120 - 彼らの事情
木曜日。
緊急全校集会。
内容は省こう。
まあ、学校側は責任を認めた。そして先生も退職の方向で、ただし教育委員会は懲戒免職処分を取る可能性が高いらしい。
前科が無いならそこまで重い処分にはならないとも思ったんだけど、前科が無くても悪質性が高いと判断されたらしい。
本人が反省している点を鑑みて多少のあれこれはあるかもしれないけど、正直、マスコミに注目されている状態のこの学校でよりにもよってやらかしたわけで、それに対して重い処分が下るのはやむを得ない、らしい。
なんか悪いことした気分だけど、悪いことをしたのは先生の方なので気にしない方向で。
で、生徒側にもある程度情報は伝えられていて、特に全校集会終了後、『一年生男子のみ残るように』と念を押された。
なんでだろうとも思ったけど、理由は明白だ。
学校側が抑えた決定的な証拠に、一年一組から四組までの男子生徒の着替え中の盗撮動画があるわけで、それに関する報告という事らしい。
尚、他の学年や女子に関しては現状、クラス単位での被害は確認されていない。
逆に言えば個人単位での被害は一応見られているようで、その辺は個別に面談が行われるらしい。
でもって、動画については証拠なのだから警察に提出してしまっている。
その件についても改めて謝ったり、理解を求め、理解できずとも今はそれでなんとか納得してほしい、という次第。
まあ、大半の男子はそこまで気にしていないようで、案外すんなりとはいったのだけれど、全員が全員納得したわけじゃない。
「……これだから大人は信頼できないんだよ」
あーあ。やだやだ、めんどくさい。
そんな言葉をさほど大きくはない声を、しかし決して小さくもない声を挙げたのは、郁也くんだった。
そしてそんな郁也くんを後ろから抱きしめるように、昌くんが抱きかかえている。
「先生」
「なにかな」
「このままだとボクは余計なことを言いそうなので。早退します。弓矢、付き合って」
もちろん、と答えて昌くんは、そのまま郁也くんと一緒につかつかと、歩いて去ってしまった。
あんまりにも素早い行動で、有無を言わさない決意のようなものさえあったからか、誰もがそれを止めることが出来ない。
昌くんはともかく、郁也くんの自己主張はクラスでも珍しい。だから誰もが、虚を突かれた感じだ。
それは僕だって同じである。
確かに大人に対する不信感みたいなものが無かったわけじゃないし、それを示唆する言葉もたまーにあったけど、そこまでとは……。
そして当然のように昌くんも一緒についていくとは。
「……なんだあ? あいつら。らしくもない、目立つ行動してんな」
「だね。……何か理由があるのかもよ、前多くん」
「そりゃあるだろうけどな。オレたちが思いもつかないような、何かが。だとしたら、変に詮索すんのも……だな」
とはいえ奇妙な行動をとった以上、それはしばらく記憶されるんだろうけどね……。
結局その日、郁也くんと昌くんは本当にそのまま早退してしまった。
そして、お昼休み。
「渡来。ちょっといいか」
教室のドアのにもたれるように、そんなことを言ってきたのは鷲塚くんだった。
「どうしたの?」
「今日の放課後、予定は?」
「特にないけど……ああ、お母さんなら放課後に来るよ。保護者会出るって言ってた」
「あっそ。そんじゃ、悪いけど帰りさ、村社んち行ってやってくれるか」
「郁也くんの家?」
うん、と頷き、鷲塚くんは目を細める。
それは偽りのない、心の底からの心配で、しかも事情まで知っているようだ。
知ってるけれど自分の口からは言えないと、そういう類の決意もある。
あるいはその辺りが……、郁也くんとは違うクラスでも、同じ部活に入る程度の仲の良さ。
それを支える何かなのかもしれない。
「わかった。帰り道に、寄っていくよ」
「そうしてくれると、ありがたい。お前にも変な気遣いさせたくはなかったんだけど……。正直」
弓矢一人にゃ荷が重い。
そう言って、鷲塚くんは去っていく。
…………。
洋輔を連れて行った方がいい案件かもな。
授業は終わって保護者会。
まさか保護者会に参加するわけもなく、お母さんにはメールで郁也くんの家に寄って帰るね、といった次第を伝えておき、洋輔を伴って郁也くんの家へと向かった。
尚、
「いやさ、お前が必要だと思ったとしても、鷲塚の奴は村社とかかわりのあるお前を選んだんだろ。その点俺はいうほど、村社と接点なんてねえぞ」
と洋輔は反発したけれど、
「じゃあ僕がそこで何を知っても構わないわけ?」
と聞いたらついてきた。
素直なことは良い事だ。
「とはいえ、実際に村社の奴が俺にも話してくれるかどうかは別問題だろ」
「まあね。でも……たぶん大丈夫」
「根拠は」
「昌くん」
「…………」
これはいたって単純なこと。
僕と洋輔ほどではないにせよ、もともと郁也くんは昌くんと仲が良かった。
それは血のつながりとか、そういうものが強いんだろうなあとはそりゃ思うけど……。
それとは別な。
おそらくは僕と洋輔のような、そういう奇妙な依存関係がそこにあるのだろうと思う。
実際、郁也くんが早退したとき、昌くんは郁也くんが要求するよりも先に行動をしていたし。
「多分僕が郁也くんで、洋輔が昌くんかな。立場的にね」
「だとしたら、救えねえな……いやでも、そんなものか」
そう。
救えないし、それでもこんなものなのだ。
途中、野良猫を撫でるのは泣く泣く短めに済ませて「いや短めとはいえ五分はやってるからな?」うるさい。えっと、短めに済ませて、郁也くんの家に到着。
インターフォンをならして、と。
『はい』
対応してきたのは女性の声だった。
この声は……あれ、聞き覚えがあるような、ないような。
ばあやさんではないよな。かといって郁也くんのお母さんとも違う。
ならば僕の知らない人か、いやでも聞き覚えはある……。
「すみません。渡来佳苗です。あと、鶴来洋輔も一緒ですけどね。郁也くんのクラスメイトで……」
『ああ、あの出鱈目少年の渡来くんか。久しぶりね。郁也なら……うん、ちょっと待って。会える状況かどうか、確認してくるわ』
「お手数をお掛けします」
……誰だっけ?
「なんだ、佳苗の知ってる人か」
「…………」
「なんで黙るんだ……」
「いや、聞き覚えはあるんだけど……」
忘れたってことか、と洋輔はあきれるように言う。
いや、まあ、そういう事なんだけれども。
毎日とは言わずとも毎週会うような人とか、つい最近会った人ならば覚えてると思うしな。
そう考えると一度か二度、どこかで会ったことがある程度?
でもなあ、郁也くんの家で会ったなら関連付けて覚えてると思うんだけど。
別の場所であった……?
なんか引っかかるな。何だっけ。
『お待たせ。鶴来くんだったかしら、あなたも大丈夫だそうよ。弓矢くんもついてるけど、いいわね?』
「はい。すみません」
『お気になさらず。門も玄関も鍵は開いているから、どうぞ』
「お邪魔します」
というわけで、お邪魔することに。
門を開けて玄関を開けると、じいやさんが部屋履きを用意していてくれていた。
「ありがとうございます。お邪魔します」
「おじゃまします」
「ようこそいらっしゃいました。部屋はお分かりですかな」
「はい。……手土産もなく、すみません」
「お気になさいますな」
優しい人だな、とか思いつつも、ともあれ洋輔を引き連れて二階へ。
途中、例の水墨画を見て「ああ、これ……よく気づいたな」と洋輔が。
やっぱり僕くらいにしかわからないか……。
郁也くんの部屋に到着。
ノックをして、
「佳苗だよ。こんにちは。洋輔も一緒だけど、いいかな」
「うん。ごめん」
それはどっちだ。
良いってこと……かな?
一瞬悩み、まあいいか、と扉を開ける。
すると、郁也くんは昌くんに抱きかかえられる形で、テーブルの前に座っていた。
「いらっしゃい、佳苗。それと、鶴来も」
おじゃまします、と僕と洋輔の声が重なって、中に入ったところで扉を閉めてくれ、みたいなジェスチャーが。
それの答えとして扉を閉める。洋輔は部屋の広さに驚いているようだけど、とりあえず近づいて、っと。
「まさか佳苗たちがくるとは……って気持ちが半分。でも、もう半分は納得かな。曲直部か、鷲塚か……鷲塚だろうなあ」
「その通り。お昼休みに、様子を見に行ってくれ、みたいな感じで切り出されてね」
「……うん。佳苗になら……、話してもいいかな。それに、佳苗に話せばどうせ、鶴来にも伝わるんでしょう?」
「まあ、そうなるだろうな」
「ならいいや。二人には教えるよ。でも、ちょっと待ってね。たぶんもうすぐ、姉さんがジュース持ってくるから」
「……あ。」
思い出した。
村社早智、三年四組。裁縫部の部長さん。
もとはと言えばあの人と接点を持って、郁也くんとも会話するようになったんだっけ……いやあ、すっかり意識から抜け落ちてた。
実質一回しか会ってないしな、結局。
「どうしたの?」
「いや。なんでもないよ」
僕の弁解に、洋輔は『ああこいつ、今思い出したな……』と表情を浮かべる。ごもっとも。言葉にしないだけよしとしよう。
それからほんの少しの間で本当に郁也くんのお姉さんがジュースを乗せたお盆を持ってきて、苦笑交じりに近場に居た僕へと渡してきた。
ただ、それだけ。
会話らしい会話もなく、ただ部屋から出るときに。
「郁也を、よろしくね」
とだけ言った。
…………。
ふむ。
洋輔を連れてきて正解だったかな、これは。
昌くんに僕が居たところでやっぱり荷が重いタイプの奴かもしれない。
まあ、洋輔がいてもそれで解決とは限らないけれど……。
「さてと……。あきちゃん、いい加減離れてくれないかなあ」
「ごめん。わかってるんだけど、どうしても……」
ん……あれ、もしかして僕、勘違いしてたかな?
てっきり郁也くんを抱える形で昌くんが居るのだと思っていたけど。
もしかしてこれ、昌くんが郁也くんを抱えている……?
形としては同じだけど、その主体が逆かもしれない。
「ボクたちがまだ小さかったころね。その当時、まだボクたちには『せんせい』が居たんだ。ボクにとっても、あきちゃんにとっても、『お兄さん』のような、『せんせい』が、いた。学校に通う時も、帰るときも、『せんせい』がついててくれて……。とても、信頼していた。だからボクにしてもあきちゃんにしても……姉さんも父さんも母さんも、だれも疑ってなかったんだけども。それが、よくなかったのかもしれないね」
「坊。待って。……言うの?」
「もう今更だよ、あきちゃん。それにボクは、真相的な事を言えば佳苗たちも、実は同じなんじゃないかとさえ疑ってた。失礼なんだけど……ね」
ん……?
同じ。
ということは、失踪?
確かに郁也くんたちも何らかの事件に巻き込まれた、みたいなことは言ってたけれど……それは、あまり表向きに言う事でもないと。
だから内々に処理したのだと。
それと同じ、だとすれば、僕たちに対して失礼ということはない。
むしろ僕たちの方が失礼だ。
「ボクとあきちゃんが巻き込まれた事件はね。失踪とか、誘拐とか、そんなふうにも言われたりしたけど……真相は、違う。『せんせい』にボクたちが無理なお願いを言って、『せんせい』はボクたちに全力を尽くしてくれた。ボクはね、あきちゃんと二人きりで『家出』をしようとしたんだ。村社だとか弓矢だとか、そういうのがもう、面倒になっちゃって……普段のあきちゃんは絶対にそれを止めたはずだけど、その時のあきちゃんにはもう、しょーちゃんがいたから。それが……煩わしかったのかもね」
信頼する幼馴染と二人きりになりたかった。
そんな幼い願望を、『せんせい』という大人が手伝った。
「『せんせい』はボクたちの家出を、手伝ってくれたんだ。家を用意してくれてね。広いわけじゃなかったけど、ボクとあきちゃんの二人が遊ぶ分には不自由もなかった。初日はとても楽しかったよ。学校にも行かずに、あきちゃんと遊んでるだけでいい。二日目は少し寂しかった。小さかったから、後悔をするのも早かったんだ。でも、ボクたちが本気で後悔したのはその次の日……三日目のこと」
「朝起きたらね。ベッドに縛りつけられてたんだよ」
「両手両足が縄で固定されてて。口も布で塞がれてて……。もう、何が何だか分からない状態だったけれど。犯人が『せんせい』なのは、すぐにわかった」
だから大人を信じきれないんだ。
郁也くんはそう言って、昌くんはまた強く郁也くんを抱きしめた。