第七十六話
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思えば遠くへ来たもんだ。
俺たちはいまスフレ王国に戻ってきていた。
帝都を取り戻してだいたい四ヶ月は過ぎた頃だ。
クラリスの凱旋帰国は華々しく行われたし、その式典の豪華さも面倒くささもかなりのものだった。
そういう面倒なことをすべて終えた俺は、王都の端にある農地そばの一軒家に暮らすことになった。豪邸だのなんだの与えられそうになったんだけど、正直……落ち着かなさそうなんで辞退したよ。
まあ……農民とかが暮らすにしちゃあ立派な一軒家だけどな。
なにせ、仲間全員で暮らせる家が必要だから――……あれ? 人それを豪邸と呼ぶ?
「ねえタカユキー、稲穂に虫がたかってるんだけど焼き払っていい?」
「ばか、そういうのはやめろ。おい、ペロリ、クロリア」
「「あはははははははは!」」
ナコが少しおなかの膨らんだクルルをおさえて、カルガモを追いかけ回す幼女たちを呼んだ。
幼女達が畑にカルガモを追い立てる。
畑の向こう側を見ると、おおきな牙のある猪の亡骸をルカルーが引っ張ってきていた。
クラリスとコハナはさすがにここにはいない。クラリスは魔王討伐の旅の間に実権を委ねた妹のカナティアに正式に王位を継がせて、その執務を手伝っている。基本的には城にいる彼女のメイドになったコハナがいないのも、仕方のないことだ。
そうなると……それ以外のメンバーで家と、与えられた農地を開拓するしかない。元々農民が手入れしていたところをお金を払って譲ってもらった形なので、資源自体はあるんだけども……正直勝手がわからないんだよな。ナコとルカルーがいなかったら俺たちはあっという間に死んでいたかもしれない。
にしても。
「平和だな」
クワを手にして空を見上げる。
随分高いところを鳥が飛んでいた。
◆
「大丈夫か?」
「ん……クラリス様が働いているのに、寝てられないよ」
少し苛々した声を出すクルルにはだいぶ慣れた。横になった彼女の背中を撫でる。膨らんだおなかを見ると色々実感します。まじで。
つわりが酷いときにはもう終始ブチギレてたので、なんというか……女子は大変だな。
クラリスもその時期はうちで大人しくしていたんだが、まあ女子二人分ともなると、神経がまいりそうになるくらい怒られるわ、なじられるわ気を遣い続けるわの連続で。
その時期はルカルーたちに帝都の様子を見に行く旅に出てもらったくらいです。
まあそれもあと三ヶ月? 四ヶ月もすれば落ち着くだろうって話を、王都の助産師に言われた。
ちなみにその言葉にはセットで「そう思えるのは一瞬で、眠れない夜が待ってますけど」といわれるから憂鬱です。まあ俺以上に憂鬱で、だけど張り切っている女子二人の前では言えないけどな。
「……寝る」
「おう」
ぶすっとした顔で目を閉じる。
ぶっちゃけ旅をしていた頃よりもケンカの量は多い。
クラリスも弱音を吐いたり不満をぶつけてくることが増えた。
元の世界とかどうとか関係なく、家庭をもっている奴はマジで尊敬するよ。
クルルが寝付いてから寝室を出る。
揺り椅子で眠ったペロリと魔王のクロリアはすっかり仲良しさんだ。二人して手を繋いでいる。
ナコとルカルーは酒を飲み交わしてのんびり過ごしていた。
俺も一杯もらって、それから長く息を吐く。
「お疲れ様」
「コハナが顔を出してやってくれって言いに来た」
おう、と頷いて重たい身体を起こす。
座ってそのまま寝ちゃいたかったけども、そうもいかない。
外套を羽織って扉を開けて外に出て……繋いである馬に歩み寄った時だった。
勇者! とナコに声を掛けられた。
「なあ……その」
「ん?」
「いま、幸せか?」
「……んん」
難しいこと聞く奴だな、と思いながら空を見上げる。
きっと元の世界じゃ見れないくらいの満天の星は、今も変わらず美しいと思えるものだ。
いつしかクルルを戻すときに見た光に重なって、胸に去来するのはあたたかい気持ち。
「悪くない。実際生まれた後のことを考えると、大変だろうけどな」
「……自分は当分はいいかなって思う。二人を見てると」
思わず笑ってしまった。
怒りに任せて魔法をぶっぱなしたクルルに教会送りにされたこともある。
クラリスがあんまりにもつわりがしんどくでストレスのあまりにまともに何も食べられなくなったりもした。
意外と活躍しまくったのがコハナだ。どういう時にどうすればいいのかわかっているあいつは腐っても神さまなんだろう。
「女神は出てこないな」
「案外、俺が死んで……必要になって蘇らせる、みたいな時までこのままかもな」
「それは、その……」
「その時が来るまで……俺の仕事は、お前らをまとめて幸せにすることまでってことだ」
じゃあ、と馬にまたがると、彼女はうつむいた。
その周辺にぼんやりとした光が浮かぶ。スフレにも精霊はいて、ナコが意識せずとも集まってくることがたびたびある。今もそうなのだろう。
「じゃあ行ってくる」
「……待ってる」
「おう」
ナコに手を振って、俺は夜の王都へと向かう。
城へと真っ直ぐ急ぐのだ。
◆
兵士に馬を預けて、夜の城の中を歩く。
ここ数ヶ月で構造を覚えるくらい歩いた城だ。
迷わずにクラリスの寝室に辿り着くことができた。
「待たせた」
「勇者さまがいらっしゃいましたよ……」
クラリスに優しく語りかけて、コハナが俺に目礼してからすぐに立ち去る。
扉の閉まる音を背に、俺は寝具に腰掛けた。
「……タカユキさま」
「おう。待たせてすまん」
怒りながらもそばにいるのが当たり前でしょ、と素直に甘えないいじらしさがクルルなら。
全力で愛情を求めてくるのがクラリスだ。
差し出された彼女の手を握って微笑む。
「今日も、おなかを見ていただいたんですの……」
「どうだって?」
「順調です。ただ……」
「ただ?」
「今の時期からもう暴れん坊で、大変な子に育つだろうって」
「……おう」
「男の子だって……聞きました。魔法で、みたのです」
思わず顔を見ると、クラリスの顔は緊張に満ちていた。
「……よろこんで、くださいますか?」
「当然だろ! ……そうか、男か」
「よかった……」
疲れ果てているのか、呼吸が浅い。クラリスの額を撫でると思ったよりも熱かった。
「クルルの子が……女の子だって、タカユキさまがすごく嬉しそうだったって聞いて……不安でした」
「なんで。いいだろ、男の子。どっちも好きだぞ? クラリスと俺の子が男なら、すげえ強そうだ」
「……そうですね。そうです、よね……よかった……」
撫でているとそれが安心するのか、目を細めて……そのままつぶる。
魔王討伐がなされて以来、スフレは帝国や周辺諸国と協調路線をいっているが、それでもルカルーの兄ちゃん含めて一筋縄ではいかない連中ばかりのようで、クラリスはつわりを抱えて妹の力になっている。
クルルを見ているからわかるんだが、そんなのはっきりいって人間業じゃない。休まなきゃだめだとクラリスの妹含め、全員で説得してやっと仕事量をおさえている。
それでもこいつは国のために、王族として、その責務を全力で果たそうとする。でも、それもどこかで限界がくるかもしれない。
何度も撫でているとクラリスが眠りについてしまった。
そっと離れて部屋を出る。待ち構えていたコハナに「こちらへ」と言われて向かった先は玉座の間だった。
◆
「ねえさまの子が……様子がおかしいんです。魔法で性別を確かめた時、異常に気づいたのですが、その場をごまかすのが大変でした」
クラリスの妹であり、現スフレ王国女王カナティアの発言だった。
「とにかく調べてみたんです。王家に伝わる秘薬でできる子に何か影響はないか。ねえさまが存じ上げない何かがあるんじゃないかと」
カナティアが一瞥するとコハナが口を開く。
「その性質からただの人ではない、魔なる者が宿る可能性あり、と。伝承にはそうありました」
……違うな。コハナは知っているんだろう。事実を。
その彼女が微笑みながらも目は真剣に俺を捉えていた。どうする? と問うその視線が、彼女の言葉が真実であることを教えてくれていた。
「クラリスの子は、じゃあ」
俺の言葉にカナティアはうつむく。対してコハナは頷いた。
「クラリス様ご自身も薄々感づいていらっしゃいます。不安でたまらないのではないかと」
「……どんな子でも産んで欲しいと思う俺のこれは、エゴか」
「いえ」
首を振るコハナに何かを言おうとして、それからはたと気づいた。
「クルルの子は? クラリスの薬を頼ったはずだ」
「彼女の中に天使としての資質が残っております。魔王との対決でその力を振るったのですから、当然でしょう……それゆえに」
不安な俺に、コハナははっきりと口にした。
「クラリス様の子には魔が、クルル様の子には天使の素質が宿るものと思われます」
「それは……大丈夫なのか」
カナティアは答えられずにいる。でもその反応は予想済みだ。
むしろ知りたいのはコハナの反応だった。
カナティアに寄り添うコハナは微笑み続けていた。
「勇者と最強の魔法使いの一人娘と、勇者と王族であり錬金術師の一人息子。次代の波乱はけれど……二人が互いに手を取り合う限り、無事だと信じております」
つまり、あれか。
子供同士仲良くしろ、と。
そういう二人に育てろ、と。そういうことか。
「どうなさいますか? ――……やり直しますか?」
その言葉を死神が口にする意味をすぐに悟った。
カナティアは気づいていない。気づかなくていいことだ。
「……いや、いいよ」
息を吐く。
「やり直せばどこまでも変えたくなる。最上なんてその時々で変わる。俺の旅はそういう風にはできちゃいない」
「……ふふ」
「なんでもやるさ。けどそれは……やり直しの上に成り立つ類いのものじゃない。順当に、普通の人間がするように、積み重ねの上で成り立つものだ。その方が良い」
「なんでですか?」
死神の問いかけは何かを求めているかのように、切実だった。
「だってその方が、普通に幸せだろ? あるがままを受け入れることから逃げてちゃ、いつまでたっても臆病者のままだ」
もしかしたら、案外……元の世界の俺はそういうものを好んでいたかもしれないが。
「二人の子供のオヤジになろうってのに、そんな情けない真似はできねえからな」
そう言った途端に、
「くふ★」
コハナは心底蕩けそうな笑顔を見せた。
「勇者業、お疲れ様でした」
彼女の言葉の意味を知ることがあるのだろうか、ないのだろうか。
今はまだわからない。
ただ……次の魔王がどうのとか。スフレ王国の未来とか。
そもそもクルルやクラリスのお腹の子が無事に生まれるのか、とか。
山ほど問題はあるし……それをどう乗り越えるべきか、大いに悩ましい。
それはあまりにも現実過ぎるから、語られない物語だ。
だが、なにせ俺を見出すような雑な女神だ。
そして面倒ごとが大好きで目を付けてきた死神の興味は俺から離れない。「今日は失礼します」とカナティアに言って俺の隣にきて、俺の腕をぎゅっと抱き締めるあたり……彼女の執着はまだ、俺にあるようだ。
そんな二人を相手に、俺が普通に天寿を全うして幸せに死んではい終了、なんてことはなさそうである。
そう言っておけばさらっと続く気がするので、そう締めくくる俺である――……。
最初の旅、おしまい。そして、次の旅へ。
話数にして76話、プロローグを含めると全77話にも渡り連載してまいりました異世界パンツ英雄譚。
勇者タカユキの最初の旅は終わりを迎えました。
お付き合いくださり心から感謝を申し上げます。
本当にありがとうございました。
そんな中、なんですが……。
新シリーズ連載しております。 → http://ncode.syosetu.com/n0316dq/
どうぞよろしくお願いいたします。




