11 - かーくんが夜なべをして
結局、王妃の服装のデザインとして出されたのは大人の色気、というテーマのドレスだった。
これをこのまま作るのはそう難しくないだろう。ロイヤルブルーで仕立てるのも、色付きガラスで装飾するのもね。
とはいえ、と。
試作として作ったドレスをマネキンに着せつつ、僕は首をかしげていた。
「……おい、かーくん。まだ起きてるのか」
「洋輔までかーくんって呼ばないでよ……ふぁあ」
ちなみに現在時刻は夜の十一時半。
だいぶ夜更かし気味である。
「っていうかさー。お前、そのマネキンどっから持ってきたんだよ」
「不便だったから作ってみた。ナタリア先輩とほぼ体系同じはず」
「ああそう」
聞いて損した、と言わんばかりの洋輔の態度に、何をいまさら、という態度で僕も息をつく。
「んんー……。やっぱり失敗作かだよなあ……」
「……失敗作って。なんか致命的な欠陥でもあったのか?」
「いや、ドレスとして見たときは、たぶんそこそこいいものだと思うよ」
品質値でいえば10025。材料が良質すぎてついに五桁に乗ってしまったが、まあ、特級品である。
「でも、リクエストに答えられてない……。要求されてるドレスとしては完成形だけど、これじゃあ身体のラインが思いっきり出ちゃう……。装飾にもっと宝石使いたいしシルバーとかも入れたいけど予算的にできないし……ううう」
「おいそこの職人。今日は寝ろ。どうせ明日俺の部活の方の付き添いなんだから」
「あ、それもそうか。何も今日完成させないんでいいんだった」
「忘れてたのかよ……」
いや忘れてないよ。なんか妙な脅迫概念があっただけで。
「さてと。じゃあお風呂入って寝るね」
「まだ風呂にすら入ってなかったのかお前……」
仕方ないじゃん、熱中してたんだから。
そんな僕の回答に、洋輔は『やれやれ』と首を振ったようだったけど、洋輔はすでにベッドの上。
この角度じゃよく見えないや。
というわけで翌日。
まさかマネキンやドレスをそのままにしておくわけにもいかなかったので、マネキンは適当な材料の状態に錬金術で変換して箱詰め、ドレス(失敗作)も袋に入れていざ登校。
さすがに重たいなあと思いつつ洋輔と合流したところで、
「いいよ。箱は俺が持つから」
「ごめん」
「気にすんな」
というわけで、洋輔に持ってもらうことに。
また、ふっと袋が軽くなった。洋輔のベクトラベルでやってくれたようだ。
「ていうかさ。お前、例の『かき氷』の方、作ればいいんじゃねえの?」
「陰陽凝固体? ああ、持ってるものの重さを消すやつとかもあるしね。でもさ、あれ、見た目的に目立つじゃん。宝石じゃあないけど」
「それはまあ」
「学校に持っていったら怒られそうだし」
「今更だな……」
まあ、確かに。
なんだかんだと文句や雑談を交えつつ、特に何事もなく学校に到着。時計を見たらまだ八時にすらなっていない。
だいぶ早めの登校だけど、これには二つの理由があった。
一つは洋輔が今日の日直なので、早めに登校して教室の鍵を開けなければならない。
もう一つは僕が持ってきた衣装類を部室に入れておきたいというものである。
荷物はそのままに職員室へ、洋輔が緒方先生を捕まえて教室の鍵と学級日誌を手に入れた、あと。
「すいません、緒方先生」
「うん? 渡来くんも何か用事かな。って……なんかわかった気がするけれど、えっと、ちょっとしたら職員会議があるから、いけないんだよね。鍵を渡すから、朝のホームルームで返してくれるかい?」
「わかりました」
抱えていた荷物で判断してくれたようで、緒方先生はキーホルダー付きの鍵を渡してくれた。これが部室の鍵か。
借り受けた後、洋輔は教室に直行、僕は部室に寄り道。
部室の鍵を開けて中に入り、適当な場所にマネキンを展開。
持ってきたドレスをそれに着せて、メモ用としておかれているわら半紙に『失ぱい作(1) ナタリア先輩にたのまれたやつ ※ライン出すぎバージョン 作・渡来佳苗』と記入して、そのままシャーペンの先を突き刺して紙の上部に穴をあけ、穴に紐を通してマネキンの首から下げるように主張させておく。
これでよし。
いらなくなった箱や袋は適当に、部室の隅っこにでもおいといて、部室から出て鍵をかけなおす。
全部で五分くらいかけただろうか?
かちゃり、と鍵が閉まったことを確認して、僕は少し考える。
実は現物の鍵がここにある以上、適当に同じ形の物を作ることはできてしまう。
まあ、複製する場合は見た目だけになるから内部機構までは複製できないことも多いけど、鍵は所詮物理的な塊であって、形が同じなら何でも大丈夫だろうしな……。
材料もピュアキネシスの魔力でいいだろうし。
でもなー。
合鍵は勝手に作るんじゃなくて貰うべきだろう。
やめとこっと。
部室から教室のフロアに移動。
ロッカーに教科書やノートを入れて必要なものだけを持って教室に入ると、洋輔が黒板の掃除を終えたところだった。
すでにちらほらと登校している生徒もいるけど、まだまだ少ない。
とはいえ、少しでも生徒が登校しはじめると、あとは一気に増えてくるものである。
あれよあれよと八時十五分、朝のホームルームが開始。
特にこれと言って特別なことはなく、普段通りに読書の時間が十分ほど……。
まあ、読書と言ってもその実際は『自由時間』なんだけどね。
で、この時間を利用して、緒方先生に鍵を返却。
「ありがとうございました」
「いやいや。ちなみにこれは確認だけれど、何を持ってきたんだい?」
「失敗作です。まあ、一応着れないことはないと思うので、納品じゃないですけど。置いといてください」
「ふむ?」
先生は深く聞いてこなかった。
で、そのまま自分の席……ではなく、洋輔の席に近づくと、洋輔は小首をかしげている。
「なんかあったの、洋輔」
「いや。……今日の四時間目、佳苗はどうするんだ?」
「え?」
四時間目?
というと、今日は木曜日だから体育だけど。
「どうもこうも。もう見学じゃなくて、普通に参加していいって言われてるし、そのつもりだけど」
「ああうん。いや、そうじゃなくってさ。体育着」
「え?」
体育着?
「僕は持ってきてるよ?」
「え?」
え?
……もしかして、
「持ってきてない……?」
「…………」
洋輔の表情が強張った。
忘れてきたのか……。
「いや準備はしたんだぜ。一応。でもほら、なんか夜眠くなって、明日の朝でいいかーとか。で、今朝になったらほら、日直だーって思い出して、慌てて出てきただろ?」
「忘れたんだね?」
「はい……」
「誰からか借りれば?」
「簡単に言ってくれるな……。俺もお前も遅かった口だし、どうしても他のクラスはちょっとな」
それに貸し借りできるか微妙だし、と洋輔は補足した。
なんでだろう。小学校のころとかはよくしてたように覚えてるんだけど。
中学生ってそういうところも微妙に面倒なのかな?
「洋輔のお母さんが忘れ物に気づいて、持ってきてくる可能性は?」
「まず皆無だろうな」
「じゃあ、やっぱりほかのクラスの誰かに借りてきなよ。同じ小学校の子も結構いるんだから。まったくの初対面ってわけでもないし、洋輔なら借りられるんじゃない?」
「まあ、普段の俺なら大丈夫だったと思うけどさー」
机に突っ伏し、洋輔はうなだれるようにつづける。
「だいぶ治ってるとはいえ、まだほら、念のためのガーゼつけてるところがあるだろ。そういうの気になるかなって思ってな」
「あー……」
それは、あるかも。
「それに木曜は一年の全クラスが体育あるから……。まあ、俺は他人の汗とかあんまり気にしねえけど、他の子はどうかなあ……」
「それは大いにありうる……のかな。確かに、中学校に上がってから急に、みんなその辺シビアになったよね。なんでだろ?」
「小学校でも六年くらいになるとプールの授業が楽しいよりも億劫な奴が増えてきてるし、それと同じような理由だろ」
「え? 僕ずっとプールの授業楽しかったよ?」
「……こういう時、佳苗の感性が羨ましくて仕方ねえぜ」
大きなため息と一緒に言われた。やれやれだ。
「まあまあ。洋輔、じゃあ、一時間目終わったら一緒に借りに行こうよ。幸い、思い当たる人はいるし」
「本当かぁ? お前が借りるならまだ貸してくれるだろうけど、俺が使うとなるとやっぱり足踏みしねえ?」
「洋輔ってさあ、結構自意識過剰……は自分か。えっと、他者意識過剰? って言葉あったっけ?」
「似たような言葉はありそうだけど聞いたことはねえ」
「まあ、他人の気持ちを考えすぎだよ。僕たちくらいの年代って考えてるようで何も考えてないけど考えてる体裁で大人ぶるのがかっこいい! と勘違いしてるって自覚しながらも、他の子たちもみんなそうしてるからそうしてる、ってだけで、結局のところあんまり考えてないんだし」
「…………」
しん、と。
不思議と教室の中が静まり返った。
なぜ。
「お前さあ……。もうちょっと、オブラートに包んで言うべきだぞ、物事は」
「これでも丁寧に包んだつもりだったんだけど……」
やれやれ、と言いつつも、洋輔はそれでも頷いた。
「ま、頼むよ」
「うん」
そろそろ席に戻るか。
で、席に戻ったところでチャイムが鳴った。これで朝のホームルームはおしまい。
五分ほど置いて、一時間目の授業が始まる。
今日の一時間目は英語っと。
で、英語の授業をそつなく終えて、僕は洋輔と一緒に教室を出ると、ロッカーから袋を取り出してそのまま移動開始。
移動先は部室のあるフロア――この時間帯、この辺りには生徒も先生も基本的には近寄らないので、ちょうどいい。
「ん……? なんでこっちに来るんだ。借りるにしても、人が居ねえぞ。それとも、演劇部で予備があるとか?」
「それが近いかなー」
僕はそう答えつつ、ロッカーから取り出した袋を洋輔に見せつける。
で、そのあとポケットから赤い石を取り出した。
「おい」
何をするのか察したらしい洋介が突っ込みの声を挙げたけど、
「でも、効果的でしょ?」
「……まあそうだけど」
完封。
何をするのかといえば、まずこの石を袋の中に入れる。
さっきの石の名前は『重の奇石』。で、袋をまるごとマテリアルとして認識して錬金。ふぁん。
すると不思議なことに、袋が二つになった。
まあ不思議でも何でもない。
『完成品を二つにする』効果で、錬金術の対象は僕の体育着である。
今回は『僕の体育着が入った袋』と『重の奇石』がマテリアルなので、完成品は『僕の体育着が入った袋』が『二つ』だ。質量保存の法則に真っ向から喧嘩を売っている気がするけど、できるものはできるのだから仕方がない。
で、このままでは僕の体育着だから、洋輔にもまあ着れないことはないけどちょっと『……うん』と考えるような状況になるのが目に見えているので、完成品の片方をさらに錬金、ふぁん。体育着をマテリアルにして、『洋輔が着るもの』として定義したうえで錬金術を使うことで、サイズを洋輔の者に変更、っと。
「はい、完成」
「さんきゅー」
「一応中身確認してね」
「おう」
洋輔は袋の中から体育着を取り出す。サイズもちょっと大き目になっていて、僕には大きく、洋輔にならばちょうどいいくらいだろう。
尚、品質値は僕のものと同一だから、特におかしいことは起きない、はずだ。
「でも、洋輔が忘れ物は本当に珍しいね。本当は何があったの? この辺なら人来ないし、本当のこと教えてくれてもいいんだよ」
「あー……。いやまあ。なんていうか。途方もなく下らない理由だぜ?」
「なにそれ?」
「準備したって言っただろ」
うん。
「で、準備したやつを母親が『洗濯しろ』と認識したらしい」
「あー……」
「朝起きたら洗濯機の中でびしょぬれだった……」
そりゃダメだわ。
「洋輔も災難だねえ」
「全くだ。けどまあ、仕方ねえといえば仕方ねえさ。俺もちょっと油断してたし」
「油断、か」
あっちの世界では僕も洋輔も自分で洗濯をしてたからなあ。
選択に限らず家事全般だけど。その辺、地球に帰ってきてからは親任せだし。
ちょっとは手伝った方がいいかな?
でもなー。
急に上手になってたら怪しまれるよなー。
今更な気もするけど……。
あと何よりめんどくさいし。
「ま、なんだかんだで『見つかった』んだからいいでしょ」
「まあな。ちなみにこれ、使った後は洗って返せばいいか?」
「うん。ていうかそのまま渡してくれてもいいよ」
どうせ錬金術で布材に還元しちゃうし、と小声で、かつあちらの言葉で補足すると、洋輔はあきれたように首を振った。