第九話
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それは翌朝、宿屋で朝食(と言う名の昼食)をいただいていた時のことだった。
「あんたたち、今日はどうするんだい?」
玉子と塩漬け肉を焼き、それを具材に固いロールパンに挟んだものを出してくれた女将が聞いてきたのだ。
「ここはトラマルクだから、今日中には南西にあるセブレビの村につけるかな、と」
「セブレビに行くって、あんた正気かい?」
恐ろしいものを見るような目つきで睨まれましたけど。
「何か問題でもあるのか?」
「あんたの場合、格好が既に問題だけどね」
変わらない目つきで股間を睨まれる。やだ困る。
「あの、女将。オブラートに包んで」
「そうよ女将。こいつはこういう格好をせずにはいられない変態なの」
「クルル、お前な」
そっぽを向いてパンを食べ続けるクルル、ご機嫌斜めである。
「いいかい? あの村はね、今……魔物だらけなのさ」
声を潜められたからよっぽどのことを言われると思ったのだが、なんだそのくらいのことか。
「大丈夫だ。仮にも勇者と魔法使い。魔物如きに遅れはとるまい」
「私手ぇ貸さないからね」
「ちょ、おま。それだと話かわってくるだろー」
「同情されるの一番嫌いなの。タカユキが勇者らしいところを見せない限り、何も許す気ありませんから」
すっかりへそを曲げていらっしゃる。
あと女子の本気でブチギレ寸前の声のトーンやばい。
全身に鳥肌たつレベルで凍える。
なんだ。更なる問題勃発か。困る。
「じゃ、じゃあ。まず、城を出た時に女神と話した時のように、勇者の装備を取りにいこうかな? かな? かなかな?」
「どっかで虫が鳴いてるー。でも虫だからよくわかんなーい」
「ぐっ」
「ついでにいえば虫如きにパンツをあげる気にもなれなーい」
相当お怒りだ。お前ついてきてそれはないだろー、とか。クラリス様に命令された手前どうなの、とか。色々と浮かぶし、それはクルルも同じはず。
にも関わらずこの発言。相当お怒りだぞ……。
やばい。どうにかしないと。
「な、なあクルル」
「ぷいっ」
「えーっと……」
聞く耳持たねえ、と言わんばかりにウサミミを畳まれてしまいました。
「大丈夫かい? 夫婦ゲンカならよそでやっとくれよ」
「虫と夫婦なんてゴメンですしー」
迷惑そうな顔をして立ち去る女将さんに、これみよがしに声を上げるクルル。
女子の怒ると出てくるこういうところ、ホント困る。
「クルルさま。昨夜は同情が嫌いだと知らずに迂闊なことを申して、大変申し訳ない所存」
「様とかつけるな……ふんっ」
私不機嫌なんですけど! と言いたげな鼻息だった。
だがめげないぞ。
「たとえクルルに意図があったとはいえ、美しい婦女子であるクルルの貞操を貪ったのも事実でございます」
「……それで?」
目元を顰めて見られても、怯んじゃいけない。
「その上、一度出来たのだからとつい調子に乗ってしまいました。本来、そういった行為は両者合意の上で、お互いを思いやる必要があるかと。最初の一回ですっかり気が緩んでしまっておりました、本当に失礼でした」
「……そうかもね?」
「なのにこのワタクシ、クルルのことを軽く扱い、すぐいたしてしまおうと。これはクルルへの侮辱に他なりませぬ。いくらクルルがワタクシめを利用したとして、選ばれて光栄だと考えるべきでございました」
「……まあ。そこまで言わなくてもいいけど」
タカユキがそう思いたいなら好きにすれば?
ぼそっと呟かれた声のトーンはだいぶ和らいでいた。
「なので……クルルが認められるよう、このタカユキ、勇者としての責務を果たす所存にござる」
「……パンツないと戦えないくせに、どうする気」
言うべき事があるだろう、ほら。ほら。
そう訴えるような視線だった。ちらっちらっと横目で見てくるクルルの顔から冷たさが消えていた。
……ほっ。
「今はまだ、お前のパンツが必要だ。いざ戦いとなったら俺が立ち向かうから、お前のパンツを貸して欲しい」
「いいケド……それだけ?」
もっと、ほら、あるじゃん!
一生懸命訴えるように唇を突きだされる。
あひるぐち。
可愛いけど、今言ったら怒られるんだろうなあ。
「悪かった。ごめんなさい。同情しないし、クルルが認めてくれるまで……クルルに手を出したりもしないよ。誓う」
「……なら、いい」
少し視線をさ迷わせてから、結局俺を見つめて……しょうがないなあ、と笑う。
その笑顔が「かといって全て忘れたわけじゃねーから。後で覚えてろよ」みたいなものじゃなく「あー。怒るのつらいし仲直りできてマジでほっとした、やったーよかったー」みたいな嬉しそうなものだったから……
可愛い。
よしとしよう。
◆
出発してほどなく、盗賊が現われた。
「ここを通すわけにはいかんなあ、荷物と食料を置いていけ」
半月刀を手に、刃面に舌なめずりをするボロの布きれを纏った男だ。
「えー……と。こういうの、出るんだ」
「王国はいま混乱のただ中にいるの。じゃあタカユキ、ちょっと待ってね」
いそいそと前屈みになってスカートの手の中に手を入れたクルルを見て、
「ちょちょちょ、待てよ。なにしてんだ、女」
盗賊が思わず突っ込んだ。
「だから、パンツを脱ごうと」
「俺、それがないと戦えないから」
なあ、とうなずき合う俺たちを見て、盗賊の眉が八の字を描いた。
「……なんで? え、え? なんで? パンツがないと戦えないってどういうことなの?」
「まあ見てればわかるよ」
そう言って左右のスカートの布地をまくり上げるクルルに、
「ちょー!!! 待って!!! 女ひでりが激しいのにそんなの見せないで!!! たまらないから!!!」
「……まあ、たしかに」
盗賊の股間のあたりの布地がちょっと盛り上がってますね。
「いい。もういって! すぐいって! じゃないといっちゃうから! むしろ俺がいきます!」
だだだだっ。
盗賊は逃げ出した。
「……タカユキ、これは?」
スカートに手を突っ込んだ状態のクルルに困った顔で見られて、俺はどう言おうか悩んだ。
事実を言うべきだろうか。
いや、宿屋で微妙な話題で揉めた後だ。
ここは素直に勝利を祝おう。
「不戦勝だな。それ以外は何も考えないようにしよう。考えるだけ損、そんな気がするよ。損だけに。それよりもさあ、行くぞ」
「う、うん……」
納得がいかない様子だけど、言うまい。
あと同じ男として気持ちはわかるぞ、盗賊。
ちょっと……いいよな。女子の脱衣って。ワクワクするもんな、しょうがない。
特に経験値的なものは手に入らなかったがしょうがない。
これでパン一、引きずらぬ男だ!
よし! 次、いってみよう!
つづく。