第十一話
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森をどれだけ歩いただろう。
小屋に辿り着いた時には割とマジで疲労困憊だった。
切った張ったをした後での移動は、ひょっとしたら短い距離だったのかもしれないが……それでも俺にとっては十分疲れるものだった。
「あ、あれよ!」
けど文句も言えないよな。俺より華奢なクルルが元気よく小屋を指差している。
小さい身体にどんだけの力が余っているんだか。
「……魔物はいるのかしら」
ひくひく鼻を動かしている……おいおい。
「匂いでわかるのか?」
「タカユキの体臭くらいはね」
「え、うそ。臭い?」
「汗臭い」
バッサリだ。
そうじゃないだろ?
「敵の匂いはどうなんだ」
「んー……女の子の匂いがする」
「また微妙に反応に困る返事を」
「んん?」
ウサミミをぴょんと立てて、しきりに動かしている。
ウサギっていやあ……耳だよな。
これは期待大か?
「何も聞こえない」
「お前に期待した俺がバカだったよ」
なによー! と怒るクルルを放って、縞パンを手に小屋へと近づく。
太い木の幹をくみ上げて作った小屋についた硝子窓から中を覗き込んだ。
ピンク色のカーペット、所狭しと飾られた腹ワタの飛び出たウサギのぬいぐるみ。
テーブルに立てかけてあるのは――……
「杖?」
呟いて首を傾げた時だった。
「たたたたた、タカユキ!」
クルルの狼狽しきった声にふり返ると、彼女は地面に押し倒されていた。
小柄な狼野郎に。
GURURUURU……
うなり声をあげる狼のヨダレがぽたぽたとクルルに落ちる。
唇を開き、露わになった乱ぐい歯の鋭さは下手な刃物よりよっぽど凶悪そうだった。
「いやー! ころされるころされる、狼にくわれちゃうー!」
涙目になってジタバタと手足をばたつかせるが、
URUWOOOOOOOOOOOOOOOOOO!
という叫び声に白目を剥いて気絶した。
……いやお前。魔法使いなんだから魔法使えばいいだろ。
内心のツッコミなんて当然お構いなしに、狼野郎は俺を睨んだ。
次は俺の番か。やられたら食われちゃうのかなあ。
泣ける。
すかさず大剣を出して、振りかぶろうと思った時には突っ込まれていた。
五十センチはありそうな長い爪が振り下ろされそうになり、咄嗟に大剣をカチ上げる。
「くっ」
確かな手応えと共に爪と毛が灰と化した。
それだけで足りずに横薙ぎに払う。
悲鳴もあげずにはじき飛ばされる狼。地面に転がり、何度か跳ね回ってやっと着地した。
胸のあたりが露わになった。
「男の胸が見えてもな……はっ」
息を吐き出したら、何を勘違いしたのか狼が両手を開いて雄叫びを放つ。
なに怒ってんの?
こちとら構っていられる余裕ないんですけど。主に、慣れてない運動に足すところの人生二度目の戦闘ってところで――
UWOU!
身体をぐっと折り曲げて、不意に弾けるような勢いで発射された。
狼の跳躍はあまりに素早く、咄嗟に大剣を振り下ろす。
「うおおおお!」
でも急場のへっぴり腰では勢いを殺せず――……殺せず?
「あれ?」
刀身を真横に向けて、要するに腹の部分で突っ込んできた狼をたたき落としていた。
……たまたま? 改心の一撃、的な?
「う、うう……」
思っていたどころか、女子にしか思えない甘ったるいトロトロ声で呻かれる。
それもそのはず。
「な、なに……なにが」
よろよろと身体を起こした狼男は、女子でした。
魔物の時と同じ耳と尻尾が生えたままだが、紛れもなく女体。
俺の胸よりも低い身長で、平胸だが……ナニがついていないので間違いない。
「……ん? 男の人? え? なんで全裸なんだ?」
「お嬢さん。自分の身体を見下ろしてみるといい」
「へ? なにが――あっ」
あわわ、わわ、わ。
そんな狼狽の声と一緒に赤面した狼男もとい狼娘は、
「きゃあああああああああああああ!」
今日一の右腕でした。
ボールを持たせたら大リーグだって目指せる強腕ですよ、あれは。
頭が首からもげて飛んでいくんじゃないかと思いました。
はは。実際は俺がはじき飛ばした時以上の衝撃を自分の身で味わっただけで済みましたけど。
いやあ。痛いっすよ。マジで。
「一体なにが! っていうか、服を着なければ!」
とりあえず裸を隠したいのね。その気持ちわかります。
地面にある石だの枝だので身体が生傷だらけになった俺には痛いほどわかります。
裸よくない。絶対。
つづく。