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黒迄現在夢現  作者: 朝霞ちさめ
第七章 中間考査の平和な一幕
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140 - 忘却の詩

 大塚さんと相談を交えつつ、葵くんとも勝負をしている間に本来の開店時間になったようで、ちょこちょことお客さんが。

 で、どうやらそんなお客さんたちの様子を見る限り、葵くんは年齢に比べれば強い部類……と言ったところだろうか?

 ごく一部の、それこそプロになるような子と比べればやはり劣るらしく、それでも『楽しく』将棋をやるから、見ている方もたのしいよ、といった趣旨の会話も聞こえてきたし、その辺りはさすが葵くんとでもいうべきだろうか。

 尚、今回も僕の負け。

 その後観客をやっていた老齢の女性とも対局、そちらでは無事に勝利でき、大塚さんが出した結論は次の通り。

「佳苗くんは『プロに勝てるけど、アマチュアに負ける』。たぶん、そんな感じかな」

 プロに勝ててアマチュアに勝てない。

 そんなことが起こりうるのか、という点で大塚さんも少し断言はできないようだったけれど、要するに『読みの力は尋常じゃない』けど、それに対して経験が全くない状況、なのだそうだ。

「相手が強ければ強いほど、その読みの深さと広さが猛威を振るう。相手の読みを読み切ったうえで、更にそれを自分に有利に敷きなおすんだ、そりゃあ強い。だからこそ、君はあまり強くはない相手に対して弱くなる。君の強さは『相手の読みが正確であること』が前提にあるからね。決して読みが正確ではない相手……葵とかもだけれど、その辺りと対面すると、君の読みの深さと広さが逆に君の足を引っ張るんだ」

「ジョーカーみたいですね。エースには勝てるけど、2には負けるみたいな」

「そうだね。君がこれから経験を積めば、その辺りも埋まっていくとは思うけれど……。当面は葵かな。葵は奨励会に所属していないけれど、将来的には段位を取れそうだし」

 しょうれいかい?

「プロの登竜門だよ。そこで頑張って勝てば、プロになれるわけ。ま、オレはそっち進むかどうか決めかねててさー。オレはそこまで強いわけじゃないし、奨励会入るのもお金かかるし。プロになれても勝てなきゃ意味はあんまりないし……」

「ふうん……、そういうのって年齢制限あるの?」

「二十一歳までに初段だったかな。プロ入り……四段ね、それの平均値が二十歳くらい」

「ならそこまで急ぐ必要もないんだね」

「そ。でもやっぱり、回数こなすのが一番強くなる方法だからなー。才能に恵まれてるわけでもない以上、余計に。……ま、高校に入って、バイト初めて、親にお願いして、それで奨励会とかかな……、そこまでモチベーションが残ってればだけども」

 経済的な負担か。

「経済だけじゃないよ。オレがテスト頑張ってるのも、実はこれが原因だしね」

「これって、将棋のこと?」

「うん。もし本当に奨励会に入るようなら、プロになるならなおさら、高校中退とかも考えることになるだろうし。そうなったときに親がさ、最低限勉強はできないとってうるさくて。だから今のうちに良い点数取っておいて、それを維持してやれば文句も言われなくなるだろ?」

「納得。それで蓬原くんを目安にしてるんだね」

 確かに蓬原くんを追い抜けるようになれば、それはほとんどの場合でクラストップ……というか学年でもトップクラスになるだろうし、誰にも文句は言われないだろう。

 葵くんも苦労してんだなあ。

 結局、その日は五時ごろに店を出て、葵くんと一緒に帰宅。

 尚、大塚先生曰く、中学校の将棋大会でも強い子は強いので、僕の打ち方にはこれといった手を加えず、ただ経験値を積むことが大事だろう、とのこと。

 変に読みを弄って精度を落とすのはもったいない、だそうだ。

「今日は付き合ってくれてサンキュな」

「ううん。僕もなかなか面白い体験ができたし、思わぬ知り合い……? まあ、親の知り合いとも出会えたし。あのお店に今後も行くかどうかは、うーん。葵君に誘われて暇ならばいくだろうけど、どうかなあ」

「無理に来いなんていわないよ」

 葵くんは笑いながら言う。

 ちょっと、悔しそうに。

「……こんなことを言ったら葵くんは怒るかもしれないけど。でもさ、僕は正直、葵くんがすごく羨ましい」

「なんで? ……オレが怒るかもしれないって、ところも分かんないけど」

「だって、葵くんには将来像がある。なれるかどうかは分からない、だけどそれに向かって道を作ろうとしてる。それがとても、羨ましい」

「佳苗にだってなりたいものくらいあるだろ?」

 僕は、そんな葵くんに首を振る。

 首を振る――横に振る。

「やりたいことはあるよ。できるようになってればいいなって思うこともある。でも、将来像って考えると……何になりたい、って聞かれると、僕は答えられない。大人になったら以前の問題として、僕には僕が大人になるってイメージがどうにもできなくてね」

「ずっと子供でいられたらってパターンか」

「うーん。いやあ、いつかは大人になってるんだろうね。でもそれがいつで、その時の僕が何をしているのかはまるで分らないっていうか……」

 ああ、

 いや。そういうことか。

 葵くんに話したおかげで、ちょっと見えてきたな……そっか、そういう事か。

「あんまり気にするなよ、佳苗も。オレだってなにも明確なヴィジョンがあるわけじゃねーしさ、それにオレたちくらいの年齢できっちり将来図を描いてるやつなんて、そうそういねーって」

「そんなもんかな?」

「そんなもんだよ。そりゃあ、たまーにならいるだろうけど……本当にたまーにいる程度だと思うぜ?」

 そんなものか、と頷いたりして、ようやく僕たちの町へと帰ってきた。

 電車を降りて、時計を眺める。時間的な余裕は問題なし、と。

 結局そのあと、葵くんとは改札前で分かれた。

 家の方向も違うしね。

 ただ、その帰り道。

 僕は何かに気づきかけて――都合よく出てきた猫を撫でていたら、忘れてしまった。

「……だとしたら、お前たちは」

 僕の味方なんだろうね、と、撫でている子に言うと、猫はにゃあ、と甘えた声をあげた。


 帰宅した後はうだうだと時間を過ごし、ああでもないこうでもないと苦戦する洋輔をしり目に僕は僕でちょっと作業。

 といっても、本格的なものはほとんど終わらせておいたので、すんなりと夜になって家庭教師の香木原さんが到着、早速テストの自己採点……?

 まあ、自己採点を開始することに。

 洋輔も来たら、とは直前にも聞いたんだけど、遠慮しておくの一点張り、どころかカーテンまで閉められてしまったのであきらめた。

 そこまで嫌だというならば仕方がない――ま、洋輔の事だから採点するのが嫌なわけじゃなくて、あくまでも香木原さんに報酬外の負担をさせるのが嫌なんだろうけどね。そういう点では僕よりもよっぽど行儀がいいというか、律義なのだ。

「うん……国語、英語、社会については、よくやった。と、言っていいだろうね」

 で、香木原さんによる採点の結果、国英社の正答率は八割程度。

 配点が分からない以上確実な事は言えないけれど、おおよそ八十点くらいは取れているはず、らしい。

「配点ってそんなに変わるものなんですか?」

「そうだね。この問題は正解で二点でも、こっちの長文問題は五点とか、十点とか、そんな感じ。丸じゃなくて三角とかだと、それを何点とするかは先生次第だからなあ。そう考えると、社会はもしかしたら八十点を切っているかも。決して的外れな事を言ってるわけじゃないけど、正解か、と聞かれると困るような解答も見られたからね」

「そうですか……」

 ちょっと残念。

 でもなんで文系だけあえて言ったんだろう。

「で、残りの二科目」

「はい」

「自分が見た限り、不正解はなかった」

「はい?」

「全問正解、だと思う。おめでとう」

「…………」

 うわあ。百点なんて取るのいつぶりだろう。

 まあ、まだ百点と決まったわけじゃないけど。

「ありがとうございます。香木原さんのおかげですね」

「いやいや、実際に勉強をしたのは君なんだから、君が誇るべきだよ。ふむ。ちなみに答案の返却はいつ頃になるって聞いてるかな?」

「来週中に、みたいですよ」

「なるほど。なら、来週のコマ……ああ、家庭教師ね、そこで実際の点数を確認しながら、今後の方針とかも考えよう。いいかな?」

「もちろんです」

 これからもよろしくお願いしますね、というと、香木原さんは少し照れながら頷いた。

 その後、いくつかの確認事をしたりしつつ、今日の授業もおしまい。良くも悪くもテストが全部だったな、今週は。

 で、香木原さんを見送ってから部屋に戻った後ほどなくして、洋輔はカーテンを開けた。

 なんだかその目はずいぶんと眠たそうだ。

 ゲームの音もしてなかったし、

「もしかしてずっとうとうとしてた?」

「ご名答……ふぁあ」

 やっぱりか。せめて漫画を読むとか、いっそお風呂済ませちゃうとかすればよかったのに。

「明日は六原と前多も巻き込んで出かけるだろ。その準備もあったからな」

「お弁当くらいじゃないの、それ。僕が用意するけど」

「時間考えろ、時間を」

「時間?」

 今は午後の九時過ぎだ。

「そうじゃなくて。集合時間とかも決めてねえぞ」

 あれ、そうだっけ……。

 電話……、するにはちょっと遅いな。

 会話アプリの個人プライベートモード、じゃなくて、グループモードで新しいグループを作成、洋輔と涼太くん、葵くんを招待して、そこで明日の集合とかどうする、と問いかけてみる。

 すぐに既読が三つついて、

『あー、そういえばちゃんと決めてなかった』

 とは葵くん。

 ほぼ同時に、

『十時ごろに改札で。昼食は各自持参』

 と涼太くんがきっちり指示を出してきた。うむ、ありがたい。

「だそうだけれど。洋輔のご飯、結局僕が作るでいいんだよね。何がいい?」

「チャーハンが食べたい」

「またお弁当に微妙に向いてないものを……。まあいいや、中華系で用意するね」

「おう」

 何作ろうかな、材料は一通りそろってたから大丈夫だとは思うし、なんか適当に作るか。

「けど、佳苗の親の方はいいのか?」

「うん。お母さんが夏物の買い物しに行くから、お父さんがその付き添いで出かけるって言ってた」

「あー。じゃあ平気だな」

 というわけだ。

 重箱は適当にピュアキネシスで作ればよい。後は持っていく鞄だな……。

 布材を適当にふぁん、はい完成。

「そして相変わらずの理不尽だな」

「鞄が無いなら作ればいいじゃない」

「そりゃあ真理だけど、それが出来たら苦労しねえよ」

 それもそうか。

 その後もいくつか葵くんたちとやり取りをして決め事も完了、おおむねの日程表も出てきた。

 最後に天気予報を確認、明日はまず間違いなく快晴か。

 そろそろ夏日も目立つようになってきたし、半袖でいいだろう。

 他に荷物は……あんまり大荷物というのも問題かな、とも思ったけど、ハイキングというほどの移動でもないので、気にしないことに。

 一応スポドリとかは行きがけに買っていけばいいし。あ、でも念のため賢者の石は多めに持っていこっと。

 そして、その日の晩のこと。

 おやすみの挨拶を経てベッドに入り、僕は深い夢を見た。

 それは夢だと、一目でわかる夢だった。

 …………。

 これは。

 異世界(あちら)でさんざん見た、あの夢にひどく似ている――


 ――翌朝。

「…………」

 ふと視線を机の上に向けると想定通りの事になっていて、僕は少し考える。

 ちらほらとヒントは散りばめられていた。ただ、現状ではそれに確固たる証拠がない。

 立証できない以上、それはやはり夢なのだ。

 でももしも万が一……その夢が真であるならば、僕たちは努力をしなければならない。

「今日というタイミングだったのが、幸か不幸か。いや、今日だからこそあの夢が見れたとみるべきか……」

「何を哲学してるんだよ」

「あ、おはよう」

「おはよーさん」

 洋輔も起きたようで、僕の独り言におもいっきりツッコミを入れられてしまった。ううむ。

「で、何が起きた?」

「妙な夢を見た。あっちで見るような夢」

「へえ。それで内容は」

「ばっちり覚えてる」

 忘れてればただの変わった夢をみたなあ、で終われたのになあ。

 でもまあ。これは十中八九、警告だ。

 僕も、そしてたぶん洋輔も、気づきかけている……ってことだろう。

「……今日のお出かけで、何か掴めるかもしれないし、もしかしたら偶然そんな夢を見ただけかもしれないけれど」

「ろくでもない夢か」

「うん。洋輔にも軽く触れておくけれど……。胡蝶の夢。テストにも出たアレを、今日は意識しておいて。もしかしたら参考にするかもしれない」

 しないかも、しれないけれども。

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