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ゼロの魔法  作者: 緑木エト
第二章 黒の来訪編
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第19話 廃倉庫の暗闘

ごめんなさい。一月経ってしまいました。


 コツコツ、と。

 静寂に支配された倉庫に石床を叩く硬質な靴音が木霊している。


 目の前にはザッと見た限り三十人以上の賊徒――否、敵。そして彼等の中心付近に横たわっているのは、こちらを呆然と見ているルシア。まるでありえないことが起きたかのような顔で固まっており、その瞳から涙が流れ落ちていることに気がついていないようだ。


「大丈夫か、ルシア」


 取り敢えず声を掛けてみた。見た限りじゃ外傷は認められないが、どこか怪我をしている可能性もある。


「……え? 何……なんで…………?」


 ルシアは状況を呑み込めていないらしく、俺の問いかけには答えずにうわごとのように疑問の声をあげていた。

 うーむ、まだ当の本人は困惑中らしいな。

 だがまあ命に関わるような怪我はしていないようだし、着衣の乱れも見られないことからみさおを破られてもいないだろう。

 俺が内心ルシアの無事に安堵していると、この静かな空間を破るかのように野卑な声が聞こえてきた。


「テメェ何しに来やがった!」

「殺すぞッ!」


 うるさいな。全く、威勢だけはいい奴等だ。

 次々と俺を威圧する怒声が鼓膜を震わせ、苛立ちを募らせていく。

 我慢しろ、俺。今爆発させてしまえば人質の状態であるルシアの身が危ないのだから。


 飛び交う怒声を無視して俺はルシアの許へ歩を進める。しかし俺の進行を妨げるため続々と立ち塞がっていく賊徒。潰すのはルシアの身の安全を確保してからが良いんだけどなぁー、と呑気な思考のもと目の前の光景を眺める。するとこの人だかりの奥の方――ルシアがいる方から「まぁ待てお前ら」と、少々間延びしたような気だるさが混じった落ち着きのある声が、賊徒共の威圧に屈さずに悠々と歩いてくる俺に斬りかからんとしていた者達の動きを止めた。


 前方を見る。闇と人垣に紛れて確認しづらいものの、制止を促した人物らしき人影が見えた。身体強化で俺の視力も上がっているので、この程度の暗闇であるならば僅かな月光があればさした問題もない。


「……アンタがこいつらの首魁か?」


 制止を促した人物はガタイのいい男。野獣のような猛々しさが表れた凶悪な面相に、素の膂力だけでもかなりのパワーを持っていそうな筋骨隆々の巨躯。明らかに他の奴とは纏う雰囲気というものが異なっており、先程たった一声でこれほどの大人数を鎮めたことからもこいつ等の頭、もしくはそれに近しい地位にあると睨んだ訳だ。


「ああ、そうだ。んでお前は……例の魔人野郎か」

「……?」


 迷うことなく俺の問いを肯定する首魁。やはりか。

 だが後ろの発言の方が気になるな。

 『例の魔人野郎』。

 これはどういうことだ? 俺のことを知っているのか?

 ニュアンス的に知っているような感じがするが、俺はこんな奴等知らないし一度たりとも関わったことはない……ハズ。

 旅の間、師匠と一緒に色々とやらかしていたりしたために恨み自体は方々から買っていると思うが、こいつ等もその内の一つであるとは断定できない。

 なんか泣けてくる。俺の意思じゃなかったのに。


「『例の』ってことは俺のことを知ってるんだな? 何故だ?」

「くくく、知りたいか? ホントは教えてやる道理もねえんだが……俺達『暴虐の牙』の潜窟に一人で乗り込んで来た蛮勇に免じて教えてやってもいいぜ」


『暴虐の牙』。どこかで聞いたことがあるような……?

 ――あっ思い出した。確か王都の犯罪組織の最大勢力であり、その悪の根はエストクル王国各地に伸びているとかなんとか。


 王宮のあるこの都市は当然ながら王国一の栄えた場所である。街が栄れば人も増える。となれば犯罪が増えるのもまた必然。

 そんな多数の悪が横行する中で最大にまで登り詰めたという事実は、即ち他所とは比にならないほどの力を有した組織であることを意味する。

 何が言いたいのかといえば…………まあ面倒な案件になってきたなと。

 まあいいや。後のことは学園長に任せよう。


「お前さんを知っているのは俺達の目的を達成するのに邪魔な障害となったからだ」

「……邪魔、だと?」


 首魁が拘束されたルシアを無理やり立たせ、こちらに向かって引っ張ってきた。


「コイツの持っているペンダント。それが俺達の目的だ」

「……!」


 ペンダント、だと……。

 それって……。


「思い当たる節、あるよな? 一週間ほど前だ」


 一週間……。俺が王都に来たあたりだ。そして王都来訪初日にペンダントに関わるような出来事は一つしかない。


 あのスリ事件だ。


 あの時は俺が財布をスられて犯人を追っていたんだった。でも追った先でスリ師の仲間と思われる粗暴そうな男三人に出会ってしまい戦闘になった。特に苦戦せずに財布を取り戻した訳だが、のちに財布の中に見覚えのないペンダントが入っていたことに気づいた。

 結局持ち主はルシアだったようだが、そのせいで俺はワケもわからずルシアに誤解されて攻撃されたのだ。


「ペンダント……確かに知っている。だがソレについては偶然だ。俺があのスリ師から財布を奪い返したら何故か入っていたんだからな」

「そうだな。ありゃ想定外だった。アレは腕はいいんで雇っただけなんだが、完全な悪手だったなァ。まさか仕事の途中でいらねえモンに手ェ出してんだからな。そのお粗末な結果がコレだ」


 やはり予想通り、俺と出会う前にスリ師がルシアから奪ったペンダントを俺の財布に入れていた、という感じらしいな。俺もまさかスられるとは思っていなかったが。そうか、凄腕だった訳か。納得である。


「もともと難しい仕事だったのにさらに難しくなっちまってよ。お前が一人でうちの部下三人を易々とのしたっつーのは報告を受けている。身のこなしからもかなりの実力者だともな。結果、お前さんからのペンダント奪取は逆に返り討ちに遭いかねないと危惧したのさ」

「それがどうルシアを誘拐することに繋がる?」

「ん? くくく、そりゃあ――」


 愉快で仕方ないといった調子の首魁。


「このバカなお嬢さまにペンダントを奪い返してもらうためさ!」

「くっ!」


 ルシアが強引に首魁の許に引き寄せられる。力任せの行動で拘束している縄がその柔肌に食い込んだのか、彼女の相貌が苦痛に歪められた。


「ちょっ、どういうことよ! 私はアンタ達のような奴等のためにペンダントを取り戻したつもりはないわよ! あれは私自身が――」

「ははは、結果を見てみろよ! 意気揚々とペンダントを取り戻して気が緩んでるとこをアッサリ攫われちまってんじゃねえか!」

「っ!」

「お前は利用されたんだよ。――いい加減気づけ、な?」

「ぁ……あぅ……そんな……」


 首魁が心底愉しそうにルシアに顔を近づけて嗤う。

 ルシアが囁かれた言葉に打ちひしがれ、その絶望に染まった顔を俯かせる。

 話が見えてこないな。ただ今の会話から理解できるのは、どうやらルシアをどうにか利用して俺からペンダントを奪う算段をつけたらしいということ。


「ああ、お前さんにもわかるよう説明してやるよ。ペンダントがお前さんの手にあると知った時、俺はどうにかして奪い返せねえか考えた訳だ。だがあの学園に在籍している以上直接手を下すこともできない。そこで考えたのが――」


 ルシア・アークライトの利用、そう男は言った。

 どうやら俺自身の実力、周囲の環境を鑑みた結果、権力も実力も申し分ないルシアに白羽の矢が立ったらしい。

 権力を行使してもいいし、力ずくで奪い返してもいい。過程はどちらでも構わないのだ。ペンダントが手に入ればそれで何の問題もないのだから。

 けれどもルシアは俺がペンダントを所持しているのに気づいていなかった。


「しかし疑われないようコイツにお前さんがブツを持っていると示唆する必要があった。俺等が誘導していると感づかれちまえば、ペンダントの奪取はさらに難しくなっちまうからな。

 ――だから偽者を用意した」

「え?」

「……偽者、だと?」

「そう。ペンダントを奪ったのはお前さんだと誤解させるためにな。幸いお前さんは黒髪黒眼で非常に目立つ。それらの特徴を部下に偽装させ、王都の目抜き通り、裏路地、故買屋、至る所に出没させペンダントを所持しているらしいと匂わせれば、それで十分。後はアークライト家が勝手に『“魔人”の特徴を持った男』がペンダントを所持しているという情報をこのお嬢様に伝えてくれる。後はお前さんの知っての通りさ」


 チッそういうことか。

 ペンダントを盗まれたのとほぼ同時期に出会っていることに加え、俺は“魔人”だ。怪しい“魔人”の男の情報を手に入れれば、当時のルシアの精神状態から俺を犯人であると結び付けるのはごく自然な流れだろう。

 しかも俺はあの夜、不運にもペンダントを取り出しているところを見られてしまった。それが決定的だったのだろう。激情に駆られたルシアは俺を問答無用で襲った。


 全て手の平の上だった訳か。

 今の会話を聞いて青ざめているルシアは「そんな……嘘よ……」と震える声で呟いている。

 信じたくないだろうな。自分の行動が全て憎むべき相手に誘導されたものだったのだから。


「なるほど、よく考えられている。どうやらアンタは見た目通りの男じゃなさそうだ。……だからこそ問いたい。どうして“四峰”であるルシアを攫った? いや、それ以前にどうしてそのルシアのペンダントを奪うなんてリスクの大きいことをした? 損得勘定のできないようなヤツじゃないだろう、アンタは」


 話を聞いた限りだとこの首魁、かなり賢しい。

 王都最大の犯罪組織の頭なら避けるべき道だ。例えペンダントにとんでもない高価な価値があったとしても、こんなリスクとリターンの釣り合わない仕事をさせるとは考えにくい。

 俺の問いに一瞬目を細めた首魁だったが、次の瞬間には先程から浮かべてある余裕の笑みに戻っていた。


「……コイツごと攫ったのはもう一度同じ手は通用しないと思ったからだ。スられたことでいつも以上にそういうヤツには敏感だろうからな。だったら仕方ないだろう?」

「……そうか」


 もう一つの俺の問いには答えない、か。

 まあいい、今無理に訊く必要はない。ここにいる奴等を制圧した後、尋問すればいいだけだ。


「さあて、もういいだろ? お前さんの知りたいことは話した。残るはお前さんが死んでくれればそれでいい」

「断る。俺だって馬鹿じゃない、一人で来たのも犯罪組織程度一人で片を付けられると思ったからだ」

「……ほう、この人数差を見てそんなことをほざけるたぁ、筋金入りの馬鹿じゃねえか」

「はっ、アンタほどじゃねえよ。痛い目見たくなかったらサッサとルシアを返せ」

「口の減らねえ青二才が。どうやら死にたいらしい」


 知りたいことはあらかた得た。

 ルシアが人質になっている以上下手な手は打てなかったが、俺と奴との距離は奴が近づいてくれたおかげで最初よりも短くなった。彼我の距離が懸念されていたものの、これなら多少強引でも傷つけられる前に助けられそうだ。

 それにどうせこの状況じゃルシアの身の安全を確保してからなんて不可能だったろうしな。交渉なんて通じる相手じゃなさそうだし、かといってそれ以外の方法でルシアを助け出す妙案が思いつきもしなかった。


 首魁が俺の挑発に青筋を立てると、手を上げる合図と同時に手下共が抜剣し攻撃態勢を作った。

 対する俺は全身に身体強化魔法を掛けている。

 準備は既に最初から整っているのだ。


「行けテメェら! こいつをぶっ潰せ!」

「やめてッ! キョウヤ!」


 首魁が手を振り下ろすと、俺に向かって一斉に手下共が襲いかかって来た。

 ルシアの悲鳴のような叫びが聞こえて、俺は場違いにも気にかけてくれて嬉しいと思ってしまった。


「死ねやオラァ!」


 一人が剣を振り下ろす。それを俺は横に回り込むことで避けると同時にそいつの顎を蹴り砕いた。上に吹っ飛ぶ身体を服を掴むことで無理やり留めると、背後から斬りかかってくる賊の前へ掲げる。


「何っ!?」


 振りかぶった刃は止まらない。そのまま盾にした男の身体を剣は容赦なく切り裂いた。

 飛び散る血飛沫の間から斬りかかって来た相手の怯んだ顔が見えた。俺は持っていた男をそいつに向かって投げ飛ばすと、振り向きざまに突きを放っていた賊の手首を掴み、勢いそのまま後ろへと片手で放り投げる。

 耳朶を打つ人と人とが激突する何とも言えない音。多数の苦痛の呻き声から背後の集団をまとめて吹き飛ばすことに成功したようだと判断、少し後ろへ跳び距離を取る。


 一連の出来事に動きを止めた賊徒。けれどすぐに勢いを取り戻し俺に攻撃を加えようとした。


「チッめんどくせェな。まとめて殺ってやる」


 猛進してくる賊の額へ懐に隠し持っていたナイフを振るう。風を切った暗器は寸分違わず標的の額へ突き刺さると、賊の身体を発電した雷撃が走り回った。たちどころに周囲をも巻き込み肉が焼ける匂いが発生する。


 今の攻撃は投擲するナイフに稀少四属性の一つである雷を纏わせただけだ。当たれば標的は周りを巻き込む即席の発電装置となる。俺が多人数を相手にする時によく使う手だ。


「これだけで終わりだと思うなよ?」


 俺は隠し持っている無数のナイフを両手の指の間に挟むと、雷撃を纏わせ迸る紫電を確認。全方位にナイフを投擲する。

 背後に回って取り囲もうとしていた賊徒諸共、俺の周囲にいる人間は電撃ナイフの餌食となりその場に崩れ落ちた。

 俺が再びナイフを構えると、まだ無事だった賊徒共があとずさった。


 ちなみに徒手空拳が基本である俺がナイフを使っているのは師匠の考えによるところが大きい。

 魔法の扱いに慣れてきた頃、師匠は俺に体術に頼った攻撃だけでなく他の方法で敵を斃すことができなければならないと言った。


 この世界は危険に満ちている。敵は魔物のみならず、人もまたそうなのだ。

 俺の体術を織り交ぜての魔法攻撃は対魔物にも対人にも問題なかったが、手札がそれだけでは心もとないと師匠は判断したらしい。確実に相手を殺せる術を身につけさせたかったようだ。


 とはいえこの世界に銃のような飛び道具は存在せず、あるのは投擲武器といったものばかり。個人が扱う遠距離攻撃手段は魔法くらいのものだった。

 そこで師匠が目をつけたのがナイフ術。基本的に近接戦闘に使われ、対人用としては俺の戦闘スタイルとも合っており相性が良い。尚且つ投擲することで、長距離とまでは行かなくても中距離程度ならば攻撃手段として十分機能する。

 そんな訳でナイフ術も高い次元で身につけているふざけた師匠にみっちり教え込まれ、俺は近接格闘術とナイフ術を体得した魔法使いとなった。


 当初は殺人にかなりの忌避感を持っており最近まで人を手に掛けたことはなかった。

 そんな俺だったので師匠は呆れていたが、決して殺人を強要はしなかった。ただ、「きたるべく時にできなければ、あなたの持つ力は意味を為さないのよ」と言っていた。

 今では本当にその通りだと思っている。いくら力を持っていても、振るうべき時に振るえない力などに価値はないのだから。


 だから今、殺す。

 成り行きだとしても、友達になったからにはルシアを害する者は殺す。

 躊躇いはない。

 俺が必ず守る。俺を受け入れてくれたあの時、そう決めたから。


「さあ――――次は?」


 蹂躙は続く。

あと二、三話くらいで終わると思います。


……終わると……いいなぁ。

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