第14話 日常に潜む異変は着実に
意外にGWに時間が取れないという…( ゜д゜)
とりあえず一本上がったので投下します。
ルシア達と共に学外で買い物に興じてから数日が経った。
俺が学園に転入した当初こそ色々と騒がしい様相を見せたものの、そのあとは特に主だったトラブルもなく学園生活を過ごした。相変わらず俺に向けられる周囲の目は厳しいものが多かったが、それでもクラスメイトの一部は同じ空間にいることが多いからか幾分否定的な態度を改め始めているように感じる。
悪くはない。
しかし初心を忘れてはならないことも心に刻んでおくべきだろう。
まあそれはそれ、これはこれとして。
俺がここで過ごすようになってから一週間になろうとしている。そこで気づいたのが、思いの外ここでの生活は充足感と愉楽に満ちているということだ。
久方ぶりの学生気分を得た――いや思い出したと言うべきだろうか。最後に学生だったのはもう早いもので二年以上前になる。
まったく我ながら数奇な運命を辿っているなと今までを振り返り妙に感慨深い気持ちを抱いてしまう。色々あったが今こうして世界を越えて再び学生として舞い戻ってきている。師匠の『ボッチ直したら?』という有難くてすぐさまゴミ箱にポイしたくなるような気遣いに、心の中だけでも感謝の念を送っておくべきだろうか。
しかしあの師匠に感謝するのもどうかと思う。
師匠に言い渡されたこの仕事を引き受けてここに来て以来、どうも気がかりなことが増えてきたからだ。
最初に請け負った、この学園に潜む不穏分子の排除という任務だが、残念なことに未だに何の手掛かりもない。それとなく学内に怪しい人物がいないか聞いてみたり、夜、寮からこっそり抜け出して校地の警邏をしてみたりしたのだがすべて徒労に終わる結果となった。
とはいえそんなすぐに見つかるとも思っていないので、これに関しては長期的な案件になる可能性があることを考慮しておかなくてはなるまい。無論、解決が早いに越したことはないのだが。
それとは別にもう一つ。
ここ最近、ルシアの様子がどうもおかしい。なんというか、学生の本分である学業に身が入っていない。そんな風に感じられる。
“四峰”というこの国の魔法使いを牽引すべき存在である筈の彼女が、サボるなどという無責任なことをしでかしている訳ではないのは重々承知している。そういうのとはベクトルが異なっているのだ。
現在は座学の講義中。
俺は先生の話を耳に入れながら、ふとした拍子にルシアの方を瞥見してみる。すると、その端正な顔が隠し切れていない焦燥によって染められているのが確認できた。ここ数日で何度も見た顔だ。
恐らく貴族としての教育で培ってきた技術で仮面を被っていたのだろうが、今までひた隠しにしてきたその焦燥感は油断していると滲み出てしまうくらいには、ルシアの胸中で肥大化しているのだろうと推察できる。
日に日に増してきているルシアの異変は傍目からは気づきづらいかもしれないが、俺みたいに席が隣で近い距離にいれば、そのただならぬ様子を認めることはそう難しくない。
何かがルシアに起きている。それはわかる。ただ相手は上級貴族だ、ルシアが抱えているものを聞き出しても一平民である俺には解決し得ない問題かもしれないのだ。聞いたところで助けになれる保証はどこにもない。さらに言えば、下手に介入して事態を悪化させてしまったらそれこそ目も当てられないのだ。
それに俺は他人の事情に積極的に首を突っ込むことはしない。
当初の基本方針の『人と関わらない』に、それも含まれているからだ。俺の基本方針はジェイド等の思いがけない熱意によって多少変更を余儀なくされてはいるものの、それは方針を“諦める”ということではなく、あくまでも“妥協”に過ぎないのだ。
故に俺がルシアに心を砕く必要はない。ルシアが何か突拍子もないことをしないかだけ注意を払っておけばいいくらいだろう。
そんな風な考えに行き着いたその日の夕餉。寮の食堂でジェイドとアルフと食事を取っていた時だった。
「そういやなんかルシアの様子が変な気がするんだけどよ……俺の気のせいかなぁ」
ふと思い出したかのように疑問を口に出すジェイド。
ただそれは答えを求めるものじゃなく、漠然と考えていたものが零れたといった類の疑問だった。
「うーむ、特に変わった様子は見受けられなかったと思うのだが」
アルフはルシアの些細な変化に気づかなかったようだ。俺はともかく、ジェイドは確信は持てていないようだが何かおかしいと察知してみせた。見た目と言動とは裏腹に、案外人の機微に聡いのかもしれない。
「キョウヤはなんか感じたか?」
ジェイドの性格について考察していたら、その本人から水を向けられた。
これには素直に答えてもいいかもしれないが、ルシアが焦っているのかどうかは伏せておくべきだろう。俺の主観で見ただけだし。
しかしまあ、自然に探りを入れるいい機会だ。存分に有効活用させてもらおうか。
「ルシアの様子が変なのは俺も感じた。二人の人間が同様に感じているんだから思い違いじゃあないだろう。ただ何が原因なのかまではわからんが――お前達は何か知ってるか?」
「いやぁわかんねえな。俺は何となく違和感を覚えただけだし」
「僕にも心当たりはないな」
「……そうか。二人はルシアと一緒にいる時間が俺より断然長いからな。何か思い当たることがあるかもしれないと思ってたんだが、知らないとなると一体何なんだろうな」
「「うーん」」
頭を悩ませる両者。
やはりめぼしい情報は得られないか。
二人が知らないとなると恐らく他の奴等に当たっても結果は変わらないだろう。
…………別に、いいか。行き詰まったのならそれまで。無理に知ろうとしなくてもルシアに危険が迫っているといった感じじゃなさそうだし。
「まあ外野の俺達が思い悩んでもどうしようもない。結局のところ本人の問題なんだから」
「そうだけどよぅ、やっぱ気になるじゃんか。なんか気に病んでるってわかってるのに、それを見て見ぬ振りってのはなぁ」
「世話を焼くのは結構だが、その世話に“余計な”が付かないようにな。俺は本人が打ち明けてくれた時応えてやりゃあいいと思ってるしな」
逆に言えばそれまでは関係ない。
向こうから何かしら話してくれれば過干渉しない程度に手を貸そうとは思っている。
俺の言葉に「そうか……」と一応の納得を示した様子のジェイド。
……悪いな、ジェイド。騙すようで心が痛むが、ルシアが俺達に抱えているものを打ち明けてくれることは多分ない。俺達はルシアと交流を持ってまだ数日しか経っていないんだ。そんな奴らに今まで隠し通してきたことをそう易々と教えてくれるとは到底思えない。ルシアの性格を鑑みても同じことが言える。
いくら俺達が議論を交わしたところでルシアの抱えている問題が解決する訳じゃないんだ。
会話もひと段落ついた時、俺はとあることに気づいて溜息をつきそうになった。
「――んじゃそういうことで、俺は部屋に戻るぞ。いつの間にか無人サークルができてる」
「「あっ」」
話に夢中で気づくのが遅れた。
すっかりお馴染みとなったこの円形無人空間は、当たり前だが居心地はよろしくない。
時間が経つにつれて食堂に来る人が多くなっていたのもこの空間の形成に拍車をかけていた。注目を集めるというのはなるべくしたくないので、俺はそそくさと食器を片付ける。その様子を見て慌てて自分の食器を片付け追ってきたジェイドとアルフと共に、俺は寮の部屋へと戻ったのだった。
夜。既に生徒は寝静まり始めた頃合い。
ビュウッと通り抜ける夜風は気持ち良く、ふと空を仰ぎ見れば曇り無き満天の星空を眺めることができた。
辺りには誰もいない。街灯などといったものもなく、澄んだ闇空に浮かぶ半分ほど欠けた月が銀色の光を放っているのみだ。
現在俺は学園生活にも慣れてきたこともあって、任務遂行のため怪しい人影がいないか校地の見回りを行っている。しかし曠然たるこの敷地、一人で見回るにはあまりにも不向きだ。加えて夜間は視界が悪く月明かりのみが闇を和らげているという現状。正直俺一人の手に余ると言わざるを得ない。
俺にも休息は必要なのでそんなに多くの時間を割くことは難しく、警邏範囲を広げることはできないという事情から、任務は早くも暗礁に乗り上げている。
「はぁ~。どうしたもんかね――――っと」
考え事をしていたら目の前に太い幹を持った喬木がすごい速さで迫って来ており、危うく衝突しそうになる。
“身体強化”での高速巡回中。
注意散漫で死亡、とかヤダなぁ。いや肉体が強化されてるから死にやしないだろうけど。
急流の如く前から後ろへと樹高の高い木々が流れていく光景が俺の視界に映る。木から木へと飛び移り、不審者がいないか警戒する。
縦横無尽に動き回る俺の目に映るものは視界を埋め尽くすほど密集した草木だけ。俺の警戒の網に引っかかるものは何もなかった。
……今日もハズレか。
暫く経った後、学園の敷地内に存在する森林地帯ともいうべき樹木が密集している場所の警邏を終了する。後は寮への帰り道に迂遠なルートを選択し、帰宅ついでに道中の警戒をして寝るだけだ。
月が雲に隠れたことでより一層夜闇が増している。
そんな帰路の中途。何度か守衛の姿を確認した以外は特に何もないまま学園の正門が見える所に差し掛かった時、薄闇に浮かぶ何かが見えた。
思わず立ち止まってその方向を凝視する。
「……なんだ……? あれは……」
――赤? …………いや、髪の毛か……?
どうやら誰かがたった今外から帰ってきたようだ。
背格好からして大人の線はないな。十中八九この学園の生徒だろう。
しかし妙だな、学生がこんな時間まで外にいるなんて……。
堂々と正門から戻ってきたことを踏まえると外出許可はきちんと取得しているようだが……。
怪訝に思いながら、見つからないよう――この暗闇なので可能性は低いが――学舎の影に身を隠しながら観察する。強化された視力で件の人物を見澄ましていると、不意に頭上から柔い光が差し込んできた。上を見上げると、月が雲より顔を出し始めていた。
これならと、再び視線を戻してみると、そこには予想だにしない人物の姿が現れていた。
「――――ル、ルシア……?」
月明かりに照らされた、彼女の一番の特徴と言える燃え盛る炎のような紅の髪。薄闇の中でも目を見張るほどの美しい相貌。スカートから覗くすらっとした長く白い脚は、周りが暗いためか、まるで浮かび出てきたかのように見え、強く目を惹く。
月光を浴びたルシアはその美しさも相まって、儚げな雰囲気を湛えた幻想的な風景を作り出していた。
――しかし、その月下の姫の表情は絵画の如く情景にはあまりにも不似合いなほど暗い。
意気消沈。そんな言葉が自然と頭に浮かんだ。
それに足取りも引き摺っているかのように重々しく、気遣わずにはいられないと思わせるくらいだ。
明らかな異常事態。
普段見せないルシアの心の内が、ダイレクトに露見していた。
「…………何があるってんだ……?」
一体ルシアは何に苛まれているというのか。
夕食時にもルシアのことが話題に上がったため、余計に気になってしまっているのかもしれない。
これで単なる思い違いという線は完全に消えた訳だが……さて、どうしたものか。あんな顔見せられたら、無関心を貫き通すのはとてもじゃないが難しいな。……見なけりゃ良かった。
学舎の壁に背を預けると、俺は徐に虚空を見つめ思いを巡らす。
「――――――」
どのくらいそうしていたのかわからないが、思考の海から戻ってきた時には既にルシアの姿はなかった。自身の息づかいや心音が明瞭に聞こえるくらいの静謐さが俺を包み込んでいる。
「………………ふぅ」
ひと息。
息とともに俺の中にある何かを吐き出す。
そしてふと。
「――そういえば、任務の他にもまだ解決してない問題があったな」
誰にとも知れず、一人呟く。
うっかり忘れてしまっていたことだ。
あっちの方もそろそろ手をつけた方がいいな。
「明日、ちょっと外に出て情報収集でもしてくるか」
いろいろ回って何か進展があるのならそれでいいし、それとは別の違う情報が手に入ったならば何かの役に立つこともあるだろう。
「……よしっ。帰るか」
勢いをつけてもたれ掛かっていた壁から体を離すと、ザッザッと土を踏み締め帰路につく。
明日に備えてしっかり休息を取っておかなくては。
一瞬脳裏に過ぎった先程の少女の顔に突き動かされるように、俺は無意識に足を早めていた。
「――あ〜あ。本っ当、面倒くせ」
気怠げな俺の声が暗中に響く。
風向きが、先ほどとは変わっていた。
GW中にもう1話ほど上げたいと思っています。
期待せずに待っていてください。




