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ゼロの魔法  作者: 緑木エト
第一章 運命の出会い編
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第5話 二つの高い壁

 俺が水晶との激闘を制し師匠に「キモい」と罵られた日から一夜たって、俺達は再びあの草地に赴いていた。

 今日やるのはナンバーマジック――魔法を実際に使うこと。本当は昨日やるはずだったらしいのだが、魔力量の測定で予想外に時間を取られたため、翌日に延期になったのだ。

 草地の中央辺りで歩みを止めた師匠が振り向く。


「昨日キモい誰かがキモい魔力量も持っててキモいくらいに時間をかけたせいで、今日に持ち越しとなってしまった魔法の実習を行うわね」

 

 …………どうしよう悪意しか感じない。

 そもそも俺と師匠の二人だけなのに、“誰か”なんて言っている時点で誰を指しているのか特定できてしまう。その点からも悪意がにじみ出ている。


「師匠、わざとですよね」

「まずは魔法の発動の仕組みからだけど」


 くっ……!


「基本的に魔法は大気中に含まれている“魔素”というものを使う。そしてそれを体内に取り込むと同時に魔力へと変換、魔力を練り魔法として放出する、この一連の流れが魔法発動のプロセスになるわね。口では簡単に言ってるけど、普通これをそのまま実行しても――まあ発動なんてしないわね」

「じゃあどうやって魔法を使うんですか?」

「詠唱よ。長々しくダラダラと垂れ流すあの詠唱」


 随分と刺のある言い方だな。嫌いなのか、詠唱。かくいう俺も詠唱はご遠慮願いたいと思っているが。……正直キツイかなぁ、精神的に。

 はっきり言って修二の仲間入りをしたくない。異世界に来てから厨ニ病デビューを果たしたくないんだよ。


 説明の中に出てきた“魔素”というものは、言うなれば魔法を使うための燃料のようなものみたいだ。この世界の様々なところに存在しており、大気中を漂っているらしい。

 魔法を使う上での魔素の消費量は各魔法ごとに決まっていて、量が増減することは無いという。


「詠唱の役割は魔法発動までのプロセスを補助することね。魔素の取り込みを円滑化したり魔力への変換を簡易化したり。こういう効果もあって魔法使いにとって、詠唱は魔法を使うための必須の道具ツールとも言えるのよ」

「詠唱って結構重要なんですね。まさかそこまでとは思ってなかったです」

ほとんどの(・ ・ ・ ・ ・)魔法使いが使うのだから当然でしょ」

「いや知らないですよ」


 それにしても詠唱か。……詠唱かぁー。……コレ、強制的に厨ニ病の仲間入りを果たしちゃうんじゃないか。いやいやっ俺だけがそう思っているだけで実はこの世界には“厨ニ病”という概念は存在しない可能性が――――大いにあるな! 詠唱なんてもんがあるんだから絶対そうだよ。お願いだからそうだと言ってください。

 これからの俺のメンタルに大きな影響を及ぼしそうな重大案件に心を悩ませていると、師匠から声がかかった。


「じゃあ早速やって見せましょうか。百聞は一見に如かずっていうし」


 そう言うと師匠は、前方に聳え立つ樹へと掌を向けると、宙空に水を作り出し超スピードでぶつけた。

 速過ぎる。全く目で追えなかった。

 水の弾ける音が木立の隙間を通り抜けた直後、ミシミシと嫌な音を立てながら樹が根元付近から真っ二つにへし折れると、そのまま周囲の樹木をも巻き込み、被害がさらに広がった。

 あまりの光景に思わず瞠目し、顔が引きつる。

 環境破壊の犯行現場を目撃した瞬間だった。


「つーか、え? 威力高すぎません? 今の。しかも詠唱してませんでしたよね。さっきの詠唱の話どこいったんですか」

「詠唱なんて必要ないわよ。長いし面倒くさい」


 だったら詠唱は重要とかなんたらのくだりは何だったんだよ! 言ってることが滅茶苦茶じゃないか。

 しかも予想をはるかに上回る威力に絶句した。魔法、強過ぎなんじゃないだろうか。


「師匠、魔法って皆こんな威力なんですか? だとしたら危険過ぎますよ」

「まっさか、全てが全てこんな威力だったら世界が終わるわよ。バカじゃないの」


 ……いちいち罵らなきゃいけないルールでもあるんですか? Sなんですか、サドなんですか、サドスティックなんですか。

 俺の問いに鼻で笑い罵倒で返す師匠にイライラが募っていく。


「……だとしたらどうやってこんな強力に?」

「あーさっき言い忘れたんだけど、魔法を使うにあたって必要な魔力、あれって実は二種類あるのよ」


 言い忘れないで下さい。結構大事なことだと思うのですが。


「魔素から変換された魔力が外部魔力、元から体内に保持している魔力が内部魔力、という風に分けられているわね。この二つを足したものが発動に使用される魔力の量になるわけ。内部魔力は外部魔力と違い、加える量を自分で調節できるから多ければ多い程、それに伴う魔法の威力も上昇するのよ」


 ふーん。――さっきの魔素を燃料とするような火に関する例えを取り上げると分かりやすいかもしれない。外部魔力が火種だとすると内部魔力が酸素みたいな感じだ。そう考えると酸素を大量に加えればそれだけ火の勢いも激しくなるわけで。

 ふぅ。……一つ言わせてもらおう。

 ものっすごい大事なことじゃねぇか。


「なんでそんなこと言い忘れるんですか」

「うるさいわね。弟子なら黙って師匠の言葉を聞きなさい」


 …………ここ最近、俺のストレスが爆発的に増えてんだよな。原因は言わずもがな、目の前にいるストレッサー(師匠)だ。

 正直このまま師弟関係を続けられるか非常に心配になってくるのだが、自分で言い出し決断したことだ。途中で逃げたしたりは絶対にしたくない。


 閑話休題。

 今の話から分かるのは、内部魔力は自由に加える量をいじれるため、魔力量が多い方が圧倒的に有利であることだ。

 俺の魔力量は常人とは次元が異なるらしいので、俺にとっての一番のアドバンテージとなることはまず、間違いないだろう。

 昨日、測定にかかった時間を告げ罵られた後、この世界の魔力量事情についてのあれこれを詳しく教えてもらったのだが、その辺を全く知らなかった俺は話を聞いてようやく、自らの異常性に気づき愕然となった。

 普通あの水晶が発光する時間は平均して三十秒程であるらしく、長くても一分ちょっと。二分までいく人はほとんど居ない。それに対して俺は一体どれくらいの時間をかけたのか――約一時間半だ。もう何分どころの話ではないし分単位じゃなくなってしまっている。

 俺の存在は規格外もいいところだろう。化け物レベルと言ってもまだ足りないくらいだ。それほどまでに俺の魔力量は膨大であり、他に類を見ない異常なものなのだ。

 師匠からはこの事実を人には言うなと釘を刺されたため素直に従っておくと決めている。俺自身としてもこれはあまり人に知られない方がいいと思っているからだ。もしこの事実が明るみに出れば厄介事に巻き込まれることになるのは自明の理。進んで巻き込まれる必要はない。

 そんなこともあって、俺の魔力量によりその威力にはとてつもない可能性が秘められていることを悟った。


「魔力のことはよく分かりましたけど詠唱は? さんざん重要とか言っておいて使いませんでしたよね」

「そりゃ使わないに決まってるじゃない。詠唱なんて敵に隙を与えているのと同義よ、やるだけ無駄だわ」

「そんなこと言ったって……。じゃあどうやって魔法を発動させるというんです? 魔法を使うのに詠唱は必須とか言ってたじゃないですか」

「そりゃ並の魔法使いにとってはそうよ。でも熟練の技術を持った魔法使いは違う。高位の魔法使いほど無駄を削ぎ落とす傾向があるから、詠唱は真っ先に無駄と判断されるわね」

「………………」


 これって言外に自分で高位の魔法使いだと言っているようなものではないだろうか。しかしまあ、この人にそういう意図はなかったのは分かるが。

 この短い付き合いの中でも力を自慢するような人ではないと確信を持って言えるくらいには、師匠の人となりは理解できているつもりだ。


「“詠唱破棄”と呼ばれるこの技術は、一生かかっても使うことができない魔法使いも多くいる。それだけ高度な技術だと思ってちょうだい」


 “詠唱破棄”――詠唱をせずに、つまりは無詠唱で魔法を行使する行為を指す。これは魔法の発動プロセスを全て己の身一つで行うことを意味しており、その会得には困難を極めるという。詠唱破棄を行える者はごくごく一部の高位の魔法使いだけであり、ここまでたどり着いた者は魔法使いとしての理想の体現者とまで言われる。詠唱破棄は全ての魔法使いが目指す魔法の極致なのだ。

 確かにすごい技術であるのに相違ない筈だが、できる人が少ないことからも難易度が桁違いなのだろう、恐らく俺が思っているよりもずっと。

 詠唱破棄の難しさについて想像を膨らませていると、師匠がこっちの目を真剣な目で見つめてきた。


「キョウヤ、あなたにはこの詠唱破棄を会得してもらうわ」

「……………………はっ?」


 何を言われたのか分からなかった。


「私の弟子なんだから、できて当然よ」

「え……でも詠唱破棄ってとてつもなく難しいって」

「そうね、でもやるのよ。どれほど難しかろうがどれほど大変だろうが」


 マジかよ……。嘘は吐いてないみたいだし、どうやら本気で言っているようだ。

 頬を汗の玉が滑り滴となって地へと落ちていく。

 魔法使いの理想、魔法の極致。そこまでのものをやれというのか。俺なんかまだ魔法一つ使ったことすらない全くの初心者だというのにな、滅茶苦茶だ。

 だが――――やってやろうと、成し遂げてやろうと思う心が俺の中で決然と芽吹き始めるのを感じる。

 俺は決意を固め無意識に口端を引き上げつつ、自らの師の双眸をしかと見つめ返す。


「――分かりました。やりましょう」

「……覚悟を決めたようね。いいわ、あなたのその覚悟、受け取ったわ。ただ、この時点であなたの今後が艱難辛苦の道となるのは決定づけられた。でも、私の弟子を名乗るんだから――絶対に乗り越えてきなさい」


 師匠が不敵に笑う。

 対する俺も同様の笑みを返し、


「もちろんそのつもりですよ。やるからにはとことんやってやります」

「そう、では始めてみましょうか。最初だから詠唱を使って魔法を発動させるわ。けどその後は金輪際、詠唱は使ってはいけないわよ」


 詠唱を用いるのが今回限りの理由は俺に魔法発動の感覚を感じてほしいのと、何度も詠唱を使うと癖がついてしまうみたいなのでそうならない為の予防策だそうだ。一度詠唱での魔法の癖がつくとなかなか直すのが難しいらしい。

 俺は余計なことを知らないから、詠唱破棄は人よりやりやすいだろうとも言っていた。


 師匠から詠唱を教えてもらい、右手を前に突き出し構える。

 詠唱はこれっきりなんだから俺の精神に与える被害は微小なもので済む。

 それに今回使うのは下位の魔法らしいので、きちんとやれば簡単に発動するとのこと。

 ――――よし。


「生の根源たる水よ、我が手に集え、水流ウォーター!」


 詠唱をし、恐らく魔素が取り込まれていると思しき感覚、体の中から何かが抜け出る感覚を覚えると同時に、右手から水が――――出なかった。


「あれ……? なんで……言う通りにしたのに……。――いやまだだ、もう一回!」

「生の根源たる水よ、我が手に集え、水流ウォーター!」


 二回目でも何も起きない。


「…………」


  できると思っていたものができず狼狽えている俺を尻目に、師匠の顔はどんどん曇っていく。

 何が起きて何が起きなかったんだ? 状況が理解できない。

 発動のプロセスはしっかり辿っていたと思うが、もしや違かった?

 自分ではどうなったのかわからないため説明を求める念を視線に乗せ、腕を組み目を伏せている師匠を見る。だが返ってきたのはますます険しさを増す顔。どうやら師匠もこれは予想していなかったようだ。

 不安を煽る嫌な沈黙が続く中、師匠が一度目を閉じ何かを結論付けたように目を開けた。

 そしてポツリと、


「――厄介ね、これは」


 あまり良いとは思えない呟き。


「……どういうわけか、訊いても?」

「そう、ね。自分のことなのだから知る権利くらいはあるかしら。でもあまり良い話ではないのは覚悟しておいてちょうだい」


 肯定を頷きで示す。

 そんな俺を見て師匠は一言。


「あなたには魔法の才能はない」


 そう言った。

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