第十話
10------>>
辿り着いたセブレビの村を見て、俺は隣のクルルの肩を揺さぶった。
「おい、あれどういうことだよ」
「どうもこうも、見たまんま。みんな裸だね」
そう。裸です。老いも若きも男も女もみな裸。
目が血走っているわりに、奇行に走るわけでもエログロなことをするでもなく。
ただ……その。
「普通に生活してないか」
「そうだね井戸から水くんだり畑作業に出かけたりしてるね。子供はみんなで走り回って遊んでるし」
「……なんの問題が?」
「自分が裸みたいな状態だから気にならない? どう見ても問題でしょーよ。魔物化する一歩手前よ!」
そうなのかな……。
「特に股間を見て!」
「ええ……気が進まないんだけど」
付き合いのない人の生の裸を見るのとか。
「いいから見て!」
頭頂部とアゴを掴まれて無理矢理近くにいる村人(いい大人のオッサン)に向けられる。
やれやれ……と思いながら見たら。
「くろ! え? なに? どういうこと?」
よく見ると男女ともに、見えちゃいけないところを含め胸や肩まで毛が生えて――
「って初見で気づけよ、俺! どんだけ剛毛な村なんだよ!」
「毛だらけになると化け物になるわ!」
そりゃな。
「……で、どうすりゃいいんだ?」
「あの毛をなくすしかないんだけど、王国にあるどんな武器でも斬れなかったの」
「当初の予定通り勇者の祠に行ってたなら手に入っただろう装備がない俺に勝ち目はあるのか」
「……あによその長ゼリフ。当てつけ? 当てつけなの、ねえ!」
「首を絞めるな!」
ぎゃあぎゃあ騒いでいた俺たちに気づいたんだろう。
村人Aがあらわれた。
村人Bがあらわれた。
村人Cがあらわれた。
以下省略。
「あっという間に囲まれちまったぞ!」
見渡す限り剛毛の村人だらけ。みんなして血走った目で俺たちを睨んでいる。
どうする気なんだろう。
ううとかぐうとか言われるばかりで落ち着かないことこの上なし。
「よいしょ……っと。はいパンツ」
脳天気な声と共にクルルが縞パンを差し出してきた。
「躊躇なく脱ぐな、お前」
「いいから斬って」
「いや、斬ったら死ぬだろ」
「大丈夫。勇者の武器は不殺だと伝承にあるわ。だから斬れば済むはず」
「……もし斬れなかったら?」
「彼らの仲間入りかな?」
「出たとこ勝負すぎるだろ! くっそー!」
こうなりゃ自棄だ。
クルルのパンツをかぶり、右手を振るう。手の中に柄の感触が。
出たぜ、縞パンスレイヤー!
「うおおおおおおおお!」
全裸にクルルのパンツをかぶった俺は縞パン柄の大剣を手に駆け寄る。
どよめく村人たち。一番手近なオッサンに大剣の峰をぶち当てた。
何かが一斉に燃え上がる音がして、オッサンの剛毛が燃え上がり、端からすぐさま灰になった。
後に残されるは全裸のオッサンなり。
「よしいけ、タカユキー!」
「っしゃあ!」
クルルの黄色い声援(恐らくわざと)を背に、片っ端から斬って斬って斬りまくる。
肉を貫く感触はなし。刀身は肉体をすり抜けてしまう。まるで剛毛だけを切り裂く力そのものだった。
村人全員を切り終える頃には、
「はあ、はあ……」
正直疲れ果てておりました。
全裸の村人たちは次々に目覚め、自分や周囲の人間が裸だと知るやいなや悲鳴をあげてそこかしこの小屋に駆け込んでいく。
クルルにパンツを返して呼吸が整った頃だった。
「助かりました。村の者を代表して、村長であるわたくしめよりお礼申し上げまする。その……」
最初に斬ったオッサンが困惑げに俺を見ながら声を掛けてきたんだ。
「そちらの方は、なぜお召し物がないのですか?」
「お仕置きちゅ……ごほん! 勇者は祠に自らの装備を取りに行くことよりも優先して、あなたたちを助けに来たのです」
うわあ……それっぽいこと言ってごまかしやがった。
クルルめ、さては俺が働いている間に考えていやがったな。むむ! 女子怖い。
「おお、なんと! それはありがたき幸せにございます」
深々と頭を下げるオッサンだったが、すぐに顔を上げた。
「ただ……一人だけ魔物になってしまった者がおりましてな。村はずれに引っ越してきたよそ者なんですが。村に来て、病が広がるようにみなが先ほどの裸のような状態になって以来、姿を見ておらんのですわ」
「うん? 全員いるんじゃないのか?」
二十人くらいは斬ったと思うんだが、聞いてみて気づいた。
この村に何人住んでいるのかなんて把握しちゃいない。
「着替えて声を掛けてみたところ、いなくなったのはよそものだけだとわかりましてな」
「助けなきゃ!」
すかさずクルルが拳を突き上げた。
やる気満々である。
「いやお前、助けるったってなあ。アテはあるのか?」
「ない!」
笑顔で言うなよ。
「でも引っ越してきたなら家があるはずでしょ? 村長さん、どこにあるのか聞いてもいいかしら」
なに猫かぶってんのかね。ウサギのくせに。
「ええ……この道を真っ直ぐ行くと森がありましてな。森の奥地に小屋があります。なにぶん獣道ですので、盗賊なんかも出ると噂で」
「この勇者タカユキがなんとでもしてくれますよ!」
頷き説明してくれた村長にすかさずクルルが俺の肩を叩く。
「お前な」
「では向かいます!」
「ちょ、俺の選択肢は」
「そんなものはない」
あんまりだが、全裸で置いて行かれるのも困る。
歩き出すクルルについていくしかない。
村長の言うとおり、だいたい十分ほど歩いた頃になって森に辿り着いた。
道は続いているが、歩けば歩くほどに野草や石に紛れていく。
「ふふーん。ふふーん。ふふふふーん」
鼻息を自慢げに出している女子の背中を見ながら尋ねる。
「えらい上機嫌だな」
「伝承通り魔王の呪いにタカユキの剣が効いたから、魔物だって倒せるはず。だって伝承通りなんですもの!」
「そんな攻略本通りにやればクリア出来る、みたいなノリで言われても……っ」
ズキズキ頭が痛む。
自然と口を突いて出る単語が理解出来ないあたり、女神に文句を言いたい。
概ねあいつのせいに違いないからな。適当だし。
「次は魔物戦になるから、気合い入れていくわよー! おーっ!」
「その元気を呪文に傾けてもらえませんかね」
「やだ! 極力発情したくないし!」
「……いざって時はちゃんとしてくれよ?」
「善処します」
どうなることやら。
それにしても困った。
全裸で草の生えた森の中なんて歩くもんじゃないな。
虫がとまるわ足は痛いわ、もうひどい。
女神に苦情を言わなきゃな。
あと祠にも絶対に行こう。これが終わったらすぐ行こう。
服か靴がないと困る。出来ればどっちも手に入れたい。
パンツを失い、授けてくれる女子の機嫌は未だ復活しきらず。
全裸の道のりは痛くてつらくてたまりません。
つづく。