第21話 “ゼロの魔法”
夏の三日間連続投稿第二弾!
「フッ!!」
小声で何かを呟いた後、首魁が尋常でない速度で疾駆して来る。
考えるまでもなく、身体強化。部下に使えて頭が使えない訳がなかった。
俺はまずは牽制にナイフを一つ投擲。
空気を切り裂くその攻撃は、しかしながら標的に当たることなく剣によって地へと落ちる。
カランっというナイフが落ちる音が聞こえた時には既に、俺は相手の間合いに入っていた。
刹那に交差した視線は自身のも含め殺気に満ち満ちており、この一撃で戦闘が終わる気配はない。
首魁が横に一閃。振りかぶったその余波で空気が弾け飛ぶ。
俺は屈み込み胴へ腕を吸い込ませた、が。見切っていたかのように受け止められた首魁の手に阻まれてしまう。
がっしりと掴まれた手はまるで万力のような力で固定されているみたいに、引き抜こうとしても動かない。
やがて来る斬撃。
このままでは俺の体は切り裂かれてしまうだろう。
ところが当然そうはならない。
押しても引いてもこの拘束は引き剥がせないと見るや、俺は即座に片方の手に持つナイフで奴の手首を傷つける。
「ぐっ!」
力が緩んだ隙を突き、拘束を振りほどく。
首魁は痛みに顔を顰めながらも剣閃は止めずに俺を殺す軌道をなぞった。
転瞬、俺の身体は首魁の頭上へ高速で移動する。
眼前から姿を消した俺を首魁は見逃してはいなかったようで、すぐさま上に顔を向け俺を視認して見せた。
ならばと。
俺は空気を魔法で固めそれを足場として蹴りつけると、加速された落下速度を伴い頭上から首魁を強襲。
振りかぶった拳の膂力は岩をも容易く砕く威力だ。直撃すれば例え強化された肉体であったとしても相応のダメージを与えることができる。
拳は案の定、床を破砕する爆音と衝撃波を生み出し、無数の石礫が舞い上がる。
だがそれだけだ。首魁はギリギリのタイミングで間一髪避けることに成功していた。
とはいえ、やはり本当にギリギリだったのだろう、息が荒くなっているのが確認できる。
流石トップだけあって戦い慣れしているな。こちらの動きについてこられるのはなかなかのものである。
まあついてこられると言っても、俺はまだまだ余裕なので焦りはないし、自身の勝利に微塵の揺るぎも存在していない。
それにしても受け身ばかりはそろそろ飽きてきたな。
……もっとギアを上げようか。
俺は身を翻し、首魁の許へと疾走を開始する。常人の到達可能速度を遥かに超えた速さの中、再度先刻と同様に懐から二振りのナイフを取り出す。
それを見た首魁は牽制を対処するためか、自身の得物を構えた。どうやら迎撃準備は万端の様子である。
その姿を冷厳な眼差しで一瞥した後、ナイフを一振り相手の顔面目掛けて腕を振るう。
空間を貫く一撃はまるで進む先に糸でも付けられているかのように軌道は一直線だ。寸分の狂いもない。
そして首魁も動く。
長剣を眼前に構え、事も無げにナイフを弾いた。
想定していたのだろうし防がれて当然である。というか、そうでないとこちらが困る。
俺は残っていたもう一振りのナイフをさらに投擲。
その際俺は魔法を発動させる。
手からナイフを離すと同時に手のひらに風の小爆弾を展開、起爆。強化された自身の腕の振りかぶりと爆風による相乗効果は、相手に視認する隙を与えない。超加速されたナイフは鋭利な弾丸へと変貌した。
的は相手の脚。機動力を削ぎ、着実に追い詰める腹積もりである。
「がああッ!?」
見事攻撃が命中し首魁が苦悶の声を上げた時には俺は既に接敵が完了していた。
一切の躊躇なく殴りつけようとするものの、そこは王都最大の犯罪組織のトップ。並外れた反射神経で剣を横にして刀身で防いだ。
しかしながら、受け止めた反動によって数メートル程後方へ滑るように退ったところを見ると、少なからず衝撃くらいは届いただろう。
距離が多少できたが、それで立て直す時間を与えるようなことはしない。瞬時に飛びかかり、大きく回転させた脚を奴の刀身諸共ぶつける。
パンチよりキックの方が威力は強力になる、という当然の理屈のもと、力技で吹き飛ばすことに成功。首魁の身体は倉庫の壁に激突し、破壊することでその勢いは完全に消滅された。
「……いってぇなぁ、この野郎。人ひとり吹っ飛ばしやがって…………つーか今ので思ったが、テメエかなりの場数踏んでるな? 動きに一切の迷いが無え…………ナニモンだ?」
「……答える義務はないな」
冷徹に拒否を告げながら首魁の許に歩を進める。
「俺にもお前に聞きたいことがあるんだ。でもどうせ今問いただしても話さないだろう? だから殺さず捕らえてやる。詰問するのはそれからでも遅くない」
「……殺さず、だと?」
俺の言葉にピクリと反応した首魁が一段と低い声を出したかと思うと、こめかみに癇癪筋を走らせ怒髪天を衝く形相でがなり立てた。
「――舐めたこと、言ってんじゃねぇえええええ!!」
どうやら逆鱗に触れたようだ。
怒号と共に生み出されたのは剣に宿る烈火の炎。それはさながら首魁の怒りを表しているようで、激しく燃え盛っていた。
なるほど、魔闘剣士か。発動スピードを見るに簡約詠唱もなかなかの域に達しているようだ。組織の一番上に立つ者として遜色ない実力であると言えよう。
まあ俺には勝てないだろうが。
思いっきり振り下ろされた炎剣から炎の斬撃が放たれる。
見た限りあの炎はかなり高温だろう。直撃すればひとたまりもない筈だ。
――水だと蒸発するか?
流石にルシアほどの火力はないだろうが、それでも万全を期すのに越したことはない。同じ轍を踏むのはゴメンである。
そんな刹那の思考を行った後、俺はトンっと軽く踵を地へと打ち付けて、
「“地壁”」
すると突如せり上がってきた壁が盾となって炎の斬撃を受け止める。直後に爆炎と爆音が周囲に撒き散らされるのはほぼ同時だった。
壁は表面が焼け焦げ、ところどころ崩壊している有様だったが、盾としての役割は十分に果たしてくれた。
俺は壁の陰から飛び出すと、そこには剣を振りおろそうとしている首魁の姿が。
咄嗟に半身になって回避の体勢を作ると、すぐ側を通り過ぎる刀身を横から掌底。不意に打ち込まれた一撃に体勢を崩した首魁へ絶好の好機とばかりに攻撃のラッシュを叩き込んだ。
「ぐッ……があ……っ!」
俺の猛攻に堪らず膝から崩れ落ちる首魁。
今ので相当量の手傷は負わせたと思われるので、もう奴に俺を倒すほどの余力は残っていない筈だ。
すると、息も絶え絶えの首魁が何かを発した。
「……の……れが……」
「あ?」
何だ?
「この俺が――負けてたまるかぁあああああああああ!!」
首魁が憤激の絶叫を上げた。
耳朶を叩きつけるその雄叫びは、首領としての意地から来るものだろうか。
決死の覚悟で立ち上がって、血反吐を吐き血走った目を目いっぱい開くその様は少なからず怖気を感じるものがある。
「荒れ狂う大空の脈動! その身を我が剣身に束ね、一切の敵を両断せよ!」
紡がれる詠唱。簡約詠唱によって、魔法の完成に至るまでの道程を短縮、簡便にされていた。
「“風斬”!!」
風刃となった長剣が残像の尾を残しながら俺の首筋へ滑らされていく。
――――直撃。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……は?」
場にそぐわぬ間の抜けた声を発したのは、『暴虐の牙』の首領であった。
目の前の光景が信じられないのだろう。思いもよらぬことが起きてしまったのだから当然である。
首魁は剣を振り切った状態で固まっていた。視線は目の前の動かない敵に注がれ、やがてその双眸は自身の得物を映し出した。
風属性の魔法を纏った己の相棒。それが今や半ばから折損しており、元の精強な姿は見る影もない。武器としての役目は既に期待できない状態となってしまっている。
カランッ――と宙を舞っていた折れた剣身が地を幾度か跳ねながらその動きを止めた。
落下音にハッと我に返った首魁は再度ソイツに目を向ける。
直撃はした。完璧な斬撃、の筈であった。
首魁の想定と唯一異なっていたのが、首ではなく防御のために掲げられた腕に当たったというだけで。
ただし、頑強な岩で篭手のように武装した腕に、であるが。
狭間京鵺は無感情に首魁の様子を眺めていた。
あれだけの人数を相手に大立ち回りを繰り広げた彼の身体にはかすり傷一つ無く、呼吸も規則的で乱れは見られない。
この世界に来てからの彼の師との修練は確実に実を結んでいた。
「……はっ……何だよ、それ……」
膝から崩れ落ち、もう精も根も尽き果てたといった体でガックリと項垂れる。
己の渾身の一撃が全く歯が立たなかったのだ。心を折るには十分であろう。
「ちくしょう……。これで『暴虐の牙』もお終いか」
「……俺の仲間に手を出したのがいけなかったな。そうでなかったらこんなことにもならなかったろうに」
「全くだ。どうやら俺は藪をつついて蛇を出すどころか獅子を出しちまったらしい」
先程の勢いなど欠片も見られないくらいに意気消沈した様子で言葉を吐き出す。
「観念したか?」
「観念…………そうだな、諦めるとしよう。俺にはお前を殺すことはできないらしい」
深く項垂れている首魁の表情を窺い知ることはできない。
少しの沈黙の後、唐突に。
「なあ……お前さん、仲間は大事か?」
「は? …………当然だろ。それが何だ?」
「いやなに。確認したかっただけだ――――」
伏せられた顔が凶悪に横に引き裂かれる。
「――お前さんの、愚かしさをなああ!?」
京鵺は得体の知れない何かが胸中で膨れ上がっていくのを感じた。
何かがあるのか?
そう思い至った時、首魁の先の言葉が想起される。
『仲間は大事か?』
そしてその前。
『俺にはお前を殺すことはできないらしい』
――――まさか。
京鵺の頭にとある一つの可能性が導き出される。
それは首魁の賢しさを見抜いたが故に排除された可能性。
そしてそれは同時に京鵺の殺害をも実現しうるだろう。
「コイツ――――ッ!」
歯を砕けんばかりに噛み締めた京鵺の背後から、赤い光が三つ突如生み出される。
振り返った京鵺が目にした光景は、京鵺の予想が正しかったことを物語っていた。
「え?」
ルシアが見上げる先には三つの特大の火球。
相当高ランクの魔法であるのは、『1』系統の魔法を得意とするルシアの目から見ても疑う余地がなかった。
さらに。
「これって……私……?」
狙いが自分であることもすぐに理解してしまった。
「さあ! どうする!? 早く駆けつけてやんねえとアイツ焼け死んじまうぜェ!?」
首魁の哄笑が火球で明るくなった倉庫内に響き渡る。
窮鼠猫を噛む。
やはり手負いの獣が一番恐ろしい。
首魁は追い詰められ自分では勝てないと見るや、せめて一矢報いてやろうと倉庫の上部に潜伏させていた三名の魔法使いにルシアを攻撃させたのだ。京鵺がその攻撃からルシアを守るために魔法の正面に自ら立つと見越して。
ルシアを奴隷として売ることを諦め、黒いバケモノを殺すためだけに利用する。
考え方自体は犯罪組織の長らしく屑の極みであったものの、“狭間京鵺”という人間を殺害するのに限って言えば、これほど理にかなった反撃はないだろう。
「チィッ!」
首魁の奸計に気づいた京鵺だが、その術中に嵌ってしまうのは避けられぬ道だった。
今の彼にとって自身と関わった友人――仲間が害されることは何とも許し難い事柄であるのだから。
京鵺は一瞬のうちに詠唱破棄によって発現速度を最短にし、出来うる限りの最速の機動力をその身に付与する。
風を纏い紫電を弾けさせ。
閃光の如き速度を叩き出し、ルシアの元へ疾走する。
火球はもうルシアに向かって撃ち込まれている。
ルシアはまだ自分に救いの手を差し伸べようとしてくる一人の少年をその紅の瞳に映し、叫ばずにはいられなかった。
「来ちゃダメッ!!」
だって来てしまえば、自分はおろか少年までも死んでしまうのだから。
だから――死ぬのは愚かな自分だけでいい。
もうルシアは自分がこれで死ぬとわかってしまっていた。
火球は三つとも全て発射され、その直撃の前に柱に拘束されている人間を救うことなどできるだろうか。
不可能である。
圧倒的に時間が足りない。
だからこそ来て欲しくなかった。無駄死にするとわかっているのに、その運命に向かってひた走っていく人間を止めたいと思うのは至極自然なことであろう。
だが――。
「大丈夫だ」
視界全てを覆う灼熱の波がすぐそこに迫る中、死にゆく少女の前に少年は立つ。
少女を見つめる少年は穏やかに微笑んだ。
少女を背にした少年の一言は、死の運命を前にしてなお悲壮感を感じさせず。
ただただ少女の心に優しく沁み込んでいった。
灼熱が二人を呑み込む直前、京鵺は片手を炎に向けた。
それは片手で受け止めるとでも言うかのような行動。
この瞬間において不可解とも取れるその動きは、されどこの場において最良の動きであった。
火球が京鵺の手のひらに着弾する。
暫しの拮抗の後、その力は火球に牙を剥いた。
――消滅。
火球が、消える。
三つとも、全て。
まるで元から存在していなかったかのように。
今しがた存在していた渾沌はナリを潜め、倉庫内は静謐な空間となる。当人を除いて誰もが動かず、今の光景に言葉を失っていた。




