろん僕はレシーブを続行。

 片っ端からレシーブを挙げるのもなかなか面白い。

 あと、籠の位置をちょこちょこと変えられていて、調整しなおすのとかもそれはそれで楽しい。

「いや、なんでそこまでの精度でできるんだって話だけどな。本当は」

 とは曲直部くん。

「あ、そうだ。一昨日の土曜日、曲直部くんのお母さんに会ったよ」

「え、なんで? ……もしかして店行ったのか?」

「うん。葵くん……クラスメイトの子ね、その子に誘われて」

「ふうん」

 あれ、なんかちょっと面白くなさそうな表情だな。

「ボクが教えるのもなんだけど、どうせ曲直部は自分じゃ言わないだろうし教えておこうか。曲直部はお母さんと仲が悪いんだよ」

「そうなの?」

「まあ、反抗期ってやつじゃない?」

「おい村社……」

 と、ツッコミを入れつつも納得しているあたり、どうやらそれが真相らしい。

「ていうか、だ。なんでこんな雑談をしながらお前は寸分たがわず籠に叩き込めるんだ」

「さあ。勘?」

 やれやれ、と大きく首を振って去っていく郁也くんと曲直部くん。

 うーむ。さすがに同意は得られないか……。

 ま、その後も練習は淡々と進んでゆく。

 これといって特別な練習を重ねるよりかは、多少つまらなくても基礎的な事を繰り返した方がいい、というのが今の先生の判断だしね。

 練習を終えたところで小里先生から通達があったんだけど、コーチに関しては、一応職員会議で承認は得られる見込み、らしい。

 その上で、保護者全員の同意が得らえるようならば、コーチを呼ぶ。おそらくは紫苑側で紹介してくれたその人を、ということになるだろう。

 其れなりに費用は掛かるから、保護者には個別に電話をして確認してくれるそうだけど、そういう確認をするということを伝えておくように、といった感じでくぎを刺された。

 曲直部くん辺りがちょっと心配だけど、ま、それこそ気にしすぎか。

 着替えに戻ったところで、風間先輩がトランクケースに気づいたらしく、少し困惑を浮かべた。

 もっとも、すぐに僕の物だと気づいたようで、

「渡来、この中身は?」

「ドレスです。修繕しないといけないんですよね。破けちゃったらしくて」

「なーるほど」

 といったやり取りを挟むだけで、特にこれと言ってツッコミもなく。

 良い事だ。

 あとは普段通りに着替えを済ませて、一人一人と帰っていく。

 今日は鷲塚くん、着替えに時間をかけてるなーとか思いつつも、置物をしまってさて、そろそろ帰るか。

「お先に失礼します」

「おつかれー」

 部室を出て、洋輔との待ち合わせ場所へ。

 まだ洋輔は、というかサッカー部は片付け中。この様子だと早くても二十分はかかるかな。

 まあいいや、とトランクケースと鞄をベンチに置いて、僕もベンチに座ってふう、と一息つく。

 どうしようかなあ。

 洋輔の事を考えれば、現状維持の方が幸せな気もする。

 僕と違って、洋輔には将来図がある。だからそれを描くのは、洋輔にある権利に違いない。

 でも、洋輔は洋輔だ。僕が気づいたことに、いずれ洋輔もたどり着く――あるいはもう、たどり着いているのかもしれないけれど。

 そうでなくとも、僕の隠し事なんてそう持たない。洋輔が真剣に疑い始めれば、一日二日でばれるだろう。

 結局。

 僕が気づいてしまった以上、いずれは『至ること』なのだ。

 だけど、だからこそ、僕はそれを忌避する。

 洋輔のためにも、そして僕自身のためにも。

 問題は、あの夢を見せてくるのが結局誰なのかがいまだにわからないことだけれど……。

 その辺の割り出しもやらなければならない……となると、結局は洋輔の手伝いがないとなあ。

「わり。ちょっと荷物取ってくるから、待ってて」

「うん。気にしないで」

「おー」

 サッカー部の片づけは終わったらしい。

 そして今の話からして、洋輔は着替えずにそのまま帰るつもりのようだ。

 しばらくは現状維持を目指そう。

 全力で、隠してみよう。

 どうせいずれはばれるにしても、その時間を少しでも遅らせることはできるかもしれない。

 それに洋輔が気づいていて、気づかないふりをしている可能性もある。それはつまり、僕に悟られないようにということなのだから……そこで膠着状態に持ち込めればいい。

「お待たせ」

「ん。帰ろうか」

「だな」

 いつものように校門を出て、いつもと同じ下校道。

 しばらく他愛のない話をしながら歩いていると、洋輔が「あれ」、と声を挙げた。

「珍しいな。今日は猫が寄ってこねえ……ずいぶん晴れてるのに。雨でも降るのか?」

「そういう訳でもないと思うよ。たまにはあるでしょ、こんな日も」

「まあ、そりゃそうか」

 実際には僕の気が立ってるのを察知して近寄ってこないんだと思うけどね。

「俺はさ」

「うん?」

「お前とあんまり、腹の探り合いはしたくねーからなあ。……だから、お前の配慮だとわかっていても、それでも聞かせてくれ。佳苗。気づいた(、、、、)のか?」

「…………。何に?」

「やっぱり気付いたか……」

 そして、全力で。

 何が何でも誤魔化そうとしたことを、あっさりと、洋輔は看破してくる。

 これだから、洋輔は。

 いや……僕の隠し事が下手なだけか。

「……洋輔はいつ気付いたの?」

「気づいたっつーか悟ったつーか。結構前。夢見が悪かった時期があっただろ。で、あの時お前は『今知りたいこと』を強く意識して寝ればいいって、そう俺にアドバイスをしてくれたその夜だ」

 それは……体育祭のあたり、だっけ。

 本当にずいぶんと前だな。

「その日の時点では、まだ夢見が悪い程度だった――で、そのアドバイスを受けた日に見た夢で、はっきりと悟った。『ああ、そういう仕組みか』ってな」

「……僕よりもずっと、悩んでたのか」

「ま、悩みながら、でもこれはこれでアリかなって。お前が気づくまではとりあえず保留でいいやって思ってたのさ。この日常は、この日常でアリだったからな」

 そっか。そりゃそうだよな。

 直感的に気づく力に関しては、僕よりもよっぽど……洋輔の方が強いんだから。

 観念しよう。

 もはや取り繕う必要もあるまい。

「それで、洋輔。どこまでわかってるの?」

「いやあ、それが今一わかってねえ。正直俺には心当たりがねえからな。……それはつまり」

「僕に原因があるってことでしょ」

 自嘲気味に、そして先回りをするように答えると、洋輔は苦笑を漏らした。

「詳しい話は家でするとして……。僕にも、そこまで心当たりがあるわけじゃないってのが、なんともね」

「ま、それは一緒に考えようや。たぶん俺だけじゃ、佳苗だけじゃ、正解は出せねえよ。二人そろってようやく一つ……アレ曰く、『陰陽互根』として成立してしまった俺たちの宿命だろうな」

 宿命か。

 妙な言葉が出てくるものだし――それがすっと腑に落ちるのもまた妙だ。

「だから今は」

「うん?」

「タイムリミットが無い事を願うだけだな」

 …………。

 なるほど、それもありうるのか……。

 言葉少なに家路を急いで、僕らはこうして、ようやく二人そろって意識した。


 異世界という夢から醒めた。

 だからこれは、現のはずで。

 だからここは、僕たちのよく知ったあの町のはずで。

 小さな疑問は無数にあるけど、まずは大きな疑問に取り掛かるべきだ。


 僕らは、本当に現実に戻れたのか――僕らは、本当に目醒めているのかと。

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