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黒迄現在夢現  作者: 朝霞ちさめ
第六章 水無月空模様
131/164

128 - 空を覆った円の虹

 土曜日。

 朝八時過ぎ。

 スマフォを使って昌くんの家に電話をかける――僕の横にはすでに洋輔がスタンバイ中。

 まあ、大丈夫だとは思うけれど。

 少し長めのコール音、やっぱり朝早いし用事でもあるかな、と思ったところで、

『もしもし、弓矢です』

 と声がした。

 高い声。えっと……昌くんのお母さんかな?

「朝早くにすみません。渡来佳苗と言います」

『あ、渡来さん! おはようございます!』

 ん……ああいや、これ晶くんか。

「おはよう、晶くん」

『えへへ。えっと、にーちゃんに用事ですか? にーちゃん、今、朝風呂に入ってるので。ちょっと時間開けてから電話するように言っておきますよ』

「いや。実は晶くんにお願いがあって、電話をしたんだよ。いいかな?」

『へ? ボクに?』

 うん、と頷く。

 …………。

 あ、これ電話だ。頷いても通じない。

「うん」

 改めて声に出して言うと、受話器の向こうでうーん、と微妙に唸るような声が。

『わかりました。ボクにできることなら、良いですよ。なんですか?』

「ありがとう。今から僕が言うことを、きっちり繰り返してくれるだけでいいんだ。いい?」

『いい?』

 …………?

 ああ、なるほど、きっちり繰り返してくれたのか。

 偉い。偉いけどなんか不安になるぞ晶くん。

「えっと、にーちゃんとあきちゃんとぼうやは仲良くいつも」

『えっと、にーちゃんとあきちゃんとぼうやは仲良くいつも?』

 ふっ、と。

 例の完全エッセンシアが二回、自然とはちがった色に光ったのを見て、適応に成功したようだと判断する。

「うん、ありがとう。これで僕の要件はおしまいだよ」

『そうですか……? えっと、何の意味があったんですか?』

「うーん。なんか、晶くんに言ってほしかった。それだけなんだよね。お礼に今度遊びに行くとき、なにか好きなお菓子でも飲み物でも持っていくよ。何がいい?」

『い、いいんですか?』

「うん」

『スイートポテトをお願いします!』

「オッケー。任された。それじゃあ晶くん、ありがとうね」

『はい。渡来さんも、お気をつけて』

 で、通話を終えて洋輔に視線を向けると、洋輔はなぜか窓を開けて首を出し、空を眺めていた。

「おい、佳苗」

「なに?」

「ちょっと、想定外の事が起きてるかもしんない」

「……具体的には?」

 あんまり聞きたくないんだけど。

 洋輔は僕の感情を察知したのか何なのか、指をさすだけで答えとした。

 指は天井……ではなく、空か?

 洋輔が引いてくれたので、代わりに窓から乗り出して、空を眺める。

「…………」

「…………」

「いやうん。別に僕たちが原因とも限らないし?」

「そんな都合のいいこと起きるか?」

「…………」

 空には煌々と、奇麗な円形の虹が現れていて。

 虹ってこんなふうにも見えるんだなあ、というこの思考が、たぶん現実逃避なんだろうなあとは思いつつも、洋輔と一緒に家を出て、小さな庭から空を眺める。

 やっぱり奇麗な円形の虹が、煌々と。

 なにあれ。

「色は?」

「緑だけ」

「数字は?」

「ない。そもそも認識できない……」

 魔法的なもんか、と洋輔がつぶやいた。

 まあ、そうだろう。僕が直接品質値を得られないものなんてそうそう多くはないし……。

 とはいえ、普通の虹もたぶん品質値は見れないけどね。

「つまり、あれか。俺たちのアレは上手いことに作用した。その結果、これができたと」

「でも昨晩テストした時は、特になかったよね?」

「ありゃ夜だったしな。それに俺たちも特にこれといって意識して空は見てなかったし、俺たちが気づいてなかっただけでうっすら出てたのかも……」

 う、ううむ……。

 とか悩んでいると、煌々としていた虹が薄れてゆく。

 あれ、もしかして消える?

 さらに数秒ほど観測を続けていると、やっぱりどんどん薄く、薄く。

 結局三十秒もしないうちに、虹は消えた。

 よかった、一過性の物か。

「いや良くないよ……今のが本当に一過性のものだとしたら、その発生条件調べとかないと、なんか足元掬われそう……」

「だな。心当たりは?」

「僕にはない」

「俺にもねえな」

 とてもきれいだった。

 でも、それと同じくらいに不気味にも見えた。

 ていうか虹って、ああもきれいな円、リング状に見えるものなのだろうか?

 なんかイメージにないな……。

「吉兆……に、見える?」

「凶兆とも断言はしかねるが。まあ、普通じゃねえよなあ……」

 ごもっとも。

 確かに不気味と感じても、それが必ずしも凶兆とは限らないか……。


 そしてそんな日の、お昼過ぎの事。

 今日はご飯を食べた後、演劇部用の色々をやるから部屋に居るよ、なんてお母さんには伝えておき、実際にそれらをやっていた時の事である。

 すっ、と。

 飾っていた完全エッセンシアが一瞬、紫に光った。

 何らかのコストを代替した、っぽい。

「…………、」

 何を代替したのかまでは分かんないからなあ。

 ま、変に詳しくわかるというのも、それはそれで問題だから、これでいい。

 そういえば、と晶くんに貰ったお守りを取り出してみてみる。品質値は変わらず馬鹿みたいに高い。

 色別……僕には青。洋輔には緑。

 ここまでは、想定通り。

 問題はこの後だけど……。

 ダイアルをいじって、と。

 視界の隅に、弓矢晶、と表示がされる。

 その上で色別――緑。

 昌くんの主観でも試してみたけど、こっちも緑。

 少なくとも『害』は無くなっている。代替の変更はできている……はず。

「ていうか、最初からこれで確認すればよかったのか……」

 なんか無駄に悩んだ気がする。

 灯台下暗し……とは違うけど、ま、そんな感じかなあ。

 ま、安全だとわかれば、あとはちょっと気にしておくだけでいいだろう。うん。

 というわけで、演劇部用のあれこれの作成を続行。

 あれこれといっても大型セットは家で作っても学校に運ぶのが手間なので、その材料を整えて梱包するのと、あとは衣装類の作成くらいだ。

 台本と一緒に渡されたスケッチブックにかかれた登場人物のまとめに合わせて、全キャラ分の衣装を作っていく。

 もちろん藍沢先輩のように一人で複数役をする場合は、同一の人がやる役を線で繋いで確認し、早着替えができるような構造にしておくことに。

 究極的にはちょっとひっぱるだけで外せるのが理想だけど、そうすると事故ることがあるからな。さすがにそこまでは求めないでおこう。

 衣装は当然、服以外にも及ぶ。ちょっとした小物類は当然として、王冠っぽいものとかティアラっぽいもの、チョーカーっぽいものとかもばしばしと準備。

 イヤリングとか指輪も用意して……っと。

 最後に白雪姫の衣装を完全に作り直し。より高級感を出しつつ、それでもより白雪姫らしい幼さを出していくことに。

 ただし一番上の布を取っ払うだけでちょっと大人っぽくもなるような仕掛けもつけておいた。

 この辺は発想は同じだけどやり方が違う。ラインを隠すことで子供っぽく、そのラインを少しだけ露出することで大人っぽく見せるというのが白雪姫の発想で、逆に王子様はあえて『若すぎる』ラインを出しておくことで子供っぽく、そしてそれをマントで隠すことで大人っぽくなるという寸法だ。

 似たような仕組みを王様にも用意したいんだけど、王様は早着替えが前提なので諦める。

 それと王妃様の衣装は衣装そのものを手直しするのではなく、アクセサリーを追加することで改良としよう。

 で、衣装系としてはほかにも従者……王子様の御付きだとか、あとはモブだとかのものも追加して、最後には靴の準備。

 すでに作ってある奴はともかく、他の人たちのもやっぱり用意は必要だろう。見た目をある程度優先して、それでも機能性も失ってはいけない。

 ちゃんと靴の裏には滑り止めもつけておかないとな、舞台で転んだら大惨事だ。

「おい、佳苗。それ何日かけて持っていくんだ」

「洋輔に手伝ってもらって、一気に持っていくよ」

「…………」

 抗議を受け付ける予定はない。

 さて、この辺はこれでよしとして、全部アタッシュケースに入れてゆく。

 ちゃんと入れたやつがわかる様にタグに誰用、みたいな感じで書いて行って、靴は靴専用のケース、アクセサリーもアクセサリー専用のケースを用意してそれに保管、これでよし。

「ふう。なんか久々にたくさん作ったなー」

「…………。まあいいけどさ、それ、材料的にはオッケーなのか。さすがに先輩たちに怪しまれねえ?」

「ああ、それは大丈夫。茱萸坂さんにいくつか話聞いて、こういうのは作ったことがある、こういうのはない、ってのは確認してあるから」

「いつの間に」

「メアド教えてもらったんだよねー」

 ちなみに江藤さんのメアドも一緒に教えてもらっていて、茱萸坂さんを介して美土代先輩、七五三先輩などともアドレス交換は終えている。

「前々からちらほら思ってたけど、お前って妙なところで手が早いよな……。っていうかアドレス帳今どうなってるんだ」

「えっと、二年生とか三年生の先輩たちとか……ああ、男女含めてね。それと他校の子とか。足立くんからも返事が来てさ、スマフォ買ってもらったんだーって話もあって、そこから結構繋がって行って」

「待て。アドレス帳は何件になってるんだ」

「三百二十件? かな?」

「俺の十倍超えてんじゃねえか……」

「電話番号は教えてない子も多いけど。それにしたって、洋輔って思ったより連絡先の交換しないんだね」

「いやお前がおかしいんじゃねえかな……あれ、おかしいのは俺の方なのか、これ」

 さあ、こういう時はどっちもどっちだしな。

「まったく、お前はよくもまあ女子とも軽々しく連絡先を交換できるな……」

「そう? 教えてって言われたら、じゃあ交換しようってならない?」

「なんねえよ。つーかまず教えてって言われないし」

「洋輔は変な事しそうもないのにね。なんでだろ」

「いや変な事はそりゃしないけど……」

 変に気にしすぎな気がするなあ。

 ま、その辺はさておいて、と。演劇部用の物はこれで一通り完成している。

「次は涼太くんの衣装試作しないと……」

 ふぁん。

「おう。言ってることはわかるが、なんだそのファンシーな衣装は」

「え? 涼太くん用のだけど」

「あれか。六班では六原に罰ゲームでも架してるのか?」

「そこまでひどいかな? 結構、これでも大人しくチューンしてるんだけど」

「それで大人しいって、もともとはどんな奴を想定してたんだ」

 ふぁん、と作って見せると、洋輔は思いっきり頬を引きつらせて、そして大きな大きなため息をついて俯いた。

「そんな服、女子だって普段は着ねえよ……。でもなるほど、たしかに大分男子向きにはチューンしてあるんだな」

「でしょ?」

「だが論外だ」

 ダメか。

 でもまあ約束は約束なので、作ったやつをぱしゃっとスマフォの写真機能で撮影、涼太くんに会話アプリを使って送信。

 十秒もしないうちに既読が付いたかと思うと、何やらデフォルメされた動物が泣きながら『やだ』と言っているスタンプで返事をされた。

 どうやらお気に召さなかったようだ。

 ドレープ系だし、行けると思ったんだけどなー。

 ま、あんまり女の子女の子させるのもちょっと意図とは違うので、嫌だというならばあえてごり押しする理由もない。

 だからと言ってこのまま別のに錬金しちゃうのももったいないような。まあ布があればいつでも作れるからいいか。ふぁん。

「この辺りが限界かなあ……」

「お前は六原を何にしたいんだ」

「普段とは違った男の子。ちょっとガーリッシュって言うか?」

「言わんとしてることはわかるけど、お前が作ってるそれは女の子的な男の子じゃなくて、乙女的な感じになってるぞ」

「え、違うの?」

「少女と乙女っていうと別もんだろ?」

 そうかなあ……、なんか同じだと思うけど。

「演劇部の先輩で女子の二人を思い出せ」

「うん……? 皆方部長と、ナタリア先輩だよね」

「そう。で、皆方部長は少女。ナタリア先輩は乙女。なんかそんな感じのニュアンスだ」

 えっと、

「つまり素朴な感じが少女感で、美人系が乙女?」

「何かが違うけどおおむねはそんな感じだな」

 洋輔の中の基準がわからん。

 僕の猫に対する判断と似たようなものだろうか……。

「要するにごてごてしすぎなんだよ。もっとシンプルにやればいいんじゃねえの?」

「シンプル……」

 ふぁん。

「こんな感じ?」

「お前近いうちに六原に殴られるぞ」

「ええ……、ちゃんと作ったのに」

 すらっとした長い丈のシャツ、燕尾服みたいな感じに後ろの丈だけ長い感じ。色は落ち着いたものだけど、ノースリーブにしておいた。

 これはこの上から何かを羽織る感じならいいと思うんだけどな。

「お前なら着るか?」

「え、無理」

「…………」

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