124 - 弓矢家伝統おまじない
晶くんが呪ってる側……呪いの行使者側?
いやでも、
「待ってよ。僕にも洋輔にも、意識的には使えないんだよ、あれ」
「とはいえ技術としては存在しうるしな。それに魔法とか錬金術と比べると、どっちかと言えば地球上の技術だろ、アレ。ほら、陰陽師とかのアレも呪いと言えないこともないし、昔の事件を紐解けば鍋島猫騒動だとか、そういう呪いに関連するものだってある。源平合戦の平家のあの人についてだって有名だし、ピラミッドの呪いとか魔女のサバトだとか、世界中に事欠かない」
「でもそんなのはオカルトで……」
「日本には特に『丑三つ時に藁人形と五寸釘』……なんて妙に具体的な方法だってあるんだぜ」
それを言われれば……まあ、そうなのだけれど。
だからと言って存在するとは言えないと思う。
が、存在しないとも言えないか。
「ならば、俺たちには習得しきれなかったけど、呪いだってあるのかもしれない」
「……理屈の上ではね。でも呪いなんて曖昧な技術、あっちでも滅多になかったよね。少なくとも僕はアレを使える人、しらないよ」
「まあ、あっちにはもっと便利な技術が多かったからな。ぶっちゃけ呪うくらいなら魔法でいい」
ああ、そういう発想か。ごもっともだ。
「それに、地球上だってそう居るわけじゃねえだろうさ。歴史を紐解いて世界的に視野を広げればある程度例を挙げることはできるけど、実際にそれはオカルトとして扱われているように、実在しない技術とされている。とはいえ、六十億だか七十億だか八十億だか、そんだけ人が居れば一人くらいは何かの間違いで使えても……まあ、おかしくはない。あっちの世界の人口は知らねえけど、あの国の人口は佳苗も知ってるだろう?」
「……三百十六万人」
間を取って七十億としても三百十六万人と比べれば二千倍近い。
まあ……そりゃ、可能性としてはアリか?
「俺は一人、その呪いを実際に使える奴を知っていた。で、その呪いを使っているところを見たこともある。ただ、そいつ曰く、『呪い方は人それぞれ』で、『儀式のようなルーチンが必要な事もあれば、考えるだけで勝手に発動する人もいる』……そうだ。で、俺の前で『呪い』を実行した直後、そいつは極度の疲労状態になった」
「疲労状態……、リザレクションとかは?」
「無意味だったよ。まるで効果が出ない。『身体的には健康』なんだ……だけど、極度の疲労状態になる。『全身が突然、疲れ切ったような状態になる』んだ。期間は呪いの規模にもよるらしいが、聞いた範囲では数か月から数年程度」
その症状は、たしかに……晶くんの症例と似ている。
身体的には健康そのもの。なのに極度の疲労状態。
なるほど……ドンピシャだ。
「……ん、待って。もしそれが原因だとして、『儀式のようなルーチンが必要な事もあれば、考えるだけで勝手に発動する人もいる』……んだよね? 晶くんがルーチン必要なら、まあ、それをしないようにって言えばそれで済みそうだけど。考えるだけで勝手に発動するタイプだったらどうするの?」
「だから言っただろ。『俺たちの手に余るかもしれない』って」
もしそうだったらお手上げだよ、と。
結局、呪いに関する基礎理論を全て書き上げた上で、洋輔は言う。
「うん。整理したら俺にも使えるようになんないかな? ともったけど、あれだな。やっぱ無理か」
「……なんでテーブルクロスに書いたの?」
「布の方が自然なものに変換できるだろ。佳苗が」
「ああ。後始末の事ね……」
確かに紙製の奇妙なものを作るくらいならば布からちょっとした服を作っちゃった方がいい。
もう必要ないとのことだったので、ふぁん、と錬金。
テーブルクロスから作り出したのはテーブルクロスである。
なんだか哲学を感じるけど、柄を変更をしただけともいう。
…………。
「でも、呪いの事を書いてある布って、なんとなくこう……」
「まあな……」
縁起の悪さは否めない。うん。
「話を戻すぜ。で、弓矢の弟がもしも真実、俺の推測通り呪いの行使を無意識か意識的にか行っていて、その反動が不調の原因だとしたら。不調の解決は、極めて単純。呪いをやめさせればいい」
「意識的なものならともかく、無意識なものだときついね」
「うん。絶対に無理とは言わねえけど……。そもそもどうやって発動するのかもわからないものだからな。呪いを使えない状況にできれば、それでもいいんだろうが」
呪いを使えないように……かあ。
うーん。
「最後の手段でも使えたら、それで出来そうなんだけど」
「いや本末転倒だろ」
ラストリゾート。
魔導師が目指すべき三つの魔法と魔導師が禁忌とする一つの魔法、それらと同列にありながら、魔導師が目指す意味のないとされる――魔導師には扱えないとされるもの。
「ありゃざっくりと言えば『望んだ結果をもたらす、ただしその過程は問わない』魔法だ。そんなので『対象は生涯呪いを使わない』と因果の結果として確定してみろ、たぶん因果の原因のほうに『対象が死んでるから使いようが無い』とか、そういうことになりかねないぞ」
「それもそうか」
晶くんを守る目的で晶くんの命を奪ってしまっては本末転倒も甚だしい。
まあ、
「そもそもラストリゾート、僕も洋輔も使えないけどね」
「まあ少なくとも俺は使えねえな。佳苗は分かんねえけど。可能性って話なら残ってることは残ってるだろ」
「まあ、そうなんだけど。原理分かんないし」
「……確かに」
ま、ないものねだりをしても仕方がない。
「だとすると、当面は晶くんが本当に呪いを使っているのか。使っているとしたら、どう発動しているのか……を、探ればいいのかな」
「だな」
「…………」
「…………」
そして気まずい沈黙が僕と洋輔の間に落ちてくる。
いやだって、うん。
「何年かかるかな、これ」
「知らん。中学の三年間で解決できることを祈ろうぜ」
それが落としどころか。
それにしたって、まさか晶くんの不調の原因が呪い……それも、使ってる側とはね。
この推測が間違っていればご愛敬、その時はその時だ。
けど、合っているとしたら治すのも大変だし、それ以上に。
「でも晶くんは誰を、どうして呪ったんだろう……?」
「…………」
対象を不幸にする。
ならば、晶くんが誰かを不幸にしたということだ。
ではそれはだれで、それはなぜなのか。
そんな疑問に洋輔が答えられるわけもないと知っていても、言葉にしてしまうのだった。
翌日、六月十七日、金曜日。
学校に着くと、特に普段と変わった様子もなく、郁也くんや昌くんが普通にしていた。
クラスの皆もこの前の突然の早退はちょっとおかしいな、と思っても、まあ『無理もないよなあ』という感覚らしく、特にこれと言って変に扱われている様子もない。
思った以上に平和だった。もうちょっと騒がしいかとも思ったのだけど。
ま、平和に越したことはない。
「おはよう」
「おはよ」
「おはよー」
というわけで班の皆には改めて挨拶。
改めても特に普段と違う様子もないし、昌くんたちについては取り越し苦労で済みそうだ。
「昨日はごめんね。いろいろと……本当に、姉弟そろって色々と迷惑をかけちゃって」
「それこそ気にしないでよ。お散歩ついでにはちょうど良かったしね」
結果的には晶くんと洋輔を比較的自然に合わせることもできたし、それによって晶くんの問題もちょこっと見えたわけで、ある意味ナイスなタイミングとも言えないわけじゃない。
「そういえば、昌くんってお姉さんと仲、良いの?」
「悪くはないつもりだけれど、如何せんぼくの倍生きてるからね……比喩じゃなくて。だから、年が離れすぎちゃってて、あんまり姉って感覚がしないんだ。どっちかというと……二人目のお母さんみたいな。だから仲が良いとか悪いとかじゃなくて、なんかこう、当然みたいな感覚かな」
「へえ。頼りになるのか」
「道案内さえついているなら、大概の事は卒なくやってくれるよ。道案内さえついているなら」
よほど大事な事らしく、涼太くんの関心に対して二重に答える昌くんだった。
気持ちはわかる。いや本当に。
「なんかね。姉さん、本当に料理からなにから卒なく高水準なのに、道だけは覚えられないみたいで。そのせいで三回も振られてるんだよね」
「その程度で振る彼氏さんにも改善点はありそうじゃない?」
「佳苗は優しいね。でもぼくだったら振ると思うよ。レストランで食事を終えてお手洗いに行ったら最後、見つかったのがなぜか隣のビルの屋上だったりしたから」
「それはそれで病院に行った方がいいんじゃないの?」
「佳苗も大概辛辣だよな……まあおれも大体同感だけど」
いや実際、そこまでとなると日常生活にも支障が出そうだし。
「仕事とかにも支障が出そうに聞こえるけど、その辺はどうなの?」
「それが不思議な所でね。仕事に行くぞ、とか、学校に行くぞ、とか、そういう時は迷わないんだよ」
「帰り道に限って迷うみたいな感じか。ミノタウロスの迷宮だな」
涼太くんのたとえがわかりやすいか否かという点についてはノーコメントだけど、まあ、大体同感。
「まあ。そういう点を除けば、頼れる姉さんに違いはないよ」
その点のせいでプラマイゼロまで戻ってそうだけど……。
などと考え事をしていると、昌くんが席を立ち、そして僕の机の上に小袋を置いてきた。
なんだろう。
「これ、晶から。昨日のお礼と、この前の鞄のお礼もかねて、だって」
「あけていいの?」
「うん。それも晶の手作りだから、そんなにいいものでもないけれど」
袋を開けて中身を確認。
これは……、小物入れ? の袋。
布で作られていて、ワンポイントという感じで妙にかわいくデフォルメされた爬虫類らしきものがペイントされている。
なんだろう。やもりとか?
これと言って特別、何かをしまうための袋というよりかは、形状としては袋になっているだけで、別の物であるようにも見える。
「それは、弓矢守っていう、ぼくの家に代々伝わるおまじないというか、お守りのようなものでね」
ああ、お守りか。
そしてすごいネーミングだな。
「てことはこれは、ヤモリか」
「そう。晶お気に入りのダジャレなんだって。ぼくはカエル派」
ああ、作る人によってワンポイントの模様は変わるのか。
ヤモリであることに意味はないらしい。
……僕でもたぶんヤモリ描くな。名前的にこれ以上しっくりくるものはそれこそ『弓矢』くらいだろうし。
「妙なものでごめんね」
「ううん。手作りしてもらったもので嬉しくないわけがないよ。ありがとう。晶くんにも伝えておいてくれるかな」
「もちろん。喜んでたって伝えるね」
さて、どこにしまおうか。
内ポケットにしておこう。なくしたくないし。
しまう寸前、念のために確認はしておく。
品質値は48229。
……うん? 48229? 桁が一つ間違ってない?
品質値五桁ってだけでも大概だけど、僕でも四万越えの物を作るのはかなり苦労するぞ。
ついでだったので色別もかけておく。
当然のように青。
青?
いや当然なら緑じゃないの?
今年の頭にお母さんが神社でもらってきたお守りだって緑だったぞ。
もしかしてこのお守り、本当に何らかの特殊効果があるんじゃ……。
とりあえず害はない感じだし大丈夫かな?
一応眼鏡のダイアルをいじって、洋輔主観でも確認……すると、緑色。ふむ。
…………。
念のため、か。
僕はもう一つダイヤルを調整して、そこでも色別を行う。
判定は……、赤。
赤判定。その主観にとって、害あり。
せっかくだからと作っておいて正解だったと思うべきか。
なんかずるをした気分でもあるけれど……。
一応そのまま昌くんも確認、青判定。
なるほど、なるほど。
「どうしたの、佳苗。妙な表情して」
「ううん。手作りのお守りって、そういえば貰ったことなかったなあって思ってさ。涼太くんはどう?」
「おれは前多に貰ったことがあるな……。弓矢は?」
「一橋と交換したことはあるね。剣道の試合で、お互いの必勝祈願」
「なるほど」
その一橋さんが鞄につけているストラップ、の一つが、確かに手作りのお守りらしきものだったし、カエルのワンポイントも入っていたから、たぶんそれだな……。
今度品質値の確認と色別だけでもしておくか。
結論を出すのは、そのあとの方が良いだろう。
そしてその結論を出すためにも……か。
すっと昌くんの頭に手を伸ばし、よしよしと撫でておく。
「……何?」
「いや。なんとなく」
「佳苗って時々意味が分からないんだけど……」
ごめんね。
でも、僕には必要な事だから。