第4話 魔法を知ろう
俺がグレイス・クレヴァリーという女性に師事することになってから二日が経った。
魔法で完治したとはいえそれなりの大怪我だったので、念のため安静にしていろとのことで、この二日間、俺は大人しく寝ていることになった。
とは言ってもずっと寝ていたわけじゃなく、この家の中を自由に歩き回っていたが。
家を探索した結果分かったことは、ここは木でできた小屋であり、部屋は俺が寝ていた部屋とそれと同じくらい、大きめの部屋がそれぞれ一つずつといった計三部屋。寝室とリビング、とはちょっと違うかもしれないがそんな感じの部屋で別れていた。寝室と同じくらいの大きさの部屋は空っぽで使われていないようだった。
ちなみに言うと外へは出ていない。師匠にとっても軽い感じで「出たら死ぬから」と、言われたからだった。
あまりの態度に当初、「あ、はい」と何となく受け取ってしまったがよく咀嚼して考えてみると結構、というかとてつもなく重要なことを言っていたのに気づいて、呆れると同時に驚愕した。
師匠は俺の療養中、近くの街に出かけて行った。なんでも俺の服やその他必要な物を調達するためだそうだ。
師匠が出かけて帰ってくるのにまる二日かかったことから、この近辺にある街は遠いのかもしれないが、如何せんこの世界の交通事情には無知なもので判断し難い。
その辺のことを聞いてみると、やはりここから一番近い街でもかなり距離があるらしく、この辺りそもそも馬車も通っていないらしい。
じゃあ師匠はどうやって行ったのか訊くと、「適当に行った」と言われた。
これっぽっちも説明になってない。そもそも説明する気がないようだった。
いっそ清々しいまでの物言いに、俺はこれ以上追求するのを諦め、代わりに二日間の買い物の成果を訊いた。
「とりあえずキョウヤのサイズに合う服をいくつか見繕ってきたわ。あっ文句言ったら殺すから」
さらっと怖いこと言わないで欲しい。
本当に、女神とか言ったの誰だよ。……俺か。
冗談とは思えない凄みを利かせた発言につい動揺してしまうが、もちろん俺に殺される道理はない。
「もっ文句なんて言いませんよ、そもそも不満はないですし」
そう、買ってきた服はとりわけダサいわけでもないので全然問題ないのだ。
異世界の服ってどんなのだろうと思っていたが、実際見てみるとシャツとかズボンのような形で前の世界のものとそれほどかけ離れてはいないし、むしろ似たような感じだった。
異世界の文明は地球の中世ヨーロッパ並なのが普通なのだそうだが、見る限り縫製技術は結構進んでおり、前の世界との衣服の形式の差異に戸惑うことはなさそうだ。
師匠はひとり感心している俺を特に気にかけるでもなく、これからのことについて話し始めた。
「文句もないことだし、これで一応準備は整ったわね。あなたもやりたがっていたことだし、早速始めてみる? 魔法」
「やるんですかっ、是非、お願いします!」
おお、ついに始まるんだな、魔法の修行が……!
オカルトをこれっぽっちも信じていなかった俺だが、目の前で魔法が使われるところを実際に見たのでその存在の有無については疑いようもない。
一旦魔法という可能性を眼前に提示されれば、早く使ってみたいとはやる気持ちは高まる一方であり、今の俺は自分でもわかるくらいに心踊っていた。
楽しみだな。
◆◆◆◆◆◆◆◆
師匠に連れられやって来たのは、俺が今まで過ごしていた小屋から少し離れた所にある開けた草地だった。木も生えていなければ動くのに邪魔になるような丈の草も特に無い、何かをするのにはもってこいの環境だ。
「さて、これからあなたに魔法を教えてあげましょう、と言いたいところだけどまず一つ、あなたが思っているような魔法は誰でも使えるわけじゃない」
「え、そうなんですか?」
「ええ、それとこの“魔法”という名称は通称でね、正式名称じゃないの。本来の名は“ナンバーマジック”と言われてるわ」
「ナンバーマジック?」
「ナンバーマジックは数字に宿っている特別な力を引き出す技術で、それを使い大小様々な奇跡を生み出すことができる。あなたの思っている魔法もそうした奇跡の一つよ。様々な魔法があるけどそれぞれにとある性質を有していてね、系統別に分類され基本的に九つある」
師匠の話をまとめると、“ナンバーマジック”には1〜9の系統に分かれており、それぞれ『1』系統、『2』系統、『3』系統…と続く。
さらにこの系統は各属性で区分されているという。
『1』系統から順に火、水、風、地、光、闇、雷、呪、無といった具合だ。
「結構属性の種類って多いんですね」
「確かにそう感じるかもしれないわね。でも実際は全ての属性を扱うことなんてほとんどできないわ」
「できない? どうしてです?」
「適性があるのよ。所謂才能って呼ばれるものがね。こればっかりは何をどう頑張っても覆すことはできないのよ、生まれ持ったものだから」
うーん、やっぱり才能必要なのか。
…………あれっ俺大丈夫か? 異世界人だから魔法使えないってオチはないよな……。
魔法の可能性が遠のいていく感じがして一抹の不安を抱いてしまうも、今はグッと堪え話を聞くことに専意する。
「この属性だけど、大きく二つに分けられるわ。火、水、風、地、無属性を基本五属性と、光、闇、雷、呪属性を稀少四属性と呼ぶわ」
「“稀少”ってことから察するに珍しい属性であるかないかってことですか?」
「その通り。基本五属性はほとんどの人がいずれかの属性を使える。言ってしまえば、ありふれてるのよ。だから世の魔法使いのだいたいはこれらの属性を使っているわね。まあ、だからと言って基本五属性が弱いという訳では無いけど。で、稀少四属性の方だけど、こっちは使える人の絶対数が基本五属性と比べて圧倒的に少ないのよ。発現する法則も未だ分からない、親が使えなくても子は使えたりするし、その逆もまた然り。完全に個人に依存する代わりにその人は扱える属性が増えるわけだから、まあ色々と有利になるのよね」
師匠曰く、多属性を扱える者は優遇されることが多いのだとか。パーティにも簡単に入れるし、貴族の護衛なんかにも召し抱えられたりするらしい。だがどちらの場合でも力を貸すに値するか、しっかりと自分で見極める必要はあるみたいだが。
他にも優遇される機会は多く、扱える者とそうでない者の差は確かに存在するみたいだ。希少な存在だし大事にしたいっていう気持ちも分かる。
「とりあえず説明はこんなところでいいかしら。今の話で大事なのは自分の扱える属性を把握すること。それが魔法を始める上での最初の段階でもあるわ。ということで、まずキョウヤがどんな属性を扱えるのか調べましょう」
そう言って師匠が取り出したのはバレーボール大の半透明できれいな真ん丸の水晶だった。
そういえば小屋を出るときになんか持ってきてたな。これだったのか。
「この水晶で……?」
「そ、手を当てるだけでいいわ。それで判るから」
手を当てるだけでいいのか。原理はさっぱり分からんな。魔法っていう時点でそんな事考えるのは無駄なんだが。
なんか属性ありますように……!
若干体を固くしながらゆっくりと水晶に手を触れる。つるつるしていて触り心地が良かった。
数秒後、水晶が徐々に輝きを増すのに伴い色とりどりの光に変わっていき、水晶を包み込んでいった。
「うわっ、し、師匠? これなんかいっぱい光ってるんですけど大丈夫なんですか?」
腕を組みながら様子を見守っていた師匠は、めちゃくちゃ変化する光に慌てふためく俺に見向きもせず、難しい顔をしてじっと光を見つめている。
無視されなんとも言えない気持ちになった俺は水晶に視線を戻す。
確認できたのは全部で赤、青、緑、黄土色、黒、黄の六色でランダムに光り輝き、俺達を染め上げている。慣れてきた俺は少しずつ平常心を取り戻し、オーロラのような美しい光景に心奪われていた。
「……もう離していいわよ、キョウヤ」
ようやく口を開いた師匠の言葉にハッとして、名残惜しつつも手を離す。
同時に光は収まりを見せ、すぐに元の水晶に戻ってしまった。
「あのーそれで俺の属性って……?」
「ふぅー……珍しいこともあるものね。あなた、基本五属性に加え、二つの希少属性が使えるみたい」
「……えっ本当ですか。――――よっしゃ!」
大きく息を吐き少々疲れた様子で頭に手を当てる師匠。一方俺は言われたことが段々と飲み込めてきて、嬉しさのあまり握りこぶしを作りガッツポーズ。おっと、ついはしゃいでしまった。ちょっと子供っぽかったかもしれない。
しかし異世界人故に才能がないかもしれないと危惧していたのもあり、予想以上の好結果に嬉々たる心情になったとしてもやむを得ないだろう。
気恥ずかしさを誤魔化すために気になっていたことを質問する。
「属性を判別するのってもしかしてあの光色ですか?」
「そうね、この水晶は発光する色によって自分の属性が判別できる物だから」
「なるほど。となると、さっきの発色から考えるに俺が扱える属性は六つということになりますね」
「いや七つよ。京鵺の持つあと一つの属性は無属性ね。これは誰でも使えるから水晶には反映されないのよ」
マジでか、一つ増えた、すごく嬉しい。それに七つってかなり多い方じゃないか?
「まさか稀少四属性の内二つも持っているなんて思ってもみなかったけど」
「やっぱりそんなに珍しいものなんですか?」
「珍しいわね。なかなかお目にかかれるものじゃないのよ、稀少属性持ちには」
俺が思っているよりかなりレアな存在なようだ。そのことを認識し、再度嬉しさを噛み締める。
師匠の話によると、水晶の発光色には全部で八種類あり、無属性を除いた全属性に対応しているらしい。
例えば赤なら火、青なら水、緑は風という感じ。他にも黄土色は地、白が光、闇は黒、黄が雷、灰色が呪属性になる。
これを踏まえると俺が扱える属性は火、水、風、地、闇、雷、無の七つであるとわかる。
基本五属性全てを扱える人は稀少四属性に比べたら多いが、それでも数は少ないらしく、大体が何か一つ属性が欠けていたりする場合が多いらしい。俺は本当に運がいいようだ。死にかけたけど。
「さて、キョウヤの属性も分かったことだし、今度は魔力量を調べるわ」
「それってどれだけ魔力持ってるかってこと……ですよね?」
「ええ、合ってるわよそれで。魔力量は体内に保持する魔力の総量であり、どれだけ魔法を使えるかにも関わってくるわ。じゃあもう一回その水晶に触って」
「え、もう一回って。これ属性を判別する道具じゃないんですか?」
「もう一つ使い道があるのよ。それが魔力量の測定。いいからやんなさい」
催促され再度水晶に手をやると、今度は普通に発光し出し……発光し続けた。
光ってるだけでさっきのようなはっきり見て取れる変化はなく、ただひたすら光ってる。
「……あのー師匠? いつまでやるんですかこれ」
「ん? 光が消えるまでよ。発光する時間に応じて魔力量も大きくなるから。もうじき終わるんじゃない?」
「へぇーそうなんですか」
待つこと一分――変化なし。
待つこと二分――変化なし。
待つこと五分――変化なし。
「いつまで光ってんのよこれ。キョウヤ、早く終わらせなさいよ」
「無茶言わないでください。できるもんならやってますよ」
「……はあ〜。――私家戻って紅茶飲んでくるから、終わったら教えてね」
「はっ!? えっいやっちょっと!? 飽きるの早すぎません? もう少し待ちましょうよ!」
「いや」
おいいいいいいい!! 行っちゃったよあの人。待ち飽きたからって弟子置いて行っちゃったよ! しかも紅茶飲んでくるって! 寛ぐ気満々じゃねぇか。
足早に去っていく師匠の後ろ姿を俺は恨みがましく見つめていたのだが、当然とばかりに振り向きもせず、小屋に向けてまっしぐら。
……なんか鼻歌が聞こえてくるのは気のせいだろうか。師匠か? ……いや、まさかね。弟子を置いていって鼻歌を歌う師など、どこの世界にも存在しない。うん、弟子として師匠を信じようじゃないか。この関係まだたった数日だけど。
師匠の説得に関して既に諦めの境地に達している俺は水晶の方に目を移した。そこにあるのは相も変わらず光り続けている水晶の姿。
これいつまで続くんだ。同じ姿勢を維持するのも大変なんだが。
ちなみに今の体勢は水晶を地面に置き、そばに胡座をかいて座っている状態。この体勢でもうじき十分だ。
もう分かったから早く終われ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
日が傾き、大森林が朱く染められている。夕日と反対側の空は朱から蒼、そして黒へと綺麗なグラデーションに彩られており、夜の帳がじきに下りることを静かに告げていた。幾多の星は自身の輝きを競い合うように、煌めきを少しずつ増していく。
――疲れた体にとってこういう自然の美しさは癒されるな。
この様子は地球のそれと何ら変わらない。一瞬ここが地球であると錯覚してしまい、懐かしさが込み上げてくるのを感じた。
――美鈴……紅巴……それと修二……あいつらどうしてるかな。
…………できることなら、もう一度――――会いたい。
「ふぅ……駄目だな。そうそう簡単に吹っ切れるもんじゃねえよな。――よしっ変な感傷やめやめ。さっさと帰らないと」
現在、俺は魔力量の測定が終わったので、忌々しい水晶を抱えながら帰路についているところだ。
今の俺の帰る家はあの小さな小屋であり、唯一の居場所といえる。そして中には師匠が。待たせすぎた気がして少し怖い。
しばらく歩くとこの数日過ごしていた小屋が視界に入った。
躊躇いがちに出入口のドアの前で一人佇むも、意を決してドアノブを捻った。
そんな俺を待ち構えていたのは信じられないものだった。
俺の目線の先、ソファーの上には――
――気持ちよさそうに寝ている師匠の姿があった。
「ふあぁあ、やっと帰ってきたのね。で? どんくらいで終わったわけ?」
先程イライラが限界に達するかの瀬戸際の中、鋼の精神で何とか抑え込みながら師匠を起こし、何とか話を聞かせるところまで持っていった。
ここまで頑張った俺は平静を保つよう心掛け、脚を組みながら椅子に座る師匠の前に立ち、非常に腹立たしい欠伸の音を聞いていた。
「寝ていたあんたに『やっと帰ってきたのね』なんて言われたくない」という言葉を無理やり胸に押し込み、水晶との激闘の結果を発表した。
「多分ですけど一時間半くらいだと思います」
「キモ」
キレてもいいですかね?