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勇者タカユキと魔王の戦い~異世界パンツ英雄譚~  作者: 月見七春
第十章 海、ヘビ、ご機嫌取り
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第四十七話

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 酒に酔いつぶれたクルルを寝かせた。

 ペロリは真っ先に眠りについたし、ルカルーも本調子ではないから横になっている。

 共に動き出す気配なし。

 女子だらけの室内で寝るのもいい加減慣れてきた、とはいえだ。

 横になって落ち着く気分でもなかった。

 クルルにつられて飲み過ぎたかな。


「ァ――……」


 夜風でも浴びようと外に出たら、歌声が聞こえてきた。

 通路を出ると、船の縁に腰掛けたコハナが歌を歌っているんだ。

 舵を手にするリコも、夜の番をしている男達もみな耳を澄まして聞き入っている。

 それくらいちょっとしたものだった。

 切なげで儚く消え入りそうなウィスパーからの力強い変調。

 けれど旋律自体は郷愁を誘うもの。

 歌詞がないからイメージするしかないけど……悲しい歌に違いない。

 歌っているのがコハナでさえなければ、素直にそう思えるんだが。


「――……あら」


 歌い終えた彼女は俺の視線に気づくと、縁から降りて俺に歩み寄ってくる。


「盗み聞きなんてこのえっち」


 頬をむにっと押してくる。

 こういうところが台無しなのか、それともコハナの魅力に添えるスパイスなのか。

 悩ましいところだ。


「いや……」


 聞かせてたのお前だからな。

 そう突っ込む気すら起きないくらい、良い気分だった。

 コハナもそれを見越しているのか、俺の腕に抱きついてはくるが積極的に茶化してもこない。


「ちょっと話しましょうか」

「おう」


 船首近くの甲板へ移動する。

 見回りの船員に双眼鏡を借りてのんびり周囲を見渡してどれだけ経っただろう。


「女が男に嫉妬するのって……なぜかわかります?」


 潮風の冷気をごまかすように俺の身体に寄り添うコハナが、不意にそんな問いかけを口にした。


「クルルのこと?」

「……さあ?」


 ふふ、と笑う悪魔の思惑や、これいかに。


「さあ、なぜでしょう?」

「んんー」


 波は心配になるくらい穏やかで、魔物が出てくる気配はない。

 他の船の姿も見当たらない。不安になる要素は皆無だ。

 なのに……初めての海だから正直怖い。

 暗闇が広がっているようにしか見えないんだ。

 満天の星にしたって、綺麗だなあなんて暢気に言うシチュエーションじゃない。

 クルルなら言ったぞ? クラリスでも言った。

 でもコハナはだめだ。悪魔だし、本心をどこかで隠している気がするし。

 それを俺に気づかせずに手玉にとりそうでもある。

 実際とられたしな。


「ねえ、まだあ?」


 むにゅうう……と胸を押しつけられて咳払いした。


「わからないから」

「なにが、ですか?」

「自分が本当に愛されているのか」


 少し臭すぎるかなと思ったが、コハナは俺に寄り添う密度を高めるだけ。

 ちちってこんなに形を変えるんだな。しゅごい。


「そうですね……不安なんでしょうね。確かなものがないから」

「……結婚の約束じゃだめか?」


 神妙に聞いているけど俺、のびまくりの鼻の下をごまかすのに必死です。


「それとコハナに対するあなたの態度は別でしょう?」


 面倒な予感を覚えながらも、敢えて語らずに周囲を見渡した。

 いっそ幽霊船とか出てくれないかな。

 こういう世界で魔王がいて、海賊船に乗ってるわけだろ?

 それなら定番として出てきてもおかしくないと思うんだが。

 ……いやまて。あの女神のことだ。

 迂闊に言ってはまずいのでは?

 なにせ実現してしまうかもしれない。

 雑だし。

 あ、それいいじゃん? みたいなノリで。

 ふわーって出てきても不思議じゃない。

 考え事をする俺の腕に何か濡れた感触があたって慌てて見たら、コハナが服をめくって口づけていた。


「なにしてん」

「気づいてくれるかなっておもって」


 何ら悪びれもせずに言うのどうなの。


「初恋って厄介ですよねえ」


 そのあと自然に自分の話をするのもどうなの。

 まあいいけども。


「何が言いたい」

「周りが見えなくなっちゃうし、自分のこともわからなくなっちゃう」

「……クルルもそうだって言いたいのか?」

「見ればわかります」


 おおうらやましい、と笑いながら尻尾で俺の鼻先を擽ってくる。


「それがわかっていて尚、俺にわざとくっつくお前の心理とは」

「ああいうの……からかうのって、すっっっっっごく快感! といいますか、ぶっちゃけ楽しいんデス」

「悪魔か! 悪魔だな……」

「あくまでウェイトレスです」


 突っ込まないからな。


「夜のお仕事もこなしますよ?」

「いいから」

「恋しくないです? コハナの中」

「…………」

「あ、おっきしてる」

「うっさい」


 双眼鏡を見るのにも飽きた。

 あとこのままでいたら貞操の危機に繋がる。

 船員達の目もあるというのに。まったく! けしからん!


「寝るぞ」

「しないんですか?」

「子供もいるんだ、自重しろ」

「口とか手がありますよ?」

「やめてください……いいから! 舌とか手を動かすな!」


 まったくもう。前屈みだぜ。意味がわからん。

 二人で部屋に戻ったら酔いつぶれていたはずのクルルが起きてぶすっとした顔で出迎えてくれた。

 俺の腕にぴたりとくっつくコハナに歩み寄っていって引きはがそうとするし。

 対抗意識剥き出しで困る。

 結局俺のベッドに潜り込んできたクルルにがんじがらめにされて眠りました。

 暑かったし地味に痛かったです……生殺しだしな。やれやれ。


 ◆


 一日を過ぎてそれは三日目の昼。

 船員達に媚びだけでなく有用性をアピールするコハナにクルルのストレスが限界値になってきた頃のことだった。


「あれを見ろ!」


 見張り台の男の叫び声に船の縁に手を掛けて睨む。

 船中の視線の先――数キロは離れているだろう海だ。

 様子がおかしいのだ。

 雲の塊の下、豪雨が壁のように降り注いでまるで柱があるようだった。

 ただその柱、横幅にしてちょっとした島くらいの規模はある。

 時々稲光がして、それで薄らと柱の中に像が浮かび上がる。

 横幅に見合うであろう縦幅のくねりまくったヘビの像が、だ。

 誰がどう見ても――


「主だ」


 隣にいたジャックが呟いた。

 柱のあたりから波がくる。

 ……って、待てよ。


「津波だ! 大きいのがくるぞ!」


 にわかに慌て出す船員たち。

 だがどうだ。迫ってくる波はぱっと見なんだが、建物四階分はありそうだ。

 どっからどう見ても沈没コースなのでは?


「大砲の用意を――」

「待って」


 リコの言葉を遮って船首に立つのはクルルだ。

 柱の方から吹き付けてくる風にスカートがたなびいて縞パンが丸見えなんだが、誰もそれに構う余裕はなかった。

 紛れもなく今が窮地に違いないからだ。


「試し打ちさせて」


 隣のジャックが視線を送ってくるから頷いた。


「クルル、ぶちかませ!」

「プルミエ・レヘトヌ・リベラシオ!」


 右腕を波へと突きだしたクルルの声がブチギレていた。

 右腕の紋様が変化して身体中に繋がる。

 そんな中、クルルが俺の背中をじとりと睨んだ。

 コハナが「きゃあこわーい」と俺にしがみついているのだ。


「狙いはあっちだからな! あっち!」


 コハナを引きはがして、必死に津波を指差す。


「デュジエム・レヘトヌ・リベラシオ!」


 こめかみにびき、びきと血管が浮かび上がっている。

 言外に「てめえなにしてくれてんだ、いちいちあたしのポジションとりやがって!」と言いたげである。

 怖い。女子の怒り怖い。

 クルルの右腕――だけではなかった。

 下腹部を中心に全身に淡いピンクの紋様が浮かび上がる。

 瞬く間にクルルの淡いピンク髪が白に染まった。頭頂部にうっすらと緑の輪が浮かび上がる。

 両手を津波に突きだすクルルが叫んだ。


「リュミエイレッ――……」


 重ねた手の内側から閃光が放たれた。

 これまで見たどんな魔法よりも凶悪なごんぶとの桜色をした光が。

 津波を貫き柱へと到達する。

 雨そのものが膜になっているように防がれたが、まあいい。


「デクプラージュ!」


 クルルは両手を左右に広げた。

 光が二筋に分かたれ、それは見事に津波を切り裂いた。

 勢いはあるものの小さくなった波がやがて船を揺らしたが……それだけ。

 歓声をあげる男達の間を通り抜けて、怒り心頭のクルルが歩み寄ってきた。


「ちょっとあなた、いい加減我慢の限界なんですけど! 私のタカユキなんだから、くっつかないでもらえます!?」

「やだーこわーい。コハナも津波みたいに蒸発させられちゃうー!」

「ぐぬぬぬぬぬ!」

「しかもどさくさに紛れて私の発言とか大胆すぎー!」

「ふんぬぬぬぬぬ!」


 間違いなく凄いことをし終わった後なのに、この二人は。

 やれやれ。まあいい。むしろらしくケンカしてくれている方が都合が良い。


「船長、いけそうか」

「今みたいにやってくれるんならな」

「楽勝だ。な? クルル」


 ふん! と鼻息荒く俺からコハナを引きはがしたクルルが言った。


「当然でしょ!」

「というわけだ」


 さあ、あげていこうか。




 つづく。

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