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黒迄現在夢現  作者: 朝霞ちさめ
第六章 水無月空模様
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111 - コーチが必要とはいえど

 チームカラーを決めるのは、必ずしも指導者であるとは限らない。

 選手に引っ張られる形で、そのチームカラーが変動することはたまにある。

 とはいえ『たまに』、という冠詞にも表れているけど、基本的には指導者に依存するものだ。

 基礎を大事にするチームもあれば、応用で一芸に秀でるチームもある。

 全員の力を重視するチームはそりゃ当然としても、個人のエースやセッターなどの能力をより高めることを是とするチームだってあるだろう。

 これらは要するにどこが主となるかという話であって、たとえその主が指導者であろうと選手であろうとも、最終的にそのチームをどう作るか、チームカラーを決めるのはやっぱり指導者だ。

 だからこそ指導者は必須。

 それが紫苑学園側の主張だった。

「たとえば今の私たちには、美土代や七五三というキープレイヤーがいる。だから私たちは、この二人を軸にして、かつチームとして最大の力を発揮できるように差配しているつもりだし、その結果も残せている。幸いだがね。そしてそんな私に言わせれば、能力値だけで言えば君たちは既に匹敵しうるんだ。どころか凌駕している部分もある」

 ちらり、と監督さんがこっちを見たような……。

「それでも我々は、トータルでは勝つ自信がある。……まあ、そちらにまだ隠し玉があるならば、あるいは負けるかもしれない程度には危ういけれど、それでも先ほどまでの君たちを見る限りはトータルでは勝つだろう。それは、やはり軸の存在なんだ。小里先生。あなたは確かに部活の顧問として、とてもよくできていると思います。ですが、そこで止まっている。顧問としてはふさわしくても、監督にはなれていない。コーチとしては、やはり手が足りていない。それは決して恥じることではありません。あなたは教員であり、教師であり、一方で私は『やとわれ監督』ですから。そこに同等のレベルを求めるほど酷ではありません。でもだからこそ、バレーという競技が好きでこの『監督』をしているからこそ、とても惜しい。……難しい事であるとはわかっていますが、どうにか監督を、それが無理ならばコーチを、招いていただきたい」

 難しい事、なのだろう。

 顧問の小里先生は難しい表情を浮かべている。

「うちの校はその辺りがなあ……。コーチを呼ぶにしろ監督を呼ぶにしろ、少なくとも教員会議にかけないとだめで、その前提が部員の保護者全員で連名の陳情がないと。それに、コーチにせよ監督にせよ、特に心当たりもないし……」

「問題点は手続き的な事、学校としての事、面識的な事だけですか?」

 思わず問いかけてしまうと、小里先生は「いや」、と首を振った。

「こう、言ってはなんだけど、報酬的な事も問題点になる」

 そりゃそうか。

 というか普通に答えてくれるのか。

 結構ハードルの数も多ければ、高さもあるな。

「人材的なことに関しては……。一人ですけど、ちょうどいい知り合いがいますよ。僕にですけど」

 と、続けたのは美土代先輩。

「昔はバレー部に所属していて、その時、全国大会にも出てる。最近独立してだいぶ時間的に余裕が出来たんだけれど、その余裕でバレーに関わることをやりたいな、みたいなことを言ってる……その、親戚です」

「どんな人かな……、一応、まだ決まるのはだいぶ先になるだろうけれど、一応聞いておきたいのだけれど」

「はい。名前は鈴木(すずき)見廣(みひろ)、二十九歳の男性で、ちょっと前までは小児クリニックで働いていたんですけど、最近は勤務医として午前をメインにお仕事をしているそうです」

「お医者さん……?」

 ていうか小児クリニック?

 なんかそれ、嫌な予感がするんだけど。

 その、世界って狭い!

 ってなる類の。

「ああ、その人。ボク、何度か診察してもらったことがあるかも」

「そうなの?」

「うん。ほら、佳苗もそのお医者さん……ああ、クリニックね、それがある場所は知ってると思う。ほら、くるす小児科クリニックにいた、若いお医者さんじゃないかな」

 ほーら、言わんこっちゃない……。


「まじで、言わんこっちゃないな……」

 お昼休憩。

 いつのまにかしれっと合流した洋輔にその話をこそっとしたら、ぼそっと洋輔はそう答えた。

 ちなみに洋輔のお弁当はサンドウィッチ。

 僕は普通ののり弁で、僕たちの手作りではもちろんなく、それぞれのお母さんが作ったものである。

 僕の場合はこれをリクエストしたから別にいいけど、洋輔のサンドウィッチはどうなのだろう。

 足りないんじゃ?

 一応、からあげとかのサイドディッシュもあるみたいだけど……。

「ああいや、俺は運動しねえからな、今日」

「ああ。それもそうか……」

「で、どうなりそうなんだ。その、鈴木見廣? って人は」

「他の子たちは、まあ、紹介してくれるならとりあえず見てもらうだけ見てもらって、そのあとどうするかは相談かなってなってる」

「相談ねえ」

「実際、親の説得が大変かもしれないよ。報酬は部費から……になるだろうし、それは学校予算の方じゃなくて、保護者からの寄付金形式でしょ。そうなると、まあ、そこそこな金銭負担になるから……」

「まあ、ヘビーな労働環境のバイトみたいなもんになるしな」

 平日は放課後だけと限っても、実際には前準備とかもあるだろうから、三時ごろから、六時過ぎまで。試合前とかならば七時とかもあるかもしれない。

 一日四時間、一週間のうちのほぼ毎日に、土日も場合によっては出なければならない。

 その上で得られる報酬は、普通のバイトと比べれば限りなく少額だろう。

 たぶん最低賃金は余裕で割り込む。

「となると、ボランティアって形か」

「進んで苦労したいって人なら、そういう事を言い出すかもしれないけど……」

「ボランティアは信用なんない。そう言い出したら、ボクとしては出て行ってもらうかな。ていうか、ボクが承認しないし、親もダメっていうと思う」

 と。

 話に割り込んできたのは郁也くんだった。

 郁也くんの今日のお弁当は肉じゃが。

 肉じゃが?

 お弁当なのに汁物?

 とおもったら、ジュレのようにしているらしい。

 ううむ、妙な高級感。

 まあ、今日に限ったことじゃないけど、郁也くんのお弁当ってとても普通なときと、妙に凝ってるときがあるんだよね。

 作ってる人が違うのかもしれない。

 じゃなくて。

「郁也くんにしては過激な発言だね」

「まあね。……ボクに限らず弓矢もだけど、ボランティアとかにはちょっと、あんまり良い印象が無くって」

 確かに、良い印象どころか悪い印象、敵視にも近しい感情がにじみ出ている。

 この前に昌くんに聞いたトラブル絡み、かな……だとしたら藪蛇になりそうだ。

 どこから聞かれていたのかもわからないけど、話題を変えたほうがいいかもしれない。

 幸い、クリティカルなところはまだ口に出していない。

「人間、わりと事情はあるしね。そうだ、洋輔。結局、洋輔が訪ねた人ってどんな人だったの? えっと、五十嵐くん……だっけ?」

「ああ。無事に会えたよ。五十嵐伊鶴……そこそこ仲良くはなれたんじゃねえかな。ほら、『鶴』の字が共通してるのもあって、そこそこ話しやすかった」

 言われてみれば確かに。

「鶴来のその尋ね人って、たしかサッカー部がどうとか言ってたよね。どんな子だった?」

「うん……なんていうか、変化球みたいな子だったぜ」

 郁也くんの問いかけには表情を妙に歪めて洋輔が答える。

 変化球って。

 野球じゃないんだから。

「ただ、もうちょっと事前に説明はほしかったけどな。練習試合とか、だいぶ紛らわしい」

「ん……紫苑の生徒じゃなかったとか?」

「いや、確かに紫苑所属。一年二組、中学生」

「へえ。鶴来が会いに行ったその子、同級生なんだ。ポジションは鶴来と同じ?」

「全然違うな。まあ、そもそも俺の『リベロ』自体、現代サッカーとしては絶滅危惧種みたいなものらしいし」

 確かに、サッカーにおけるリベロの有名選手を挙げろ、と言われると結構困る気がする。

 大体有名なのはボランチとか、ミッドフィルダーとか、フォワードとか。

「とはいえ、それでも例外的な奴だぜ」

「例外、って……。そんな奇妙なポジション、あるっけ? 洋輔のリベロ以上にってなると、思いつかないんだけど」

「あ、わかった。マネージャーじゃない?」

 郁也くんの気づきに、洋輔は頬を緩め、おしい、と漏らした。

 マネージャーが惜しい。

 つまり後方支援もポジションとして認めている。応援団とかもありってことかな。

 でも応援団だとしたら、なにもサッカー部専属とは思えないし。大体、練習試合に応援団って微妙な気がする。迷惑とまではいわないけど、ちょっとあんまりにもアウェー感を与えそうだ。

「監督だよ」

「ああ、なるほど……?」

「あー……れ?」

 洋輔の種明かしに僕と郁也くんがだいたい似たような感じにうなずいて、いやおかしいと考え直した。

 監督?

「えっと……比喩、監督紛いの事をしてる?」

「いや、監督。指導者としての監督だ。顧問の先生とコーチは別にいるみたいだけど、監督はその子がやってる」

「生徒が監督、って……」

 いやまあ、絶対にダメってわけじゃないんだろうけれど。まず見ないな。

 大体、監督っていわば責任者であって、だからこそ成人の……ああ、顧問の先生は別にいるから、そこは問題ないのか。

「佳苗にはわかるだろうけどな……ありゃ天性のカリスマ持ちって感じだ。その上で軍略のようなもんまで持ってる。前世か何かが天下の大将軍とか言われても納得しかしねえよ」

「天下の大将軍はサッカーをなされないとは思うけれど……」

「今川氏真って蹴鞠で有名じゃなかったっけ?」

「その人は天下の大将軍じゃないだろ。地位的にも天下の大大名って感じ」

「ちょっと、洋輔、郁也くん。話題が迷子だよ」

 こほん、と咳払いを挟んで、そんなわけで話題が戻る。

「まあ、時々いるんだよな。妙に強烈なリーダーシップと戦術眼を持ってるやつが。あいつはどうかな、戦術眼どころか戦略眼さえ持ってそうで怖いぜ……」

「洋輔がそういうなら、本当にそういう子なんだろうね。……ふうん。ちなみに『統率もできる』ほう? それとも、『統率しかできない』ほう?」

「後者っぽかった。最低限、数合わせの穴埋めくらいは出来そうだったけどな」

 最低限でも穴埋めができるならば十分に動ける方だとは思うけど。

 自分が動くよりも他人に指示して動かす方がメリットを持ち、しかもそれを他人に認めさせるカリスマがあって、その上で自分も最低限は動ける……。

 なるほど、確かに天下の大将軍って感じ。

「で、どうやって藍沢先輩を破ったのか。わかったの?」

「いや、そこは教えてくれなかった。ただ、策を複数弄したってのは確認した。フィールドには入ってないかもな、あの言い方だと」

「へえ……」

 あくまでも監督として動いていた。

 なるほど、最強の盾として藍沢先輩を捉えるならば、それに対する解法としてはおそらく最適だ。

 もちろん、それに徹して出来る人なんて、大人だって滅多にいないはずだ。それを何の因果か、その当時その子ができてしまっていたというだけで。

「状況からして、じゃあ、盾を取り上げたか、盾はすり抜けたか。どちらにせよ、洋輔の役には立ちそうにないね」

「うん」

「どういうこと?」

 郁也くんの当然な問いかけに、答えたのは洋輔の方だった。

「出鱈目な防御力があるとしても、それが鎧だろうと盾だろうと、全面に隙が無いわけじゃない。その盾はあるいは最強の盾かもしれない、何に破られることのないはずの強度があるのかもしれない。けど、盾は構えられた場所しか守れねえ」

「盾を持ってる本人を狙えればそれでいいってことか」

「そう。ま、盾のほうだって――盾を持ってるやつだって、そのことは重々承知だから、どんなに気を衒ってもそれに対応できるように訓練はしているんだろうけれど、それでも必ず、どこかに隙はある。その隙を見つけて、その隙を徹底してついていけば。一つの隙じゃだめでも、複数の隙を連続してついて行けば、最終的には盾を『落とす』かもしれない。根気よくそれを突いていく。それを指示し続ける。大したもんだよ、本当に」

「……なるほど、教訓だね」

 うん?

 郁也君は重々しく頷いて、お箸をおいた。

「いや。佳苗にまかせっきりはやっぱり良くないなって、改めて思っただけだよ。それにしてもその子。ボクたちと同い年でそれって、佳苗とか鶴来みたいだね」

「僕たちはそういう指示はできないし……」

 それに僕たちとは違う、天然物だろうしな。その才能。

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