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ゼロの魔法  作者: 緑木エト
第二章 黒の来訪編
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第17話 トワイライトの示す先

遅くなってすみません。

諸事情あって執筆時間が取れませんでした。

前回更新から1ヶ月も経ってしまった訳ですが、もう少しこんな感じの更新が続くかと思います。


 静寂が場を支配する。

 時が止まり、万物に音を発することを決して許さないかのような、完全なる無音だった。

 鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた頭で、今言われたことをゆっくりと認識する。


 ルシアが……行方不明?


 意味がわからない。

 何故アイツが行方不明なんぞになっているんだ。確かに今日は欠席していたが、それは俺との一件に対しての対応をするためとかなんじゃないのか。ルシアが行方をくらます理由が見当たらないぞ。


「――京鵺君。大丈夫かい?」


 耳朶に触れる気遣わしげな声。発したのは学園長だった。

 俺はその一声によって一気に現実へと引き戻された。


「っ……申し訳ありません、大丈夫です」

「……そうかい? それなら話を続けよう。事は急を要する」


 学園長は俺の『大丈夫』を言葉通りに受け取らなかったようだったが、そこには触れずにそのまま話を続けた。この程度の些事に構うほどの時間はない、ということか。


「単刀直入に言えば、ルシア君は誘拐された可能性が非常に高い」

「――!」

「守衛によると、彼女は学外へ出て戻って来た後もう一度外に出ていたんだ。その後の足跡は不明だが、目的地に向かう途中で誘拐に遭ったのだろう」

「いや、でもルシアは“四峰”ですよ? そんな大人しく捕まるような……」

「しかし現実に彼女は帰ってきていない」

「っ……」

「先程も言ったように、公爵家からはルシア君が帰宅した事実はないと明言している。状況的にもそう考える方が自然だろう」

「……アイツが攫われたっていうのか……?」


 断言された事実に呟きを落とす。

 信じられない。信じられない、が、きっと事実なのだろう。今の状況がそう物語っているし、何より――俺の勘がルシアが誘拐されたと告げている。理性とは別のところにある勘はルシアが危険な状況に置かれていると、けたたましく警鐘を鳴らしていた。


「――何が起きているのか、詳しく教えてください」


 状況の客観的把握。それが今一番求められることだろう。

 学園長は俺の要請に首肯すると、現状に至るまでの経緯いきさつを話し始めた。



 異変が見られたのが一週間ほど前。

 ルシアが突然夜の外出許可を申請したことだ。外出許可自体は頻繁に出されるものではないが、珍しいというほどのことでもない。だが、それが毎日となると話は変わる。

 毎日、それも夜間の外出だ。普通なら許可は通らない筈だったが、不幸にも彼女のような身分を勘案した結果による特例が働いた。それによって不許可を言い渡すことはできなかったらしい。


 如何に平等を謳っているこの学園でも身分を完全に無視してはいない。国にとって重役を務める家の出身である生徒に平等を課していると、緊急の場合に対処できないことがある。それを防ぐために――基本的には平民と同じ扱いだが――限定的に特別処置を施している訳だ。


 “四峰”であるアークライトの名を冠するルシアは、このような事情により、実質自由に学園を出入りする権利を有してしまっていた。

 その結果、夜間に一人出歩いていたルシアに人攫いの魔の手が及んだ、とのことらしい。


「学園と公爵家は最悪を想定しているため、誘拐以外の線は排している。よってこれから我々がすべきことはルシア君の居場所の特定、及び救出だ。今回君を呼んだのはこの件の解決に力を貸して欲しいからなんだ。どうかな?」

「やります」


 即答だった。提案を受ける前から既にルシアの救出は決定事項だったからだ。

 それに、これは俺がやらなければいけないだろう。

 そもそもの問題である、貴族のお嬢様が夜に一人で外に出るという異常な状況を作り出してしまった理由の一端は、間違いなくこの俺にあるのだから。


「学園長。情報は共有しておいた方がいいと判断したのでお話をさせていただきます。ルシアの不自然な行動の理由についてです」

「知っているのかい?」

「十中八九間違いないでしょう。……昨夜ルシアと遭遇した時、気になることを言っていまして」

「気になること?」

「はい。あの時ルシアはこう言っていたんです。何故俺がペンダントを持っているのか。それに、返してもらうとも」

「ペンダント……。今朝方君が説明した中にはそのような事実は含まれていなかったようだが?」


『ペンダント』という初出の単語にピクリと表情を動かした学園長は、それについて説明がなされなかったことを咎めるように目を細めた。


「っ……申し訳ありません。まさかこんな事態になるとは露ほども思わなかったため……自分のミスです」


 学園長の厳しさが混ざった眼光を正面から見つめ、素直に頭を下げる。

 いくら簡単な状況説明だったとしてもそのくらいは話しておくべきだった。ルシアの最近の行動について知らなかったとはいえ、勝手に後で話せばいいと断じてしまった己の浅慮さに唇を噛み締める。


「…………まあ過ぎてしまったことは仕方がない。今更ああだこうだ言ったところでルシア君が誘拐されたという事実は変わらないからね。ただ今後は注意して欲しい」


 深い息をついた後、そう告げた学園長に俺は同じ過ちは犯さないと言った。

 俺を数瞬見つめて頷きを返すと、若干険しくなった空気を入れ替えるためか、咳払いを一つ。話し合いを再開する。


 俺はペンダントについて入手までの経緯、扱い、ルシアの反応など知っていることは余すところなく全て伝えた。

 そうして俺達は一通りの情報を共有し、本件に対する対応策を討議したものの、結局は全て一つの事実に収束した。


「やはりルシアの居場所がわからないのは痛いですね」

「そうだね。公爵家も動かせる者を総動員して彼女の捜索を行っているようだが、何しろ手掛かりがない。駒が多くてもこの広い王都を手当り次第じゃ焼け石に水だ。期待はできない」

「ルシアが既に王都にいない可能性は?」

「否定はできない。だけど私見を言わせてもらうと、彼女はまだ王都内にいると思う」

「何故ですか?」

「逃走経路だよ。普通街を出るには必ず街璧の南北にある関所を通らなければならないだろう? 尚且つ通過する際に荷物検査も行っている。あそこは夜は締め切っているから昨夜のうちで関所からの脱出は不可能。しかもとんでもない要人を秘密裏に運び出すんだ。これらを考慮に入れれば、馬鹿正直に正規ルートを使うのは考えずらい」

「ではそれ以外のルートを使った(・ ・ ・)と?」

使う(・ ・)だろうね。今回の事件はある程度計画されていたものだろうけど、あくまである程度だ。ルシア君が君と交戦し、ペンダントを取り戻した後外に出て誘拐。この一連の流れには不確定要素が多過ぎるから、予測するのは無理だ。せいぜい彼女を監視して誘拐するための条件が整うのを待つのが関の山だろう。その条件が何かは推測しかねるけど」


 なるほど、確かにそうだ。

 ルシアと俺が戦ってペンダントを取り戻して外に出る、なんてこと予測などできる訳がない。俺達が出会ったのは偶然なのだから。

 そもそもの問題、どうしてルシアが二度目の外出する時を狙ったのか疑問だ。さらに言えば一度目、或いはそれ以前にもっとチャンスはあった筈なのに誘拐しなかったのは何故だ?

 くそっ、わからないことだらけじゃないか。


「結果として突発的にも似た犯行を行った訳だから、犯人は逃走準備が万全にできていなかったと思う」

「ではそれを踏まえると非正規ルートを使うとしたら、人目につきやすい日中は避けるでしょうね。……だとすれば狙い目は日没後ですか」


 学園長の推測によって俺が導き出した結論を、学園長は沈痛な面持ちで首肯する。

 その態度に一瞬眉を顰めたが、すぐにその態度の理由に思い至り愕然とする。

 そうか…………。


「――……時間が、足りなさ過ぎる…………」


 絶望的な状況に呼吸が震え、ともすれば全身の力が抜けそうになる。

 そして俺はあることにはたと気づき、勢い良く立ち上がって窓際に駆け寄る。視界に映った空は黄昏時を示す淡いオレンジ色に染まっていた。


 タイムリミットは日没まで。日が沈み夜の帳が下りれば、誘拐犯をこの街に留めさせている障碍はなくなってしまう。

 王都の外に逃げられれば救出の望みは途端に低くなる。ルシアを助け出すのに、今この瞬間が一番のチャンスである筈なに、肝心の居場所が判明しないのでどうしようもない。


「居場所さえわかれば……!」


 肝心な時に何もできない無力な自分が悔しくて。

 師匠あのひとに貰ったこの力は人一人くらい救い出すことは簡単なのに――それができない。

 力を持っていても行使できなければ意味がない。

 無力。無力。無力。

 その事実が俺の心をねじ切れんばかりに締め付ける。


「ちっくしょう……」


 拳を握り締め立ち尽くす俺は、一人の少女すら救えないこの非情な現実に悲憤慷慨ひふんこうがいし、視線の先にある沈みゆくを夕陽をめ付けた。

 あの夕陽が地平線の下に消えれば、後はもういつルシアが王都から連れ去られるのかわからなくなる。誤解されたまま二度と会えなくなってしまう。それはいやなのだ。


 夕照が俺の頬を静かに紅に染める。

 光量が少なくなり、直視できるくらいになった落陽を余裕のない心持ちで見つめる。

 いくら止まれと念じても、夕陽は無慈悲に容赦なくその身を隠していく。これほど太陽の動きを恨めしいと思ったことはなかった。


 ――もう……時間がない。


「――――?」


 ダメなのか……そう諦めかけたその時、唐突に目の前の光景に既視感を感じた。


「なんだ…………何だった……?」


 この奇妙な既視感の正体を掴むため懸命に思考を巡らせる。

 手掛かりが皆無の逼迫した状況。もう打つ手がなく八方塞がりだ。

 だがそれを打開できるのならば……と藁にもすがる思いで記憶の中にある光明を一心不乱に探し出す。

 この既視感が何であったかわかったところで、それが現状に希望を齎すとは限らない。全く関係ないことかもしれない。しかしそんな懸念すら考えに及ばないほど俺には余裕がなく、追い詰められていた。微かな光明を求めて思考の海に潜ること暫し。


「――――――ぁ」


 ……あった。


 ぬか喜びに終わるかもしれない。

 上手くいかないかもしれない。

 しかしそれでも、ルシアに手が届く起死回生の一手が。

 土壇場で手に入れた最後の一手が。

 確かに、残っていたのだ。


「……ははっ。皮肉にも程があるぜ、神様」


 思いついたソレに思わず乾いた笑いが漏れる。


「京鵺君……? どうしたんだい」

「――ありましたよ、ひとつ。ルシアの居場所を特定できる方法が」


 俺の態度に訝しげな表情を見せていた学園長の顔が驚きに彩られる。


「ほっ本当かい!?」


 予期せぬ良い知らせに興奮したのか学園長がバッと立ち上がる。


「前提条件があるので絶対とは言い切れません。ですが可能性は高いです」


 学園長は俺の言葉を噛み締めるようにゆっくりと瞑目し、やがていつもの温和さを感じさせる柔らかい目つきとは想像もつかないほど鋭く強い意志が宿った瞳を覗かせた。


「信じていいのかい?」


『信じる』というのは、『任せてもいいか』という意味だろう。

 既に時間はない。俺が思いついた方策を教える時間はなく、これから居場所を突き止め、救出のために向かう人員や準備などを整えておく猶予なんてものもありはしないのだ。だから、最速で最短で救出に赴ける最少の人員である俺一人に、『任せてもいいか』と託しているのだ。

 俺はその言葉の意味を十分に理解し、毅然たる態度で返答する。


「はい。――必ず、助け出します」

「…………わかった。それでは私に何かできることはないかい?」


 俺の決意を感じ取ってくれたようで、厳然と了解の意を伝える学園長。そして当然とばかりに学園長としての力を存分に振るってくれることを提案してくれ、俺はとても頼もしく感じた。


「それでは、ひとつだけ」


 俺はそんな学園長に一つだけ頼み事をした。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆




「これだけで大丈夫なのかい?」

「はい、問題ありません。――それでは、失礼します」


 そう言って俺は学園長室を退室した。

 重厚な扉を閉じきった瞬間、すぐさま硬質な床を蹴る。

 俺は既に暗闇が染み込んでいる校内を全力で駆け抜けた。


 コレは最初が肝心だ。

 きっと……きっと、残してくれている筈だ……。


 全てをキレイに解決するために必要なのは。


「後は、どれだけ俺を嫌ってくれているかだな……」



 ――――頼む。

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