第四十五話
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早朝、リコとジャックの使いが宿に来た。
俺たちは居場所を伝えてなかったのに、どうして? なんて思ったりはしない。
あの二人は見た目よりもよっぽどやり手だとわかっていたからな。
連れられるままに向かうと、金色の獅子を抱いた立派な帆船が港にあった。
ところどころの外装の彫り込みといい、痛み具合といい……歴戦の船って感じだ。
「沈没しねえか、これ」
「同感」
半目で唸る俺とクルルの後ろでルカルーが「ふあああ」と間抜けな欠伸をした。
なおルカルーに肩車してもらったペロリは熟睡中。
コハナはウェイトレスの時と同じ偽装をしたまま、にこにこ笑顔でついてくるだけ。
まだ景色は青一色。水平線を照らすはずの朝日はあがっちゃいない。
だっていうのに水夫たちが声を上げて慌ただしく船と港を行き来する。
こっちでさ、と言う使いに連れられて渡り板を歩き、船に乗った。
みんな殺気立っていて、俺らを一瞥すらしない。
「なんか……疎外感」
「仲間になったらここでかけずり回ることになるんだぞ」
「あ、そっか」
クルルにツッコミを入れつつ、後部にある扉を抜ける。通路を抜けて――さらに扉。
開くと、リコとジャックがいた。二人してテーブルの上に広げられた海図を睨んでいる。
「船長、連れてきやした」
使いの人が声を掛けると、ジャックは指をくいくいと曲げた。
中へ入れってことか? ずいぶんぞんざいだな、と思いはしつつも大人しく従う。
どこもかしこもピリピリしていて、冗談を言っていい空気なんてどこにもない。
「嫁がこいつの兄貴と帰ってきたが、どうも様子がおかしい」
単刀直入にもほどがある。
けどまあいいさ。ランタンが照らす船長室……とおぼしきその部屋で、広げられた海図を見下ろす。
リコが筆を走らせて何かを描いていた。
それは――
「ヘビ?」
「白鯨もタコもイカも出ねえ。こりゃおかしいってんで引き返した時だ……嵐にあった」
「ママたちは見たの。雨の煙の向こうで蠢く大蛇を……そんなの初めてだ」
俺の問い掛けに神妙な顔をする海賊親子。
二人揃って眉間の皺が深い。
「試しはなしだ。近くまで行って戻る……ついてくるか?」
それは話が違う、と言い返そうとしたんだろう。
けど俺はクルルを片手で制してから、ジャックを睨んだ。
「どれだけやばいと思ってる?」
「うちのカミさんが嵐のただ中にいた大蛇をさして言ったよ。ありゃあ主に違いないって」
豪華な揺り椅子に腰掛けて、懐からキセルを出して火をつけた。
深く吸い込んで吐き出される煙を浴びながらリコが呟く。
「魔物が一斉に出てこないなんておかしい。あれで縄張りにうるさいから……」
描き終えたことに満足して、筆にふうっと息を吐きかける。
そんな二人の視線が何気なくコハナに向かって……口がぽかんと開いた。
「あ、え? なんでコハナちゃんがいんの?」
ジャックはもっと早く気づいていいと思うけども。
「勇者様のご飯のお世話についていくことになりまして」
三大欲求もついでに、なんてコハナが囁くから、クルルの眉間に皺がぎゅっと寄った。
「それで……そのう。ヘビですけど、もしそれが本当なら……遭わない方がいいと思います」
にこにこ笑顔のコハナは悪魔だった。
本人がそれを隠しているのなら、ことさらに言うべきではないのだろうが……
敵や魔物についての知識は間違いなくここにいる連中よりも多い。
「知ってるのか?」
「あくまでうわさ話ですけど」
これまで見た笑顔よりもよっぽど悪意と遊びに満ちた目で笑う。
「嵐を産み、波を起こし、雨に隠れる……すべてを洗い流す大蛇。かの女神が天地を創造する時に生み出したとされるヘビ。もし、それが魔王に組みしたとしたら?」
諦めろ、という言葉の言い換えにしか聞こえなかった。
リコとジャックは、彼らの妻であり母の言葉を信じている。
クルルはこめかみに指をあてて必死に知識を絞り出していた。
「そう、いえば……そんな、記述が」
まあ、でも、なんだ。ここまでシリアスやっといてなんだけども。
「あーその。女神さんや、女神さん。見てるんだろ?」
天井に向かって呼びかけるとぴかぴか音を立てて光と共に登場、バストアップ。
「んぐー……すぴー……」
「あー、おほほん! おほん!」
「……ふがっ」
訝しげに見ているジャックとリコには申し訳ない。
汚い寝顔してるだろ? 女神なんだぜ、それ。
「おい、おきろ! 起きなさい!」
「ふぁ!? ……ああ、なんだ。いまなんじ? そうね、だいたい……」
美人なんだから頼むから鼻水を垂らすな。まったく……。
「いいからそういうの。それよりお前に質問あんだよ、質問が」
「……まだ四時くらいじゃあん。なあにい……」
「お前、海に出る大蛇知ってる?」
「あー……ん、まあ、ね、それなりに?」
面倒くさそうだなあ、もう! ジャックとリコは言葉を失っていて、コハナはクルルの背中に隠れている。悪魔だけに意識してんのかな。まあいいや。
「倒せる?」
「んー……きつい。だってあれ、女神のペットだもん。女神のペットは倒せないよ、強いから」
「ペットなら面倒みろよ!」
「えー……逃げちゃってさあ。ちょっと蒲焼きにしようとしただけなのに逃げちゃってさあ」
「食おうとすんな!」
「魔王がペットにしたっていうから、面倒みてくれんならまあいっかなー! みたいな?」
「魔王お前の敵ちゃうんか」
「だってあの子面倒なんだもん。嵐とかぶゎーっておこすし、いちいち津波おこすし、かむし」
「……で? ほんとのところどうなの。倒せるの?」
「普通の船でいったら返り討ちにあうんじゃないかなー。よっぽど腕利きの船乗りと、歴戦の船とかあれば? 可能かもしんないけどー」
枕を抱き締めて頬ずりしながらいうな!
その態度にかちんときた奴らがいた。
「……黙って聞いてればなんだ? 普通の船でいったら返り討ちだ?」
「腕利きしかいませんけど。歴戦の船ですけど」
海賊親子がやる気に。
「いいぞいいぞー。女神のやつに言い返してやれー!」
コハナが影で声援を送る。なにこれ。
「やってやるぜ!」
「やってやろうじゃん!」
おかげで二人の闘志が燃え上がるのなんの。
「じゃあがんばって。女神は応援してる」
蕩ける笑顔で言うだけ言って消えやがった。
「なんだあのぐうたら美人」
「なんかむかつくんですけど」
「ええほんと、だれなんですかね」
ジャック、リコ。お前達の世界を作ったとかいう女神らしいよ、あれ。
あとコハナはわかってて言ってるよな、絶対。
まあいい。あいつが笑顔で声援を送るなら、なんとかなるに違いない。
これまでがそうだったからな。
「ジャック、頼めるか」
「決めたからな」
テーブルに置かれていた帽子をかぶったジャックは俯き、けれど俺たちを視線で睨んで笑った。
「客室でその時を待て。リコ、出港だ」
その声を聞いて跳ねるようにテーブルから降りると、リコは通路を駆けていった。
すぐに澄んだ声が響く。
「野郎ども! 船をだすぞ!」
男達の喝采。角笛が鳴り響く。
港町ハルブ――……俺とクルルにとってかけがえのない思い出を刻んだ街から離れる。
目指すは大蛇の棲まう海域。
自然と昂揚する気持ちを繋ぎ止めるように手を握られた。
クルルだ。
「絶対、生きて帰ろうね」
「ああ」
死亡フラグになりすらしない。
どんな敵だって、お前のパンツで俺は倒してみせるよ。
つづく。




