136 - 考査にラブソングを…
六月二十三日。中間考査一日目。晴れ。
そもそも中間考査とはなんぞやというと、中学生になった僕たち一年生にとっては初めてになる本格的なテストだ。
さらにいうと正確には『前期中間考査』。
僕が通っているこの中学校は二学期制なので、前期と後期の二回、中間考査と期末考査があるというわけである。
ちなみに中間考査は国数英社理の五科目で、期末考査はそこに保健体育、技術・家庭、音楽、美術の四科目が追加される形らしい。
家庭科、音楽、美術あたりはまあ座学試験もなんとなくわかるけど、保健体育って応急処置とかその辺りしかやることないような気がする……。技術に至ってはなんだろうな。まあテストが近づけばその辺は教えてくれるだろう。たぶん。
まあそれはそれ。
中間考査は二日間の日程で行われて、一日目の今日は国語と英語、社会の三教科だけだ。
一日で五教科とか別に問題なくできる気がするけれど、何で二日でやるんだろう。楽でいいけど。
また、テストが終わればその日の学校はおしまいで、例外なく部活も中止。
ようするに今日と明日はテストをやらなければならないけれど、午前中だけで――それも明日に至っては十一時前には――帰宅できるという事なのだ。
そう考えるとテストというのも悪くはない。
「いや悪いだろ。悪いってば。何血迷ってるの、渡来」
「…………。僕はてっきり、前多くんは割と自信満々で挑んでくるものだとばかり思ってたんだけれど」
目の下にクマは出来ていないとはいえ、ちょっと寝不足気味にも見える。そして僕にツッコミを入れつつもノートを手放していない。
最後の一秒までとにかく情報を詰め込もうという魂胆らしい。
これはこれで負けず嫌いの形か……でもなあ、蓬原くんはぼーっとしてるしな。たぶん一夜漬けのようなことはしていないのだろう。
地力の差がつきそうだ。うん。
で、あっという間に試験開始。
記念すべき最初の試験は国語である。
配布された問題用紙と解答用紙は全て伏せた状態で待機し、チャイムが鳴ると同時にめくって、解答を始めていくわけだ。
りんごんがんごん、いつものあのチャイムの音がしたので、ひっくり返してまずは名前と出席番号とかを埋めておく。これがないと最悪零点になるし……。
そしていざ問題文を確認。最初は漢字の書き取りだ。問題なし。
次は類義語とかを結ぶクイズみたいなアレ。特に難しいものでもない。
更に次は長文の読解問題。傍線の所で花子がしていることは何ですか、とかのおなじみスタイルで、特にこれも問題はないかな。
じゃあ問題になるもの、つまりちょっとでも悩むものってどんなものだというと、
『次の四角で囲まれた部分で太郎が考えていることを五十字以下で述べよ』
的なアレである。これはあんまり得意ではない。
実際に太郎が目の前に居れば真偽判定で簡単なんだけどなあ……。
ま、その辺りも含めていろいろつれづれ何とか埋めて、二枚目の問題用紙へ。
漢文か……。出題は幸い、授業でもやった胡蝶の夢。
案外忘れてるな。ある程度ニュアンスで読めるけど。
レ点で正しいものを選びなさい、とかの簡単なものから、特定の列を書き下しなさいとい面倒なものまで多彩にある。めんどくさい。
めんどくさいなりに何とかなるけど……、結構間違いも多いかもな。
で、その次は古典。ああうん。漢文の次は古典かあ……読みにくいんだよね、竹取物語とかも古典文も。
そんな感じでどんどん埋めて、全部を埋め終わったので解答用紙から問題用紙に僕の回答を書き写していく。
一通り書き写して特に問題もなさそう――まあ結構間違いもありそうだけど、ケアレスミスはたぶんほとんどない――と判断、以上、終了。
時計を見たら八分経っていた。思ったより時間かかったな……。
あと四十二分か。
寝てよ。
りんごんがんごん、という音にたたき起こされて頭を挙げると、
「…………。おはよう、渡来くん」
「ふぁあ。おはようございます、槇原先生」
なぜか横に先生が居た。
なんでだろう。別にいいけど。
「君、なんだか最初っから寝てたけれど。ちゃんとやったのかな?」
「はい。ふぁあ……」
ともあれ、テストの問題用紙は各列の一番後ろの生徒、つまり僕たちの列においては僕が回収して教壇に持っていくらしい。
めんどくさいなー。
でもまあこのくらいならいいか……。
涼太くん、昌くん、湯迫くん、梁田くん、そして郁也くんから解答用紙を預かって、それを改めて先生に提出。
先生は良い笑顔を浮かべていた。
うん、怒ってる。無視しよ。
実際問題はちゃんと解いて、できる限りの範囲でとはいえ答えてるし。うん。大丈夫大丈夫。
まさかテストのあまり時間をぐっすり寝ていたからという理由で減点されるようなことはあるまいよ。
先生が去った後、
「お前勇気あるな……」
「佳苗って大胆だよね……」
と、涼太くんと昌くんがほぼ同時に言った。
ので、問題用紙を見せる。そこには書き写した回答があるわけで。
「一応、全部解いたんだよ。八十点いったらいいなーって感じだけど」
「…………。いやたしかに、なんか後ろの席からものすごい勢いでがりがりと回答が書かれてるような音はしたけど……え? お前、十分くらいで全部解いて、全部書いて、しかも写したのかのか?」
「そうだね。でも一番時間かかるのは英語かな。どっちだろ?」
「うわあ。……うわあ」
昌くん。二度言わないでほしいんだけど。
まあ、だからといって自重するかと言えばするわけもなく。
というわけで、次のテストは英語である。
手順それ自体は同じで、りんごんがんごんがいつもの合図。
問題文を眺めて、…………。
うん。まあ八割型は理解できるからたぶん大丈夫だろう。たぶん。
さっさと解いて、回答を自己採点用にうつして、ケアレスミスが無いかも一応は確認して、特に問題なしということで時計を見る。六分か。
画数の問題かな? やっぱり国語の方が時間がかかるものらしい。
寝よ。
りんごんがんごん、とまた鳴って頭を挙げると、
「…………。渡来さ、もしかして毎回それやるのか?」
「たぶんそうじゃない? よっぽど時間のかかる問題なら別だけど」
「そこ、渡来。さっさと答案を回収しなさい」
「あ、はい」
で、回収を終えて提出。
休み時間を経て、また次の科目へ。
本日ラストの科目は社会。
……って。すごい今更だけど、見事に文系と理系で分かれてるのか。
意図的なのかな?
それともたまたまか。
どっちともとれるよなあ。
というわけで、社会のテストも開始。
以下略。
社会は他と比べるとわからないところが多かったかな?
年代別に分けろと言われてもよくわかんないよ。覚えてない。そんなの覚えなくても多分生きていけるし……。
よってその辺は勘になっている。
ま、空欄で出すよりかはいいだろう。
さて、これで今日のテストはおしまい。
りんごんがんごんに合わせて答案を回収して提出、はいおしまい。
それなりに構えてはいたけれど、やってみれば存外あっさりしているものだなあ、というのが僕の感想。
ちなみに涼太くんの感想は、
「あー。だっるー」
という分かりやすいもので、昌くんの感想は、
「あはは。六原は本当にダルそうだけど……。佳苗はむしろ元気満タンだね」
というものだった。
「まあ寝てたし……」
ちなみに他の子たちもおおむねは『だるい、疲れた、ほっとした、ヤベェ』って感じだろうか。
尚、だるいは洋輔、疲れたは郁也くん、ほっとしたが前多くんで、ヤベェが信吾君である。
そういえば、と蓬原くんに視線を向けると、特に疲れた様子はなかったけれど、うんざりした様子ではあった。
どうやらテストは嫌いなようだ。好きな子の方が少ないだろうし、自然と言えば自然だけれど。
一方で女子の皆さんはというと……ああうん、男子と大して変わりはないか。
そんな観察をしている間に緒方先生が来て、帰りのホームルーム、そして解散。
ふむ。
今日でさえまだ十二時になっていないというのに、明日はさらに五十分早いのか。
むしろ暇だなこれ。部活やりたいぞ。
「ねえ、渡来くん。ちょっとそれ……、問題用紙、見せてもらってもいい?」
「うん……? いいけど。どうしたの、渡辺さん」
「いえ。ものすごい速度で何かを書いているのはわかったけれど……ああ、本当にちゃんと文字が書いてある……しかも普段通りの字で……」
「それがどうかした?」
「…………。いえ、なんでもないわ」
なにやら大きな大きなあきらめと共にその言葉は発せられていて、うーむ。謎だ。
「謎だ、じゃねえよ。呆れてるんだよ。結局三教科合わせて二十分程度で終わらせてるじゃねえか」
「あ、洋輔。どうだった?」
「ん……。まあ、実はちょっと社会が怪しいかなって」
「そっか。七十点越えてないとヤバいね」
「ああ、ヤバい」
でも、その表情にはどこか余裕がある。
一応の手ごたえはあったってことかな。
と言ったところで渡辺さんから問題用紙を返してもらって、きちんと鞄にしまい変えることに。
お昼前に下校するのってやっぱり変な気分だなあ……。
下駄箱までは昌くんと郁也くんが一緒で、途中で蓬原くんに追いついたのでせっかくだし、とテストの手ごたえを皆に聞いてみると、
「まあまあかな、ぼくは」
「ボクもまあまあ」
「オレは……そこそこ?」
ふむ。三者三様に自信がある感じだな。
「この中だと俺が一番点数は低いだろうな……」
「平均越えてると良いね」
「まったくだ」
「そういえばさっきも七十点がどうとか言ってたけど、何かあったの?」
「あー。うん。全教科七十点以上じゃないとお小遣い減額」
それとなく聞いてきた昌くんにそれとなく答える洋輔に対する皆の反応は、沈痛なまでの沈黙だった。
どうやら洋輔は七十点取れないんじゃないかと見るられているようだ。
正直僕も洋輔の長馴染みという立場でなかったならばそう見ているだろう。
「がんばれ」
「おい俊。なんか投げやりだぞ」
「いまさら応援したところで、明日の分はともかく今日の分の点数はかわんねーだろ」
「まあ、そうだけど」
なんだかんだで蓬原くんと仲いいよなあ、洋輔。
班が同じというのはやはり大きいんだろうな。僕も昌くんと仲良くなれた最大の理由はそれだし。
外履きに履き替えて、そのまま校門までは皆一緒に、そしてそこで普通に解散。
蓬原くんは昌くんや郁也くんと方角的には同じなのかな?
「いや、位置的にはちょっとずれるな。ただまあ、途中までは道が同じってだけだ」
「なるほど」
疑問にきっちり答えてくれる洋輔は実にナイス。口に出してないような気はするけど気のせいということにしよう。
「そうだ、洋輔、今日はお昼どうするの?」
「あー。今日は親いねえもんな。なんか適当に作るか……」
「一人分も二人分も手間は変わらないし作るよ。何がいい?」
「そんじゃ……釜飯?」
「ん。鳥とごぼうの釜飯でいいの?」
「おう」
冷蔵庫確かめて、足りないようならちょっと洋輔に走ってもらうか。
たぶん大丈夫だとは思うけれど。
「で、ついでだし明日の分の勉強もやっちゃおうぜ。数学と理科」
「ええ……めんどくさい」
「佳苗はそれでいいかもしれねえけど、俺にとっては生命線なんだよ」
「はいはい、わかってるよ。言ってみただけ」
それに、今日やった感じだとある程度ちゃんとノートを読むだけで、結構点数上がりそうだし。
香木原さんの事を考えると、点は高い方がいいんだろう。僕としては微妙に不本意だけど、これで僕が赤点だらけだとさすがに香木原さんも立場が無い。
「それにしても、テストってのも妙な日だよな」
「妙って何が?」
「いや、楽か面倒かで聞かれれば面倒だけど早く帰れるって意味では楽だし、だけど早く帰ったところでやることないから何して過ごすか考えるのがやっぱり面倒って言うか……」
洋輔も似たような悩みを持ってたか。
「僕も部活があればなあって思っちゃうよ」
「お前らしいな。でもあれだろ、猫飼い始めたら全力で早く帰るだろ」
「いやあ、そうでもないよ」
「あれ、そうなのか?」
うん、と大きく頷く。
「お昼頃に帰っても、猫は眠たくてしょうがない時間帯じゃない。まあ僕の事だから、たぶん猫は近寄ってきてくれるとはおもうけれど、うつらうつらされるとそれはそれで心配になるからね」
「すっげえ自惚れのはずなのに、実際心当たりがあるから何にも言えねえよ……」
ノルちゃんも猫又とはいえ猫だった。だから眠たがりだったんだよね、お昼は。
結局、昨日とは比べ物にならない程度には勉強をして、そして。