127 - 試行回数さえ
黄緑色のエッセンシア、キラ・リキッド。
効果はそれを塗ったりしたものの品質値を+2000するという、どんなものであれ品質を上げる効果を持つ。
基本的には無味無臭だけど、たとえばご飯とかにこれをかけると品質値が+2000されるからおいしく感じるんだよね。
そういう意味では珍しい調味料と言えないこともない「言えねーよ」洋輔は黙ってて。
で、キラ・リキッドの凝固体は賢愚の石、という。
これはあまり目立ってはいないだけでかなり便利な道具で、他の道具に特殊な性質が付いているかどうか、ついている場合はそれがどんな性質なのかを教えてくれるというものである。
しかもこれ、結構具体的にそれを教えてくれる上、未知のアイテムにだろうとそれが錬金術によって作られたものであるならば基本的には適応できる。
便利さはこの時点でもはっきりとしていると思うけど、賢愚の石を錬金術の材料として用いると、興味深い効果を持つ。
具体的には『特殊効果を付与しやすくする』――という、錬金術の行使難易度低下アイテム、として使われることが時折あった、という記録を読んだことがある。
……いや僕以外にこれを作れたの三人しかいなかったからね。うん。記録を漁るしかなかったのだ。
ただ、この道具の特異な点はそれだけではない。
『特殊効果を付与しやすくする』錬金術の行使難易度低下も全くのリスクが無いわけではない。あらゆる特殊効果を付与しやすくしてしまうがゆえに、術者が想定しない、というか本来その組み合わせでは発生しないはずの特殊効果も含めて、ランダムに特殊な効果が付与されることがあるのだ。
まあ、そういうランダムな付与がされても、賢愚の石を用いればどんな効果が付与されたかは確認できるからそこまで致命的な問題でもない。
閑話休題。
今回活躍する……というか活躍させるのは、その賢愚の石である。
まずは賢愚の石、の材料であるキラ・リキッドを量産。
とりあえず四千個ほどあればよいだろう。
「とりあえずで四千個って何がしたいんだよ」
「いやあ、正直これでも足りるかどうか」
「お前は何を作るんだ……」
で、液状のエッセンシアを凝固体にするためには中和緩衝剤というアイテムを用いる。これの数はキラ・リキッドの半分で良いので二千個。
とはいえ、さすがにここまでの量となると部屋を埋め尽くす感じになってしまった。
まあいいや。
材料を一括で指定して、そのまま錬金。ふぁん。
二千個の賢愚の石が完成だ。
ちなみに今のところで重の奇石を使えば完成品を倍加できるんじゃないか、と思われるかもしれないけれど、組み合わせの数だけ重の奇石が要求されるのがちょっと問題。
今回の場合は二千個を倍加しようとすると、重の奇石も二千個要るのである。
用意しようと思えばできるけど、それに必要な工程はキラ・リキッドから賢愚の石を作るのと同等か、あるいはちょっとめんどくさいレベルなので、倍化とかは考えずに素直に作った方が早いという訳だ。
完全エッセンシアは論外。あれはエッセンシア全種を大量に使うので。
「結局の所さ。そういう性質はたぶんあるけど、そのためのマテリアルがノーヒントってのが現状なんだ。そこまでは良いよね」
「うん。ああ、だから難易度低下でいろいろと試すってことか?」
「いや、材料がわからない以上それは無意味だし、材料がわかるならこんなの使わないでも付与できるよ、僕だし」
「納得はするが『僕だし』というのはどうかと思うぞ」
僕も言っていてどうかと思った。
まあそれはそれ。
「賢愚の石は、付与を行った時に意図しないランダムな効果を付与することがある。それは知ってるよね」
「もちろん。だから佳苗はあんまりそれを使わない。難易度を低下させる必要が無いし、その割にリスクが増えるからだったか」
「そう。でも今回はそのリスクがほしいから使うんだ」
「は?」
「『意図しないランダムな効果を付与することがある』んだよ。だからさ。とりあえず適当に付与しまくって、一個でも『コストやリスクの代替』って効果が出るまで延々続ければオッケー」
「……なんつーごり押し」
時間に猶予が数年単位であるならば僕もこんなギャンブルはしないけど、今回はたぶん長くて数週間。
実際には数日だろうと考えると、多少のギャンブルもやむなしだろう。
「だからこっちは、とりあえず究極の一つが作れるまでリトライし続けるけど。そっちはそっちで、一連の儀式の大魔法化とか、範囲設定とか。頑張ってね」
「言われずとも。お前がそんだけやるんだ、俺だって頑張るさ」
そうしてくれるとありがたい。
それじゃあ、とりあえずやるか。
「あれ、でもさ、佳苗。その『代替』の効果が上手い事できたとして、消耗品になるよな? 同じ性質を与える、みたいな錬金術あったっけ?」
「無いね」
「どうすんだ。すぐに壊れたらどうしようもねーじゃねえか」
「大丈夫。完全エッセンシアに付与するし、自動修復もさせるから。これでダメならなんでも無理だしね」
「どこまでもごり押しかよ!」
さっきも言ったはずだ。
多少のギャンブルはやむなしだと。
掛け金はだいぶ高いけど、付与した性質を削除する道具もあるので、やり直し自体は特に苦でもないしね。
結局二千個では全然足りず、でもなんか便利そうな効果もいくつか引き当てたのでそれはそれとして保管するとして、更に二千個、更に二千個と追加に追加。
お母さんが帰ってきて夕飯を食べ、お風呂に入って多少リセットを挟んだりしつつ、部屋に戻って更に二千個、二千個……。
賢愚の石を用いた錬金の二万七千八百四十一個目のこと。
「あ」
「どうした、間抜けな声だして。完成したのか?」
「だいぶ違うのが出来た……」
『魔力の代わりに使える』性質を獲得した完全エッセンシア。
魔力を微量流しつつどの程度の魔力として扱うかを指定すると、そこで指定した分だけの魔力として扱える。
使用制限は一人まで。同時に複数人で扱うことはできない。
以上。
うん、洋輔にバレる前にかくしておこう。これ無限に魔力を引き出せるっぽい。
というわけでガチャを続行。
五万個を費やしたところで数えるのをやめ、それでも続けて、続けて。
そろそろマテリアル的にも限界だなあ、これを最後のセットにして明日がんばるかあ……と、あきらめかけたことである。
材料の減り具合からいって八万個目くらいだろうか?
『あらゆるコストやリスクを代替する』性質を持つ完全エッセンシアがなんとか完成。
……完成はしたんだけど。うーむ。
「どうした、妙な顔をして」
「いや。『あらゆるコストやリスクを代替する』性質の付与はできたんだけど……」
「できたのかよ……ほんっとうに妙なところで努力家だな。でも完成した割にはいまいち喜んでないのはどうしてだ」
「余計な性質もついてる……」
「余計ねえ。具体的には?」
「いや、今さっき言った効果が全部だよ」
「……いやそれなら、余計な性質ねえじゃん」
呆れる洋輔に、僕は首を横に振った。
「『あらゆる』が余計なんだ。これだと、病気とか怪我もたぶん代替しちゃう」
「……えっと。つまり、あれか。それに弓矢の弟が使った呪いの代償を代替させると、自動的に弓矢の弟の病気や怪我も代替してしまう?」
「たぶん……」
そしてものとしては完全エッセンシアなので、代替できる代償の範囲はかなり広く、またその深度も恐ろしく強い。
常人なら十回死ぬような事故に巻き込まれても無傷で済むだろう。そういうレベルだ。
「……まあ、直接の摂取ではないから、寿命におかしなことは起きないと思うけど」
「おい、まて。どういう意味だ」
「あれ、知らないっけ。完全エッセンシアを液体化した液体完全エッセンシアを服用すると極端に寿命が延びるよ。寿命が延びるというか、老化が止まるだけだから、殺されたら死ぬけど」
「不老薬かよ……ああ、それで別名が人魚の涙……」
そういうこと。
制約付きとはいえど十回くらいならば死を回避して無傷で済むこれと合わせれば事実上の不老不死にもなるだろう。
まあ二度と再現できる気がしないけど……。
「まあ、いっか。ちょっとオーバースペックだけど、繋ぎにする分には。害が有るわけでもないし」
「それはどうだろうな……。身体的なコスト、たとえば疲労感だとか、その辺はどうなんだ?」
「あ、それは大丈夫。そこまで高性能だと『完全代替』になるから」
そして完全代替の性質なら実はもうマテリアルも知っている。
材料が果てしなく大変なうえ、今回はそこまでいくとやりすぎなのがわかり切っていたので使えないだけで。
……それに異世界でならともかく、地球上でマテリアルを獲得するの大変そうだしなあ。
「ふうん。じゃあとりあえずはそれで妥協しておいて、あとは正規の手段で道具を作って、追々置き換える感じか」
「そうだね。そっちの準備はどう?」
「魔力的に……まあ、大分きついな。カプ・リキッドをちょっと多めに用意してくれるか」
「千個で足りる?」
「怪しい」
「そんじゃ追加で作っとくね」
「おう」
四千個くらいにしておくか。
というわけで、成果物はきちんとガラスに詰めて、ちょっとしたインテリアにでっち上げ。
完全エッセンシアって見た目が半透明で緑色の草だから、結構奇麗なのだ。草を水晶で作ったみたいな感じで。
これでしばらくはインテリア替わり、何か異常があれば――たとえば代替ができないほどに消耗したりしたら――視覚的に表現されるから、緊急時にも対応しやすいだろう。たぶん。
で、余った賢愚の石は別な錬金術の材料にできないこともないので、錬金圧縮術で省スペース化した上で屋根裏倉庫へと。
ついでにカプ・リキッドを追加で生産しておいて、これでよしっと。
「道具の準備が終わったなら、合言葉考えておけよ。他は全部やるから」
「うん」
晶くん以外が間違って発動できないように。
そして晶くんにならば確実に発動できるように。
ただし、一度でも発動できればそれでいいわけだから、いっそものすごい長文にしてしまってもいいかもしれない。
あんまり長文だとどうやって読ませるかとか、その辺が問題になるんだよな。
かといって発音を面倒にすると、それこそ何度もトライさせる必要が出るだろうし。
しかもあんまり印象に残してもならない。あくまでも僕たちが居る場でそれを発声してもらい、それ以外の場面では発生されないようにしないと、意図しない方に定義されかねない。
適当な文章をでっちあげるか。
結局、洋輔が大魔法の構築を終えたのは午後の十一時。
夜もだいぶ遅く、いい加減寝たいところではあったけど、寝てしまうと魔力がゼロになってしまうのは今更改めて言われるまでもないので、何とか気合いを入れて大魔法を成立させる。
例によって洋輔は魔法のパーツのみを発動し、僕がその魔法を錬金術で完成させるというものだ。
行使された大魔法は三つ。
一つ目、範囲の設定。領域指定の大魔法のスケールアップ版――条件も含めたタイプで、洋輔曰く、『地球中心とした半五径百キロ』。
地球を中心としたってどういうことだ、と思ったら、
「地球として定義される部分の表面から五百キロだな」
と補足が入った。大体の場合では地面もしくは海面から五百キロ、という事らしい。
「概ね大気圏内ならセーフだ」
「だいぶ広くとれたね」
「難易度だけならその植木鉢の領域制御と大差ねえよ。それ中心に半径云々だからさ」
ふうん、そんなもんか。
ちなみに魔力の消費もそこまで多くはなかったらしい。
で、二つ目が緊急脱出魔法の応用で、『特定の道具にリスクを押し付ける』みたいな魔法を合言葉と関連付けて簡単に発動できるようにする魔法。これは先ほど指定した範囲内でのみ有効だ。現状の科学技術ならばこれでも十分だろう。
最後に三つ目は、この一連の魔法を『有効化』する魔法。逆に言えばこれらを『無効化』もできるようにもなっているという事である。
緊急回避があって困ることはないだろ、とは洋輔の談。僕としても同意だ。
「それじゃ、早速だけど明日の朝にでもやってもらうか」
「え、また行くのか?」
「いや。範囲内に違いは無いんだから、電話越しでいいかなって思って」
「佳苗は悪知恵がすごい働くよな……」
というか基本だと思う。
魔法的な現象を見せるわけにもいかないんだし。
「とりあえず検証だけはやっとくか」
「そうだね」
洋輔に頷き、『合言葉』を唱えて――
こぼれ話:
賢愚の石で付与できる性質は一応、何らかの方法で正常な錬金術によって付与できる性質に制限されます。