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黒迄現在夢現  作者: 朝霞ちさめ
第六章 水無月空模様
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115 - 厄介な生徒

 着替えを終えて、そのまま僕は洋輔と一緒に校長室へ。

 あらかじめ先生が話を通してくれていたので、すぐに入室することができた。

「失礼します。校長先生」

「……渡来くん、と、鶴来くん。それで、何やら奇妙なものを見つけた、という話は本当かな」

「持ってきました。けど……。正直、校長先生にも渡したくないですね」

「…………」

「プールの更衣室。あそこに入るためには最低でも二つの鍵が必要でしょう。二つの鍵を自由に持ち出せるのは、体育の先生と、教頭先生、校長先生、あとは用務員さんですか。水泳部も鍵を持ってるなら、そこもかな。まあ、校長先生もどっちかと言えば疑われる方なので、渡したくはないです」

「とはいえ、君が持っているわけにもいかない」

「そうですね。だから、校長先生に渡すという譲歩ラインを敷いて、その通りに先生が校長先生に話してくれたんだと思います」

 記憶媒体とカメラの両方を見せつけるように、校長先生へと言葉を向ける。

 まあ、正直な話。

 校長先生とプールの授業を受け持ったあの体育の先生はシロだろう。

 少なくとも嘘はつかれていないし、隠し事をしている形でもない。

 ただ、『隠そう』という意思はある。それを感じ取ってるからこその差し渡しへの抵抗であって、そんな僕の判断を口に出さずとも理解しているからこその、わがままにしか見えないはずの僕の行動に洋輔はついてきてくれている。

 今ならまだ、マシな手段はある。はずだ。

「わかっているなら、それを渡しなさい」

「…………」

 さて、どうしよう。

 渡してあとは大人の都合に任せるか?

 それとも僕が持ち続けるか。

 後者の場合はそれに正当性を持たせなければならないし、教師側と敵対一歩手前になるだろう。

 それはできれば避けたいところだ。でも、大人の都合が必ずしも僕たちにとって納得のいくものであるとも限らない。

「こうしましょう。校長先生。これを先生に渡す前に、職員室で事情を説明してもいいですか。僕がこれを見つけてしまったこと。そしてこれを発見したところを、三組と四組の男子全員が見ていることを」

「…………。なぜかな?」

「教師側が共通の認識を持ってあたらないと、内々での処理はできませんよ。今言ったように三組と四組の男子は全員、これの存在を知ってますから、今頃もう一年生のフロア中には伝わってるでしょう。それはつまり、校内に広まるのは時間の問題で、親にだって今日中には伝わるということです。だからこそ内々に処理をするならば、『このカメラはダミーで、何も記録されていなかった』と、帰りのホームルームで伝えさせるとか。その辺りが限界でしょう」

 そしてそのことに僕たちが気づいている以上、僕たちが『まだ調べても居ないのに発表できるはずがない』とでも言えば、やっぱりこっちも一日かからず広まるだろうし、保護者は学校側に大きな不信感を抱くだろう。

 僕たちの口を封じたいのであれば、校長先生はこの交渉に乗るしかない。

 僕のそんな算段は、案外思った通りに行くもので。

「いいだろう。それで『黙って』くれるならば安いものだ」

 と、校長先生は職員室に直通となっている扉を開け、職員室へと向かった。

 洋輔はそれを見て、僕にだけ聞こえるように小声で言う。

真偽幻惑(いいくるめ)、初級編。利益誘導か」

「洋輔ほど上手じゃないけど、形としては十分でしょう」

「まあな」

 及第点はもらえたようだ。


 さて、職員室に移動した僕は時間も押しているということで先ほどの言葉をそのまま繰り返した。

 それはただの報告にすぎず、それはただの宣告に過ぎない。

 そう、たとえばこの場に居るのが洋輔だけなら、それは本当にその意味しか持たないのだ。

 実際にはここに僕がいて、だからこそそれは少し違った意味になる。

 動作型真偽判定は対多数にも有効だ。

 そして眼鏡の色別もある。

 一瞬だけ色別をオンにすると、赤があった。

 そしてその赤に見える人が真偽判定に微妙な引っかかり方をしていて、つまり、その人が怪しさ満点という訳だ。

 ……ていうか、今回の盗撮の件が関係ないとしても、色別で赤く見える人はマークするし、かなり警戒するけどね。

 僕に害あり、ってことだし。

「洋輔。これ持ってて」

「ん」

 カメラなどは洋輔に預けて、つかつかと職員室の中を歩き進む。

 向かった先は体育の先生が集まっている島。

 その一番左端。

「間島先生」

「どうした?」

「なんであれ、男子更衣室に仕掛けたんですか。仕掛けるなら女子更衣室じゃないの?」

「え? いや、何を言ってるのかな。まるで覚えがないのだけれど」

 ダウト。

 ちなみにこの先生は間島先生。

 四十台だったかな、の男性教員。

 そこそこ人気のある好青年……いや、中年?

 まあ、女子からもそこそこ人気のある感じの、気概のいい朗らかな先生で、バド部の顧問だったかな……。

 一年生の授業は担当してないからほぼ接点は無いんだけどね。

「こら、渡来。あまり大人をからかうんじゃないよ」

「別にからかってるつもりはないですよ。単に疑問なだけで」

「ならより悪いよ。君は間島を疑ってるのかい?」

「いえ、そんなことは」

 疑ってるのではない。断定しているのだ。

 そのニュアンスの違いに気づいたのは洋輔くらいかな。

 ……いや、もう一人。

 どうやら担任の緒方先生も気づいてる。

 さすがは演劇部顧問か……。

 まあ、さくっと済ませよう。

 ちらりと間島先生の机の上を確認。

 特におかしいなものは置かれていない。

 片っ端から品質値を確認、ついでに色別もしてみると、色別に引っかかるものは無し。

 まあ、職員室の中で起動する必要もないか。

「だとしたら、なんだい。あれか、探偵ごっこ?」

「ああ、いえ。別に間島先生以外を問い詰めようとは思ってません」

「……うん?」

 疑ってるわけじゃなく断定している。

 この人がやったと確信していて、あとは証拠を突きつけるだけだ。

 だから探偵ごっこではない。

 探偵紛いだ。

「ただ、一つだけいいですか、間島先生」

「いいだろう。何かな」

「そこのSDカードの束なんですけど」

「うん? ……ああ、これなら支給品のものだけれど」

「ああ、そうなんですか。他の先生も同じのを使ってる?」

「そうだよ」

 なるほど。

 確かに見た目は同じだ。

「ならやっぱりおかしいですよ。だって右から四番目のSDカード、一個だけメーカー違うみたいですし。僕たちが見つけた奴に使われてるのと同じメーカーです」

「え……? ああ。いや、部活のものも混じってるからじゃないかな。ほら、バド部の練習とか試合の映像を取るときに使うやつ。たしか渡来はバレー部だったね。そこでもやってるだろう」

「そうですね」

 SDカードでもらってる子もいると聞いた。

 郁也くんはディスク派らしいし、僕もディスクでもらってるけど。

 僕の場合はSDカードの読み取り機がパソコンくらいしかない上、そのパソコンが親と共用だからなんだけども。

「じゃあ先生。そのメーカーの違うSDカードは部活の奴が混じっちゃってるだけなんですね?」

「そうだ」

「ふうん。……でもね、先生。今僕が言ったSDカード、アダプタータイプですよね。マイクロSDカードをカチッとはめ込んで、通常のSDカードと同じように使得るようにするタイプの。で、アダプターの中身は今、空みたいですけれど、その中身は何処にあるんですか」

「…………」

「シリアルコード。確認してもいいですよね」

 SDカードの束を手に取って、一つだけちがうメーカー、明白に異なった品質値のものを手に取る。

「洋輔。そっちのカードのシリアル、読み上げてくれる?」

「オッケー。えーと……」

「いい加減にしないか! 返せ!」

 と。

 読み上げをする前に間島先生は僕からカードの束と、カードそのものを奪い取……ろうとしたのはまあ、見え見えなので、ひょいっと回避。

「別にいいじゃないですか。別物なんでしょ? やましいことは、無いんですよね?」

「勝手に触るんじゃない!」

「……まあ、一理ありますね。けど、間島先生。三つだけ言っておきますね。安心してください、今度は質問じゃないので。一つ目、今の先生の行動を、職員室に居る先生たちは、一部始終を見ています。いきなり声を荒げて僕から取り上げようとした先生を、果たして他の先生方はどう受け取ったでしょうね? 二つ目、既に生徒たちの間には隠しカメラがあったという事が広まりつつあります。学校として受けるダメージを最小限にするためには、警察沙汰にしないためには、迅速な『内々の処理』が必要になるでしょう」

 その処理の内容までは干渉できない。

 ただ、それなりに重たい処理になるだろうし……処遇にもなるだろうな。

 明白に動揺を浮かべる間島先生は、それでもまだ取り繕おうとしていた。

 だから。

「最後に、三つ目。そのメーカーのSDカードって、アダプターの方にはシリアルコードなんて書いてませんよ。何をそんなに慌ててるんですか。心当たり、あるみたいですね?」

 止めを刺すのは、むしろ情けにもなるだろう。

 言うことは言ったので、洋輔のもとにもどり、洋輔から物品を返却される。

「さてと。じゃ、予鈴もなりそうなので、そろそろ教室に戻りますね。校長先生、信じてますよ。ま、別に生徒二人が深い深い疑心を特定の教員に対して持っているだけで、それだけじゃ証拠になりませんからね。とはいえそこに録画されてるデータとかを見ればある程度、仕掛けた時間とかはわかるでしょう。電池式みたいですし稼働には制限がある。それに……僕も洋輔も男子なので、更衣室は男子のほうしか見てません。男子更衣室にしか仕掛けていない可能性もありますけど、他にも仕掛けてる可能性はある。内々に処理するにせよ警察に届けるにせよ……ま、証拠を固めるもよし、自白を待つのもよし。ただ、場所が場所ですから。さすがに外部の、第三者が犯人だった! とでっち上げるのは無理があると思いますよ」

 りんごんがんごん。

 と、何かを区切る様に予鈴が鳴る。

「少なくとも……第三者が簡単に忍び込めるプールの更衣室なんて、生徒からも保護者からも学校に対してクレームがすごいでしょうね。先生が盗撮していた! も大概ですけど、どっちがマシなんでしょうね? 失礼しました」

 というわけで、職員室の扉から外に出る。

 洋輔はばつが悪そうに僕を見ていて、僕の頭をがしっと掴んだ。

「さすがに今のはやりすぎだろう」

「もしかしたら裸を盗撮されてたかもしれないんだよ。それでもいいの?」

「いや全然よくねえけど、それこそ警察に言うべきだろ」

「勝手に通報なんてした日には先生に何言われるか」

「じゃなくとも、名誉棄損とかになるんじゃねえ?」

「盗撮犯が盗撮被害者に告発されて逆切れ訴訟とか、大人の世間ならまだ許されるかもしれないけど、『先生が』『学生を』盗撮して、『先生が』『学生を』訴えるなんてやると思う? 盗撮だけなら執行猶予? で済むかもしれないけど、逆切れ訴訟なんてした日には被告人に反省の念が無いから実刑とかになるんじゃない?」

「ああ言えばこう言う……。でもま、お前らしい決め方ではあったな。『ここまで』、先生方が聞いているのを見越したうえでの会話だろ?」

「あはははは。……先生たちがどう処理するかなんて興味はないけど、あんまり大ごとにされても困るのはまた事実だしさ」

 それもそうだな、と洋輔は頷いた。


 その日の帰りのホームルームで、盗撮の件についての説明が行われた。

 現時点で既に犯人は自白していること。

 全ての盗撮用カメラは全て、少なくとも本人が認めている分に関しては撤去した事。

 その件について詳細な調査を今日の放課後から明日にかけて警察が行うから、今日明日の部活動は例外なく全中止。

 明後日緊急の全校集会と保護者会を行う点なども説明され、プリントも配布された。

「渡来さあ。なんで気づいたんだ、アレ」

「不自然なものは目立つでしょ」

「不自然って。そもそも初めて入ったんだろ、お前だって」

「そりゃそうだけど、角パイプなんてあんな所に設置する意味ないし。ましてや穴あき、疑ってくださいって言ってるようなものじゃん」

「……お前、探偵か何かになれば? 探偵カナエって」

「僕の脳細胞は灰色じゃないし、僕はどっちかというと猟犬みたいな調べ方だからあの人じゃないと思う……」

 ま。

 その辺の事後処理は大人の仕事。

 僕としては、これで部活が中止になるとは思わなかったので、だいぶ不意打ちを食らった気分である。

 こんなことなら知らんぷりすればよかった……。

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