131 - いつだって学生は
ゆーとの躾けや正しい撫で方、抱きかかえかたなどのレクチャーを終えて、結局昌くんの家を出たのは夕方五時過ぎ。
その間も色々と確認はしていたのだけど……。
まあ、詳しいことは洋輔に相談するべきだろう、というわけで気持ち急ぎ気味に、それでも道中の野良猫は撫でたりしつつ帰宅。
ただいま、おかえり、そんな挨拶はきっちり済ませて、夕飯の時間も聞きだしておき、それまでは部屋に居るからね、っと。
部屋に入ると、洋輔が「おかえり」と窓越しに言ってきた。
「それで、どうだった。弓矢の弟は」
「三回くらい、飼い猫のゆーとに引っかかれそうになってたけど。全部無傷だった。洋輔、これに異変なかった?」
「あったぜ。三回くらいほんのり赤く光ってた」
じゃあ、やっぱり怪我の代替もしちゃってるか。
その場しのぎとしては妙にハイスペックだし、追々別の用途に使っても良いけど、とりあえず最低限の要件――呪いの代償遷し――に絞った道具も作らないとなあ。
日進月歩の精神で行くしかないけど。
「……ていうか、飼い猫? ゆーと? なんだ、それは」
「ああ、うん。そもそも昌くんが突然呼んできた理由が、その子を僕に紹介するためだったんだよ。ほら、前にブリーダーさんを紹介したって話はしたでしょ。その子を昨日引き取ったんだって」
「へえ。オッドアイの猫……だっけ? 白猫か」
「いや、サバトラちゃんだった。目の色は晶くんそっくりで、なかなかお似合いな二人だったよ」
ちょっと珍しいな、と洋輔は呟く。なんだかんだで洋輔も猫に対する知識が多いのだ。主に僕が教えているせいだけど。
「視覚的にも問題はなかったし、性格的にも一般的な猫ちゃん。ちょっと甘えん坊かな? ま、大人しいタイプのいい猫ちゃんになるかもしれないけど、現状ではやんちゃに育ちそうかなあ」
「お前の推測はあたるからなあ……やれやれだぜ」
「猫と言えばさ、お母さんたちが猫、一匹だけなら飼っても良いって話してくれてて」
「何度も聞いてる。お前から」
そうだっけ?
まあいいや。
「洋輔的にはどんな子がいいと思う?」
「いや別に、俺が飼うわけでもねえしな……お前の好きに選べばいいだろ」
「それもそうだけど……、でも、たぶんその子、僕の部屋に常駐するよ。だから、洋輔の好みもある程度拾ってあげようかなって」
余計なお世話だ、と言わんばかりに洋輔は手を軽く振って、苦笑を浮かべる。
「話が変わるけどさ、佳苗。お前に報告がある」
「うん?」
「実はな。来週、テストあるじゃん」
「あるね」
「それで俺が全教科七十点取れなかったらお小遣い減額だそうだ」
「ふうん。頑張ってね。で、それがどうしたの?」
「どうしよう……」
…………。
いや。
うん。
「別に洋輔なら、七十点くらいはいけるんじゃないの?」
「まあ、たぶんな? テスト始まる前にさっとノート読めばたぶん大丈夫だとは思うんだけど、絶対の自信がねえんだよ。特に理科」
大丈夫だと思うんだけどなあ……洋輔、そこまで要領が悪いわけでもないし。
それに今更相談されてもな。
「そういう訳で、だ。佳苗。勉強が得意になるアイテムとかねえかな?」
「残念だけど、馬鹿に付ける薬はないんだよね」
「おい」
「冗談だよ。そして実際、そういう道具はないよ」
あったら僕も使っている。
まあ、あえていうならこの眼鏡の機能で時間の感覚をちょっとずらすことはできるけど、直接的に勉強に役立つかというとそうでもないしな。
「ていうか」
「ん?」
「いや、洋輔がその気なら、剛柔剣で他人のペンの動きとか把握できるでしょ。それでカンニングしちゃえば?」
「まずカンニングするのがアウトだし、剛柔剣はそこまで便利じゃねえよ。俺が干渉することに長けさせる形で劣化を適応してるってのもあるけどな……それに、観測できるのは動きであって、何を書いてるのかをいちいち把握してらんねえよ」
二重の意味で、それもそうか。
「まあ、なんだろう。洋輔、頑張りなよ。とりあえず。どうしてもだめそうならほら、お金稼ぎの伝手は教えてあげるし」
「いやできればそうじゃない方向で手伝ってほしいぜ」
「お金を複製するとか?」
「それも違う」
「冗談だよ。どうせ特に用事も無いんでしょ、なら夕飯食べ終わったらこっちおいで。一緒にちょっとやろう」
「サンキュ。マジで助かる」
まあ、勉強したからと言って必ずしも大丈夫とも限らないけど、それでもやっぱり洋輔は要領が悪いわけじゃない。
たぶん何とかなるだろう。きっと。
月曜日。
早いもので、六月も後十日で終わってしまうんだなあとか思いつつ、少し早めの登校をする。
洋輔にも手伝ってもらって、大量の荷物を持っての登校だ。
僕も洋輔も両手にトランクケースを持っていることもあって、なんともすれ違う人たちが『何持ってるんだろう……』みたいな視線を向けてきていたけれど、無視。
いや別に危険物も入ってないし。うん。
「トランクケースに危険物って、そもそもどういう発想だ?」
「よくあるじゃん。ライフルを仕込んであるとか」
「どっちかというとそれはヴァイオリンとかのケースだな」
それもそう。
「でもまあ、たしかにトランクケースって、不思議と悪い印象があるな」
「だいたい、ドラマとかで現金が敷き詰められてたりするからだろうね。実際にはこういう普通の荷物の運搬のほうが多いはずだけど」
どうなんだろうなあ。
まあともあれ、無事に学校に到着。
下駄箱で上履きに履き替え、そのまま演劇部の部室へ直行。
「全部こっちでいいのか?」
「いや、ちょっと第二多目的室に持ってく。ちょっとまってね、さくっと展開するから」
「おう」
衣装類全般はこっちでいいだろう。マネキンの数が全然足りないな。ピュアキネシスででっち上げても良いけど、そうすると出所が疑われかねないか……。
仕方ないので机の上に置くことに。
しわにならないように気を付けないとね。
着方とかはあらかじめメモをしておいたものがあるので、それをそれぞれの衣装の上に置いて、と。
「衣装はともかく、いや衣装も大概だけど、靴もあんのか……」
「うん。さすがにモブ役の人のは用意できなかったけども。それっぽいでしょ」
「それっぽいは余裕で通り越してるだろうな」
靴も併せて置いておいて、古いバージョンの衣装はどうしよう。
まあ、あってこまるものでもないし置いておくか。
で、
「洋輔、そっちのマネキン組み立てておいて」
「ん」
王妃様のドレスを引っ張り出して、洋輔が組み立てたマネキンに着させる。
そしてその上でマネキンを補強、頭や手もちゃんとあるタイプにしておいて、そこにアクセサリを一通りつけていく。
「うわあ。これはなんか、ショールームとかで見る奴だな……」
「それを目指してるからね。まあ、金属はアルミで、宝石っぽいのはガラスとかアクリルだけど」
「まさか本物の宝石を使う訳にもいかねえか」
加工そのものは錬金術のふぁんで一発終了だけど、どうやってそれをやったのか、という説明ができない一点で論外。
ま、それをいうならガラスも大概だし、アクリルだって簡単ではないのだけれどね。
「うーん……。なんか一通り飾ってみると、微妙にバランスが悪いような」
「そうか? こんなもんだと思うけどな、俺は」
「いや、こっちの衣装だと確かにいいんだけど。王妃様用のドレスってもう一個あって、そっちは形は全く同じなんだけど、色が全然違うんだよね。で、そっちで考えると、ちょっとアクセサリが鬱陶しいかも」
「なら外せばいいじゃん」
それもそうか。
何もこっちを増やさなくてもいい。うん。
「さて、これでこっちは終わり。次は第二多目的室だね」
「そっちも時間かかるのか?」
「いや、そっちは荷物置いてふぁんってするだけだから」
「あー。うん。わかった」
という訳で、部室を出て鍵をかけなおし、改めて第二多目的室へ移動。
鍵を開けて中に入り、残りの荷物を展開、ふぁんふぁんふぁんふぁんとセットを作成、はいおしまい。
「例によって理不尽な……」
「でも、これでほとんどセットもおしまいかな。まだ小道具の類は作らなきゃいけないけれど、大型のはこれで全部……指定されてる分はね」
「白雪姫ね。たしかにこういうシーンは思い浮かぶなあ」
「でしょ。あとは追加でなにか足すかもしれないけど、あんまりたくさん作っても持ち運びが大変だし」
すでに運べる量を若干オーバーしてる説もあるし、むしろ軽量化も考えないとダメかも……。
「ともあれ、ありがと。助かったよ、洋輔」
「どういたしまして。とはいえだ、どうするんだ、コレ」
「これ?」
「アタッシュケースだよ」
あー。
あんまり考えてなかった……。
「まあ備品扱いで、演劇部の物にしちゃっていいんじゃない?」
「そんな適当な……、いや、いくら『錬金術』で作ったにせよ、材料費掛かってんだろ」
「かかってないよ。ピュアキネシスだから」
「もうどこからツッコミを入れて良いのかがわからねえ。っていうかピュアキネシスそこまで万能物質じゃねえはずだけどな?」
「まあね。でもほら、そこらへんのアタッシュケースをいきなり成分解析とかしないでしょ。色とか質感はある程度寄せてるから」
逆に言えば成分解析をされるとちょっと危ないんだけどね。その時はその時、フリーマーケットで買ったやつだからよく覚えてないで通すつもりだ。
いざとなったら証拠は隠滅してしまえばよい。
「ひっでーやつだな……」
「殺人事件だろうとなんだろうと、証拠隠滅は完璧お任せみたいな。探偵業はやる気がないけど、そういう仕事は楽しそうじゃない?」
「事件隠蔽専門の何でも屋か」
「うん」
「犯罪だからな?」
「そうだよね……」
なんだかどうしようもない会話になってしまったので打ち切って、とりあえず教室へと向かう事に。
特に意図したわけではないからこそ、最短のルートで。時間的にはまだ結構早いんだけども。
「あ、そうだ。佳苗、あとでちょっとノート見せてくれ」
「ノート? 何の?」
「英語」
「別にいいけど……。宿題出てたっけ?」
「いや、出題範囲うつさせて……」
……洋輔のやつ、要領が悪いわけじゃないんだけど、なんていうか。足元がお留守になることが多いよなあ。僕もだけれど。
「先が思いやられるなあ……。ちなみに英語以外は大丈夫なの?」
「えっと、数学以外だな」
「ああ、数学以外は全部やってないと」
「面目ない」
ああ、読めたぞ。それがばれて親に条件付けられたんだな。
それだけ余裕風吹かせてるなら七十点くらい余裕だろみたいな感じで。
で、実際余裕だとは思うけど、不安になったと。
やれやれだ。
「テストと言えば、クラスメイトの子たちってみんなどうなんだろう。成績」
「テストが帰ってきたら否応もなくわかるとは思うが」
そりゃそうだけど。
「まあ信吾のやつは……ご愁傷様ってことで」
「いやあ、分からないよ。最近は涼太くんとか前多くんとよくつるんでるみたいだし、あの二人、そこまで成績悪くもないでしょ、たしか」
「そうだっけ? 前多の方はわからねえけど、六原も平均くらいだって聞いたような」
「前多くん、結構頭いいからなあ……。成績表見たことないけど、結構高いんじゃない? 涼太くんはむしろ平均割ってそうだけど、前多くんと前々から仲いいみたいだし、それである程度盛られてるのかもね」
ありうるな、と洋輔は呟いた。
案外クラスメイトの成績って知らないんだよね。
まあ、そういうのを知るのが中間考査の答案返しのタイミングなのだろうけれど。
「男子の頭がいい子は、なんとなくわかるけど。女子になるとまるで想像つかないね……」
「あー。そりゃあるな。もともとそんなに女子とは話さねえし……ああでも、隣の席の西捻はなかなかだと思うぜ。ちらほら解答手伝ってもらってる」
「さりげない不正の告発だね……」
まあ、そのくらいならば可愛いもんか。
とか話している間に教室に到着。ロッカーで準備は済ませて、っと。
「おはよ。二人とも、今日は早いね」
「おはよう、前多くん」
「おはよーさん」
噂をすればなんとやら……にしては、ちょっと遅いけど、まあそんな感じか。
「そうだ。今度のテスト、前多くんとしてはどのくらい自信ある?」
「急だな。んー。ま、上のほうは目指すけど、トップは無理だし」
上には蓬原がいるからなー、と前多くん。
「ああ、確かに俊のやつ、頭良いからなあ」
いや洋輔、感心するところそこじゃないから。
前多くんは蓬原くんと競るつもりらしい……。