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ゼロの魔法  作者: 緑木エト
第二章 黒の来訪編
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第9話 戦果

「――目立たないように、する?」

「そう。不必要に目立って鼠に勘づかれるのは、こちらとしてもあまりおもしろくないの」

「それで、詠唱破棄を使うなと」

「そゆこと」


 なるほど確かに、秘密裏に犯人探しをする上で目立つのは得策じゃない。無駄に警戒心を与えてしまっては今回の仕事の難易度が上がる。最悪逃げられるかもしれない。

 それ故の詠唱破棄禁止。

 得心がいった。


「でもそれはあくまで他者の前で魔法を行使する場合。人目につかないようにならその限りじゃないわ。なるべく使わないのが一番だけどね」

「そうですか。でも一般的に見たら、魔法名だけの簡約詠唱が使えるってだけでも目立つのは避けられないと思いますが」

「それは生徒が相手の話でしょ。大事なのは学園に潜り込み、尚且つ今までバレずにいる鼠に脅威だと思わせないことよ」


 つまり師匠は、狙うべき相手を履き違えるなと言っているのだ。

 生徒等の俺への評価は二の次で、学園に潜む鼠の下す評価の方に重点を置くべきだと。


「……簡約詠唱で誤魔化せるでしょうか」


 それでもやはり不安は拭えない。


「そこはキョウヤの人を騙す腕に掛かってるわね」

「なんでわざわざ嫌な言い方するんですか」

「冗談よ冗談。それとキョウヤは少し誤解してるようだから言うけど、簡約詠唱と詠唱破棄の間には存外に高い壁があるのよ。詠唱破棄ができるとできないとじゃ相手に与える警戒心は随分違うわ」

「だから大丈夫だと?」

「断言はできないけどね。ま、その辺は上手くやって」


 そう言って肩を竦ませる師匠。

 そんな良く言えば師匠らしい、悪く言えばテキトーな感じのお陰で気持ちが少し楽になった。

 あまり深く考え過ぎない方がいいかもしれないな。

 ただ詠唱関係とは別の、俺が今まで悩まされてきた最大の懸案事項があるのを忘れてはならない。


「師匠が詠唱破棄を使うなと言った理由は理解できました。でもその対策をしたところで焼け石に水だと思うんですけど」

「キョウヤが危惧していることは理解してるわ。でもキョウヤの黒い髪と瞳だけで向こうが特別に警戒心を抱く可能性は低いと思うわよ?」

「どうしてですか?」

「そりゃ今までバレずにやってきた腕があるなら、見た目だけで安易に判断しないわ。逆に他の連中みたいに見た目に惑わされるようだったら、そんなに大した相手じゃないってこと」


 腕の立つ奴は外見よりその実力を見るのが普通だからだそうだ。

 そういうことならあまり“魔人”による影響は考えなくてもいいか。


 学園での俺の振る舞い方の方針は決まった。

 あとはそれを上手くこなせるかどうかか。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆




 模擬戦の終了の合図を聞き、俺はデルフィーヌから離れる。

 普段詠唱破棄でしか魔法を使ってないから簡約詠唱を使うやり方に多少違和感があるものの、これから慣れていけばいいだろう。

 ひとまず緒戦は余裕をもって勝利することができた。

 相手はこの国の実力者である“四峰”の一角。

 どれほどの実力を持っているのかわからなかったが、さして問題はなかった。

 “四峰”といえども、デルフィーヌは実戦経験なんてまだ学園の模擬戦くらいでしかやったことのない貴族のお嬢様だ。加えて俺の戦い方でペースを崩されたのもあって、そこまで本気を出せていなかっただろう。

 本気を出させないのも一つの戦法だ。悪く思わないで欲しいものだ。

 これからもこんな感じでやり過ごせばいいか。


 デルフィーヌは悔しさで顔を歪め、ずっと俺を射殺すかのような目で睨みつけている。


「……手、貸そうか?」

「結構ですわ。貴方の手なんか借りなくとも起き上がれます」


 目だけ動かしてデルフィーヌを見ながら問うた。

 当然、苛立ちを隠そうともしない強い語調で断られたが。

 きっと彼女のプライドがそれを許さないのだろう。


「そうかい」と溜息と一緒に吐き出すように言い、俺がクラスメイトのところへ戻るためここから離れようとしたその時、不意に背中に非難がましい声が浴びせられた。


「貴方、手を抜きましたわね。あの時取れた攻撃手段は足払いだけではなかった筈。わたくしが相手に手ごころを加えられるなんて……とんだ恥ですわ。意趣返しのつもりですこと?」


 後ろは確認してないが恐らく、普段鋭い目がさらに鋭くなって俺を見ているんだろう。


「意趣返し? まさか、そんなつもりはなかったさ。これは模擬戦。実戦じゃない。怪我をさせない選択肢があるのに、わざわざ怪我をさせる選択肢を取るのが間違えだとでも言うのか?」

「…………」


 沈黙するデルフィーヌ。


「――そういうことだよ」


 そこで俺は一つ安堵の息を漏らす。

 ようやくこれで模擬戦も終わりだ。まだ授業自体は始まったばかりだが、ここで俺に連戦させるほど教官は鬼じゃないと思う。やっても勝てると思うけど。

 俺は肩の力を抜き、この場を立ち去って行く。


「…………魔人のくせに」


 ピタリと俺の足が止まる。

 俺はその一言を聞き逃さなかった。負け惜しみとも取れる呟きだったが、それほど悔しかったのだろう、絞り出すような声だった。


「……その魔人に負けたってことを忘れんなよ。

 ――あと、あまりのその呼称を使わない方がいい。自分で自分の首を絞めたくないならな」


 振り返らずにそう言い残すと、俺はクラスメイトが集まる場所に戻った。




 変化があった。思いもよらなかった変化だ。

 クラスメイトの態度がよそよそしく怯えた様子から突如軟化した。


「お前すげー強ぇんだな。びっくりしたぜ」

「えっ……と。ど、どうも」


 観戦していた皆の所に戻るやいなや、声を掛けてきた男がいた。

 対する俺はこんなに素直な賞讃を貰うとは思ってもみなかったので戸惑うばかりだ。

 本当に感心した態度で「すげーよ」とか「速かったなぁ」とか言っている。


「あっそういや名前まだだったな。俺はジェイド・ホップバーンだ。ジェイドって呼んでくれ」

「キョウヤ・ハザマだ。よろしく……」


 差し出された手を握る。

 大きく無骨な手だ。それに伴って身体の方も大きく、身長は俺よりも高い。

 髪の毛は明るい茶色の短髪で、一目でジェイドという人間の陽気さが伝わるような雰囲気を持つ少年だ。


「詠唱もすっごく早かったね!」

「あれって簡約詠唱だろ」

「身のこなしもかなりのものだったし」


 すると、ジェイドを皮切りに俺を中心とした賞讃の嵐が起きた。

 …………どうなってるんだ?

 何で戦っただけでこんなことになってるんだ?


 混乱の極致にいる俺はどうしていいかわからず「ああ」とか「おう」とかしか言えなかった。


 結局その日の模擬戦は俺のヤツが一番目立った。

 あまり目立たないようにしたかったのだが、成り行きでデルフィーヌとやり合ってあまつさえ勝利してしまったのだから、これでは目立つなという方が無理だ。

 しかしクラスメイトの俺への態度が少し変わったのは嬉しい誤算だったな。

 全員が全員そうではなかったが。


 クラスメイトの少なくない数が態度を軟化させてくれた人達に同調するようなことはなかった。まだまだ居心地が悪い状況は続く訳だ。

 とはいえ図らずも俺のクラス内での立場が好転したのだから、それはそれで良しとしようか。

 あまり多くを望みすぎてもいいことはないだろうから。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆




 夕食。

 今日一日の授業を終え寮にある食堂で腹を満たそうとした俺は、やはりというかなんというか、無数の視線に晒されていた。

 一応隅の方に席を取ったものの、それで視線の数が減るなんてことはなかった。むしろどんどん増えているような気がする。


 今の俺の周りには誰もいない。

 当然だ。誰も好き好んで“魔人”と呼ばれてるような奴の近くになんて行きたくないんだろう。それでも来る酔狂な奴はなかなかに気概のある人物だと言える。

 今目の前に座った、ジェイド・ホップバーンという名の体格のいい男子生徒がいい例だ。


「…………何してんの?」


 呆気に取られてしまい、言葉を発するまでに時間がかかってしまった。

 うん、本当に何してんだコイツ。


「おう、お前と飯食ってんだ」

「うん、そうじゃなくてね?」

「あん? なんだよ」

「あのさ、状況理解してる?」

「してるぜ」

「本当にしてるならそんな堂々と言わないからな」


 全く、何がしたいんだか。

 周りに誰もいない中で俺に近づいてくれば、否が応でも注目を浴びてしまう。

 ただでさえ第一印象がマイナススタートの俺だ。一緒にいればジェイドにも迷惑が掛かってしまうかもしれない。


「……俺といても良いことなんてないぞ」

「別に良いこと目当てで来た訳じゃねえよ」

「じゃあ何だよ」

「キョウヤがメシ食ってんの見かけたから」

「はあ?」


 それだけ?

 たったそれだけの理由でこの衆人環視の中に入って来たってのか?


「メシは一人で食うより人と食った方がうめえだろ」

「何だよそれ……」

「まあまあイイじゃねえか、一緒に食うくらい」

「…………」


 快活な笑顔を浮かべるジェイド。

 その曇りのない笑みに毒気を抜かれてしまった。

 なんだかなぁ。


「はあ、もういいよ。好きにしてくれ」

「ああ、そうする」


 そう言ってジェイドが飯をがっつく姿を俺は呆れながら見ていた。

 今なお食事をしながらチラチラとこちらの様子を窺っている生徒等に囲まれているのに、ジェイドは気にした風もなく皿の上の料理を減らし続けている。


 ジェイドは裏表のない性格をしている。それでいてかなりのお人好しだ。

 この短時間でそう思えるくらいにこのジェイドという人物は人当たりがよく、好感が持てる。

 ジェイドにも一緒に食事をするような友人がいるだろうに、わざわざ俺のところに来るなんて。

 そこに気づいてしまったらもう邪険にしづらい。


「それにしてもキョウヤってすげえよな」

「なんだ、藪から棒に」

「いやあ、今日の模擬戦のこと思い出してたんだよ」

「ああ、あれね」

「フハッ、あのデルフィーヌ・ストランドとの試合をあれで済ますあたり、キョウヤも大物だよな」

「うっ」


 呆れたような、それでいてからかうようなジェイドの指摘に言葉に詰まる。

 確かに傍から見れば、実力は折り紙つきの国を代表する名家の令嬢と家柄も特に良くないただの平民の構図だ。どちらが勝つかと言われれば圧倒的にデルフィーヌに軍配が上がるだろう。

 その辺の認識を改めた方が良さそうだ。驕っていると思われて、いらんトラブルに巻き込まれたくはない。


「でも実際、簡約詠唱をあそこまで完成させるってのは並大抵のことじゃねえしなぁ。――なあキョウヤ。お前、ここに来る前って何してたんだ?」


 どうやってそこまでの力をつけたのかと、もう一つの疑問も乗せたジェイドの問いに俺は予め用意していた答えを告げた。


「冒険者をやってたよ。世界各地を転々としてたし、流れの旅人みたいなもんだな」

「へえ……一人でか?」

「基本的にはな。たまにその場で知り合った人と暫く行動を共にしたりすることもあったけど」


 決めておいた言い訳では、師匠のことは明かさないようにした。

 本人の意向でその辺をはぐらかすことになったのだ。

 なんでも、俺と師匠が師弟関係であると言うといろいろと面倒くさいらしい。

 何が面倒くさいのか詳しく教えてもらえなかったものの、旅の間で出会った師匠の知人の反応を思い返してみれば、弟子を取っていること自体がかなりの驚きらしいので多分、そのあたりの事情も含まれているんだと思う。


 そうでなくても師匠の名は世界的に有名だからなぁ。

 迂闊に名前を出せば俺の方も面倒くさくなる。

 うん、必要に迫られない限り師匠の名を出すのは控えよう。


「はーん。成人前から世界を股にかけた放浪者か。やっぱ強くなるにはそんくらいしなきゃいけないんかね」

「はは……どうだろうな……」


 仰け反らせ気味に体を椅子の背もたれに預け、軽く目を見張る。

 その反応には感心と憧憬が垣間見ることができた。


 ただ、俺としてはジェイドの言葉に、はいそうですねと簡単に頷くことは難しかった。嘘をついていて後ろめたいのもあるが、力をつけた年数でいえばたったの二年と少しだという事実の方が比重としては大きい。

 ジェイドが今までこの学園に入れるようになるくらいの力をつけるために多大な努力をしたかと思えば、俺が心苦しくなるのは当然の帰結だった。


 もっともあの日々を『短期で強くなれるズルイもの』と断じられれば、きっと俺はそれを容認し得ないだろう。

 あの師匠と旅した日々はかなり濃密過ぎて、思い出すと涙が出そうなくらいだ。

 そんな訳で俺はジェイドの返しに苦笑で応じざるを得なかった。


「さて、飯も食い終わったし、俺はとっととこの食堂から退散することにするよ。ジェイドはどうする?」

「もちろん俺も一緒に行くぜ」

「……はは。『もちろん』ね……」


 答えは半ば予想していたが、こうも簡単に即答されると乾いた笑いしか出ない。

 まあこれがジェイドの良さでもあるのだろう。


 それぞれ席を立つと食器を返し、俺はそそくさと、ジェイドは周囲の視線を気にした風もなく悠然と、その場を去っていった。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇




「――ん? あれは……ジェイド? それに一緒にいるのは……」

ストックがとうとう切れました。

はいっ、えーそんな訳でこれから週一更新に間に合うようにしたいと思っておりますが、筆者の都合により更新が不安定になるかもしれません。

自分勝手で本当に申し訳ございません。

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