第十三話
13------>>
ルカルーは小屋の中に置かれた杖を手にするなり言った。
「勇者……この杖の持ち主が犯人だ」
「……ふむ」
重々しい顔で頷いてみたんだが、待て。
「で、どんなヤツだ」
「この杖を持っているようなヤツだ」
「うん……うん。うん。そういうのいらないから、どんなヤツだ?」
「だから、この杖を持っているようなヤツだ」
どやっ。
乳がでかかったら危うく両手の人差し指で先端をつついてやるくらい罪作りなどや顔だった。
くっそー。全然わからないぞー。
「ふむ……」
とりあえず椅子に座り、テーブルにヒジをついて組んだ両手で口元を隠す。
「……他に情報は?」
「いい匂いがした」
「……なるほど」
わからん。まじでわからん。わかったのはルカルーが可哀想なくらいアホの子だということくらいだ。
仕方あるまい。
椅子に座らせたクルルの肩を揺さぶって起こす。
「ほらクルル。筆頭魔法使いの出番だぞ、意訳すると助けろなんとかしてくだちい」
「うーん……はっ」
顔をあげたクルルはきょろきょろ見渡して、ルカルーを見るなり「ぴぃっ」と悲鳴をあげ、俺を見て「あばばばば」と狼狽して「トゥリス!」と呪文を唱えた。
クルルの目元がきらりと光ると、クルルは落ち着きを取り戻した顔で俺を見る。
「タカユキ、説明して」
……違和感。
「なあクルル。その前にぜひ、トゥリスとかいう魔法の効果を教えてくれないか?」
「……な、なんのことかなあ」
不自然なまでに目をそらす。その先にルカルーが待ち構えていた。「うまそうなウサギ……」
「たたたたた、タカユキ! この状況について速やかに説明しつつこの狼どっかやってもらえます!?」
「むしろお前が教えてくれないと俺は動きようがないというか」
スルーはしないぞ!
「ウサギ……はらわた……ぶちまける……じゅるる」
「たたたたたタカユキ-!!!!! 食われる食われる、あっーーー!!!!」
その結果、クルルの頭にルカルーが噛み付いた。
「自己紹介もしないうちにスキンシップとはやるなあ」
「いたいいたいいたいいたい! わかった説明するから早くたすけ、あっ、あっ、きばめりこみまくりまーっ」
「やれやれ……」
立ち上がってルカルーの首根っこを掴み、引きはがそうとした。
思いのほかガチ噛みしているので苦労しましたよ……。
「ううう……珠のお肌に傷がぁ、それも大事な頭がぁ……」
べそをかきながら頭をさすさすしながら、クルルは説明してくれた。
「トゥリスは……私が見て不快なものを大丈夫なように見せるフィルターを目元にかけるの。メガネみたいに」
「ほう。そりゃあ便利だなあ」
笑顔で頷いた俺に気をよくしたのだろう。
「タカユキの裸とか正直苦痛なので、こっそり使うよね?」
てへ! と頭に拳をのっけた。その衝撃で噛まれたところが痛んだんだろう。
おう、と悲鳴をあげている。ざまあみろ!
いや、そうじゃない。もっと真剣に考えるべきだ。
もしかして……クルル、残念な子なのでは?
「可哀想に……」
「……なんか不本意な視線を浴びている気がする」
「いいんだ。俺はちゃんとわかっているから……」
なによ、と呟くクルルに事情を説明した。
ルカルーと自己紹介しあう時にクルルが「食べものじゃありません」と訴えていたのが涙を誘う。
主張しないと食べられちゃうんだ。食物連鎖的な意味で。大変だな……。
「というわけで、杖の持ち主がわかる魔法とかないん?」
「というわけで、で済ませるほど気楽な話じゃないんですけど!?」
「俺がついているから大丈夫だ」
「タカユキ……」
ちょろい。
いいぞ。そのちょろさ! 俺はいいと思う! そういうちょろさがあってくれた方が、俺的に攻略の糸口が掴めて楽だというか!
「さっき見捨てたこと、忘れてないぞ。っていうか忘れないぞ」
ちっ。これだから女子は……。
「はあ……まあいいわ。八方ふさがりだから、やむなく魔法を使います」
「やむなく魔法を使う魔法使いとか、マジでお前……大変だな」
「るっさい! えっと――……触れた者の痕跡を浮かび上がらせるのは」
ウサ耳を根元から先端にかけて両手で何度もなで始める。
……あれか? 一休さんのぽくぽくぽくちーん! 的な……うっ、頭が。
「きました! いくよー」
杖を手に取ると一瞬だけ憂鬱な顔で「だいたい三回いきくらいかな」と呟いた。
なんのことかはわからない。わからないから、股間が盛り上がった理由もわからない。
「ユチリジ・ストラ……ユチリジ・ストラ……」
杖を持つ右手の根元から肩にかけて、青白い紋様が浮かび上がる。
それらは光を繋ぎ、杖へと伝えて――……杖の端から像が天井に投影された。
「――……街が見える。北の……街。エルサレン」
石畳の通路、煉瓦造りの家々。鉄製の街灯が並び、馬車が行き交う道。
とても栄えているように見えるのだが……
「エルサレンはとっくに魔王にやられているから……少し前の記憶だね」
クルルの説明で納得するしかないようだ。
「もっと最近……ユチリジ・ストラ……」
くそ、私は何回いけばいいんだ、とか聞こえるが無視だ。
「見えた。天井を」
クルルに示されるまでもない。
崩壊した街中で、魔物に囲まれたルカルーに杖をかざす人物。
それは――
「女の子?」
銀髪に白い透け感のある衣装を着た綺麗な美少女だった。
とても魔物には見えない。
そう思った次の瞬間、杖の先端から光が放たれルカルーを覆った。
苦悶の表情で身を捩ったルカルーは、暴れ回りながら美少女から杖を奪い逃走した。
「……ルカルー、ここまで命からがら逃げてきた。様子を見に来た村の人間を追い返した。けど、だんだん……魔物に近づいてって、何度も村に行ってしまった」
しょんぼりする狼娘にはっきり言ってやる。
「お前に罪はない。もし罪があるとしても、俺が解決したから気にするな」
「……お前」
どきっとした顔で俺を見るルカルーだが、目が合うとすぐに顔を背けられてしまった。
なんだよ。抱きついてきてもいいのに。いつでも準備は出来てるぞ。
……そうじゃないね。はい。
「ふう……ふ、んッ……んん」
びくびくっと身体を震わせると、クルルは杖をテーブルに立てかけてすぐに立ち上がった。
「お、おい。これから情報の整理を」
「むり。さきにやってて」
膝が笑っているのに無理矢理歩いて出て行こうとする。
放っておけなくて「クルル?」肩に手を置いたら、
「~~っ!!!」
がくがくと痙攣して、それから倒れ込んでしまった。
「ひっ……く、ぅっ……っ、~~っ!」
腰を強く床に押しつけてる様は……まずい。
これは、まずいぞ。
「いく、から、まって、て……」
はあ、はあ、と荒い息をこぼして、這いつくばるように出て行ってしまった。
床がちょっと湿っているし、ルカルーが「さすがウサギ」とか言ってるのもどうかと思うし。
敵はわかったが前途多難なのでは? なんてひっじょーに今更ですかね!
つづく。