第八話
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布団の中でもぞもぞとしながら、恍惚とした顔でヨダレを垂らすクルルの顔が見えた。
水音は布団の中から聞こえるし、星の明かりで見える限り股間のあたりが動いている。
答えがわからないなんてピュアさは昨日、もしかして童貞? を捨てた俺には通じない。
どうしよう。
流そうかな。
見ていようか。
変態か。
気づいちゃったから気まずいし、けどクルルは夢中で俺が起きていることに気づかない。
薄目開けて見ているなんて気づこうもんなら、恥ずかしさのあまり死んじゃうんじゃないだろうか。
「あ……タカユ、キ……」
リズムをあげるぜ状態(たんに弄る速度が上がっただけともいう)のクルルが俺の名を呼んだ。
それってどういうこと。どういうことなの!
いやいや、考えるまでもない。
そうかそうか。求められているんだな、俺は。
ならば応えなくてはいけない。
「なんだ」
「もっと、いじ、め……え?」
「いじめ、なに? なんて? なんて?」
目を開けて笑顔で尋ねると、クルルの目が見開かれた。
そのままぴたっと硬直してしまう。
じいいいっと見つめていたら、一気に両目に涙が浮かんだ。
ぶわって。ぶわって。
「ぴぃ」
考えるまでもない。
今のクルルは泣く寸前だ。
「……声かけたの、まずかった?」
「当然でしょっ!」
右手を突きつけたクルルの紋様が、彼女の怒りと動揺を表すかのように高速で回転を始めた。
「ま、まて。落ち着け。名前を呼ばれたから、手伝ってやろうと」
「大きなお世話だよ!」
まるで太陽の中にでもいるかのような眩い光が俺を――
「あれ?」
貫かなかった。
その代わりに、
「~~っ!」
つま先までぴんと伸ばして身体を弓なりにそらしたクルルが、R-15じゃ足りないような声をあげた。
詳細は省くが、寝起きに見た恍惚よりも深くて強い何かがクルルを襲った模様です。
「いろいろ大丈夫か」
急いでクルルのベッドに移動して彼女の身体を揺さぶると、俺の手を強い力で掴んだ。
かと思うと、縋り付くように顔を擦り付けてさらに身体を痙攣させている。
むわっと香るのは、クルルとの行為の時に嗅いだ女性の香り。
「あー……その」
「ま、って、ま、て――」
ひうう、とか。んんん、とか。
なんかそんな声をあげてから、荒い息を吐き出す。
とりあえず股間に非常によろしくないので、クルルが手を解放してくれたらすぐに水を用意した。
彼女に差し出して、自分も水を飲む。
ひと息ついたクルルは、布団にくるまって丸まって全身を隠した状態で言った。
「魔法を使うと、発情しちゃうの」
「……難儀な身体ですね」
鬼畜な王様の出てくるエロゲーあたりに需要がありそうな……うっ、頭が。
「ずっと、ずっと隠してきたのに……」
ぐすんぐすんと泣いているクルルは、布団とベッドの隙間から顔を覗かせた。
恨めしそうな目で睨まれる。
「じゃあ出会った日はどうしてたんだ?」
「我慢してたの。すごくすごくつらくて、ほんとは泣きそうだったの……」
「……で、酒の勢いでやっちゃって。だけど初めてってわりに気持ちよさそうだったのは」
「そのせいもある、けど……」
ん?
「そのせいもあるけどってことは、他に気持ちよかったのには何か理由があるのか?」
「うるさいばかしね!」
枕が飛んできた。
「魔法使ってパンツ焼いてだめ押ししたのも、やったのも全部……キが……だから」
「ん?」
途中、小声すぎて聞こえなかったんだけど。
「なんでもない! 心を許したわけじゃないんだから、ベッドに来ないでよ!」
「身体だけの関係か……」
「しゅんとしないでよ! 勇者とその仲間ってだけ! これはあくまで異文化コミュニケーション!」
「とんだビッチじゃねえか」
「ほ、ほほほ、他の人にはしないもん! タカユキだから――じゃない! じっ、事故でしたから、つい気が緩んだだけ!」
「勘違いしないでよねとか言うなよ」
「言うわけないでしょ! タカユキは初めての人で、私は! ……私は」
布団の中からぴょこんと出てきたウサミミが垂れ下がる。
「なんだよ」
「……子供扱いされるの。王国でも名うての魔法使いだし、クラリス様から大事にしてもらっているけど。他の人からは、鼻につくチビガキ扱い」
「ほう」
「騎士たちはあれで下世話な話もするから、陰口をたたかれ続けたの。処女だ、いっそクラリス様に女同士で、とか。他にも色々」
「なるほど……ってことはつまり、クルルは」
真っ先に出てきた陰口の内容がそれなら、ビッチってよりはむしろ、
「子供で背伸びしたお堅い魔法使い様ってところか」
「……悔しいけど、その通りだったの。だから、異世界から召喚された勇者を利用した、っていうのは……ちょっとある」
「まあ気持ちよかったから俺はいいんだけど。だってお前はすげえ可愛いし、助けてくれた時から結構いいなって思ってたからさ」
「えっ――」
クルルの顔が一瞬で真っ赤に染まった。
「どうした?」
「う、え、う、うう……な、なんでもない」
「ほんとか?」
「……タカユキは私のこと可愛いと思ったの?」
「おう」
割と本気で思うけど。
「ただ強いて言えば一つ気になることがある」
「な、なにかな」
「お前いくつなの」
「十よ――」
「それ以上よくない」
「え? なんで?」
「俺の世界では犯罪だった。そんな気がする。それ以上言ったら俺は元の世界に戻れない。そんな気もする」
「……そうなの? こっちの世界では別におかしなことではないけど」
「え、マジで? って、そういうことでもねえな」
まずい。
もう引き返せないところにきちゃってないか? 俺。
どうしよう。
パン一のみならず前科持ちになっちゃった。
この世界なら問題ないっていうが、気をつけよう。
少なくとも元の世界ではアウトなのでそっと心に刻んでおこう。
それはそれとして、彼女に聞きたいことがある。
「ところでクルル。発情って、どの程度のもんなんだ?」
「タカユキと初めて会った時のような小さな魔法程度なら、ちょっと濡れちゃうくらい」
ちょっと濡れちゃうくらい、とは。
「でも今日のや、パンツを燃やした炎くらいになると、すぐになんとかしないと! って感じ」
すぐになんとかしないと、とは。
「……もうおさまっているのか?」
「はあ」
恐る恐る問い掛けると、やっと布団の中から出てきた。
それからトップスを少しだけめくり上げる。
「みえる?」
下腹部、おへその下あたりにピンク色に煌めく紋様が浮かんでいる。
「まあ、はっきりと。具体的に表現すると危険な匂いのするやつが見える」
「生まれつきあるの。天性の魔法の才能と一緒にね。魔法を使えば使うほど光が増す。光が消えるまでしない限り、もやもやは続くの」
「……なるほど」
いま、めっちゃ光ってますけど。
「いい。自分でなんとかするから、ぎらぎらした目で見ないで」
「英雄色を好むといいますか」
「今のタカユキは何もしてないただのパン一じゃない」
「うぐう」
何も言い返せない。
「……トイレいってくる」
布団をかぶり直して、もそもそ歩き出すクルルを呼び止めた。
「なあ、クルル」
「……あによ」
「才能があるのに活かすと苦しむとか……苦労してるんだな、お前」
「……ほっといてよ」
ぶすっとした顔で言うと、彼女は出て行った。
待っていてもあんまり戻ってこないから、トイレに歩み寄って聞き耳を立てたら息づかいが聞こえた。
「やれやれ」
変な野郎が絡まないとも限らない。
布団をかぶって、クルルが出てくるのをずっと待った。
夜明け過ぎになって疲れた顔をして出てきた彼女をベッドに寝かせて、欠伸をかみ殺しながら横になった時だった。
「はあい、タカユキ」
目の前に後光を背にした女神が。普段の八分の一スケールで出てきた。
「女神のぷち情報、聞きたい?」
「疲れてるんだけど」
「うん、聞きたいのね」
「お前が話したいだけちゃうんか」
「この世界の魔法使いはねー」
「聞けよ人の話!」
「え?」
顔を背けて耳に手を当てて聞かれるポーズが腹立たしい。
「……もういいよ。で、なに」
「強い力を手にすればするほど、人間性を失うの。彼女の場合は、ウサミミにお似合いの発情ってところだね」
「あれか、呪いとか誓約とかの類いか」
「前者、呪いだよねー。ってことはつまりつまりぃ。とけちゃうんじゃないかなー? とけちゃうかもしれないなー」
「うざっ」
「おまっ、そういうこというなよ。女神でも傷つくんだぞ-」
「……はいはい」
「なにそのめんどくさそうな感じ!」
「今まさにめんどくさい。もういいか、寝たいんだ」
「ちぇー。いいもんねー。また思いついた時に安眠を妨害してやるんぜ★」
「いいから消えてくれ」
手で振り払ったら光と一緒に消え去った。
まったく……騒ぎすぎちゃったじゃないか。
ふり返ってみるに、
「すう……ふうう……」
クルルは寝息をたてていた。
やれやれ……。
問題ばかり増えていくのに、一つも解決出来る気配なし。
パン一とはいえ、このままじゃいかん。
明日は何か一つでも解決するか、せめて糸口を掴みたいもんだ。
その中にはもちろん、どういう形であれはじめてをくれた女の子の悩みも含まれている。
つづく。