第四十六話
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敵は船酔いにあり……うっぷ。
「「「えろえろえろ……」」」
俺、クルル、ルカルーは三人とも駄目でした。
ペロリなら楽しそうに見張り台にのぼってあちこちを眺めてる。
コハナは店からもらったウェイトレス服姿で男達に愛想を振りまいている。
俺たちの状況に気づくと、樽からジョッキに何かを注いで持ってきてくれた。
「酔い止めになりますよー、果実のシロップです」
受け取って匂いを嗅ぐ。
甘酸っぱい匂いがなんともいえない。
「ほんとにすっきりしますから」
コハナの笑顔は純粋に信じられない何かがあるよなあ。悪魔だし。
「「んっんっんっ……」」
女子二人は迷わず飲んだな。
美味いんだろうなあ。いい顔してる(口元は汚れてるけど)。
じゃあ……まあ。くいっと飲み干してみた。
とろとろとした液体が焼け付くような喉を心地よく癒やしてくれる。
それに匂いと粘性に比べて随分と爽やかな味わいだった。
すぅっと気持ちが楽になる。
「うまい」
「それはなによりです」
あくまでウェイトレスぶるコハナはジョッキを三人分受け取ると、さっと立ち去っていく。
よく見てみれば他にも少し体調が悪そうな男達の世話をしていた。甲斐甲斐しいなあ。
「「「ふう……」」」
船の縁に背中を預けて、三人で顔を見合わせる。
「今日で何日目だっけ」
「ルカルーが記憶するに、初日」
「……目的地まで何日かかるのかなあ、ねえタカユキ」
縋るような目で二人そろって俺を見ないで欲しい。
「確かめてくる」
よろけるように立ち上がって見渡す。
舵を手に短いスカートをはためかせて堂々としているのがリコだ。
あちこちで船員が掃除したりしてる。
誰も俺たちを嫌な顔したりせず見守るだけ。
中には笑っているヤツもいたけど……案外、誰もが通る道なのかもしれないな。
断りを入れながら船長室に入ると、とりわけ恰幅のいいオッサンとジャックが厳しい顔でにらみ合っている。
「どうしたんだ」
声を掛けるとオッサンは咳払いして「失礼します」と立ち去っていった。
なんだろうなーって思いながら道を譲る。
ジャックを見ると煙管に火をつけるところだった。
「思ったより風が出ない。波も穏やかだ」
「めちゃめちゃ吐いて酔いまくりなんですけど」
「もっときつい海なんだよ、本来は」
椅子に腰掛けてテーブルに足をのせる。
リコの座り方はジャックの真似からきているのかもしれない。
「積み荷は十分用意したから行って帰る分には問題ないが、そもそも……な」
その視線がリコの描いた大蛇に向かう。
「嵐を呼ぶヘビが出るってぇのに、海が静かすぎる」
「……たどり着けるのか?」
「帆じゃ埒が明かないからな、オールを出す。あんたにも手を貸してもらうぞ」
それはべつにいいんだけど。
「なんで揉めてたんだ?」
「……まあ、すぐにわかる」
悪い笑顔だなあ。嫌な予感しかしない。
◆
予感的中。
「お前らの身体はあたしのもんだ!」
びしぃ!
「「「「うーっす!」」」」
ぎいいい! と異様に重たいオールで漕ぐ。
ずらりと勢揃いした屈強の男達に囲まれて、俺も歯車の一つになっている。
その中心地点にリコがいた。
その手にムチを持っている。
「一つ漕ぐのは」
「「「「「お嬢のため!」」」」」
ぎいいいい!
「二つ漕ぐのは」
「「「「「一人遊び防止のため!」」」」」
ぎいいいいい!
「お前らがぶちこみたい穴は?」
「「「「「お嬢以外ありえないっす!」」」」」
ぎいいいいいいい!
ってな具合です。
男達とリコを見守るオッサンは渋い顔だ。
「お嬢にこんなことさせて、また奥さんにどやされちまう」
とのこと。なるほど、渋るわけだ。
まあ……ジャックが任せるくらいだから威力は抜群だし、実際男達はいい笑顔でオールを操っている。
奴隷船もかくやという光景のはずなのに悲壮感はまるでなし。
なんならリコのムチ待ちみたいなところある。
「考え事してんじゃねえ! その手はあたしのためにあるんだ!」
口調もちょっと変わったリコのムチが背中を打った。
痛くはない。びりびり痺れる。それがじんわりと熱を帯びて……あれ?
微妙にいたきもちいいんですよ。
ムチ扱いがうまいセーラー服美少女海賊。
もってるなあ。
まあ……まさか夜中までぶっ通しだとは思わなかったけどな。
腕の感覚がなくなって身体中がばっきばきだ。
与えられた客室は廊下の途中で見かけた船員室に比べてしっかりした部屋だ。
ベッドも宿のものと遜色ない。船員達は二段の一人用ベッドなのにな。
申し訳ないけど、ありがたくもある。
戻った時にはテーブルに料理がずらりと並んでいた。
コハナが「そろそろだと思って用意しておきました」と笑い、クルルがむっとした顔で睨んでいる。仲良くしてくれよ、とは俺の立場では言えないよな。やれやれ。
干し肉を調理したものや魚と豆のスープが並んでいる。パンは固めだが塩気がたっぷりだ。飲み物は果実酒だけ。さすがにペロリはそれじゃ可哀想だからって、俺たちがコハナにもらった酔い止めのシロップをジュースにしたものを用意してくれている。
「船旅どうよ」
「さっきその子、釣りしてたよ」
「お役に立つのが好きなので」
クルルが半目でコハナを睨んでいた。
裏があるとしか思えないんだろう。実際悪魔だし。
「……どしたよ」
パンをスープに浸していたらクルルが椅子ごと俺のそばに近づいてきた。
「べつに」
ぶすっとしたままコハナを威嚇し続ける。足なんかしきりに床と俺の足を踏むし。
ちょっとどうにかしないとな、と思いつつも気が重い。
明日もオールこぎが待っていたとしたら、なんとかする暇なんてなさそうだ。
ため息を吐いて飯に意識を戻そうとして……気づく。
ルカルーが俺をじっと見ていた。
「勇者。肉体労働するなら……明日は手伝う」
「それは助かるけどルカルー、おまえ船酔いは大丈夫なのか?」
「そこのウェイトレスにマッサージしてもらったら、だいぶマシになった」
そんなことも出来るのかよ。
自慢げに胸を張るコハナは不覚にもちょっと可愛かった。
そう思ったせいなのかな。
隣でクルルが鼻を鳴らしている。低い音だった。
こりゃあ……明日まで引きずらない方がよさそうだな。
さて、どうしたもんか。
つづく。




