第22話 決着
夏の三日間連続投稿第三弾!
これで連続投稿は終わりです。
“ゼロの魔法”。
師匠はそう呼んでいる。
それは触れるだけで、この世のありとあらゆる魔法を打ち消す魔法。そこに例外はない。
俺だけが持つこの不思議な力は、師匠との旅の途中に判明したものだ。師匠も知らないようだったし、正体不明の力として認知している。
師匠もドン引くレベルの魔力量を持つ俺でもそう乱発はできないくらい莫大な魔力を消費するが、引き換えにどんな魔法であっても等しく無に帰すことが可能だ。
最強の対魔法用魔法。
それが俺に授けられた力だった。
何故俺がこんな力を持っているのかはわからない。
それでも何か俺が持つ意味があるのだろう。その意味は何なのか、未だ答えは出ていないが。
それともう一つ。
師匠に“ゼロの魔法”を決して人前で使用するなと厳命されている。
まあこんな魔法、他人にバレたら厄介事が呼び込まれること確実なので特に異論はなかった。きっとそういう面倒を避けるために使用を制限しているのだろう。
使用については使わざるを得ない場合に限り許可されている。ただし、情報が拡散しないための処理が必要というオマケ付きでだが。
という訳で、俺は今から処理をしなくてはいけない。
今のを見たのはルシアと『暴虐の牙』首領、魔法使い三人の計五人か。
まあ少なくて良かったかな。ルシアは当然除くとして、口封じをする数が多いとそれなりに病むし。
首魁は情報取るために生かさないといけないので、殺るべきなのは上にいる魔法使い三人。
しかし残念ながら届かない。完全に俺の射程圏外だ。
「っと、そうだ」
あまりに静かだったんでうっかりしていた。早くルシアを助けてやらないと。
「よ、助かって良かったな。今拘束解いてやるからちょっと待ってろ」
「え、あ、うん」
未だ頭の中の整理がついてないのか戸惑い気味に答えたルシア。逆にそれが素直な反応を出してくれたので非常にやりやすい。
多少の時間をかけ拘束を解くと、ルシアの首元が目に付いた。
「おい、その首――」
「何さっきの!? アンタ何したの!?」
おっと、復活してしまったか。こりゃ面倒だ。
「えーと、そのー……。…………あのさ、追及するのは後にしない?」
咄嗟の言い訳が思いつかなかった。
「そんなのっ――っと、確かにそうね。すごく気になるけど」
自分達の置かれている状況を思い出したようで、釈然としない感がすごかったが渋々俺の提案に了解してくれたルシア。
このままこれから俺がやることにも何も言わないでくれると嬉しいなぁ。
「ルシア、これ」
俺は自分の首元を指し示す。
「ん? ――あっ…………その、見ないで……恥ずかしい……」
いきなり髪の色と同じくらいまで赤面するルシアに、俺は何がそんなに恥ずかしいのかよくわからなかった。
なので余計に見つめてしまい、なんかもう色々大変なことになってきて気まずくなったのでさっさと本題を切り出すことにした。
「あの、ルシア? なんでそんなに赤くなってんのがわかんないけど、取り敢えずその首輪、取る?」
「えっ知らないの ……じゃあそこまで気にしなくても……いややっぱダメよね。そもそも――」
前半部分しか聞いてないな。色々一人でブツブツ言ってる。
「なあ」
「――――」
「話聞いてる?」
「――――」
「……勝手にやるぞ。知らないからな」
ぴとっと首輪に触れる。
“ゼロの魔法”が発動。
隷属の首輪に掛かっている魔法が打ち消され、ルシアの首から外れる。
終わり。
「アンタ何触ってんのよ! 変態!」
終わりじゃなかった。めんどくさい。
というかそろそろ向こうも再起しそうなので、こちらも対応しておかないとまずいのだが。
「……わかった、もう変態でいいや。という訳で上にいる魔法使い三人、お前相手してくんね? 俺じゃ届かねぇ」
何がという訳でなのかわからんが、あいつらの相手はルシアに任せてしまおう。適材適所というやつだ。
「え、何、キョウヤこの距離で魔法届かないの? もしかして苦手なの?」
「いいから相手しといて」
「……何か扱いが雑な気がするんだけど。……まあいいわ。って、私無理よ。今魔法使えなくされて、る……し……」
俺が隷属の首輪を掲げて見せると、ルシアの声は段々と尻すぼみになっていった。
「なっ……一体何を――」
「じゃあ任せた。俺は首魁の方とケリつけてくるから」
「じゃっ」と手を上げると、スタスタと早足でルシアから背を向け離れる。
いちいちさっきのことの釈明をしていたら埒が明かないしな。
それに、逃げるが勝ち、というステキな言葉もある。
……まあ、実の所。ただ説明を引き伸ばすことで言い訳を考える猶予が欲しかっただけである。
「ちょっ、ちょっと!? ――ああもうっ。わかったわよ、やればいいんでしょ!」
そうです、やっちゃってください。
ルシアに三人の相手は任せるとして……俺の方も始めようか。
ちょっとばかし弛緩した空気を振り払い、俺は気を引き締め直す。
「――残念だったな、と言うべきかな?」
未だ完全には立ち直っていない様子の首魁の許へ近づく。
「…………化け物め……」
「よく言われる。まあ言われたところでどうってことないが」
「……さっきのは何だ?」
「素直に答えるとでも?」
「……お前は、一体何者なんだ」
「質問が多いな。そもそも知ってどうする? 言っておくがお前に先はない」
今回の件において俺は巻き込まれた立場だが、関係者となった以上裏にあった事実関係を知る権利くらいはあるだろう。
こいつにはいろいろと喋ってもらわないといけない訳であるが、その後のことは――生かすか殺すか、生殺与奪の権はこちらが握っているのだ。
全てはこいつを拿捕してからの話だが、負ける気はまるでない。
「話は後でいくらでも聞いてやる。お前に勝った後でな」
「フッ……勝った後か……。フフフフフフ、フハハハハハハハハハハ…………――ぶち殺してやる」
軽快な笑い声から一転、ドスのきいた声で俺を殺すと言った首魁は、折れた剣を携えて“身体強化”と思われる魔法を発動。
俺は吶喊してくる首魁を前に、泰然として構える。
振り下ろし。振り上げ。袈裟斬り。刺突。
様々な攻撃の手を間断なく繰り出してくる首魁。
ただやはり剣身が折れているためにいつもと勝手が違うのか、幾分扱いずらそうではあった。けれども折れた剣も立派な武器なので、当たるような真似はしない。
俺と首魁が激しい攻防を繰り広げていた最中、突として倉庫内に大火炎が出現する。
ルシアと三人の魔法使いによる魔法戦の勃発だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
倉庫の上方に潜んでいたらしい三人の魔法使いが詠唱を唱え始めた。
それを見て、ルシアは自身の魔力の状態を確認する。
(…………うん、大丈夫。隷属の首輪による影響は無さそうね)
隷属の首輪という魔道具で強制的に魔法を封じられていたので、もしかしたら、という不安があったのだ。
ルシアは問題なく魔法を撃てると確信すると、眦を決して三人の敵を見据えた。
魔力の高まりによって揺蕩う真紅の髪。
神々しいまでに輝き、澄んでいる真紅の瞳。
そして何より目を惹く抜群の美貌。
それらが合わさった花顔柳腰の体現者は玲瓏たる美声を響き渡らせる。
「赫赫たる最上の御光。顕現するは灼熱の業火。遍く世界を照らし此の世の罪科を明らかにす」
四家で構成される“四峰”。
その一角にして、『1』系統火属性魔法の筆頭たるはアークライト家。
「森羅万象を焼き尽くす無にして有たる聖火ならば、日輪の花を以て開闢の刻を天上天下に知らしめよう」
連綿と受け継がれし一つに特化した性質は毛髪や瞳にまで影響を及ぼしており、その姿たるやまさに炎の如し。
麗しき紅の才媛が唄うように吟ずるのは、超高難度のSランク魔法を紡ぎ出す清浄なる言の葉。
並の魔法使いでは辿り着くことすら困難だと言われる別次元の魔法。それがSランク魔法である。
そんなものを行使できるということは、ルシアと他の魔法使いとに隔絶した力量の差が介在していることを意味する。
「今、此処に」
魔力が最大限に膨れ上がった瞬間、圧倒的暴威が解き放たれる。
これがルシア・アークライトの真価。
「“煉獄の心核”」
詠唱の完了は両者ともほとんど同時であった。
しかし生み出された炎は格が違った。
『暴虐の牙』側の魔法使いが放ったのは先程同様の特大の火球。
対するルシアはキキョウの花のような形をした巨大な火焔。五枚の花弁と中心に鎮座するあらゆる物を融解してしまいそうな球体でできていた。
赤と黒が混ざったマグマのような色合いは触れたが最後、骨すら残さず溶かしきるであろう。
両者の間で、襲い来る三つの火球と、花弁を回転させその身を徐々に大きくしながらゆっくりと進む火焔が激突した。
炎対炎の対決である。
……いや、『対決』などと表現すること自体おこがましい。
二つの炎は激突し、瞬間、ルシアの炎がいとも容易く呑み込んだ。
拮抗する余地など与えない。そう暗に告げるかのように。
そして、ルシアはこの一方的な戦いに終止符を打つ一言を言い放った。
「爆ぜなさい」
直後、王都の夜が少しの間昼になった。
倉庫の屋根諸共、極太の熱光線が天を貫く。
遠くから見れば、その光景はまるで倉庫自体が発射口のように見えるだろうデタラメな規模の大火炎放射。
――勝敗は決した。
ルシア・アークライト、完全勝利。
◆◇◆◇◆◇◆◇
真っ赤に燃え盛る炎の天井を見上げ、京鵺はポツリとこぼす。
「やりすぎだろ……」
流石にこの規模の魔法をあの魔法使い達に撃ち込むようなことはしてないようだが、些か度が過ぎる感もある。
相手の魔法使い達は直撃こそ免れたものの、獄炎と至近距離にいるので大やけどは避けられないだろう。
この攻撃は相手への示威行為、或いは自分に行われた狼藉により溜まった鬱憤を爆発させているのだろう、と京鵺は思った。
また、多分後者の方だろうなぁとも思った。
上が灼熱地獄と化している中、京鵺は同じく気を取られていた首魁へと接近。京鵺の動きを察知した首魁もまた駆け出して行く。
相互接近により、両者の間に介在する距離は瞬く間に消失する。
数秒もかからないうちに、彼等は再び激突を果たした。
ぶつかり合う刃と刃。
片や折れた長剣。片や逆手に持ったナイフ。
オレンジ色の火花を何度も散らす電光石火の剣戟は、さながら頭上に広がる烈火を演出とした煌びやかな舞台のようである。
演武を披露する二人の役者が入れ替わり立ち替わり攻守を変える様は、互いを打倒せんとする気迫に溢れたものであるだろう。
やがて華麗なる剣戟は終局を迎える。
何度目とも知れぬ斬り結びの果てに、首魁は一瞬の隙、しかしながら京鵺を相手にしては致命的な隙を見せた。前に京鵺が脚に放ったナイフの傷がここに来てリズムを崩したのだ。
ナイフが振り払われると首魁の剣がすっぽ抜け、上に打ち上げられる。
伴って首魁の腕も勢いに押され空中に投げ出された。
焦りと悔しさで歯を軋ませる首魁。
ガードを空けられた相手を前に、その好機を見逃す京鵺ではない。
「終わりだ」
「クッ……ッソがぁあ!」
京鵺が相手の懐へ入り込むと、バチバチと唸る紫電を纏わせ、静かに決着を告げる一言を口にした。
「――“雷霆掌波”」
手を横向きにした掌底の形を取る。
首魁の胴に掌底が撃ち込まれた刹那、手のひらに展開される紫光を放つ電撃。
ズドンッ、と重い衝撃音と共に首魁の身体を稲妻が撃ち抜く。
京鵺の繰り出した一撃に首魁の身体は耐えられない。もんどりを打ち一直線に宙をつき進む身体は、倉庫の壁をぶち破って瓦礫に埋もれた。
もう動く気配は感じられない。
それを機に、場を静寂が包み込み、京鵺はフゥと一つ息をついた。
戦いが終わったのである。
頭上からの熱波はいつの間にか止んでおり。
見上げれば満天に輝く星々が夜空に飾られている。
この場に立つ者はたった二人のみ。
人知れず行われた夜の暗闘は、狭間京鵺、ルシア・アークライト両名の圧勝という形で幕を閉じた。
かくして一つのペンダントを巡る事件は、黒き少年の手によって解決がもたらされたのだった。
あと一話で終わります。




