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ゼロの魔法  作者: 緑木エト
第二章 黒の来訪編
31/39

第15話 『コイン・トス』

ぎ、ぎりぎりセーフ……。


まだ……まだGWですよね。

最終日、間に合った〜ε-(´∀`*)ホッ

 喧騒が耳に届く。

 活気に満ち溢れた王都の目抜き通り。そこには道の両端にひしめく無数の店舗が立ち並ぶ。

 相変わらず王都とだけあって視界を埋め尽くすほど多数の人々がここを訪れている。先日足を運んだ時には学園が休日ということもあって学生の姿が目立ったものの、今は以前とは趣を異にしている。主に目に留まるのは筋肉質で屈強そうな者や厳つい顔つきで周囲を圧倒する者、ローブに身を包んだ者など。所謂冒険者と呼ばれる者達だ。見た目からしても、仕事内容からしても荒くれ者が多い職業だ。


 西の空に目を向けると既に日輪は存在せず、残照だけが微かに空を照らし出している。このくらいになると仕事を終えた冒険者がその日の疲れを癒すために飲食店に足を向ける。そして専ら冒険者は酒場に行く。

 なので今の時間帯、酒場は酒盛りをする冒険者にほとんど占領されている。しかし裏を返せば、そこには冒険者の粗野な会話から様々な情報が舞い込んで来ると言える。手っ取り早く情報を掴みたいなら酒場から攻めていった方がいい。

 そんな訳で俺は店頭や店内から漏れ出る照明に照らされた通りを縫うように進んで行く。俺の足取りに迷いはない。既に目的地は決まっている。


「いらっしゃいませー」


 店口を抜け店内に入ると明るく弾むような調子の声が俺を歓迎した。

 ここは王都に来た日、夕食を取るために訪れた酒場だ。従業員の接客態度も良く飯も美味い。それらに満足した俺は次行く時もここにしようと決めていたのだ。

 店内を見渡せばやはり例に漏れず、客層は冒険者がメインのようだ。

 俺の姿に気づいた者もいたが大して気にする様子もなく仲間との酒宴に興じた。

 俺は突っかかってこないなら幸いと、カウンター席とテーブル席とに分かれている座席のうち、前者を選んだ。

 ガヤガヤと騒がしい店内を進み席に腰掛ける。

 早速腹ごしらえのために従業員の可愛らしい女の子に注文を告げると、脇から視線を感じた。

 なんとなく正体はわかっている。さっきまでカウンターに突っ伏して寝ていたと思ったのだが。

 答えが分かりきっている問題の答え合わせをするようなちょっとした面倒くささが伴った心境で、真横の座席へ視線を投げかける。


「よう、ベーンのオッサン」

「おぉう。また会ったな、キョウヤ」


 ニッとした笑みを浮かべてこちらを頬杖をしながら眺めているのは、以前この酒場に立ち寄った折に話をし交流を深めた、自称大酒豪ことテイス・ベーンだ。

 見た目は初老真っ只中といった感じで、その顔にはいくつもの皺が刻まれている。平均よりは大きめの体躯を持ち筋肉もしっかり付いてはいるが、全体的にだらしがない印象だ。髪はほとんど手入れしていないとわかるボサボサの短髪で、着ている服も着古しているのかヨレヨレ。唯一汚らしい胸当てだけがベーンを冒険者であると証明している。


 ベーンは俺の外見に全くの嫌悪感を見せず話し掛けてきた男だ。

 良い人であるのは今までの言動で間違いないのだが、如何せんそのだらしのない風貌に加え酒飲みとあらば、心の内ではわかってはいてもどうしても『ちょっと残念な人』のレッテルが貼られてしまう。

 そんな『ちょっと残念な人』――テイス・ベーンは俺に挨拶すると酒をぐいっと煽る。

 俺はそんな様子を眺めながら半目になってベーンに問いただす。


「おい、一体いつから飲んでんだよ」

「んあぁ? あーそうだなあ…………いつだろうな?」

「あんたマジか」


 ベーンの覚えていないという回答に戦慄する。

 ていうと何か? 記憶が無くなるくらいまで飲み続けているとでも言うのか。今の時刻から逆算すれば日中から飲んでいることになる。バカか?


「オッサン、あんたそれでも冒険者だろ? 働かなくていいのかよ」

「俺はやるときゃやる男だ! 心配要らねえって!」

「こんなにも信用ならない『心配要らねえ』は初めてだ」


 まあいい。

 酔っ払いに対して真面目に相手をする方が間違っている。

 ここはベーンの言を信じよう。決して面倒臭くなったとかそんなんじゃない。


「そういやちょっと聞きたいことがあるんだがいい――」

「マスター、これもう一杯!」

「おい、話を……って、マスター?」


 場に似合わない単語に首を傾げベーンが投げ掛けた声の方を確認すると、いつの間にかバーテンダー風の長身痩躯の男性が静かに佇んでいた。


「あれっ? い、いつの間に……」

「お待たせしましたー。こちらがご注文の品です」

「あ、ああ。ありがとう」

「いえいえー。ごゆっくりどうぞ」


 突如現れたマスターに困惑していると店員から料理が運ばれてきた。

 もう一度マスターを見る。

 白髪混じりの灰色の頭髪。身に纏う寡黙な雰囲気。そして鼻の下に口髭を蓄えており、それら全てが渋いかっこよさを演出している。

 うん、かっこいいな。

 しかし前回ここに来店した時には見なかったと思うのだが。どういうことなんだろう。


「あのー、えっと、マスター?はいつもここにいるんですか?」


 かなり遠慮がちな態度で疑問に思ったことを尋ねてみる。

 するとマスターは僅かに口端を上げ俺の質問に丁寧に答えてくれた。

 かっこいい。


「ええ、ここで皆様にお酒を提供しています。ついでに申しますと、この店の経営もさせてもらっております」

「へー、そうなんですか。でも以前ここに来た時はいらっしゃらなかったようですが」

「その時はちょうど店を開けていたのでしょうね。しかしそれでも問題ありませんよ。うちのスタッフは優秀ですので」

「そうみたいですね。非常に教育が行き届いているようで」


 普通の酒場や食事処なんかじゃさっきみたいな丁寧な接客は行われない。

 日本に住んでいた時はそれが当たり前だと思っていたが、こっちの世界ではそれは当たり前じゃない。むしろそんな従業員がいる店はそんなに多くない。

 根本的に価値観が違うのだ。

 この世界では前の世界のようにサービスに重点を置くよりも――無論サービスに力を入れるのは喜ばれるが――酒や料理といったその店の目的そのものに重きを置く傾向がある。

 故にこういう店を見つけるのは意外と大変だったりする。

 元の世界の感覚が未だ抜けきっていない俺にとって、ここはとても居心地がいい店なのだ――周囲の騒いでいる冒険者は除いて。


「おーい、そろそろ酒持ってきてくれぇ」


 酒はまだかと催促するベーンに文句を言いそうになり――そのまま飲み込んだ。余計に疲れそうに思ったからだ。

 そんなベーンにスッと酒を差し出すマスター。

 この一角だけ切り取れば本格的なバーの画になるのだが、そもそもこの空間自体がそれを壊している。


 マスターの斜め後ろに何段にも渡って様々な酒瓶が並べてある一つの棚。

 さらにその背後には客の注文を受けて忙しなく動き回っているスタッフ達がいる厨房。

 背後に目をやれば飯屋と大して変わらない客が飲み食いする姿。

 バーと飯屋をそのままくっつけたような、そんなチグハグな印象をこの店の内装は与えていた。

 以前来た時はそんなに気にならなかったが、マスターがいることでこの空間の異様さが際立ってきた。

 本当に不思議な作りをした店だ。


 そんな風に呑気に店内のあちこちに視線を飛ばしていると、不意にマスターに声がかかった。

 客に応対するため、マスターは俺達に「失礼致します」と断りを入れてその客の方に行ってしまった。会話の続きはマスターが戻って来たらと思い、俺は先程受け取った料理を食べることにした。

 相変わらずここの料理は美味しい。それに酒も出るとなれば、ここにずっと居座るお酒大好きなオッサンの一人や二人いてもおかしくないだろう。


「――女神の祝杯、玉兎のトーランクォルト」


 先程マスターを呼びつけた客が酒名と思われる単語を口にしているのが微かに聞こえた。

 きっとここは酒の予約もやっているのだろう。彼等の会話の中に予約とか言ってたし。

 マスターから意識を外すと、俺は食事を取りながら隣で酒を美味そうに飲んでいるベーンに先刻言いかけたことを問い直す。


「なあ、ベーン。ここ最近で何か妙なことがあったりしないか?」

「あン? 妙なことだァ? さあなぁ……心当たりはねえな」

「そうか」


 顎を撫で付けながら頭を捻っているが何か引っ掛かることはない様子。

 まあ一発目からアタリを引けるとは思っちゃいない。地道にいろいろな人にあたるのが堅実な方法だ。

 いきなりの質問に戸惑うことなく答えてくれたベーンだったが、その意図を分かりかねたのか怪訝な眼差しでこちらを見てきた。


「いきなりどぉしたんだ? ――なんかあったか?」

「まあ、なんというか……ちょっと厄介事抱えちまってな。衆目もあるから詳しくは言えないんだが……」

「ハーハッハッ! おいおい、お前さんまだここに来たばっかなんだろ? 一体何したんだ?」

「別に何もしてねえよ。……認めたくねえがトラブルに巻き込まれやすいタチなんだよ」


 ベーンにからかわれたことに少々腹立たしさを感じ、憮然とした態度でつっけんどんな語調をもって吐き捨てる。

 昔から俺はトラブルに巻き込まれやすい。

 誠に遺憾ながらこの体質は世界が変われども、全くと言っていいほど改善の兆しは見えない。

 以前修二にトラブルメイカーと揶揄されたことがあるが、断じてそうじゃないと談判した記憶がある。俺は問題を起こすんじゃなく、問題の方から俺に向かってくるのだと。

 たまに俺から首を突っ込むこともあるが今回に関しては違うと思う。……多分、恐らく、きっと。


 結局めぼしい情報は得られぬまま、ベーンとの会話に花を咲かせることになった。

 途中でマスターも戻りベーンが何度目とも知れぬ酒を頼む光景が見られた。

 …………もう何も言うまい。


「あ、そうだ」


 マスターも戻ってきたことだし、この店の経営者からも話を聞いてみるのもいいかもしれない。


「マスターは最近街で何か変わったこととかってないですか?」

「変わったこと……ですか」


 グラスを拭いていた手を止めこちらに怜悧さを感じる双眼を見せる。僅かに目を眇めたかと思うと、その鋭い目つきを柔和にさせた。


「――ありますよ。例えば、黒い頭髪に黒い眼を持った男が最近王都のあちらこちらに出没している……とか」

「……はは、そうですか。とても親近感の湧く情報ですね」


 それ俺ですね。

 冗談めかして告げるマスターに俺は苦笑する他なかった。

 しかし案外とっつきやすい人なんだと、仕事人然としたマスターの印象が少し変わった。そういうところもかっこいい。

 なんてことを考えていると、俺の意識を遮るようにマスターが「そういえば……」と零した。


「ここ一週間ほどでしょうか。どうやらこの国の最上級貴族のひとつ――アークライト公爵家の手の者等が何やら動いているようだと聞いたことがありますね」


 なんだと? それは初耳だ。

 アークライト公爵家……ルシアのお家か。

 今のルシアの様子と彼女の家の謎の動き。決め付けるにはまだ早いが、何かしらの関連性があるのは間違いないだろう。

 それにこの間行った買い物の時。ルシアが密かに公爵家の人間と思しき者と言葉を交わしていたのを思い出した。


「良い情報ですね、ありがとうございます」

「それはそれは。お役に立てたのなら幸いです」


 俺がありがたい情報をくれたお礼を言うと、マスターは軽く頭を下げた。

 するとマスターはこうも続けた。


「満足して頂けたのなら、どうです? 貴方も一杯飲まれては?」

「はは、そうですね。貰ってばかりなのも悪いですから何か欲しいところですが、今夜はちょっと酔う訳にはいかないので、酒精が含まれていないものでお願いします」

「かしこまりました」


 ここの世界でも酒を飲めるのは成人してからだ。ただしこちらの成人は十五歳から。

 その基準でいけば俺は成人しているので酒は飲めるのだが、積極的に飲むことはあまりない。それに今晩は情報収集のために街に繰り出しているのだ。早々に酔っ払ってしまっては今後の行動に支障をきたすかもしれない。


 そんな理由があって酒場で酒を断るという見方によっては失礼と思われる態度を取った俺に、マスターは嫌な顔一つ見せずに丁寧に対応してくれた。

 本当に良い店を見つけたものだ。

 これからも是非通わせてもらうとしよう。


 暫くの間その酒場に留まっていた俺だったが、今夜はまだまだ情報集めに勤しまねばならない。もう少しここに居たいと思ったが自分の感情より優先せねばならない事柄もある。

 仕方なくベーンとマスターに別れを告げる。

 すると別れ際に、外に出ようとしていた俺の背中へとマスターが声を掛けた。


「ハザマさん。先程厄介事を抱えていると申しておりましたが」

「ああ、聞こえていましたか」

「ええ。――これはただの厚意だと受け取ってください。一つ、忠告です。厄介事というのは後回しにするほどその厄介さは大きくなります。時にそれが本人の与り知らぬところで進行していることも少なくありません。解決するのならば、早いに越したことはないかと」

「? ……わかりました。ありがとうございます」


 そんなやり取りを最後にした後、俺は後ろ髪を引かれる思いで楽しい時間を過ごした店を出た。

 そういえばと、店の出入口の前で足を止め後ろを振り返ると、目を店の上方に動かす。

 まだ知らなかったな。

 これからもここにお世話になるだろうことは間違いないのでこれは知っておくべきだろう。

 俺の目に映った文字。

 店名『コイン・トス』。

結局話のストックは溜まりませんでした。

まあ、その、あれですよ。


……許してください。

週一更新頑張りますので……

あっ、次は筆者の大好きな戦闘があります!

こういう所は筆が進みますね♪

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