102 - 娯楽と欲求
午後の練習も佳境を迎え、改めて紅白戦。
紅白戦とはいえ回数を重ねるとなると疲労は貯まるらしく、体力が少ない順にけっこうバテているのがわかる。
ちなみに郁也くんは多少疲れは見えるけれど、そこまでバテてはいないようだ。
曲直部くんも同じくらいかな?
鷲塚くんはバテている感じ。
で、三度目の紅白戦の組み分けとしては、セッター共存のパターンである。
組み分けの詳細は次の通り。
紅組が土井先輩、風間先輩、漁火先輩、水原先輩、郁也くん、曲直部くん、リベロに僕。
白組が鳩原部長、鷹丘くん、古里くん、鷲塚くんに、飛点さんと角田さん。
すごい偏った組み分けではあるけれど、何となく皆して納得するようなものでもあった。
紅組はやる気勢で、白組はエンジョイ勢みたいな?
まあ、鷹丘くんはどっちかというとこっち側のイメージがあるけど。
今回は白組側ということだ。
「…………」
「どうしたの、渡来。突然小首をかしげたりして」
「……いや。なんでもないよ」
白組の面々を改めてみてみると、鳩、鷹、鷲がいるんだよなー……ってだけだし。うん。割と失礼なのでやめておこう。
だいたいそれを言うなら紅組は地水火風の四元素が揃っている。
全員二年生なんだよなあ……。
まあいいや。
最後になったけれど、この三回目の紅白戦は二セット先取の形式で行われる。
より試合に即した形、だそうだ。
そこそこ疲労も見え隠れしている中でそれをするのは、常に万全な状況で挑めるとは限らないとか、その辺かな。
とりあえず、紅白戦開始。
今回の戦力は偏っているように見えて、意外とそうでもない。
やる気があるかどうかという点ではこっちの方がある子は多いけれど、技術的には鷹丘くんとか、実は曲直部くんより上なのだ。
それに向こうにはOBの先輩が二人も入っている。
中学生と高校生の間には結構、どうしようもない差が開いているものだから、結構戦力差は大きくなるわけだ。
ましてやバレーボール。
中学生と高校生ではネットの高さも違うだろうに。
そんなわけで、結構均衡するような形で試合は進む。
紅組側としては僕が拾って郁也くんか土井先輩に返してそれを漁火先輩が主に打つわけだけれど、当然漁火先輩のみならず風間先輩、水原先輩、そして曲直部くんにもトスは上がるし、地味に郁也くんが土井先輩にあげたり、逆に土井先輩が郁也くんにトスを上げるシーンもあった。
郁也くんはスパイクがちょっと苦手気味、とはいえ、まったくできないわけでもないから、逆に奇襲になるらしい。
とはいえ、やっぱり相手の背が高いなあ。結構ブロックされること、されること。
まあ拾えるからいいんだけど。
「おい、やっぱりあのリベロおかしいぞ。どう考えてもブロックでポイント取れてるだろ今のは。なんでアタッカーがアタックを打った瞬間に捕球体制に入ってるんだよ」
「勘です」
「…………」
実際その段階では勘なのだ。具体的にどこに飛ぶかまでは、矢印の確定がしていない以上、おおむねの予想程度にしかならないし。
だからこそ、ブロックされそうなときはとりあえずネット際へ一歩よって、確定時点でもし大きく後ろに飛ばされるようなら全力でそっちに向かう……という形にしている。
ネット際に落ちるときと違って、遠くに飛んでいくときは猶予も長いから追いつけるのだ、大体は。
もちろん、大きくはじかれたりしすぎると、さすがに届かないこともあるけれど。
それとやっぱり、人が間に居ると結構ぎりぎりになる。
何とかならないわけじゃないんだけども……うーむ。
まあ、今日の練習は全部録画されてるらしいから、そのデータを貰うなりなんなりして自分なりに研究してみようっと。
終わってみると、試合は25-22、20-25、28-26という接戦で紅組の勝利と相成った。
いやあ。やっぱり疲労というのが敵のようで、最後の一戦はなんというか、とてもグダグダな戦いだったと言わざるを得ない。
白組はヘルプで入っていた高校生二人くらいしかまともには動けてなかったし、紅組も僕と土井先輩以外はほとんど動けてなかったし……。
「うん……まあ、いろいろと言いたいことはあるけどさ。とりあえずこれだけは聞いておこうか。渡来。お前、体力はどの程度あるんだ?」
「今日の運動量なら、三倍くらいにしても特に問題はないかな」
「オッケー。お前もう高校生に交じってやってろ。中学レベルじゃねえよそれ」
「いやあ、飛び級制度がないんで……」
そんなやり取りは挟んだものの、総評として一人ずつ課題が提示された。
共通の課題としては体力不足。といっても、一日にそう何試合もするようなことの方がまれだから、急いで体力をつけようとして無理をするのは良くないと持釘を刺された。
主な所をピックアップすると、
「村社はとにかく対応力を磨け。それに並行して、ゆっくりでいいから、コミュニケーション能力の強化だ。どうやら大概な人見知りらしいが、こうやって会話自体はできるところを見る限り、何か不安があるだけで、話しかけられれば答えられる程度ではあるんだろう? ならば、頑張って自分から話しかけられるようになるのをまずは目指そう」
「曲直部は体力を重ねながら、ウィングスパイカーかミドルブロッカーか、どっちかに絞った方がいいな。将来的にエースになりたいなら当然スパイカー。お前ならどっちでも上手いことできるだろう。背丈にも恵まれているからな。急いで決める必要はないが、今後二年くらいが勝負になるぞ。いっそ突き抜けて万能を目指すというならばそれはそれで構わないが、いばらの道だ」
「土井はセッターとして堅実にその力を伸ばしていけば、高校でもレギュラーを狙えるはずだ。後輩の村社が追い上げてくるような感覚はあるだろうし、場合によっては来年、村社のほうが上にたつ可能性はあるけれど、お前の強さはそういう異質な強さじゃなくて、誰とでも常に一定の性能を発揮し、誰の性能でも一定に発揮するという点にあるのだから」
といったところ。
「さて、残り二人。鳩原と渡来なんだが、とりあえず渡来から行くか」
「はい」
「渡来。お前はリベロとしてなんかおかしいけど、というかプレイヤーとして何かバグってるけど、でもまあそれがお前の才能であるならば、お前は常に切り札になるだろう。いや切り札じゃないな、お前は常に『決め手』になるだろう。今後バレーを続ける限り、ずっとな。お前がいるだけでそのチームは圧倒的に優位に立てるし、お前を敵に回すだけでチームとしてはかなり不利になる。お前の存在はあまりにも大きいんだ。だから、大会に出るようになれば徹底して警戒されるだろう。正直今日、一日練習を見ていた限りでは、お前からまっとうにポイントを奪う手段が思い付かないほどにな。だから研究して、お前をどう攻略するかって話になると思う。地域ならともかく全国区になれば、お前はそうやって『対策される側』の存在だ。正直スーパーエース……絶対的なエースって言われるような連中より、お前の方が対処しがたい。エースは一度でも止めることが出来れば流れを持っていける、心を少しでも乱すことが出来る。だけどリベロはそれが難しい。できないわけじゃないだろうが、かなり苦労をするだろう。だから……お前にある弱点は、ただの経験値不足だ。ラインのジャッジとかはほぼ既に完成してるってのも妙だが、完成しちゃってる以上、あとは細かいルールと小技を経験で覚えていくだけだろう。お前みたいな体格の奴にはありがちなはずの体力不足もねえし。っていうか有り余ってるし。だから、お前はただ、回数を重ねること。一度でも多くの試合に出て、ワンプレーでも多く経験を積むことだ。それができればお前は、伝説になるだろうよ。……あ、だから将来的に有名になったらサイン頂戴な」
「別に構いませんけど……え、そこまでですか?」
「そこまでだよ。ありえねえっての」
ううむ。やっぱり先は長そうだなあ。
この動きを眼鏡抜きでできる日っていつ頃になるやら。
「そんで、最後。鳩原」
「はい」
「こいつらは強いよ。渡来はちょっと異質すぎるとはいえ、渡来を抜きにしても……二年の四人は全員、間違いなく強い。一年も癖はあるけど一級品の素質がある。このチームは、なかなかどうして面白い。ま、そんなことはお前が一番理解しているだろうし、理解しているからこそ答えが出せないんだろうとも思うけども、だからこそそれに後押ししてやるのも先輩の役割だろう。大丈夫だ、安心しろ――こいつらは、お前と同じ舞台で動きうるさ」
これは、後に土井先輩から聞いた話なのだけれど。
もともとこの学校のバレー部は、それなりには強く、だけど別段有名ってわけでもない程度の立場だったらしい。
時々、そこそこ優秀な人材が入ることはあって――それがこの時来てくれたOB五人とかであって、そんな人たちが集まっていた世代においてはかなりいい成績も収めていたんだそうだ。
そして今日来ているOBさんの内訳は、大学一年生が一人、高校三年生が二人、高校二年生が二人。
だからきっかり三年前。
この学校のバレー部が最強だった時期はまさにそこで、飛点さんというセッターと、何でもそつなくこなす角田さんと胞衣さん、そして攻撃を大の得意としていた線路さんが中核を張り、面田さんが統率していたそのチームに憧れて、鳩原部長は『強いバレー部』としてここに入った。
それは一定の成功で、一年だけとはいえど、飛点さんと線路さんという二人とは一緒にコートに立って、プレーもした――というか、その当時の一年生では唯一、当時の練習についてくることが出来た生徒が、鳩原部長だけだったらしい。
他の当時一年生たちは、練習に着いて行くことが出来ず……結果、鳩原部長の同級生は、皆すぐに、バレー部から去ってしまった。
誰しも楽しくやりたいものである。
僕だってそうなのだ、他人の事をとやかくは言えない。
だからこそ、飛点さんと線路さんが卒業した後、鳩原部長は二年生となり、当時の先輩たちと今後の方針を見直さざるを得なかった。
言ってしまえば、人数が足りなかったのだ。
練習のレベルを落として……指導のレベルを落として、お遊びに近づけることで存続させるか。
あくまでもレベルを維持して、あるいは存続できなくなったとしても、同好会という形で学校と交渉するか。
結局、鳩原部長たちは前者を選択した。
が、そこに四人の新入部員が現れる。それがつまり漁火先輩、土井先輩、水原先輩、風間先輩で、この四人はやる気に満ち溢れていた。
だから幸いにも、一気にレベルが落ちることはなかった。
それでも全盛期と比べればやっぱりだいぶお遊びに寄っていたし、なにより鳩原部長はその四人も去ってしまうのではないかと怯えていたのだろう。
今年になって、鳩原部長が部長になり。
郁也くんたち一年生が五人入ったのはいいけれど、そして郁也くんと曲直部くんにやる気が溢れていたのはいいけれど、残る三人は微妙なところ。
二人が残ってくれたとしても、三人が去ったらかなり、人数的にもかつかつになる。
だから今年になっても、鳩原部長は小里先生と相談を繰り返していたのだという。
「俺たち二年は部長の意見に従うけれど、楽しいのは好きだし、勝つのが楽しい。それも事実でね。だから……お前たちが紫苑との合同練習の話を付けてくれたのは、色々と幸運だったんだよ。俺たちにとっても、そして部長にとっても。……良くも悪くも、そこで全部決まるだろうな。今後の練習をどうするか。今後の環境を、どこに位置付けるか――」
土井先輩はそう結び、一年生の六人組としては、それぞれ思うところはあった。
楽しい場、か。
僕や郁也くん、そして曲直部くんにとっては、よりシビアに、より強く、より勝ちにいくのがやっぱり楽しい。
だけど……鷲塚くんに鷹丘くん、古里くんは、どうだろう。
負けるよりかは勝った方が楽しいと、そういう比較論はあったとしても、勝つためにある程度は努力を重ね、苦しむ覚悟はあるだろうか?
なるほど。
こりゃ結論なんてそうそう出せないよなあ。
異世界基準ならともかく、地球の日本の、この平和すぎる場所で育った人間には、決断するには重すぎる。
だから面田さんが、後押しをした……か。
僕はそこまでを読んだうえで、頑張ろうと思うけど――他の子たちはどう出るかなあ。