141 - 胡蝶の現
夢の内容は洋輔に伏せたまま、葵くんや涼太くんと遊ぶべく駅へと向かい、集合したらそのまま移動開始。
恩賜公園。
この街からはだいぶ離れているので自然と電車を使わなければいけないのだけど、春はお花見に賑わうし、それ以外のシーンでも大概人にあふれた場所である。
「恩賜公園といえば、いろいろと建物もあるけど。そっちはどうするの?」
「美術館とか正直興味ねえだろ」
それもそう。
「科学博物館はちょっときになるけどなー、オレ。小学校の中学年くらいだったかな、何かできたんだけど、あれ以来行ってもないし」
「行ってみる?」
「飯食ってからだな。そのあとは弁当箱とか、ロッカーにしまっていく感じ……少なくとも弁当持って行っていい場所でもないだろ」
それもそうだ。
もともと今日の日程はかるーいお散歩だし、気が向いたらいこう、という感じに。
駅から出てすぐ先のその公園に入り、そのまま歩みを進めていく。
「さすがに桜はもう完全に葉桜か」
「この時期で咲いてたらそれは怖いな……」
もう六月も後半だものね。
時期と言えば来週の月曜日からは、全生徒が夏服に指定される。
別に学ランをどうしても着たいならば着てもいいらしいし、そうでなくても持ってくるという子はいるそうだ。
その辺りの話をしてみたら、
「んー。オレは面倒だし持っていかないかな。りょーたは?」
「おれも持っていかないと思う」
「俺もだな。佳苗は?」
「僕は持っていくよ」
「なんで」
「クーラーで冷えたとき、とりあえず羽織るもの欲しくない?」
まあな、と洋輔がうなずいた。
「プールの後とかもね。もしかしたら冷えるかもしれないし」
「ふうん。そういう考え方もあるか……」
ま、本格的に面倒になったら持っていくのはやめるだろう。
いざとなれば現場で布材から適当なカーディガンでも作ればいいし。
「ちなみに六原は前多とよく、こういう場所に遊びにきたりするのか」
「よくってほど多くねーな。でも、定期的には来る感じ」
「恩賜公園とは限らないけどね。ほら、このくらいの距離まで移動するといろんな所行けるだろ。スカイツリーとか、浅草とか。そういうところをあちこち巡ったりするのが、オレとりょーたのよくある事。最近は信吾も一緒なことが多いかな。でも今日は……」
「今日って言うか、日曜日だもんね。信吾くんが一番忙しい日」
「……ああ、そうか。渡来たちと小学校は同じか」
そういう訳だ。
信吾くんにとって日曜日は一番忙しい日である――ピアノのレッスンをはじめとして、たしか四つほどのお稽古があるんだったかな。
何を考えてそんなスケジュールにしたのだろうとも思ったけど、信吾くんが決めたわけでもないんだろうし、信吾くんに聞くのもお門違い。
かといって信吾くんの親の事を考えると、なんていうか、まあ、聞くだけ無駄って言うか。
「信吾の家の事情も、なかなか複雑だよな」
「『私の代わりに成功してほしい』――身勝手だよな、大人って。でもたまに聞くわけだし、数的にはそれなりにいるのかもしれねーけど」
「それで縛られる子供の身にもなってほしいよね。ま、中学に上がってだいぶマシになってたけれど……髪の毛も切れたし」
そしてそれ以上に、あまり口出しができる立場でもない。
虐待まで行ってたらさすがに僕たちだって何らかのアクションをしただろうけど、虐待とまでは言えないケースばっかりで、なんとも。
「ていうか信吾のやつ、付き合うのは小学生までって言ってたのに、まだ稽古はやめてないんだな」
「ピアノに限らず、信吾は全部上手だしな。あのまま続けたほうが自分のためにもなるって判断をした、ってオレは聞いてる」
ふむ。
確かになあ、信吾くん、お願いすれば大概の曲は即興で弾いてくれるもんな。将来は音楽学校……は言い過ぎでも、音楽系のお仕事についてるかも。
と、歩いていたら野良猫を発見。
……すごく撫でたい。とても撫でたい。
「……わりぃな、二人とも。先に俺から謝っておくぜ」
「え、何を?」
「いや、最短でも五分は足止め喰らうぞって意味。佳苗はたぶん謝らねえしな」
というわけで野良猫を確保、抱き上げてみる。
やっぱり知らない街の野良猫は知らない顔だなあ。当然だけれど。
名前はどうしよう。
なんとなくお殿様っぽいし、どことなく狸っぽいし。とくがわにしよう。
「とくがわくんは、でもちょっと太ってるねー。というか野良猫にしては太り過ぎ。でも首輪はしてないし、避妊手術はしてあるのか……」
「餌付けされてるんじゃねえの」
「だろうね」
あんまりよくないんだけどね、本当は。
「全く、渡来と一緒だと色々と斬新な体験をすることになるな……」
やれやれと首を振る涼太くんと葵くんに、僕は苦笑で返す。
猫。
猫か。
「とくがわくん。君は、どっちだと思う?」
とくがわは答えず、ただ尻尾を揺らす。
そのままで居ればいいだろう、そのままで居るべきだと。
「…………」
それでも僕は。
お昼ご飯も食べて、一通り公演を回り終えたということでどうしようかと話題が回る。
「どうする? 科学博物館。行くならいけるぞ」
「もしくは、映画館とか。ちょっと歩くけど、行けるね」
「池のほうにいけばボートとかも借りられるんじゃない?」
「中学生だけでボート使えるか?」
微妙な所か。
というわけで、選択肢としては三つ。
科学博物館。
映画館。
そして、池の方に行ってゆったりと歩き回る、だ。
「動物園もあるにはある――「やめろ!」――え?」
…………。
洋輔。叫ぶことはないんじゃないかな。
「動物園なんていってみろ、ネコ科の動物が片っ端から暴れだすぞ。六原と前多にはピンとこないんだろうけど、あれだからな。こいつが動物園にいってライオンとか虎の檻の前に行くと、虎とかライオンがえらいことになるからな」
「……ネコ科って。広くない?」
「いやあ。実際大きいけど猫は猫だしね」
「いや猫じゃねえだろ……」
ちなみに実際に小学生のころ、動物園に学校の遠足で行ったとき、僕は当然ライオンや虎などが展示されているところへと向かったのだけれど、どちらもとても可愛かった。檻越しならばだけど……。
どんなにかわいくても、許容できる大きさには限度というものがあるのだ。
「まあ。動物園はやめておこう。もうお昼過ぎだし、どうせ行くなら朝から行きたいよ」
「ま、そーだな」
結局、映画は特に今から行っても見たいやつがやっていないこと、科学博物館もどうせいくなら一日をかけたいし信吾くんも連れて行きたいという葵くんの判断から、池の周囲でちょっと遊び場があるかどうかを見てみることに。
ボートの貸し出し場も確認したけど、やっぱり中学生だけだと渋られた。
ていうか最大三人なのね。じゃあだめだ。
せっかくだったので近くにあった弁天堂で弁天様をお参りしたりして、そのまま蓮池を眺めてみる。
季節が季節だからか、思ったよりも青々しい。
「この辺でも、自然は結構あるものだね」
「恩賜公園。もともとの国有地、それも宮内庁の管轄地だったんだろ。そりゃ手も入らねえよ」
「それもそうか」
「新宿御苑とかもすげーよ。オレとしてはおすすめ。五十円なら安い」
ふうむ。新宿御苑か……。
行こうと思えば行けないこともない距離だけど、ちょっと面倒な移動になるな。往復で一時間以上かかるとさすがに行く気がだいぶ減る。
「ま、今度誘われたらって感じかなあ……」
「うんうん。いろいろと遊びに行くと、面白い発見があったりするよ」
「そうだね。とくがわみたいに、見慣れない猫とも出会えるかもしれない……」
「ごめん。佳苗と会話が通じてる気がしない」
冗談めかして葵くんが言う。それに皆で笑いながら、ゆっくりと池を渡っていった先では、何と骨董市のようなものがやっていた。
「骨董市……?」
「あー。たまーにやってるよな、ここ」
「佳苗は興味ある? オレはあんまりないんだけど」
「おれもだ」
「俺も」
「僕はほんの少しだけ……ね。ちょっとだけ見てもいい? 通り抜ける感じで」
「いいぜー」
許可も貰ったので、骨董市を横切る様に、通り抜けるように歩いていく。
片っ端から確認してはみるけど、全体的に品質値はそこまで高くはない。お土産用としてみるならちょうどいいくらいかな?
価格相応といえば相応なのかもしれない。
布材とかもきれいなのが多いな。でもなー。織物だろうがなんだろうが、基本的にはふぁんで作れちゃうからなー。
わざわざ大金を出してまで買うか、と聞かれると微妙なところだ。
もちろん品質値には表れないブランド力としての価値とか、その辺を考えるとちょうどいいんだろうけれど。
そう考えるとブランド系でかつ品質値も高いやつとか、値段もすごいのかな?
いやでも品質値なんて具体的な数値を見れるのはそれこそ僕くらいか。
洋輔にもちょっとは素質があるはずなんだけどね。
「あ、猫の柄」
「使わねえだろ、布とか。しかもあれ一反だぞ。何を作るんだ」
「飾る!」
「それは使うとは言わねえ。ちゃんと着物にしてくれる人が買うべきだ」
それもそうか。
でもいいな、猫柄の反物。今度作ろう。
「佳苗の趣味って不思議だね。なんか和洋中とかまったく関係なしに、しかも時代も関係ない感じ?」
「うーん、どうだろ。僕的にはそこまでこだわりは無いんだよ。洋輔から見て何か、傾向みたいなのとかある?」
「あー、自覚してないのか。お前はあれだよ。どっちかというとアンティーク調のが好き」
ん……、言われてみれば確かにそうかも。
「俺は結構未来的なデザインって言うか、メカメカしいのが好きなんだけどな。佳苗の趣味で揃えると石材とか木材とか、そういうのをきれいにやったやつで揃う」
「ふうん。渡来のほうがそっちなのか。おれたちとは逆だな」
「そうだなー。オレはメカメカしい、最先端な方が好き!」
「俺はどっちかと言うと落ち着いてる方が好きだから、アンティーク調」
ふむ。似ているようで、実際性質で言えば似てるんだろうけど、微妙なところはちょっとずれてるんだな。
それもそうか。
「ガラス製の将棋駒とか、なんか惹かれるだろ?」
「あー……それはやってみたいかも」
すごく見にくそうだけど。チェスと違って裏表使う訳だし。表からでも裏が見えるって、結構致命的じゃないかなこれ。
「あ、また猫」
「ん……とくがわくんとは違う子だね。よしよし、おいでー」
手招きするとその猫は駆け寄ってくる。
この子は飼い猫らしい、赤い首輪をつけたぶち猫で、女の子。
飼い猫ならば勝手に名前を付けるのも問題だな。
で、この子も正直太り気味。痩せているよりかはいいけれど、長生きのためにも飼い主さんにはもう少し気を付けていただきたい所存だ。
「でもどこの飼い猫だろ、この子」
「さあ。近所の家から……じゃねえの?」
「それにしては身体がきれいすぎるよ。どっちかというと近場でなにかから逃げ出したみたいな感じだし、それにここ。リードが付けられるタイプの首輪なんだよね」
逃げ出したというか、抜け出しただろうか?
きょろきょろとあたりを眺めてみる。人通りは多い。キャリーバッグを持ってる人もそこそこいるけど、猫を運ぶケージのようなものを持っている人はいないな……。
となるとやっぱり逃げてきた猫って感じかな。
「お前の飼い主さんは誰?」
とりあえず猫に聞いてみると、猫は露骨に視線をそらした。やっぱり逃げてきたなこいつ。
なので視線の反対側を重点的に見てみると、ああ、なんか探してる人がいる。
「すいませーん」
というわけで声を張り上げて猫ちゃんを掲げてみると、その人は心底安心したような表情で駆け寄ってくる。
一方で猫は必死に逃げようとしているけれど、
「こら。あんまり暴れてばかりいると、餌が減らされるよ」
「にゃん……」
「佳苗って猫語喋れるの?」
「葵くん。さすがにこのあたりはニュアンスだよ、ニュアンス」
なんかおかしいよね、と言う葵くんに対して曖昧に笑いつつ、やってきた飼い主さんに返却。
どうやらリードが外れてしまったことに気づいて、つけなおそうとバッグを開けたらそのまま逃げてしまったそうだ。
本当にありがとう、とお礼を言いつつ去っていく飼い主さんを見送って、と。
「さて、このあとどうする? もう帰っちゃう?」
「いや、もうちょっとぶらつくくらいの時間はあるだろ。せっかくだし記念写真でも撮って行こうぜ」
ああ、それいいかも。
そんなこんなで、今日も平和に過ぎてゆく。
その日、
誰かとすれ違った気がした。