第6話 青空の果てに見えるもの
お待たせしました。
リアルの忙しさはもう少しだけ続きますが、ちょくちょく書いていた分が完成したので投下します。
「あなたには魔法の才能はない」
前日の評価とは一転したその言葉は、先程まで浮かれていた俺の心をいとも容易く地に落とした。
別に強力な魔法をバカスカ撃ってみたいなんて思っていたわけじゃないが、それでも何でもいいから使ってみたいとは思っていたのだ。
魔法は使えない。
結局はそういうことなのだろう。ただ魔法が存在しなかったあの世界の俺に戻っただけだ。俺にいくら魔力があったとしても使えなければそれはないのと同じなのだから。
「魔力は馬鹿みたいにあるのに使えないんですね、俺」
意気消沈した俺は、俯きがちに自らの矛盾した能力の形に自嘲的な笑みを浮かべそう言う。
それを受けた師匠は肯定するのだろうと思っていたが、思いもよらない返しによって俺の予想は裏切られる。
「さあ? どうなんでしょうね」
「え……?」
「別に才能がないって言っただけで使えないとは言ってないわよ」
「でも……実際に簡単な魔法だって使えなかったんですよ。下ができなければ上の魔法なんてもっと無理です」
「本当に、魔法が使えないのならね」
「――? どういう意味ですか?」
引っ掛かりを覚える言い回しにその真意を問うと、師匠は先程のことについて言及する。
「さっきキョウヤが魔法を使ったとき、何か抜けた感じがしなかった?」
「あ……確かにしました」
「キョウヤが感じたのは魔力が魔法に使われることによって起こることだから何も不思議なことじゃない。それが意味するのは、魔力が体から抜け、魔法として発現する過程をきちんとなぞってるってこと」
それって……。
「途中までは成功していた?」
「ええ、そういうこと。問題なのは発現プロセスの方じゃなくてあなた自身にあるのよ」
そんなに落胆することはないと言いたげな表情をしている師匠の言葉に安堵するも、同時に疑問も生まれる。
「俺自身にあるって、一体どういうことなんですか?」
「これは私の推測だけどね」と前置きをしつつ、師匠は俺の魔法発現の際に感じたことを話した。
俺が魔法を発現した際、それまで滞りなく流れていた魔力が突如不自然な揺らぎを起こしたらしい。
それを感じ取った師匠は、その時の揺らぎのせいで魔法の発現が失敗したのではないか、と推測したようだ。
加えて一度目と同様に二度目でもそれが起こったことから、魔法の失敗は偶然ではないと断言された。
「こういうことが起きるのも、もしかしたらキョウヤが異世界人だからっていう可能性もあるかもしれないでしょうけど、途中までは上手くいっていたのだから、全く使えないとはまず思えない」
「な、なるほど……。でもどうするんですか、簡単な魔法すら使えないんじゃどうしようもないですよ」
「…………片っ端から上手くいくまで試してみるってやり方もあるけど、これからのことを考えるとあまり詠唱はさせたくないのよね……」
魔法を使うための光明を見出さなければならないことと、俺を詠唱破棄という高みに登らせるという方針とのせめぎ合いに懊悩する師匠。魔法についてド素人である俺にどうすればいいかなんてわかるはずもなかったので、静かに結論が出るのを待ち続けているとふいに一時の沈黙を破る師匠の声が響いた。
「あと一回、ね。キョウヤが詠唱破棄を会得するのに許される詠唱での魔法行使は、さっきの二回と次の一回。これが私の考える最短での詠唱破棄を実現するための目安よ。次で見極めるやるわ。……とはいっても八割方予想はついてるんだけどね」
続けて師匠は、今度は違う魔法を使うから、と言った。
魔法を変えるだけで何か変わるのだろうかと思ったが、何やら見当をつけている様子。ここは素直に従っておくのが賢明だろう。
一応の納得を示し、再び師匠に詠唱を教えてもらう。
今度使う魔法は1系統、所謂火属性の魔法で、これまた簡単な魔法――当たり前だが――とのことなので決して派手なものではない。ただ単に体を温めるだけの魔法らしい。
俺は準備を終えた旨を目配せで伝え、頷きに頷きで返すと詠唱を開始する。
「暖和と安らぎ、我が身を包め、暖熱」
若干の緊張をにじませながら詠唱を開始し、短めの文言を言い切った瞬間に変化は起きた。
「……ぁ、暖かい……。できた……?」
俺の体は優しく暖かい熱に包まれていた。体温からの熱のような自然に起こるものではなく、突如として現れ世界の理をねじ曲げた末に起こったもの。目に見える変化はないが、それでも俺に魔法を使ったという実感を確かなものにさせるのには十分だった。
「その様子だと上手くいったようね。――いい? キョウヤ。この感覚をこれからずっと覚えていなさい。そして何回も何回も反芻するの、そうすればいつかは詠唱破棄をあなたの物とすることができる。この私が言ってるんだから間違いないわ。
――でもまあ、それはそうとしても……本当に厄介だわ、当たっちゃったじゃない、予想」
喜びに打ち震える俺に声を投げかけられた師匠の真剣な口調の声は、俺がこれから歩むべき道――魔法使いの理想といわれる魔法の極致に到達するための道標だった。
しかしそれを聞き随分と確信に満ちた物言いだなと思ったがすぐに考えを改めた。
これは期待だ。この人は既に俺が詠唱破棄を会得することができないなど微塵も思っていないのだ。
全く……どうやら自分勝手な師によって俺の未来はもう決まってしまっているらしい。ならば俺は師匠の思い描く未来を現実にするために、その大きすぎる期待に応えねばならないようだ。
だがその前に――
「師匠? さっきから言っている予想って一体何なんですか? ――――詠唱破棄の会得なら絶対に成し遂げましょう。でもそれを阻む要素があるなら知っておきたい。自分のことなのに情けないとは思いますが、俺に魔法に関する知識は全然無いし今俺の身に何が起きているのかもさっぱり分かっていません。俺はどんな悪いことでも受け止める覚悟はできています。ですから教えてくれませんか、師匠」
眉をひそめ目を落としがちにこぼした最後の呟きから、師匠の予想は十中八九良いものではないだろう。それでも俺は知る必要があるし、知らなければならない、そんな思いで言った言葉だった。
「…………」
腕を組み静かに見つめてくる師匠の目からは何も窺い知ることはできなかった。だが僅かに逡巡の色を見せたのは、気のせいだったのだろうか。
僅かばかりの沈黙が降りた後、小さく息を吐いた師匠の重い口が開いた。
「……さっき、才能がないって言ったでしょ。それは属性の適性とか魔力量のことじゃないの。私が言った才能っていうのはそんな付随的なものではなく――もっと根本的なものよ」
「根本……的? …………魔法を使う上でってことですか?」
「そう。――キョウヤ、戦闘を行う時初撃が重要なのは理解してる?」
「もちろんです。次の手に繋げていくという意味でも重要ですが、有効な初撃であったならその一撃で勝敗が決することも珍しくありません」
「その通り。じゃあ問題、魔法使いとそうでない者が戦うとしましょう。その場合、高確率で魔法使いが勝つわ。何故だと思う?」
「そりゃあ魔法を使うからでしょう」
「……そうだけど違うわ、よく考えなさい」
嘆息する師匠の声音は少なくない呆れを含んでおり、視線にもそんな気配が感じられる。つい反射的に答えてしまった俺は気まずい思いをする羽目になり、段々と大きくなるいたたまれない気持ちが、俺に師匠から視線を逸らさせた。
「え、え〜と……何故魔法使いが勝つかですよね。そ、そうだなぁ〜」
空々しい笑みを貼り付けながら誤魔化すように言葉を繫げる。
先程の失態はただの人が魔法に勝てるはずがないという先入観によって起きてしまったことだと思う。決して俺が馬鹿だとか考えなしだとかそういうことではない。そう、決して。
で、どうして魔法使いが勝つかだが……これはやっぱり魔法を使えるからってことに帰結してしまう気がする。まあそれを正直に言ったらあの失態の再演となるのは間違いないが。
ただの人相手なら魔法を撃ちゃあもうそれで終わりだしなあ。
………………あ。
「そうか……! ――分かりました、魔法使いが勝つ理由」
「さっきみたいな馬鹿な答えは要らないわよ」
「同じ轍は踏みませんよ。ていうか馬鹿って思ってたんですか?」
「あれを馬鹿と言わず何と言うのよ、馬鹿」
「こ、このっ……!」
「いいからさっさと言いなさいよ、うるさい」
「ッ! …………そうですね。さっさと言った方がいいですね」
抑え切れるかわからないからな、怒りが。
「……勝つ理由は簡単です。魔法使いは先制攻撃をして相手を圧倒できるからです。そもそも両者は立っている土俵が違いますから、攻撃手段そのものもそうですしそれを及ぼすことができる範囲にも雲泥の差があります」
「正解。その状況における魔法の有無は、勝敗を分ける大きな要因となるわ。なにせ機先を制し遠距離から一方的に攻撃できるんだから、当然よね」
遠距離攻撃は相手に接近を許す前に仕留めることができ、尚且つ自らは安全圏内にいられるのが特徴だ。
遠距離対近距離ではその特徴を存分に発揮し、圧倒的なまでのワンサイドゲームになる。加えて魔法は前の世界の銃とは違い応用の幅が広いのだから、魔法無しで魔法使い相手との戦闘で勝つのは至難の業であろうことは容易に想像がつく。
「でも……それが俺に何の関係があるんですか?」
「――できないのよ」
「え?」
「魔法使いの絶対的な有利性――必殺の間合いともいえるその距離、それをあなたは使うことができないの」
淡々と告げる師匠の様子からは動揺や憐憫などの感情は全く感じられない。ただ事実を言っているだけ、そういう風に見えた。
まだあまり理解できずにいた俺の思考を遮るように、師匠は更なる事実を口にする。
「さっきの魔法とその前の魔法、魔法であることに違いはなかったのに発現の成否が出た。この二つの違いは発現した時の魔法の形態に失敗の一因があるわ」
「魔法の形態? 水と熱みたいな感じですか?」
「いや、そういうのは問題ないと思うわ。さっき検証した二つの魔法の形態は、遠距離系と近距離系の魔法。キョウヤが失敗したのは遠距離の方で逆に成功したのは近距離の方なのよ」
「えっ、それってつまり……俺は遠距離の魔法が使えない……?」
「そういうことになるわね」
遠距離系の魔法だけ使えないだなんてそんなことあるのか?
それに引き換え近距離系の魔法は使えるという。
すぐには信じられないことだが、実際に俺の魔法行使はその通りになっていたのもまた事実。なぜこんなややこしいことになっているかわからないが…………いや、多分あれだ、原因と言えるかは微妙だが最初に師匠が言っていた。
「師匠のあの言葉ってこのことを指していたんですね」
「まあね、運が悪いというかツイてないというか、せっかく魔力にも属性にも恵まれてるのに才能ないなんて、可哀想」
「他人事ですか、あなたの弟子ですよ」
言葉の割に全然感情がこもってない。
真面目な話をしていたと思ったらこれだよ。ちょっとシリアスっぽい雰囲気を出していたから身構えてしまったが、結局こんな感じに落ち着く。ここ数日で何度同じような感じのやり取りをしていたのだろう、数えるのも億劫だ。
相も変わらず今日も師匠は平常運転のようだ。
俺は呆れ半分諦め半分の溜め息を一つつき、脱力しかけた雰囲気を切り替えるべく弾むような調子で語りかける。
「そんなこと言っても一応は魔法使えるみたいですし、それに近距離なら俺の力とも相性はいいんですから、あまり悲観はしていませんけどね」
俺の取り柄は武術だ。もともと接近戦の技術を持っているのに遠くから魔法を撃つだけでは、せっかくの長所を殺してしまうことになる。だから俺はこれでいい。
師匠にその旨を伝えると「あなたに問題がないなら構わない」と承諾の返事。
「ところで師匠、なんで俺ってこんなことになっているんでしょうね」
「さあね。でもそういう魔法使いとしての才能が欠如している人は、少ないけれどいるにはいるのよ。実際にあなたみたいな人に会ったこともあるし、世の中には魔法が全く使えない人もいるらしいわよ。まあ、そういう事例があるって知ってたからあそこまで断定的に言えたわけだけど」
「俺だけじゃなかったのか…………俺ってこの世界の人間じゃないからもしかしたらその弊害かもしれないって思ってたんですよ」
「まあ私としても何かしら問題が起きるかもしれないと危惧していたけど、異世界人故の問題が起きたわけでもなかったからね。そのあたりの心配はしなくていいんじゃないかしら」
一番の懸念事項である異世界人故の何らかの不都合や未知の事物の発生は、今のところは大丈夫なようなので一安心だ。また新たな問題が浮上したとしても、遠距離魔法使用不可のような今後に関わる致命的なものはそうそう出てこないだろう。そもそもそんなレベルの問題はすぐに気づくはずなので、出てくるとしたらそんな大したものではないのがほとんどだと思う。
自らの身体の特徴を押さえて置かなければ魔法の上達などできやしないのだから、昨日今日で得られた情報はかなり有意的だったと捉えるべきだ。
「一時はどうなることやらと思いましたが良かったですよ、ただ単に一部の魔法が使えないだけで済んで」
「…………キョウヤだけよそんなこと言えるの。普通魔法使いはキョウヤのようになったら絶望するか、諦めて辞めるわよ」
ジト目で俺を見てくる師匠。
そんなこと言われても知らないし。別に気にしてないんだからいいじゃないか。
理不尽さを感じ不貞腐れ気味に顔を逸らす。
「ていうかその口振りだと世の魔法使いは後方からの攻撃が主流みたいに聞こえるんですが」
「聞こえるも何も実際そうよ? みーんな遠くからちびちび攻撃するだけで近づかれたら最後、呆気なくやられてお終い。魔法ばっかに頼ってる三流に多いのよねぇ」
「でも師匠はそうじゃないんでしょう?」
「当ったり前よ、分かり切ったことじゃない。あと何でそこで疑問形なのよ、ふざけてるの? 疑いを残す時点で頭おかしいんじゃない? だから死にかけるのよ、この愚弟子が」
ゴミクズを見るような目の師匠が、怒涛の勢いで強烈な罵倒を息つく暇もなく浴びせてくる。
チクショウ沸点どこだよ、低過ぎんだろ。今の会話のどこが悪かったのか俺には理解できない。
理不尽の極みであるこの場をやり過ごすためできる限り聞き流すように努めていると、やっとのことで師匠のお怒りが収まってきた。
「――全く、あなたはもっと私を敬いなさい。自覚が足りないんじゃないの、私の弟子である自覚が」
「……………………すいません」
俺なんでこんなこと言われてるんだっけ。
今の状況に疑問を覚えつつひとまず謝罪する俺。ここは下手に逆らうと罵倒のループに陥る可能性があるからだ。
謝罪を受けた師匠はフンっと鼻を鳴らし、一方的な説教に辟易していた俺にとある提案をしてきた。
「あんたが私の力に疑いを持っているのなら……それを晴らしてあげるしか……ないわよね?」
「へっ? いやそんなことは――」
不機嫌な表情から一転、危険な香り漂う妙に艶かしい笑みを浮かべる。
瞬間、襲ってきた濁流のような悪寒に総毛立った。
突如起きた体の反応を信じ体を後ろにそらすと、いつの間に接近したのか師匠が俺の首元に手刀を繰り出したところだった。
「なっ!?」
崩れた体勢に追い打ちをかけるように、手刀の勢いをそのまま後ろ回し蹴りへと転じ切り裂かれた空気が弧を描く。
俺は咄嗟に身を屈め回避。すぐさま後ろへ飛び退き距離を取る。
「ちょっと師匠!? いきなり何やってん――」
突として始まった攻撃に焦りと困惑が入り混じった声が口から飛び出すが、俺の制止で止まるような師匠ではなく、強引に俺を黙らせるように猛襲を仕掛ける。
くそっいきなり何だってんだ! 何を考えてる!?
殴打、足蹴、ビンタ、突き。
息つく暇もない攻撃の数々にこちらは防戦に回る他なかった。
繰り出される攻撃は速く、鋭く。
躱し、受け止める攻撃は強く、重い。
しかしそんな瞬きすら碌にできない攻防はやはりと言うべきか、そう長くは続かなかった。
紙一重で避け受け止めていた俺に余裕など全く無く、綻びが生じるのは必然的であった。生じた綻びは隙に、隙は俺に衝撃を与えた。
吹き飛ばされ、苦痛に顔を歪ませながら地面を滑る。
「――ぐッ……ぁ……!?」
「どうしたの? 攻撃してこないの? 武術を習ってたんでしょ、だったら見せてみなさいよその力」
地に伏した俺を見下ろしながら、余裕たっぷりの表情でその佳麗な顔を彩り、そんなことをほざく。
拳を握り締め多少ふらつきながら立ち上がると、師匠を怨嗟の篭もった目で睨みつける。
――クソがっ……! 何なんだよこのやろッ……。
「はあ……はぁ…………あんたが強過ぎんだろ。っざっけやがって」
「あら、そんな元気があるくらいならまだ大丈夫そうね」
「――――――!?」
また先に攻め込まれそうな嫌な予感がし、そうはさせじと駆け出す。
今度はこっちが先手を取ってやる!
瞬く間に距離を縮め接近する。その間も師匠の顔に動揺の色は見られず、静かに近づいてくる俺を静観していた。
俺はそんな師匠めがけて腕を引き拳をぶつける。振りは小さく、コンパクトに。高い可能性で避けられるだろうと思い隙をできるだけ少なく、そして次の動きに繫げやすくするためだ。
結果は案の定、だが予測していたことだ、焦る必要はない。
視界の横に移動した師匠の拳が俺の頭を強襲するが、瞬時に身体を回転させその腕を掴み受け流す。そのまま殴打の力を利用してこちらへ引き寄せられた師匠へと膝蹴りを打ち出す――がしかし、それが当たることはなかった。
当たると思っていた攻撃が空を切ったのだ。そこには誰も居らず掴んでいたはずの腕の感触もなくなっていた。
「はっ……?」
「こっちよキョウヤ」
背中に響いてきた師匠の声に心臓が高鳴る。
バッと振り向いた先の光景に映ったのは眼前にまで迫る師匠の脚。そう認識した時点には時すでに遅し。俺の顔面に痛みが走り、脳を揺さぶられながら再び地を滑っていた。
あまりの展開に受身を取ることが叶わず、直にダメージをもらってしまった。
既に体のあちこちに擦り傷や切り傷ができておりそれでもなお立ち上がろうとしたが、脳震盪でも起こしたのか身体に力が入らず思うように動かない。
そんな中、藻掻く俺に冷たい声が投げかけられる。
「途中までは良かったわね。……でも、忘れてない? 私が魔法使いだってこと」
「ぐぅ……ッ…………そ……だったな。じゃあやはりあれは」
「そうよ――――さて、そろそろお終いにしましょうか。力に差がありすぎるものね、このまま続けてももう意味は無いでしょう。だから見せてあげるわ、魔法使いの力。あなたの未来の姿を」
◆◆◆◆◆◆◆◆
完敗だった。
反撃も防御もあったものではなかった。それほどまでに、圧倒的だった。
あの後の展開を一言で表すなら「蹂躙」。
あんなのは勝てる気が毛ほどもしなかった。
魔法無しでも十分強かった師匠に魔法を使われたら、魔法がない俺にはもう為す術はなかった。だが狡いと思うことなかれ。 冷静になった今思い返してみれば、あれは俺にこうなれと提示したかったのだろう。
確かにあれができればとても大きな力を手にできるのは間違いない。だができるのかと言われれば、正直微妙なところだ。
ひょんなことから始まった俺と師匠の闘いは、師匠の勝利という形で幕を下ろした。歴然とした力の差をまざまざと見せつけられた闘いだった。
その闘いの勝者は『疲れたから紅茶飲む』と言い残し小屋に帰って行った。
――あれは帰ってこない。断言できる。
少し既視感を覚える言動だったがこちらも疲れたので何も言わなかった。
体には多くの傷という敗北が刻まれ、節々が痛むこの身は大地に倒れ伏している。
仰向けになり空を仰げば、一面青色に染まっており白い染みは一つもない果てしない天井が。あるのは燦々と輝く真円の太陽だけ。降り注ぐ陽光が闘いを見た観客の拍手のように、全身に浴びせられた。
いつかの青空に似ていて暫くぼうっと眺める。
この宙はどこまでも続いていて、皆同じ宙を見ているのだろう。だが俺の目に映るのは似て非なるあの世界の宙、もう見ることができない宙、もう一度大切な人たちと見たかった宙。
大切な人たちと哀しみを遺し俺はあの世界を去ってしまった。故意でないとはいえ、俺の起こした行動が全ての原因であるのは揺るぎようのない事実だ。
見つめている宙はどこまでもどこまでも続いている。
もし、この宙があの世界につながっていたとしたら伝えたい――この思いを。
――俺は……あの世界に、あいつらと…………もう一度会いたい――
叶うかもわからない思いは口には出さずそっと大切に胸にしまい、幻視していた宙から今見えている宙に切り替える。
徐ろに天高く昇っている太陽に腕を伸ばし、翳したその手で掴み取る。手が届くはずがないのはわかっている、ただ決意を表しただけに過ぎない。
あの光球と俺が横になっている地の間には気の遠くなるほどの距離があるのだろう。それこそ一生かかっても辿り着けないほどの。
だが、俺はあの場所まで行きたい。あの強さを放ちたい。
どこまで行けるかわからないがやれるところまでやってみよう。
それが今日からの俺の決意だ。
「ふう……。さて、と。目下の目標は詠唱破棄、かな。強くなりたいけどまずはそこまで行けなきゃ何も始まらないしな。そのためには……師匠を起こしに行くかぁ、どうせ寝てんだろうし」
痛みを我慢して起き上がると己の師がいる小屋へと歩みを始める。
長い長い階段を登り始めた俺を送り出すように、暖かなそよ風がそっと俺の背を押してくれた。
感想欄にて誤字脱字報告を受けております。
お気づきになった方はどうぞ。