第一話
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痛みを覚えて目を開ける。
再びの石畳。
だが今度は鉄格子に壁と天井つきだった。
「ててて……」
ズキズキと痛むこめかみに手を当てて、身体を起こした。
相変わらずのパン一。
ショーツはない。
見渡してみると、石が積み重ねられて出来た牢獄の中だった。
光源は壁に設置された松明と、同じように鉄格子が嵌められた小窓から差し込む日光だけ。
試しに鉄格子に設置された扉を掴んで揺さぶる。
だが、とても動きそうにない。
鉄格子の向こう側を見ても無駄。
誰もいない廊下しか見えなかった。
「おーい!」
声を上げるが反応はない。
どれだけ呼びかけても無駄だった。
途方に暮れながら寝そべる。
反応はない。
「なあ! 殴り飛ばして放置ってのはひどすぎないか? おーい!」
それでも諦めずに何度も叫び続けたおかげだろうか。
固い足音が遠くから聞こえてきた。
一人分じゃない。数え切れないほどの足音が聞こえる。
その聞こえ方が異常だった。
優雅に歩く一人とは違い、大勢は歩調をぴったり揃えていたのだ。
思わず後退った俺の牢獄の前に、足音の主が来た。
あの剣を突きつけた金髪少女と、金属で出来た全身鎧姿の男達だった。
「……そこな変態」
少女は鉄格子越しに俺を睨んでいた。
「この下着、どこで手に入れた」
そう言ってショーツを突きつけてくる。
多分物凄い緊迫感に包まれるべき瞬間だった。
でも、突きつけられるのが剣ではなくショーツでは困る。
リアクションの取りようがないではないか。
「……と言いますと?」
鉄格子が俺を守ってくれているとはいえ、俺をここに押し込めたのは……状況からみて少女である可能性が高い。
慎重に答えるべく、言葉を選んでみたのだが。
「冗談は好かん。虚偽あらば次は首が飛ぶと思え」
冗談通じなそうだな……。
少女についてきた大勢の男達が黙って俺を睨んでくる。
威圧のために連れてきたというのなら、大成功だ。
だって冷静に考えてみてほしい。
ショーツ片手に質問してくる少女と大勢の男達。
やだ……すごく怖い。
「き、記憶喪失っていって、信じてもらえるかな」
冷たい汗がにじむ。
嘘のつきようがない。そもそも嘘をつくための材料がないのだから。
「なんだと?」
途端に目つきが鋭くなる少女に、
「答えたいのは山々だが、如何せん記憶がないんだ! 自分の名前もわからない!」
あわてて説明するが、状況がよくなるとも思えなかった。
俺の返事もそうだが、にらみ合いになったことが気に入らないのだろう。
少女の尻尾が膨れ上がる。
こめかみに一発もらう前の経験上、よくない兆候だ。
出任せでも言うしかないのか、と思った時だった。
「クラリス様。この者に術を試してもよろしいでしょうか?」
女の子の声がしたのだった。
クラリスと呼ばれた金髪少女から視線を逸らして声がした方を見る。
男達の間を抜けて、金髪少女と同じ赤い外套を羽織った女の子が出てきたのだ。
淡いピンクのふわふわな髪から伸びる、ウサギのような耳が俺に向いていた。
「クルルか。よい、許す」
少女に深くお辞儀をして「ありがたき幸せにございます」と答えると、女の子――……クルルは俺の牢獄の扉に手をかざした。
細く小さな腕にうっすらと、紋様が青白い光のように浮かび上がる。
「リーベ・アビエタ」
クルルがそう告げた瞬間、扉がひとりでに開いた。
彼女は牢獄に躊躇いもせず入ってくると、俺の前で跪く。
「あ、あの?」
「突然すみませんが、質問させていただいてもよろしいでしょうか?」
上半身を寄せたクルルの優しげな声だった。
「悪いようには致しません。私は貴方の味方です」
右手を差し伸べて、俺の反応を待つ。
後ろにいる連中は今も尚きびしい顔つきで俺を睨んでいたが、クルルは違った。
柔らかい微笑みと気遣うような視線。
「……どうすればいい」
「私の手を握ってください」
誘われるままに彼女の手を握る。
冷たくて柔らかな手だった。
「貴方は記憶喪失ですか?」
そう尋ねる彼女の腕の紋様が、殊更に青白く煌めいた。
「違う……けど」
「リブランド・ラバルド」
答えるのと彼女が口を挟むのは殆ど同時で、けれどそれで十分だったようだ。
「ありがとう」
俺に礼を告げると彼女は手を離して立ち上がった。
振り向いて、金髪少女たちに告げたのだ。
「この者は真実を申しております。どうか……寛大なご判断を」
男達が一斉に金髪少女を見つめる中、金髪少女は俺を一瞥する。
「ふん……いいだろう。クラリス・ドゥ・カリオストロ第一皇女の名の下に変態の拘束を現時点をもって解くこととする。クルル、その者に服を与え、私の執務室に連れてこい」
「はっ」
クルルがお辞儀をするよりも早く、金髪少女は踵を返して男達と共に立ち去っていった。
足音が聞こえなくなってようやく、
「ふう。これでよし」
可愛らしいため息を吐いて、クルルが肩の力を抜く。
「なあ。一体何がどうなってるんだ?」
「色々と説明してあげたいのは山々なんだけど……今はとりあえずここを出ましょう」
耳をひょこひょこと動かして、彼女は首を傾げた。
動き出さない俺に「しょうがないな」とでも言いたげに、腰に両手を当てる。
「とりあえず貴方は助かった。私が助けたの」
「あ、ああ……わかったけど、わからない」
「何が言いたいの?」
「さっきのはなんだよ。あの腕が光るやつ」
「ああ、貴方に使った魔法のこと?」
彼女がそう言うなり、彼女の腕に紋様が浮かび上がってくる。
「相手が嘘をついたら電撃を与える魔法よ。わかったならついてきて」
なんてことない口ぶりで言うと、彼女は説明終了とばかりに歩き出した。
ひとまずは……ついていくしかなさそうだ。
つづく。