133 - 演劇ポルカ
演劇部の部室に着くと、既に四人の先輩方はそれぞれに衣装を身に着けていた。
早っ。
いや、むしろ僕が職員室に寄ったりしてたからちょっと遅かったというのがあるけど。
「かーくん。どうかな? 似合ってる?」
「はい。思った通り、ナタリア先輩にはアクセサリー類が引き立ちますね」
そして実際にナタリア先輩が着こなしているのを見る限り、思ったよりもバランスは良さそうだ。
まあそのあたりは一度さておき挨拶を済ませて、ディスカッションを開始。
今日は本活動ができる日ではないから練習などは無し、簡単に確認事項を確認するだけだ。
「セリフの修正についてはある程度すませました。軽い口調の修正の範囲っすね。アドリブもある程度は入れて大丈夫っすよ」
「軽音部とか突いてみたんだけれど、もうある程度はイメージ固まったって。あとは私たちの演技を軽く見てもらって、そのあとに収録って言ってたわ」
「手伝い役は三年から二人、二年から二人の四人呼んでおいた。舞台に立つのは各学年一人ずつ、残り二人は場面転換とかの補助要員」
「今年の舞台の正確な採寸をしておいたわ。それと、これに伴って体育館の貸し切り申請もしておいた。さゆりんが上手くやるでしょう」
というわけで、祭先輩、皆方部長、藍沢先輩、そしてナタリア先輩の確認はこれでおしまい。
自然と視線が僕に集まったので、じゃあ、と口を開く。
「衣装については今日持ってきた分でとりあえず一式は揃っているはずです。見た感じサイズ的にも問題はなさそうですが、手直しが必要ならばちょこちょこやっていきます。白雪姫のドレスは部分的に取り外す機構がついてますけど、これはマグネットホックを使用しているので、指定した通りに動かさないと外れません。逆に、不意に外れちゃった場合は、その場しのぎ的にはちょっと接触させるだけでとりあえずくっつきますから、外す際は一応遠くに投げるなどで対処してください。王子様のスーツに関してはマントを用いて大人っぽさの調整をしています。マントをどの程度深く羽織るか、にもよってくるので、その辺りは演技の中で調整していただければ。王様の服に関しては、それ単体で着ることはあまり考えていません。藍沢先輩が別役もこなす以上、その服の上から着る前提で作っていますから、ちょっと大き目のゆったりサイズ、かつ簡単に着脱できるようにしてあります。最後に王妃様のドレスですが、あれ以上手を加えるよりも、アクセサリー面で足し算をしたほうがいいかなということで大量に用意してきました。一応どちらの衣装にも合うようにはセットしているつもりですが、たぶん色が明るい方にはアクセサリーが多すぎますので、一部ははずなどで対応をお願いします」
ここまでは良いですね、と確認を取ると、「え、ここまで?」と聞かれた。
「次に靴ですが、とりあえず、ここに居る四名分は全部そろえました。女性二名のものはヒールが高く見えますが、履いてみるとわかるように、実際には誤魔化しです。動きやすさを優先していますし、一応滑り止めも強めにやってありますけど、もしも滑るだとか、バランスがとれないとかがありましたら言ってください。手直しします。王子様の靴も見た目は結構ごついんですが、軽く作ってあります。逆に言えば強度はさほど在りませんから、マラソンなどには使わないでくださいね。王様の靴に関してはすっごい悩んだんですが、『靴の上から履ける靴』にしておきました。どうしても、動きにくいと思います。すみません」
「あ、ああ……、うん。結局全員分の靴も作ってくれたのか……」
「最後にセットに関してですが、第二多目的室に指定された全種、既に用意してあります。現地で組み立てなければならないものが一個だけありますが、他はパーツ単位である程度分解できるようにしてあって、動かしやすいようになってます。強度的にはそこまで落ちていないはずですが、一応気を使ってください。それと、第二多目的室だと立てることが出来なかったのでパーツで分解して畳んであるものが殆どです。今度体育館あたりで展開してみるといいかもしれませんね。展開方法はプリントにまとめて、第二多目的室に全部置いてありますけど、たぶん僕がやるんですよね? そこまで難しい手順はないと思いますけど、そこそこ重たいものもあるので注意してください。僕が居ないときにも使えるようにはしてあります。練習中に破損したらすぐに修繕しますから、言ってくださいね。壊れたままだと危ないです。ここから先は、なので小物とかの調整になっていくかな。ほしいセットとかがあったら言ってくれれば可能な限りは頑張りますけど、現状でも結構荷物量がヤバいので、搬入出に支障が出る可能性があります」
「うわあ理不尽なくらいに至れり尽くせりだねっ!」
まあ自重しなかったしな、ほとんど。
とはいえ完全に自重しなかったわけでもない。本格的に自重無しのリミッター解除をするならばアクセサリーは本物のプラチナと宝石で作られていただろう。
特にダイヤモンドあたりは作るの簡単で安いし。
「かーくん、ご苦労様っすよ。ふっふっふ、ここまでお膳立てしてもらった手前、演技にも熱が入るっすね」
「そうね。ところでかーくん。このアクセサリ類、やっぱり終わったら返すべきよね?」
「いえ、全部自作ですし、金属部分はアルミで、宝石に見えるのは色付きガラスとかアクリルですから。材料代四百円もかかってない程度ですよそれ」
「そう言われても、全部お店で売っているようなアクセサリにしか見えないわ……」
「かーくんにお願いしたら、なんかある程度はアクセサリー作ってくれそうだもんねー。ねえねえ、そういう訳だから、ちょっと豪華なブレスレットとか作ってくれないかな?」
「みちそー。あんまり調子に乗るな。ナタリアもな」
気持ちはわかるが、と藍沢先輩。
思わず僕としてはいいですよと答えかけたところなので、うん、ちょっと出ばなをくじかれたような感じが。
ま、この辺が潮時か。
「ちなみにかーくん。これ、洗濯はどうすればいいかな?」
「素材的に、ちょっとクリーニング出すのは勇気要るんですよね。ま、洗いたいときは言ってくれれば家で洗ってきますよ。そんな手間でもないですから」
「そ、そう……?」
「どのみち手洗いですし」
変にやられて失敗されるよりかは僕がやった方が早い。
というかふぁんで終わるので手間もない。
「じゃあ、その時はお願いするわ。衣装着ての練習なんて、回数的には少ないけれども――」
と、そんなところで部室の扉が開く。
視線が自然と向かうと、そこに現れたのは緒方先生だった。
「やあ。……ずいぶんと今日は華やかだねえ。いやはや、……え? いや、さすがに華やかすぎないかい?」
「あ、さゆりんもそう思う? 私たちも結構ドン引き一歩手前なんだけれど、でも華やかな衣装は嬉しいのよね!」
「まあうん。着てる本人がいいなら別にそれでもいいのだけれど」
……先生には思いっきりドン引きされてるようだ。
ま、まあ、舞台上なら大丈夫だよね、たぶん。客席からは遠いし。
さて、簡単なブリーフィングということで部活は二十分もせずに終了。
七月二日の確認も終えて、特に問題なさそうだったので、涼太くんにアプリを使って連絡。助っ人の件、問題ないみたいっと。
これでよし。
で、集合場所へと急ぐ。
洋輔は集合場所の中央階段前でぼーっとしていたけど、僕が傘を差しだした事で正気に戻ったようだ。
「お待たせ。終わったよ」
「ん」
洋輔と一緒に下駄箱まで向かって、上履きから外履きへと。
なんか洋輔、元気がないというか、考え事してるな……何だろう。
「ねえ」
「なあ」
おや、珍しく重なった。
こういう時は洋輔が優先だ。
「わり。あのさ、佳苗、今週の日曜日は時間取れる?」
「日曜日なら今のところは用事ないし。ただ、前多くんたちが特訓をしたがるかもしれない」
「それなら大丈夫か」
「どういうこと?」
「いやさ、さっき六原に誘われたんだよ。一緒に遊びに行かないかーって。前多も一緒」
ふうん?
「別に良いないんじゃないの。どこ行くのかにもよるけど」
「ちょっと遠いんだけどな。ほら、恩賜公園」
「……ちょっとっていうかかなり遠くない? 電車で一本とはいえ、数駅あるよ?」
「うん。だからどうしようかーってなってたんだけどな」
なるほどね。
まあ、たまには遠出も悪くはない……んだけど。
「僕はオッケー。洋輔もオッケー。…………。だけど、親がどう出るかなあ」
「やっぱそこが問題になるよな」
「うん。今回は一応、涼太くんとか前多くんも一緒だから、大丈夫だとは思うけど……スマフォも持ってるし」
「まあな」
最悪同伴だけど、それはそれでな。
「大丈夫だとは思うけど……。そこは確認してからの方がいいだろうね」
「そうするか」
うん、と頷いたところで校門を横切り、外に出たところに早速野良猫を発見。
いつものように拾い上げて、と。雨の日にしては珍しいなあ。
「よく覚えてるな、相変わらず。……それで、佳苗の方の要件は?」
「いや、なんか洋輔絵がいまいち元気なく見えたから、なんでだろうって思っただけ」
「……本当に、相変わらずだな」
真偽判定など使う必要もない。
落ち込んでいるくらいは一目でわかる。
「で、何があったの。どうせろくでもないんだろうけど」
「お察しの通りだよ。さっきスマフォ使って色々と調べてたんだけどな」
「うん」
「例のゲーム、次のバージョンアップで今まで使ってた裏技的な仕様が使えなくなって。結果的に今作ってる大規模建築物の設計やり直しが確定ってことだ」
「だからあれは建築物を作るゲームじゃなくてゾンビを倒すゲームだと何度言えば」
まったく。
ハクスラ系のゲームだと考えればその手の仕様変更で沈むこともあるまいに。
とはいえちょっとかわいそう。
ここ一か月くらいずーっとなんか作ってたからな……。
「ていうか、今は何作ってたの? 結局まだ見てないんだけど。マルチで同じワールドに入ることもあるのに、考えてみると全然洋輔がなにやってんのか知らないんだよね」
「お前、たまーにふらっと俺のワールドに来てもずーっと地下だもんな……。まあ、町を再現しようとしててさ」
町規模で今度は作ってたのか……。
以前はお城も作ったりしてたしな。どっちが大変なのやら。
あのゲーム、大きくなってもいいならディティールも表現できるけど、小さくしようとすると大変だし。
「今度遊びに来いよ」
「まあ、言われなくても行くけどね。地下から」
「いやできれば正面から来てくれ。道に穴をあけられるのもたまらねえし、家の床を抜かれても困る」
それもそうだ。
「じゃあ適当に這い上がってからいくかあ。お土産はダイヤとかエメラルド、あとは金くらいしかないけど」
「ゲームの中とは言え、なんつーか豪華なお土産だよな……」
その言葉の裏にはゲームの中でも豪華なお土産なのに、現実でもやろうと思えばできるんだよな、というあきらめの色が入っていた。
ちなみにダイヤはとても簡単に作ることが出来るというのは散々言っている通りで、エメラルドはどうかというと、『宝石』という概念から簡単に作れるため、つまりダイヤからの錬金で良い。よって簡単な部類だ。
一方で金はちょっとめんどくさい。なにせ金って金属なんだよね。しかも貴金属の王様的な。まあ、それでも『ちょっとめんどくさい』という通り、『金属』として認識をした上でやればアルミとか鉄屑からも作れるので、その程度の扱いに過ぎなかったりはする。
やっぱり現代の資本主義に真正面から喧嘩を売る技術だよな、これ。
「いやお前の域に達せるやつは異世界でもまずいなかったからな?」
「そうそういたらあれだよね。色々と相場がやばいことになってた」
「少なくとも貨幣制度は崩壊するだろうな」
ごもっとも。
ていうか話が逸れた。
「でもさ、洋輔。バージョンアップでその仕様が変更されちゃうなら、いっそバージョンアップしない環境も用意しておけばいいんじゃないの? あのゲーム、バージョンごとにセーブできたでしょ。ランチャー使って」
「そうなんだけどな。でも新しいバージョンで増える建材が使いたいってのあるじゃん?」
「僕にとっては対爆性能と採掘の簡単さが全てだから……」
そこで同意を求められても困るという。
野良猫のたくちゃんに話題を振ると、たくちゃんは興味なし、と顔をそむけた。
そりゃそうだ。